1.告白をされる。
「俺と付き合ってくれない?」
唐突に言われて固まった。
*
校庭の隅、体育委員だったわたしは授業で使ったカラーコーンを用具室に戻す為に残っていた。
砂を踏み鳴らす音が聞こえて顔を上げると知らない男子生徒が居た。
知らない、というのは正確ではない。名前は知らないまでも、顔は知っていた。彼は休み時間などにうちのクラスによく来ていたし、わたしのすぐ後ろの机に座って話したりしていることもあった。ただ、同じクラスになったことも無いし、話したりしたことも一度もない。そういう意味じゃ〝知り合い〟ですらない。
「宮原さん、手伝ってもいい?」
ぼんやり顔を見上げていると彼はわたしが腕に抱えていたカラーコーンを全部取り上げた。全部だともはや、手伝う、ではなくなってしまうと思ったけれど、彼はそのまま用具室の方に先に歩き出した。
私は仕事が無くなってしまったけれど、彼をほっぽって帰るのもおかしい。それに用具室の鍵だって持っている。
どんどん前を歩いて行く彼を追いかけて用具室に着いた。彼の両手がふさがっているので、前に出て扉を開ける。少し重めの扉がガタガタと開いた。中は薄暗い。
「あれ、これ、どのへん?」
「あの、ハードルの隣の……」
「あー、わかったありがと」
彼はカラーコーンをごとりとそこに置くとわたしの方に向き直った。
「宮原さん、あのさ」
「えっ、はい」
「俺と付き合ってくれない?」
「えっ」
薄暗い用具室でわたしは動揺して、足元のマットに意味もなくつまずいてよろけた。
とっさに目の前の彼がわたしの肩を支えた。
「……あ、ありがとう」
「それ、告白の返事?」
「……えっ、」
「宮原さん俺のこと知ってる?」
「……知って……る」
知ってるけど、本当に、ただ存在を知ってるだけだった。
「俺の名前は?」
ポンポンと問いかけられて黙って首を振る。さっきから顔が猛烈に熱い。用具室が薄暗くて助かった。
「あ、やっぱり知らなかった? 俺、尾久川啓。クラスは隣」
隣のクラスなのはなんなとなく知っていた。だけど名前までは認識していなかった。そのことに、どこかガッカリした声を出されて申し訳なく感じて俯く。
そこからまた沈黙が場を支配して、尾久川君は堪り兼ねたようにまた言う。
「ねぇ、付き合ってもらえる?」
「えっ、あの……」
「駄目?」
「いや、あの……」
「どっち?」
焦ってきた。早く答えを出さないとイライラさせてしまうかもしれない。家族でファミレスに行ったときなどにも、わたしだけメニューが決められなくてお母さんにさっさとしなさいとよく怒られている。わたしは優柔不断で、プレッシャーに弱いので、結局焦って食べたくもないようなものをとっさに選んでしまい、いつも後悔する。
「宮原さん」
「……うん」
「俺、宮原さんが、好きなの」
「は、はい」
「それで、付き合って欲しいんだけど」
尾久川君は言い聞かせるようにゆっくりと、言った。高圧的なつもりは無いのだろうけれど、ハキハキした物言いに気圧されて頭が真っ白になった。
頭の中のイメージで、告白というのはどこかに呼び出して放課後などにされるものだと思っていた。あるいは仲の良い同士だと携帯で前振りがあったり、そういう、もう少し考える余裕のあるものだとばかり思っていた。
少なくとも体育終わりで顔に砂をつけたジャージ姿の状態で、急に現れた名前も知らない隣のクラスの男子に言われるなんて、予想もしていなかった。
「嫌?」
返事が遅いからか、首を傾げて少し悲しげな顔で言われて、襲ってきた罪悪感で首を横に振った。わたしはひとに嫌な顔をされたり、ガッカリされるのが苦手というか、少し恐い。だからいつも自分の嫌なことも、引き受けてしまう。
「いっ、嫌じゃない、です」
「え、じゃあいい?」
「え、うん」
間髪入れずに勢い良く聞かれて思わず頷く。
「やった! ありがとう!」
じゃあよろしく、と言い放って尾久川君が用具室の外に消えた。
我に返って色々冷静に見つめなおしたときには遅かった。猛烈に後悔した。
大変なことを承諾してしまった。
わたしは尾久川君のことをよく知らない。好き嫌い以前に興味が無かったのだ。
断るべきだった。
その場で断ればよかったのに、一度承諾しといて、やっぱり嫌だと断るなんて、余計に申し訳ない。でもこのままよく知りもしない人と付き合えない。
ひとつ、重たいミッションを胸に抱えて、わたしは教室に戻った。