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6.彼氏と別れる。



 あれは、なんだったんだろう。

 いや、ものは分かるけど、意図が図れない。


 だって、動物園で気まずくなって、尾久川君は会いに来なくなって、わたしは訳の分からないことを言って謝ってる最中だった。


 授業がまったく頭に入って来なかった。


 放課後に、ぼんやりしていると扉のところに尾久川君が来ていた。顔を見ただけで赤面しそうになる。いや、した。彼が黙って立っているので鞄を持ってそちらへ行くと少し先を歩き出した。


 尾久川君の顔が見れなかった。

 自分の靴をじっと見つめながら、ぽつぽつと校門を出た。


 しばらく行ったところで尾久川君が立ち止まる。顔を上げて見た彼の表情に、びっくりした。


「昼間、ほんとごめんね。可愛くて、わーっとなってやっちゃった……」


 なんだかとても悲しそうで、落ち込んでいる。


「本当ごめん」


 わたしはずっと下を向いて歩いていたから気付かなかったけれど、もしかしたらずっとこんな顔をしていたんだろうか。


「俺しってたよ」

「え」


 ぼんやり見つめていると、彼が口を開く。


「すずが、断れない子だって」

「……」

「でもすずは頼まれたことを一生懸命やってた。俺なんか、嫌なこと引き受けたら絶対手ぇ抜くもん。偉いなと思って。まぁ、それがどうって訳でもないんだけど……単に、見てて、なんか可愛くて」

「……」

「まさか、告白まで断れないとは思ってなかったけど……」


 そこまで言って尾久川君は上を向いて小さく息を吐いた。


「俺が強引だったかなー」


 独り言のように口にして、こちらを向いた。


「ごめんね。付き合うの、やめよう」

「えっ」

「だって断れなかっただけなんでしょ? このままだとすずに悪いし……」

「……」

「あ、気にしないでよ? 俺はべつにへーきだから」

「えっ……えっ」


 尾久川君は「俺、本当は電車通学だから駅の方なんだ」と言って笑って、反対方向に歩き出した。


 そんな風にして、あっという間に、彼とわたしは別れた。


 こんなに簡単なものだったのだろうか。


 わたしは、こんな一言をずっと言えなかったのだろうか。もっと重たいもののような気がしていたのに。


 確かにわたしと彼では、重みはちがうだろう。


 尾久川君がさらっとそれを口に出来たのは、この付き合いが、彼からの一方的なものだと思っているから。

 それを告げても、わたしを安堵させはしても、傷付ける可能性なんて、無いと思っているから。


「ごめんね。付き合うの、やめよう」


 告白したときと同じくらいの、そんななんでもない重さの言葉で、わたしは解放された。

 だけど何故だかちっとも安堵しなかった。


 ずっと心に乗っていた重みが無くなって、開放感は無くて、あるのはぽっかりとした喪失感だった。


 そのまま、ずっと後ろ姿を見送って、それが見えなくなってから、わたしは涙を袖で拭って家の方に歩き出した。


 尾久川君は告白も唐突で強引だったけれど、別れも同じように唐突で強引だった。


 怒りがわいた。さんざん引っ掻き回されて、振り回されて、急に放り出されたような気持ちだ。

 だけど、こうなったのはわたしのせいで、そもそもが彼はわたしの為に言いづらいことをわざわざ言ってくれたのだろう。


 一週間かそこらだったけれど、 ずっと悩んでいた。お洒落じゃない自分のこと。気の利いた会話が出来ないこと。思ってることもなかなか上手に言えないこと。全部、尾久川君がいなければ、こんなことで悩まずにすんだと思っていた。


 袖口で何度も涙を拭う。拭っても拭っても涙はわいてきて、目の周りがヒリヒリする。


 きっとわたしは傷付いているんだ。

 自分が言うはずだった言葉を、彼に言われて。


 夕食で呼ばれてリビングに行くとお母さんがあら、という顔をする。


「どうしたの? なにかあった?」

「友達と、喧嘩した……」


 力なく返すと笑って言う。


「ここのところ楽しそうにしてたのに……でもまぁ、若いうちは色々あるわよね」

「楽しそうになんて、してないよ」

「あらそう? お弁当作るとか、遊びに行くとか行って騒いでたじゃない」

「さ、騒いでないよ」


 ちょっと騒いではいた。お弁当を作るのも、デートも、初めてのことで慌てていたし、急に与えられたミッションを、なんとか人並みに普通にこなそうと、必死だった。


 なんだかそうやって、一生懸命やろうとした結果を、落第点を付けられて失格にされたような気持ちだった。


 いつだって、頼まれたことはそこそこ喜ばれるくらいにはこなして来た。

 嫌々引き受けたつもりでも、わたしはもしかしたらそうやって喜ばれることが嬉しかったのかもしれない。


 今回は失敗した。それが、単に上手くやれなかったから悔しいのか、それとも別の理由なのかはわからないけれど、尾久川君に付き合うのをもう止めようと言われてわたしはずっと、悲しかった。






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