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本棚の森番  作者: 旭 河埜
森番の外交
14/17

六、虎狐と曾祖父の日記

 俺達はハクの後について走って大樹を出た。負傷者を見ると重傷者、キンは爪痕のような傷が胸や背中についていて、他の軽傷者は噛まれたような傷があった。

「このあたりで牙を持つ獣は虎狐だけ。紛れもなく奴らの仕業じゃな。」

「でも何でまたいきなり。虎狐がおかしいのは僕たちの時だけじゃ終わらないってわけ?」

「うーん・・・。ハク、虎狐に何かおかしなところはなかったか?見た目とか、どんな些細なことでもいいから、教えてくれ。」

俺自身は虎狐を見たことがないが、コウの記憶を探れば、虎狐がどんな姿をしているかはわかる。狐ぐらいの大きさで、体中に白の縞が入り、鋭いかぎ爪と牙を持つ獣だ。目の色はほとんどが赤で、稀にオッドアイや目の色が違う個体がいる。そういうヤツが群れを率いるリーダーになるらしい。ちなみに、俺の言葉は普通にしゃべっても森の言葉に変換されている。

「どうなのさ、ハク。」

「・・・毛の色です。毛の色が違いました。虎狐は赤茶色の毛をしているはずなのに、なぜか黒い毛皮で・・・あれは何だったんでしょうか?」

「毛の色か。黒といったな。この変化、どう思うコウヘイ殿?」

「操られている可能性があると思う。それも、犯人はこの森の人間じゃない。黒を尊重する森に、心当りがあるかい?ユカリ。」

二人がなんだか難しい話を始めた。康平とユカリは長だからきっと他の〈本棚の森〉の話をしているんだろうが、何しろ俺にあるのは政治に関わる機会もないまま幼くして死んだコウの記憶だから、俺にはわからない。何も知らない俺に聞かなかった康平の判断は正しいといえるだろう。

「海外文学の〈本棚の森〉、か。」

「うん。」

「康平、その森の奴らがどうして俺らの森に攻撃してくるのか、心当りはあるのか?」

「あるよ。海外文学の〈本棚の森〉とは、僕たちの曾祖父の代から仲が悪いんだ。理由は知らないよ。ユカリの部屋の書物庫に行けばわかるかもしれないけど。」

「とにかく、これ以上妾の大切な民に手を出すようなら、場合によっては戦争の準備をしなくてはな。」

戦争という物々しい言葉に、安全な場所で暮らしてきた俺と康平はグッと顔を引き締めた。


 ユカリの部屋に戻り、三人で代々の長の記録が残る書物庫を調べた。康平とユカリで操られている動物が他にも観測された記録がないかを、俺は二人の曾祖父がつけていた日記で海外文学の〈本棚の森〉とのことが書かれているものを、片っ端から探した。

「あった!康平、ユカリ、ちょっと来い。」

「見つかったの?なんて書いてある?」

三人で日記をのぞき込む。

「『今日は外交の日であった。すぐ隣に接する海外文学の〈本棚の森〉と絵本の〈本棚の森〉へ私は向かった。絵本の〈本棚の森〉の長、スミーはとても友好的で、何も問題なく外交も終わったので良かったのだが、腹が立つのは海外文学の〈本棚の森〉である。あの小娘、ディアナといったか。私の森を思いっきり馬鹿にしおった!負けずにこっちも相手のことを罵ったら、いい気味なことに顔を真っ赤にして怒り、この報復は必ずしてやると叫んだのだ。やれるものならやってみろ!と出された茶を部屋にぶちまけてかえって来たわ!なんともいい気味じゃ!』」

読み終えると俺達の間にしばらく沈黙があり、三人で同時にため息をついた。

「あきれた。こんな子供の喧嘩みたいなことで、数百年後に僕たち命の危険にさらされたわけ?」

「父様から曾爺様は子供のような人だったと聞いてはおったが・・・想像以上じゃったな。」

「それにしてもこのディアナって奴も相当しつこいよな。こんなくだらないことをいつまでもさ。何百年もたって自分達を侮辱した張本人がいなくなってから、その子孫に復讐するんだから。」

「子孫にとっては大迷惑だよね。」

「きっとその後外交がなかったから、曾爺様が亡くなっていることを知らなかったんじゃろうな。しかしなんでこんな時間が経ってから報復など・・・。」

「多分自分たちが犯人だと気づかれたくなくて、色々と考えたんだろうね。それでこんなにかかったんだよ、きっと。」

「どうして今日また虎狐が襲ってきたのかが謎になるな。ユカリ、お前外交でなんかしたか?」

「失礼な!曾爺様のこの事件があってから、爺様も父様も兄上も妾も、一度だってあの森には行っとらん!」

ユカリの言葉に、康平もうなずく。

「そりゃすまん。」

「ねえユカリ、今度僕たち三人で海外文学の〈本棚の森〉に久しぶりに外交に行くってのはどうかな?」

「いいな、それ!」

「でものう、コウヘイ殿。数百年ぶりだしなかなか行きづらいと思うんじゃが。」

「じゃあ願書出していけばいいよ。そして返事は聞かない!」

「うわぁ康平・・・。お前ってそんなに黒かったか?」

その後も色々案はあったが、結局俺達で海外文学の〈本棚の森〉に行くことになった。願書、というよりは、「この日に行くからよろしくね」みたいな感じの、相手の返事を聞かない一方的な手紙だが。要するに、被害者として、一言言いに行くわけだ。

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