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7.急ぐ理由



 朝、教室に入ろうと歩いていると廊下で正面から来た尾久川君と鉢合わせした。


 尾久川君は、あれ、という顔を一瞬したけれど、すぐに笑った。


「……はよ」


「お、おはよう」


 短い挨拶の後、そのまま教室に入る。


 胸がズキズキした。


 ぼんやり授業を受けて、お昼になってお弁当を食べようとしていたら瞳ちゃんが声を掛けてくる。


「今日、外で食べない?」


 外で食べるにはあまり良い気候とは言えなかったけれど、瞳ちゃんは有無を言わせない様子で先に教室の外に出た。


 ずんずんと中庭まで行って、腰を下ろす。

 お弁当を広げ終わる前に瞳ちゃんは急ぐように言った。


「すず、あんた尾久川になんかされたの?」

「えっ?」

「だって朝から目の周り真っ赤じゃない、なんかあったんでしょ? あたしが言ってやるから!」


 昨日は大泣きして、何度も目を擦った。そんなに分かりやすい痕になってるとは思わなかった。


「まさか無理やり……」

「なんもないよ! ほんとに! 大丈夫だから!」

「じゃあどうしたの?」


 瞳ちゃんの剣幕に押されてわたしは昨日の出来事を打ち明けた。尾久川君が、わたしと付き合うのを止めようと言ったこと。


「…………それで、すずはなんて言ったの?」

「なんてって……」


 なんて返したっけ……。返す間も無かったように思う。


「なんですずは泣いたの? 嫌な言い方されたとか?」

「……そんなことは、ないよ」


 瞳ちゃんはそこでようやく自分のお弁当箱を膝の上に広げた。箸を出してミートボールをひとつ、つまむ。わたしもつられたように自分のお弁当箱の中を見た。


「……じゃあ、すずは尾久川が好きなの?」

「……わかんない、けど、たぶん」


 そうなのだと思う。

 だけど、なんとなく、まだはっきり認めたくないのは、恐いから。認めたら、きっと色んなものと向き合わなければならなくなるから。


「すずがそのつもりなら……急いだ方がいいかも」

「……なにを?」

「あたしの口からはちょっと……」


 瞳ちゃんは言葉を濁してお弁当に戻る。問いただせる雰囲気でもないのでわたしも自分のお弁当を咀嚼した。


 その理由は放課後になってわかった。


「ねぇ、啓。宮原さん、やっぱり駄目だったんでしょ?」


 授業終わりでぼんやりベランダに出て遠くを見ていると、隣のクラスのベランダからそんな声が聞こえた。


 ベランダは隣のクラスと繋がっている。ただ、わたしは端っこの大きめの柱の陰に居たので、向こうは気付いていないだろう。その場から動けなくなった。心臓がドキドキする。


「一度ちゃんと告って、振られたらあたしのこと、考えるって約束でしょ。ちょっと順番というか、まさかオーケーされるとは思わなかったけど……結局振られたんでしょ?」


 付き合うことになったときもそうだったけれど、別れたことももう広まっているなんて、そのスピードに目眩がする。色んなことが、わたしだけを取り残して豪速球ですり抜けて行く。


「だいたいさ、宮原さん、元々啓に興味無さそうにしてた。あの人押しに弱そうだし、付き合うのだって啓が強引に言って承諾させただけなんでしょ」


「……そうだけど」


 尾久川君の声が聞こえて、また心臓がドキンと音を立てて、わたしはようやく動けるようになった。

 そのまま窓の扉を開けて教室に戻った。


 ピシャリと窓を閉めてへたり込む。


 何処かへ用事があって行ってた瞳ちゃんが教室に戻って来てわたしの顔を見てまた妙な顔をした。


「すず、どうしたの? 顔色悪いよ」


 昼間といい、わたしはそんなに分かりやすいのだろうか。いつも瞳ちゃんには隠し事が出来ない。


「なんでもない……」


 だけど、結局うまくしゃべれる気がしなくて声の代わりに涙が出た。


「すず、大丈夫?」


 ベランダに続く窓にもたれるようにしゃがみ込んで、わたしの涙は止まらなかった。


 わたしは、今まで普通に生きて来たつもりだったけれど、もしかしたら特別鈍臭いのかもしれない。色んなことのペースが早過ぎるように感じる。

 ぼんやりしているうちに付き合いが始まって、あっという間に終わって、そんなことのひとつひとつに、心が上手く対応出来ない。全く付いていけてない。


 尾久川君はさっきの子と付き合うんだろうか。色んな出来事が早過ぎて、どうしたらいいのか分からない。


 瞳ちゃんは黙って隣に座っていたけれど、ふいに立ち上がった。


「なんかムカついて来た!」

「えっ」

「あたしやっぱり尾久川に言ってくる!」

「え? 何を?」


 どんどんと前を進もうとする彼女を慌てて立ち上がって止める。


「やめて! やめて!」

「だってあいつ、すずのこと振り回すだけ振り回して話聞こうとしてないってことじゃん!」

「ちがうよ! そうじゃなくて!」

「そうだよ! じゃあなんですずは好きなのに別れることになってんの?」

「それは……」

「ちゃんと話聞こうとしてたらこんなことになってないでしょ!」

「待って! 瞳ちゃん待って!」

「離して! あたしもう我慢ならない!」

「だめ! 行っちゃだめ!」


 瞳ちゃん、短気過ぎる……。なんとか止めようと押し問答が続いたけれど、やがて二人とも疲れてへたり込んだ。


「なんで……止めるのよ……」

「ちゃんと……自分で言うから……」

「えっ」

「えっ」


 びっくりされて、その後自分で言った言葉にびっくりして声をあげる。


「すず、ほんとに?」

「…………むりかも」

「ならやっぱりあたしが……!」

「言う! ちゃんと言うから!」


 なんて流されやすい人生なんだわたしは。泣きながら瞳ちゃんを止めて、大騒ぎしてたせいか、廊下から何人かが物珍しいものを見るような顔でこちらを見ていた。





 もう遅いのかもしれない。


 それでも瞳ちゃんに自分で言うと言った手前、後には引けなかった。わたしはお人好しなだけでなく、妙な責任感の強さもある。根が真面目なんだろう。


 夜中にベッドでずっと考え込んだ。すごい早さで通り過ぎて行ったあれこれを、ゆっくりと整理する。わたしは今、何をどう思って、どうしたいのか。


 わたしが尾久川君に振られて、落ち込んだのは、自分を否定されたような気がしたからなのか。


 目を閉じて思い出す。尾久川君がわたしを好きと言ったときの顔。大して美味しくもないお弁当をニコニコしながら食べてくれたときのこと。繋いだ手の感触。一緒に張り紙を貼って回ってくれたときのこと。


 目を開ける。


 わたしは尾久川君が好きなんだ。

 ごく自然にするりと、その答えにたどり着く。


 そこをはっきり認めなくては、きっと何も始まらない。




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