タイトル一文字。 同音異字から連想する物語、あいうえお順に書いてみた。
「れ」 ‐檸・レ・レ‐
ら行
ドラマとかでよくある、電車やバスで出会う素敵な文学少年は、だいたい文庫本を持ってる。
そして、ドラマの内容に直接関係ない場合、梶井基次郎の『檸檬』を持ってる。
短編なのに、どんな話か知らない人が多いからか。
読んでも一般的には共感しにくいからか。
『檸檬』読んでる人、なんだかミステリアスでカッコよく見えてる。
そういう存在に見せる小道具としての文庫本の代表のように見える。
そして、あたしの中で「『檸檬』読んでそうな男」っていうのが好みのタイプだった。
あたしの審査基準であって、他の人に見てもらってそう見えるかは不明だ。
そして、ついに出会った。檸檬が似合う男に。
機種変に行った時に担当してくれたケータイショップの店員だった。
若い店員にありがちな、チャラさもなく。
ガラケー時代が全盛期だったおっさん感もなく
独自の世界を大事にした地に足付いた落ち着いた男性。
電車ではスマホじゃなくて文庫本開いてます。みたいな感じの人。
あたしは左手の薬指を思わず見てしまう。
何もしてない。
声のトーンも心地よく、よくわかんない説明も心地よい音楽のように流れていた。
「それで契約内容なんですが、こちら、レ点をつけたところが、」
「レ点?」
「あ。レ点って言いませんか。カタカナのレみたいにチェックすること」
「ああ、そういう意味ですね。高校の時の漢文でレ点とかあったなあって、あれ意味わかんなくて」
「懐かしいですね。下から上に読む記号でしたっけ」
「よく覚えてないけど、ありましたよね」
あたしは、どうでもいい話でこの人との会話を引き延ばそうとした。
チャラくないから、どうでもいい話に乗ってこない。
にこりと穏やかな笑顔を見せられ、説明の続きに戻る。
このスマホ、買ったばかっりだけどすぐ壊れないかな。
とか、この人に改めて会える方法としてバカなことを考えた。
滞りなく説明は終わり、ありがとうございましたと、さよならの挨拶をされて別れた。
所詮、電車で出会った素敵な人。
時々、店の前を通って見かけるけど、仲良くなるには難しかった。
初回1ヶ月は無料のアプリをいっぱい契約させられる。
2ヶ月目が来る前に解約すればなんの痛手もないのだが、あたしはすっかり忘れてた。
3ヶ月後、携帯の明細を見て愕然とした。
契約だけして使ってないのに、ものすごい金額になっている。
初回にいっぱい契約させる「レ点商法」とも言われるせこい手口だけど、犯罪ではない。
解約し忘れたあたしが悪いんだ。
だけどさ、
檸檬男は詐欺行為を働いたわけじゃない。
だけどさ、
あたしは、ひとつずつ解約手続きをしながら、もやもやとした気持ちが抑えられなくなった。
どこかに訴えることもできない。
誰かに愚痴ってもすっきりするもんじゃない。
自分の過失が大いにある。
あたしは、スーパーでレモンを買ってからケータイショップへ向かった。
あの檸檬男は、なんとも言えない佇まいで接客していた。
だけど、あの時みたいにときめかなくなった。
あたしは、スマホケースを見ているふりをして、そのレモンを置いてそっと店を出た。
爆発してしまえ。あたしの恋心。
『檸檬』のラストのようなことを思いながら、妄想で自分のもやもやを消すことにした。
妄想でこっぱみじんになってしまったケータイショップを背に、あたしは漢文のレ点並みに関係ない
「レはレモンのレっていうから、日本人はLとRの発音が区別できないんだよ!」と言ってる
芸人のネタを思い出した。