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2.一緒に帰る。



「宮原さん、一緒に帰ろう」


 尾久川君が授業終わりにわたしのところに来て言う。


「え、うん」


 とりあえず、断るにしても話をする場は必要だろう。頷いて鞄を持って立ち上がった。


 同じクラスの、よく尾久川君と話している男子生徒がニヤニヤしながら彼に話しかける。


「啓、明日話聞かせろよー」


 なんの話だろう……。なんとなく、すごくわたしに関わることな気がする。どうしよう。周りに知られたら、ますます断りにくくなる。尾久川君は嬉しそうに笑って何事か返していたけれど、頭に入って来なかった。

 帰り道で隣のクラスの男子生徒にまで「あ、啓、ついにやったんだな」などとからかわれて、それにも彼は嬉しそうに笑って返す。どうも彼がわたしを好きなことは一部には知れていたようで、どことなく祝福するような空気で何人か話しかけて来る。おまけに尾久川君はものすごくご機嫌だった。


 これはますます断りにくい。


 でも、やっぱりよく知りもしない人と急に、断れなかったから付き合うなんて、わたしの性格的にやっていけそうもない。尾久川君がどう思ってるのか分からないけれど、失礼な気もする。それはファミレスのメニューの失敗とはちがう。高校二年生にもなってなんだけれど、わたしはとてもぼんやりしている方で、恋愛漫画に憧れはしても、実際の恋愛にはさほど興味が無かった。小さな片思いくらいは幾つかしたけれど、現実に付き合うだとかはなんだか生々しすぎる気がして具体的に考えたことがなかった。


 尾久川君は明るくて、友達が多くて制服の着方だって、わたしと比べてずっとお洒落だ。

 今まで気にしたことは無かったけれど、ちらりと覗き見する横顔だって、格好良いといっていいだろう。嬉しいというよりなんだか自分とは縁遠いひとのように感じる。席替えがあって、気の強い目立つ子と同じ班になったときみたいな居心地の悪さがある。


 昨日と何がちがうというわけでもない。


 ただ、付き合おうと言われて返事をしてしまっただけなのに。それなのに、自分が急に昨日とはちがう遠くに連れてこられたような不安感があった。これから自分はどうしたらいいんだろう。付き合うって、どうしたらいいんだろう。何もしてないのに気疲れがすごい。


 校門を抜けて、家の方を目指してぽつぽつと歩く。わたしの家は駅と反対側にある。徒歩通学だ。


「宮原さん……あ、すずって呼んでもいい?」

「いいけど……」

「俺のことも、啓って呼んでよ」

「わかった」


 啓……呼びつけはなんだか緊張するし、啓君かな。でも呼ぶタイミングが分からないし、そもそも断ろうとしている人と親密になる感覚がまた居心地悪い。


「俺ね、前にすずが理科室の掃除当番を代わってあげてるの見て……」


 あれは、確か彼氏とデートに行きたいから代わってくれと頼まれて、断れなかった。


「それから先生に頼まれた大量のプリントをひとりで持って、教室に持ってくのも見たし」


 それも、断れなかったのだ。


「あと、野球部の試合、マネージャーが足りないからって、手伝いに来てたのも見た」


「……」


「いつも優しくて一生懸命で、可愛いなーとか思って見てたら好きになってたんだよね」


 それは優しさなんかじゃない。

 全部、断れなかっただけだ。


 尾久川君の言葉に上手く返事を出来ずにうつむいて歩いていると、制服の袖をくっと小さく引っ張られた。


 何かと思って振り返ると、尾久川君は立ち止まってじっとわたしを見て、笑った。


 それから手を取られて、よく分からないうちに、わたしは尾久川君と手を繋いで歩いていた。


 尾久川君の手はわたしの手より大きくて、少し温度が低かった。指の感触も、骨っぽくて、ゴツゴツしている。どうしていいか分からずに心臓だけがドキドキする。


「嬉しい」

「えっ?」

「すずが、俺と付き合ってくれて嬉しい。絶対断られると思ってた」

「……」


 そんなことをぽつりともらして、尾久川君は黙って前を向いて歩いた。


 わたしはその日もちろん彼に、付き合うのを止める、なんて言えなかった。




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