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妄想の帝国

妄想の帝国 その4 『シン・ニホン国史』顛末記

作者: 天城冴

トンデモ歴史書『シン・ニホン国史』がバカ売れ、著書のモモタンと編集者のアリンモトはドイツ人アイスマン博士のインタビューに意気揚々とのぞむが、アイスマンの意図は意外なものだった…

「ふふふ、50万部か」

「そうです、モモタン先生!歴史本『シン・ニホン国史』、ベストセラーです!」

「アリンモト!これで私も世界的作家になるのだ、ハルキギ・モトムラやカズヤ・イシジロなんぞ目ではない!」

「そうですよ、モモタン先生、今日の出演でさらに読者が増えます。これで僕も世界的な編集者になれます!」

 とある弱小スタジオの控室、自称ベストセラー作家(一般的には捏造コピペ作家)として超絶売り出し中のモモタンとトンデモ本出版社、幻想社の編集者アリンモトは浮かれていた。モモタンは放送業界から華麗なる転身を果たしたものの、生来の口の軽さと見栄っ張りな言動が災いし、ほとんどがマイナー小説パクリかゴーストライターが書いたもの(しかも複数の合作)がバレ、落ち目になる寸前だった。それがニホンスゴイの意味ないニホンヨイショ本を書いた途端、再び注目を浴び始めたのだ。

 ほとんどネットのガセネタの拾い集めと、モモタンの“ニホンがこうだったらいいな”願望の寄せ集めで書いた妄想のニホン史本がニホン世界最高と思い込みたいネトキョクウにバカ売れしたのである。『シン・ニホン国史』は内容の真偽はともかくニホンスゴイ、昔から世界的トップという非常にご都合主義的な白昼夢を見ていたい人にまさにぴったりの本だったからだ。一人で30冊以上購入し、友人知己に配って顰蹙を買い、幻想社にまでクレームがきたというモノ好きもいた。売れればネッシー本でもオッケーの幻想社としては、一人が大量購入しようがどうってことはない。しかも

「ドイツ人の博士からインタビューの申し込みなんて。こ、これでサヨクどもに“コピペ作家”だのバカにされずに済む!」

「そうですよ、世界的に有名になるんです」

「ところでその博士、えっと、アイスマン博士って、何の研究してるんだ?」

「それが専門分野についてメールで質問したんですけど、パラサイなんとかって、ちょっとよくわからなくて。ドイツ語だったんで」

自信のないアリンモトの台詞にモモタンは急に声を潜め

「通訳はちゃんとしてるんだろうね、僕の言うことを理解してくれなきゃ困るんだよ」

「その辺は大丈夫です。アイスマン博士は博学でニホン語も堪能ってことでメールもニホン語で書いてくれました。ただ漢字で文章を書くのは専門分野のこととかはドイツ語だったので」

(本当は翻訳者頼みたかったんだけど)

アイスマン博士からのオファーが来たとき、ドイツ語どころか英語もあぶないアリンモトは上司のダナカダに“ぜひこの企画の成功のため翻訳者と通訳をつけてほしい”と要請したのだが、あっさりと断られた。

“モモタンさんのインタビューに、そんなに金かけられねえよ、どうせ誰もみねえし。だいたい『シン・ニホン国史』だって”本当はスゴイ、ニホンの歴史”っていう帯の台詞だけで売れてるんだって。ゴーストライターに払う金のほうもタダじゃないし、各界著名人とかの推薦もらうにも金がかかるんだから“

というわけでインタビューのセッティングほか雑務もモモタン担当のアリンモトがすべてこなしているのである。

(くそう、このインタビューがネットで放映されたら、俺は、俺はモモタンさんとともに世界デビューを)

意気込むアリンモト。

「お二人ともお、出番ですよお」

スタジオのスタッフがのんびりと声をかける。

「あ、タダノさん、今いきます!」

「よしっ」

二人は意気揚々と控室をでた。


録画用のカメラをセッティングしたタダノがでていくと、モモタンとアリンモトの向かいに座っていたアイスマン博士が立ち上がった。

「グーテン、モルゲン。モモタンさん、アリンモトさん、ワタシがドクトル・アイスマン。パラサイコロジストにして、スーパーアルトツァイ…」

彫の深い白髪の白人男性の自己紹介が延々と続く。威風堂々、自信満々、紳士的で穏やかなその様子にアリンモトは期待で胸が膨らむ。

(こ、これは相当偉そう、いや有名な学者に違いない、きっとそうだ。これでモモタンさんと、見出した俺はきっと、きっと)

が、アイスマン博士の質問にアリンモトの期待は急にしぼんだ。

「モモタンさん、サンコウブンケンなしに、あのホンかいたのですよね、どうやってかいたのです」

痛いところを突っ込まれた。

「え、その」

(ま、不味い。ネットで誰でも適当に編集できるウソカモサイクロペディアとか、デマサイトで訴えられてるというネンチャクギークから拾ってきたとは言えないし)

アリンモトの焦りをよそにアイスマン博士が続けて聞いてきた。

「オオカワン・リュンポーさんのように、ムカシのヒト、霊にきいたとかー」

「失礼な!そんな怪しげなものを私が心血注いで書いた『シン・ニホン国史』を一緒にしないでください!」

「では、どうやってテンノーやチョーセンシュッペイのハナシわかったの?あんなにクワシクかけたの?」

「そ、それはその、知ってたんですよ、前から」

キラーン、アイスマン博士の瞳が怪しく光る。

「モシカシテ、ゴジブンデみたことをかいた?」

意外な質問にとっさに

「そ、そうです、私は歴史の生き証人なんですよ、ハハハ」

ひきつりながら壮大な嘘をつくモモタン。

(講釈師、見てきたように嘘を言い、って諺だかがあったけど、モモタンさん、その場で適当に誤魔化すのはうまいよな)

「フフフ、やはりそうか」

いきなり不気味な笑い声をたて、うつむいてブツブツ言い出すアイスマン博士。

(え?)

アイスマンの名の通り、バックに氷山を背負い、吹雪のBGMでも流れてきそうな様子だ。さきほどの穏やかな小春日和のようなフレンドリーさとはうってかわったアイスマン博士の冷たい雰囲気にアリンモトは恐怖を感じた。

「あ、アイスマン博士?」

不安に駆られたモモタンがアイスマン博士に尋ねようと近づいた途端、アイスマン博士がモモタンの腕を掴んで叫ぶ!

「ICH HABE GEFUNDEN!ついにワシは見つけた!」

ドイツ語まじりのニホン語で興奮気味にしゃべりだすアイスマン博士。その表情は初老の紳士から、狂気にとらわれた老人のそれに変わっていた。

「ムーにレミリア、アトランティス、そしてシャンバラ。これらのブンメーを作ったニンゲンがいるのだとワシはいったのだ、彼らは超長生き。バイブルにでてくるアダムやヤコブらと同じぐらい長く生きているはず。そしてついに見つけたのだ、ジパングでモモタンを!」

急激な展開に面食らったままのモモタン。そばにいるアリンモトもわけがわからず、黙ってアイスマン博士の演説をきいているしかなかった。

「参考にする本もなしに、あれだけのことが書けるのは、実際にその歴史を見てきたものだけ。すなわちモモタンは超コダイジンなのだ!」

アイスマン博士が律儀にニホン語で話してくれたおかげで、ようやくモモタンとアリンモトも事情が呑み込めた。

 アイスマン博士は『シン・ニホン国史』の内容に感動してモモタンにインタビューをしに来たのではなかった。これだけのことを参考文献なしに書いたということは、モモタンは実際に見てきたに違いない、すなわちモモタンは先史時代からニホンにいた人、超古代文明の人間。だからモモタンに会って真偽を確かめに来たのだ。どうやらアイスマン博士の専門は、オカルトまがいの超心理学やらアトランティス文明などの古代文明探求らしい。

 “ニホンは昔から世界一”という妄想に匹敵するほどのトンデモナイ思い込みだが、アイスマン博士は真剣そのものである。年に似合わない力でモモタンの腕をがっちりと掴む。

「モモタンを連れ帰り、調べれば超コダイジンの長生きの秘密がわかる、そしてそれを使えばワシも若返って長生きできる!」

モモタンをさらい、実験台にする気満々のアイスマン博士。

 事態に慌てたモモタンはアイスマン博士の手を懸命に振りほどこうとするが、うまくいかなかった。アリンモトはというと

(やっぱ、ネットの怪情報のコピペ本の著者にインタビューなんて、同類のマッドサイエンティストしか、いないよなあ。ああ、また上司や同僚にバカにされる…、俺の人生って一体…)

と、身も蓋もない哀しい現実に打ちのめされて突っ立っていた。

「モモタンさん、協力してくれますヨネ!」

迫りくるアイスマン博士。

「わああ、た、助けてくれえええ、あれは、本当はデタラメなんだああ」

絶体絶命のモモタン。

(周りからバカにされてもモモタンさんに尽くしてきたのに、寄ってくるのは頭のオカシイ連中ばっかり。やっぱ売り出すニンゲン間違えたよな)

殻に閉じこもるアリンモト。

 このままアイスマン博士が押し切るのか?

っと、そのとき

「はあい、時間ですよー」

気の抜けた声でスタジオのスタッフ、タダノが入ってきた。

「HE?」

「え!」

「ゑ!」

驚く三人を尻目にタダノは淡々と

「インタビューは終わりましたかあ?アイスマン博士、時間はまもってくださいよお、いっつも片付けが大変でー」

どうやらアイスマン博士はこのスタジオの常連らしい。どうりで自信ありげに振舞っていたはずだ。

 妙なことにアリンモトが感心していると、モモタンが

「エイヤ!」

とばかりにアイスマン博士の手を振り払い、脱兎のごとく逃げ出した。

「くう、一瞬手が緩んだか。タダノ、邪魔をしおってえ」

「だーかーら、毎回騒ぎをおこさないでくださいよー、そんなんだからドイツに帰れなくなっちゃうんですよお」

「なにおお、ワシは必ず古代神秘を解明してみせる!待てええモモタン」

追いかけるアイスマン博士。モモタンが本当に参考文献なしで、歴史書を書いたと思い込んでいる。まさかネットの都市伝説をつぎはぎした矛盾だらけの本が仮にも先進国ニホンでバカ売れするとは思ってもいないようだ。

 スタジオには片づけをするタダノと唖然としたままのアリンモトが残された。

「やーれやーれ。あ、アリンモトさんでしたっけ、料金はこれ、ちゃんと払ってくださいよお。あ、今の録画はUSBメモリに落とします?それともDVDがいいかなあ」

「ど、どっちでもいいです」

(こんなインタビューどうやって放送するんだ、ネコニコ動画でだって、無理だ。単なるギャグコントとしか思われない)

がっくりと肩を落とすアリンモトであった。


「で、モモタンさんはつかまったの?」

数日後。幻想社の小会議室にて、事の顛末を報告するアリンモトに上司のダナカダが尋ねた。

「無事です!アイスマン博士を追いかけて、僕がちゃんと逃がしたんですから」

「そっちじゃないよ。アイスマンのオッサンに捕まるほど馬鹿じゃないだろ、いくらなんでも。あのオッサン力強いけど、走るのは苦手らしいし。ネオナチの巨大戦車ってあだ名もあったな」

「ダナカダさん、し、知ってたんですか、アイスマン博士を」

「え、お前ホントに知らなかったの?月刊“レミリア大陸”とかニホン人超古代文明生き残り説とかのトンデモ本にたまに怪しげな論文、書いてるよ。モモタンさんと違って本物の歴史学者だったらしいけど、ナチの歴史家の本とかよんでアッチの世界にいっちゃったらしい。で、オリエンタリズムが高じてニホンにきちゃったと」

(そしてニホンにいる超古代文明人を研究してるってことか、ダナカダさん、知ってたなら教えてほしかったあ)

自分の調査不足を棚に上げ、恨めしそうな目でダナカダをみるアリンモト。

 ダナカダはアリンモトの胸中を見透かしたように

「モモタンさんがアレだからって、お前は事前調査をさぼるんじゃないよ。何事もちゃんと調べたほうがいいぞ。類はなんとかでモモタンさんについてると変な奴が寄り付きやすいからな。モモタンさんの本を奉納したら、逆に神様のお怒りで霊障がでたって読者からの相談もあったし。なんでも“こんなデタラメ本読んで頭が痛くなった、お前も頭痛もちにしてやるって、真っ白な老人が夢に出てきて責めるんです”って。気のせいだとおもうけど、ちゃんとした神社でお祓い頼めって返事しといたよ」

「は、はあ」

「で、改めて聞くけど、モモタンさんはどうなの?」

「それが、そのどうも引きこもってるというか。SNSはやってるらしいんですけど、『シン・ニホン史』のコピペがバレて、騒がれてるのもあって、外に出たくないって」

「まあ、叩くために買って読む奴も多いからな、あるいはアイスマン博士みたいなオカルトマニアが興味をもつか」

「あんな人が来たら困りますけど」

「仕方ないだろ、適当にコラージュした自家撞着、前後不統一本だし。真面目に読むような奴はいねえよ。お仲間やらが大量に買ってるだけで。ま、わが社としちゃ売れりゃいいんだが、困ったな」

「何がです?」

「そのインタビューとやらの書籍化とか、著者による解説本とかでもう少し売り出すつもりだったんだが、肝心の著者がそれじゃあな」

「誰かが下書き書いて、モモタンさんに監修してもらうというのは」

「あんなトンデモ本、下書きなんか書きにくいよ。だいたいゴーストライターだってモモタンさんのは、もう書きたがらないんだよ、次の仕事が来ないってな。あんなデタラメな文章しか書けないって思われたら困るって」

「それじゃ、どうすれば」

(モモタンさんが書けなくなったら、俺はどうすればいいんだ。もう頭がすっかりモモタンさんに染まってしまったかもしれないのに)

 朱に交わればなんとやら。ダナカダに指摘されるまでもなく、モモタンに長年付き合ってきたアリンモトはすでにまともに辞書を引き、調べ物をすることさえ難しくなっていた。だいたい『シン・ニホン国史』のなかでさえ、各章で矛盾した記述が多数あるのにアリンモトは見逃していたのだ。怪しげなアイスマン博士のインタビュー申し込みに引っかかったのも、きちんと調べるのが億劫だったからだ。

 こんな調子では他のマトモな作家を担当できないかもしれない。不安に駆られるアリンモトにダナカダは意外なことを言い出した。

「そんじゃ、いっそのことお前が書けよ、半分白紙でもいいからさ」

「ええ!」

「どうせ、編集やらチェック段階でモモタンさんの原稿に手を入れたり、ゴーストライターの書いた箇所を直したりしてんだろ、大丈夫、大丈夫」

「そ、そうはいっても」

「“著者を支えた編集者の解説本”って帯でだしゃ、いいよ」

「そんな、本当に白紙になっちゃうかも」

「いやあ、その部分は“心の目で見ろ”っていっとけばいいよ」

「“心の目”ですか」

「じゃ、頼むわ」

会議室を出るダナカダを見送るアリンモト、その顔は悲壮というか諦めたような表情が浮かんでいた。


「モモタン先生の新作凄いわ!」

「特別な人しか読めないあれだろ、サヨクどもが読めないような工夫をするとは、さすがモモタン先生だ」

「読めたわ、私。一心不乱に見つめていると文字が浮かび上がってくるの。高尚すぎてわからないけど、あれが古代ニホン語なんだわ」

「漢字由来の平仮名すら棄てたモモタン先生は素晴らしい、これを読める者こそシン・ニホン人だ!」

「古代ニホン語の復活だ!シン・ニホン人の再興だ!」

本屋の歴史本棚、といっても“古代のニホン文明史”だの“真実の古事記”などのちょっと怪しげな世界、精神世界コーナーとの境あたりに設けられたモモタンの著作本コーナーでモモタンのファンたちが盛り上がっていた。

 数人の男女が話し込んでいたが、そばを通るものもなく、通行の邪魔にはなっていない。遠巻きに見るだけで通行人は近寄ろうともしなかった。

 その様子をうかがうアリンモト。

(ああ、半分俺が書いた白紙本が売れてるのか、解説に“心無い批判をかわすため本当に読んでくださる方のみ読めるようにしてあります”とモモタンさんに一文を入れてもらっただけで内容が本当に無いんだけど)

自分の出した本を手に取る、アリンモト。ページを開いてもどこまでも真っ白、いくらみても文字らしきものは浮かんでこない。

(あの人たちは本当に読めているのか。いやきっとなんらかの交信で文字が書かれているとか。ひょっとしたら俺が、自分でも気が付かないうちに自動書記みたいに何かを書いたのかも。そうだ俺も古代人の血をひいてるシン・ニホン人なんだ)

すっかり思考がぶっ飛んだアリンモト。その手にはモモタンの新作ゴーストライターはアリンモトのほかに、新作の解説本を謳う“超古代ニホン文明 生き残りは本当にいた”アイスマン博士著が握られていた。


参考文献なしに書けるのはこのようなトンデモギャグ小説ぐらいではないかと、さて






作者への感想、批判、いちゃもんなどは現代日本語でお願いいたします。

なお、上の空欄部分に”文字が浮かんでみえた”と思われた方は

できるだけ早めにPC、スマホの電源を切り、睡眠を十分にとることをお勧めします。

よく寝たあとでも、何かみえるようでしたら、しかるべき医療機関を受診するか、お近くの信頼できる神社仏閣にご相談されたほうがよろしいかと思います。

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