からくり拾いました。
時は、江戸。
しかし、この江戸は皆の知っている江戸ではない。
街のいたるところでは、人型のロボット――つまり、アンドロイド――が闊歩している。
人より、アンドロイドが待遇されている、そんな時代だ。
悲しいかな、江戸の人間は、欲望に目が眩んだのだ。
使えない者は切り捨てる。そんな時代になっていた。
しかし、お忘れではないだろうか?
人類と言う物は、まず基本になるものを作る。
それから、改良に改良を重ね、作り上げるのだ、最高傑作を。
では、アンドロイドの基本は何になるだろうか……?
それは――………“ からくり人形 ”
この話は、捨てられたからくり少女と、とある平凡中の平凡な少年のお話――………
◆
その日は、雨が降っていた。
ジトジトと降るのではなく、何処か気持ちの良い雨だった。
そんな雨の中、一人の少年は歩いていた。
少年の名は、神楽 鎖一。
容姿、運動神経、勉学全てに置いて平凡である。
「はぁ、まったく何なんだよ!あの親は!この雨の中買い物だと!?ふざけてやがる。」
少年は、怒っていた。
それはもう、般若の如く。顔を真っ赤にし、角でも生えたように思えてしまうほどだ。
しかし、少年は知らない。この買い物の帰り道、あんな出逢いをするなんて。
◆
私は、辛かった。
まるで生き地獄。しかも、じわりじわりと恐怖が襲う。
そうするのならば、いっそ解体してくれた方がマシだったわ。
ある少女は、そう考えた。
誰も相手にしてくれない。まるで、空気になったよう。
そんな彼女は、この江戸に広まったアンドロイドの基本形。試作体だった。
そう、つまり、“ からくり ”。
新しい、アンドロイドが流行りだすと、彼女はすぐに要らなくなった。
もともと試作体だったのだ。誰も、彼女に情けなんてなかった。
ガシャンと彼女は、 捨 て ら れ た 。
◆
鎖一は、買い物を終えると、裏道を通り帰っていた。
何故かって?
それは、この道が鎖一の家への近道だからだ。
「くそぅ、買い物袋が重てぇ……最近は何でもかんでもロボット化し過ぎだっつーの。」
ぶつぶつと世の中に文句を言いつつ、早足で帰る。
この際、買い物袋が重たい事と、世間のロボット化の事は関係無いがスルーしておく。
しかし、彼の愚痴は途中で途切れる事となる。
鎖一は、その次の瞬間、何かに躓いたからだ。
しかも、雨の所為で出来ていた水溜りにダイブしてしまった。
「いってぇぇぇえ!!くそ、びしょ濡れじゃねぇかよ!」
そして、その所為で鎖一の怒りが増したことも付け加えておこう。
鎖一は、ふと自分の躓いた何かに目を向けた。
そこにあったのは、人の頭部と思われるものが見え隠れしている、かなり大きなゴミ袋。
「何だ、人の頭かよ………って、頭ぁぁ!?」
一人ノリツッコミ。
まぁ、それは置いといて、鎖一はそのゴミ袋を恐る恐る開いてみた。
もし、本当に人が入っているのなら――といっても死体になるが――
警察に突き出そう、と思っていたからである。
出てきた物、それは人のバラバラ死体――……ではなく、
バラバラになった、大きさ150cmほどのからくり人形だった。
「うわぁ………作った奴らも酷いことするんだなぁ……。
流行じゃないからくりは解体かよ……」
鎖一は、そう言うとそのゴミ袋を持ち上げた。
鎖一は、このからくりの気持ちが痛いほど分かるのだ。
鎖一の家、神楽家は弱者切捨て。
何事も平凡な鎖一は、神楽家の落ちこぼれとなっていた。
だから、そんな鎖一だからこそ分かるのだ。
この捨てられたからくりの痛みが――………
「直して、やるからな。もう一度、蘇らせてやるからな。」
鎖一は、からくりの入った袋に笑いかけた。
◆
家にこっそりとからくりの入った袋を持ち込んだ。
しかし、落ちこぼれだと決め付けられている鎖一のことだ。
きっと見つかっても、また馬鹿が何かしている、と思われるだけだろう。
逆にこの環境は、一人が好きな鎖一にとっては過ごしやすいのだった。
「さぁ〜て、組み立て始めますかねっ!」
鎖一は、早速からくりの部品を広げ、組み立て始めていた。
平凡で落ちこぼれ、と言われている彼だが実はからくりの組み立てだけは
プロ級の腕前なのだ。
しかし、そんな彼でも旧式のからくりを一から組み立てるには
少々難しい物があった。
苦節2ヶ月。
鎖一は、からくりを完成させた。
からくりの髪は、黒みがかった緑色。
肌なんか透き通るほどの白。
そこらにいる女の子より可愛かった。
「起動、するかな〜こいつ。えっと、スイッチは〜と、あれ?」
鎖一は、からくりの首筋に文字を見つけた。
その文字は『00=1』であった。
「名前が、数字かよ………。悲しいなぁ。」
そう言いながら、鎖一はスイッチを押した。
うぃーんと、起動音が鳴るとからくりは目を開けた。
彼女の目は、燃えるような紅。
そして、その瞳は鎖一を捉えた。
「貴方は、どなた、ですか……?」
彼女は口を開いた。
「俺?俺は神楽鎖一。お前をもう一回組み立てたんだよ。」
鎖一は言った。
彼女は、少し目を泳がせて言った。
「貴方が、次の持ち主ですか?」
「あぁ、そうだよ。」
「私はもう、要らない筈じゃ……?」
「俺にとっては必要なんだよっ」
不安がる彼女に鎖一はにかっと笑いかけた。
それにつられる様にして、彼女も微笑んだ。
「よしっ!お前の名前は紅葉だっ!目が紅くて髪が葉っぱみたいな色だしな。」
「私に名前なんて、要らないです……あったとしても、“00=1”ですから……」
彼女の紅い瞳は、悲しそうに伏せられた。
旧式のからくりとはいえ、感情は有るのだ。
「俺が、必要だと思うから要るんだよ。お前を“00=1”だなんて呼びたくねぇーし。」
悲しそうにした彼女にそう声をかけた。
彼女は、目を見開き言った。
「そう、なんですか?そういう物、なのですね。では、紅葉がいいです。」
にこりと彼女――いや、紅葉は――微笑んだ。
「よしっ、これから宜しくな、紅葉。」
「宜しくお願いします、鎖一さん。」
◆
「鎖一!あれは何かしら!?」
嬉しそうにはしゃぐ、紅葉。
ほんのニ、三週間前までは、敬語のいかにもからくり!といった感じだった。
しかし、江戸に慣れれば慣れるほど紅葉はそれから遠のいた。
今では、すっかり人間の女の子と変わらない。
喜んでいいのやら、悲しめばいいのやらよく分からない。
「お〜いっ紅葉!はしゃぎ過ぎるなよ!壊れたら修理すんの俺なんだからなっ」
鎖一は、30mほど離れた所にいる紅葉に叫ぶ。
分かってるわよ、と言いながら紅葉は鎖一のもとへと走り出した。
「鎖一っ!何してるのよ?ほら、この着物綺麗でしょう?」
紅葉は、鎖一に聞く。
綺麗か、と聞かれれば間違いなく綺麗だ、と答える筈だ。
今、紅葉は黒地に桃色の蝶の刺繍が施されている着物を着ている。
そして、流れるほど綺麗な黒みがかった緑色の髪を純白の紐で一つに結っている。
紅葉には、似合い過ぎた。
「お前さぁ、もうちょっと大人し目なのは無かったのかよ……」
「これが、一番大人し目なのよ?」
鎖一は、誰にも見せたくないと思うようになっていた。
なんせ、そこら辺にいる女の子より綺麗なのだから。
紅葉とすれ違う人々は必ず紅葉を振り返った。
「鎖一?どうしたの?」
心配そうに顔を覗き込む紅葉。
はぁ、と鎖一は溜息を一つ吐いた。
「お前はきっと知らないんだろうなぁ〜……」
「何がよ、鎖一。今日、何だか変だわ?」
俺の気持ちを、と言おうとして鎖一は口を閉じた。
きっと紅葉には分からないだろう、と思ったからだ。
「言わない方が、きっと幸せなんだろーな。」
「もうっ!何を言わない方が幸せなのよ!?」
「ふっ、紅葉には教えない。」
「もう!鎖一の意地悪!あっ鎖一っ!あのお店行きましょうよ!」
紅葉は走り出した。
遠くで、早くおいでと言わんばかりに手招きしている。
今まで拗ねていたのにもう、笑顔になっている。
やれやれ、と鎖一は走り出した。
愛しい愛しい、からくりのもとへ。
鎖一は、何かを呟いたが、誰にも聞かれること無く風と共に消えた。
俺は、お前に一生振り回される運命なんだろーな。
でも、それでも、好きだから―………
この話は、鼎さんからのリクエストでした。
鼎さん、良いアイデアを有難う御座いました!
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