山の主!
生まれてから一度も良いことはなかった。村の人から蔑んだ目で見られ、罵倒され石を投げられて来た。物心ついた頃からお父さんはいない。お母さんは死ぬ前に僕に『何であなたを生んでしまったんだろう』と言った。この頃からこの人生を諦めた。それからは波風を立てず上手くやって行くことだけを考えた。でも、日が経つに連れ心の何処かでいつか良い事があるかもしれないと、また思うようになり、最近では村の人たちと楽しく過ごす夢まで見るようになった。そして昨日、旅のお兄ちゃんが来て初めて僕を気持ち悪がらず、優しく話をしてくれた。凄く嬉しかった。夢にまで見た光景に近付いた気がした。希望を感じた。でも、最後はこれか。結局僕はみんなの輪に入ることができなかった。夢に見た光景は夢のまま終わる。最後に村のみんなの役に立てるって思ったら悪い気分じゃ無いかな。最後に僕を初めて頼ってくれた。そう思ったら悔いは全然ない…。
アリスは心を決め、目を瞑り待った。
洞穴から足音が聞こえ出す。そして足音は唸り声と共に近づき、大きくなって行く。
怖くない、怖くない、怖くない…。
アリスは自分に言い聞かせる。だが、だんだん大きくなる足音に我慢できず、薄目で前を見る。
洞穴から影が見え出し、そして姿を露わにする。巨大な身体にギラつく鋭い目に爪、そして牙。沢山の生き物がその牙の餌食になっただろう。その姿を見てアリスが思ったのは恐怖だけだった。そして覚悟を決めたはずの心は一瞬で揺らいだ。
…怖い!怖い!怖い!怖い!……。
身体は震えだし涙がこみ上げ、汗が噴き出す。
逃げなきゃ!そう思い逃げようとするが、手足をロープで縛られていて身動きが取れない。それでも縛られた手足を動かし、少しでも離れようとする。それに反し、山の主はゆっくりと唸りながら近寄ってくる。必死にもがいて離した距離は山の主が五歩ほど歩くと無くなってしまう。そして、歩いてるだけの山の主に追いつかれ三メートルくらい離れた所で立ち止まる。唸りながらこっちを見る。
もうダメ!
山の主が飛びかかる。
アリスはグッと目を閉じ、涙が溢れる。
……死にたくない。
その瞬間、横を青い閃光が横切る。
「オラーーーーーーーー!!!」
電気を纏った拳が山の主の顔面にめり込む。山の主は感電しながら吹っ飛んだ。
「はぁ、はぁ、…間に合った。」
よかった。結構近くて。
アリスは驚いた顔で俺をジッと見る。
「…なんで……お兄ちゃんが…?」
「君を、助けに来た。」
「なっなんで…昨日初めてあった僕なんかを?」
アリスはなぜ助けられたのか全然分からなかった。昨日初めて会って少し話をしただけの仲。そして今までの村でのことを考えたら助けてくれる人がいるとも思えなかった。
「なんで、知らない僕のことを?」
「そうだな、何も知らない。好きなものも、嫌いなものも、何も知らない。村での立ち位置をほんの少し知ってるだけ。」
「だったらなんで!」
「俺はそんな教育は受けてないから。街で嫌われてる女の子を見殺していい、なんて教育は。それに俺の好きなアニメや漫画の主人公はこういう時、絶対に助けるって決まってるんだよ。」
クロはアリスに笑いかけながら言った。そして山の主の方を見る。
俺の電撃の拳を食らわせてやったから立てねえだろ。
山の主は少しすると普通に立ち上がって頭を振る。
って普通に立ってるし。てか…。
俺は冷静に山の主を見る。
うわっ!デッカ!なんだよあれ!見た目白い狼なのに身体のサイズ象並みじゃねーかよ!こえー!
俺は大量の汗を掻く。急いでアリスの縄を解き逃げる。それを見て山の主が追ってくる。
うわー!きたー!
山の主が飛びかかる。それを能力を使い紙一重でかわす。
あっぶなっ!
何度も飛びかかってくるのをギリギリのところでかわす。
「このっ!」
すると、山の主が大きい岩にぶつかり動きが止まる。
「今だ!」
アリスの手を引き全力で走る。
「っな!まじよ!」
だが、逃げた先は崖だった。そして山の主の唸り声と足音が近づいてくる。
ヤバイ!どうする?どうする?どうする?
足音がもうそこまで来ていた。
ヤバイ来た!超こえー!どうしよう?
あまりの怖さに汗が噴き出す。すると、アリスが俺の服の袖をぎゅっと握る。俺はアリスの方を見る。
「っ!」
アリスは怯え震えていた。
何逃げてんだ。俺はこの子を助けに来たんじゃないのか。そもそもあんな化け物から逃げきれるわけないだろ。もし仮に逃げ切れたとしても問題は何も解決しないだろ。また生贄として連れていかれるだろう。そうだ、この子を助けるのに逃げるなんて選択肢はない。奴を倒す選択肢しかないんだ。…ビビるな、勇気を出せ、覚悟を決めろ。
俺はアリスの手をぎゅっと握る。
「大丈夫。」
笑いかけながら言う。
「少し離れてて。」
クロはアリスの手を離し前に出る。アリスが心配そうに見つめる。山の主の前で立ち止まる。
俺は誰だ。世界に五人しか居ないSランクの超能力者だろ。あいつを倒すだけの力は十分過ぎるくらいあるはずだ。なのに俺はビビって逃げて…。
クロは覚悟を決める。山の主が凄く勢いで襲いかかる。
あんな可愛い子を泣かしてんじゃねーよ!!!
ドカーーーーーッン!!
今までいないくらいの凄い光、そして村まで届くほどの雷鳴が鳴り響く。周囲を覆うほどの砂埃をあげた。その電撃は山の主を一瞬で丸焦げにした。山の主はそのまま倒れ込んだ。
「はぁ、はぁ、はぁ……。」
やった…。
盗賊の時と違って身体から煙と焼ける臭いを上げ、全く動かなくなる。そしてアリスが駆け寄り抱きつく。泣いているのを隠すように顔を押し付ける。
「もう大丈夫だから。」
「うん。ありがとう。ありがとう…。」
俺はアリスの頭を優しく撫でる。
そして少し落ち着くと、アリスの手を引きゆっくり村へ行く。山の主の巣は村からそんなに遠くない場所にあったためすぐに村に着く。
「おい、おまえ!何連れて帰って来てるんだ!」
一人の村人が俺に怒鳴りかかる。そして周りの村人も余計なことするな、と言わんばかりの呆れた顔をしていた。
「そいつ連れて帰って来て山の主はどうするんだ!」
アリスは落ち込んだ様子で下を向く。
「山の主は俺が殺した。」
「なんだと!」
「これで問題ないはずだ!」
俺は村人を睨みつける。
「…っ。」
「これからこの子を生贄にするような事はするな。」
「そもそもそいつのせいで山の主がお怒りになったんだ。」
「は?あんたら何あいってんだ。」
「その眼があるから…。」
「何を根拠にそんな事言ってやがる。」
「それは…。」
「山の主は野生の生き物だ。腹が減ったから獲物が沢山いる村を襲いに来たんだろうか。野生の生き物の行動までこの子のせいにしてんじゃねーよ!」
俺は思ったこのをそのまま叫んだ。そしてアリスは涙をグッと堪えていた。
「俺はこの子と昨日知り会ったばっかだけど、話してて何度も胸が苦しくなったよ。最初見た時、村の子供達に石投げられてそれも衝撃的だったけど、一番はこの子が『いつもの事だから。』って笑いながら言った事だ。わかるか?まだ十歳くらいの女の子が頭から血、流してんのにいつもの事って笑いながら言うんだぞ。この子、両親いないんだろ。両親居なくて、頼りにしてるはずのお前らにこんな事されてどんな気持ちになってると思ってんだよ。」
短い時間ながら抱いた怒りの感情が一気に爆発した。アリスは我慢して居たものが全て吹き出す様に再び涙をこぼす。
「…。」
そして、感情が高ぶりつつ少し冷静になる。
本当にコイツらにアリスを任せいいのか。村人の顔を伺う。村人は何人かは少し分かってくれた様な顔だが、他は不満げな顔をして居た。
……いや、ダメだろ!
「このままこの子を置いて村を出ようと思ってたけど気が変わった。この子は俺が連れて行く。」
「なっ!」
村人達は驚き、騒つく。
「いいな?」
「うん!」
アリスは涙を拭き、満面の笑みで頷く。
「じゃー準備して来い。」
アリスは走って自分の家に向かう。そしてクロもサラさんの古屋から鞄を持ってくる。
五分ほどでアリスはリュックを持って戻ってきた。
「行くか。」
「うん!」
俺とアリスは村出る。
「世話になったな。」
振り向きざまに村人達に軽く言う。