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美しい彼女  【セカキス参加作品】

作者: 黒井羊太

僕と彼女のなんでもない日常。彼女は僕に、あるルールを課した。

 須藤彩華という女性がいる。


 彼女は、世界的に有名な女優である。


 主演した作品はいずれも大ヒット。大きな映画賞も何本か取っている。


 出演する作品毎に、まるで別人のように演技をする彼女。高い演技力によってその表情、仕草、視線のいちいち全てに観客は引き込まれ、笑わされ、泣かされる。


 もう一つ、彼女のとても強い武器。それはその美貌である。


 人間どうしたって、見られる角度って物があり、ある角度から見れば、どんな美人だって気持ちが冷めてしまう程の不細工に見えてしまう事があるだろう。


 彼女には、それがない。あらゆる角度から見ても、撮っても、全てが絵になる。一度熱烈なファンが、彼女の作品をコマ送りして確認した事があるそうだが、その全てのコマを切り出して絵画として売り出したら高値が付くだろうという予測を出した。


 男性陣からはセックスシンボルとして、女性陣からは憧れの女性像として、ファンは日を追う毎に増えていった。



 内緒の話ではあるが、僕は、そんな彼女と同棲している。



 そんな僕を、皆は羨ましがるだろうか。きっと羨ましい!と言う事だろう。


 そんな人たちに、我が家における彼女の像を見せたら、一体どう思うだろう、と僕は時々妄想する。いや、そもそも「家にいる大女優の姿」なんて想像つくのだろうか?きっと、誰も想像つかないだろう。


 


 朝。じゅーじゅーと音を立てて卵とベーコンが焼けていく。適当な頃合いにひっくり返し、皿に盛りつけていく。よし、いい塩梅だ。


「食事の準備、出来たよ~」


 僕がリビングにいる彼女に声をかける。彼女は「ん~」とうめき声のような返事をしながら、ソファからむくりと身を起こし、よたよたとした足取りでキッチンに姿を現した。


「お~、朝ご飯~」


 寝ぼけ眼のまま、彼女が呟く。


 こんな姿の彼女を見たら、誰もが仰天するだろうな、と僕は内心苦笑いをする。


 彼女は一糸纏わぬ姿、早い話が全裸だった。



 別段、今日が特別な日という訳ではない。彼女がケダモノのようにさかって、朝っぱらからすぐにでもシたい!抱いて!という意思表示でもない。これが日常なのだ。


 いやいや、痴女という訳でもない。これには理由があるらしい。僕だって最初は驚いて、何故そうするのかを尋ねたよ。


 そうしたら、僕を凄みながらこう答えたんだ。


「女って言うのはね、見られて美しくなるものなのよ。だから私は、全身余す所なく、隅々まで見られる事で美しさを保つの」


 バカバカしい理屈だろう?でも、彼女は本気なんだ。


 それでも絶世の美女、大女優の全裸を余す所無く眺められるなら幸せだろって?


 そんな嫉妬も、彼女の次の言葉で吹っ飛ぶだろうよ。


「言っておくけど、私の裸は芸術品。芸術品に欲情するような真似をしたら、○○○噛み千切って殺してやるから」


 あぁ、恐ろしい。彼女はマジだ。まだ憧れるかい?多分こんな条件、僕以外の誰も飲めないだろうさ。




「今日のスケジュールは?」


「今日は軽め。朝イチで現場入って、夜には戻ってこられるわ」


「じゃあ夕食を用意しておくよ」


「お肉が食べたいわ」


「じゃあそれで」


 淡々と会話をする。彼女は全裸だ。


 朝食を終えると、彼女は部屋に戻り、いそいそと服を着る。化粧はあまりしない。曰く、「後でメイクさんがばっちりやってくれるから。私がここで付けても、現場で落としちゃうから意味無いのよね」との事。お肌が弱るような真似はしたくないらしい。


「じゃ、行って来ます」


「いってらっしゃい」


 玄関で扉が閉まるまで見送る。これから僕は家事をする。それが僕らの日常。




 言っておくけど、僕は決して不幸ではない。家事をするのは苦でないし、彼女の事は大好きだ。間違いなく愛している。


 ここで告白しておくが、僕は重度の人体フェチだ。人間の造形美が好きすぎるのだ。どれくらいかというと、写真で眺めるだけでは飽きたらず、わざわざフランスのルーブル美術館まで『サモトラケのニケ』や『ミロのヴィーナス』だけを見に行くような男だ。そこに性的な意味などある訳がない。


 テレビで見かけて、須藤彩華のファンミーティングに行って、面と向かって「貴方の肉体が好きです」と言って捕まって。裏でこってり絞られた後、彼女から声をかけてもらって今に至る。


 そう、僕は彼女の体が好きだ。彼女の体は、どこを取っても美そのものである。それを毎日眺めていられる。こんな幸せ、他にないだろう?



 それ故に、イヤな気持ちになる事もある。


 今日もテレビを付ければ、彼女の主演した映画が流れている。家の中の彼女と違い、とても凛々しく、妖しく、可憐だ。


 世間の男達は理想の女性第一位に選び、性的な、いやらしい目で『須藤彩華』という女性について熱く語る。彼女の美について、何一つ理解出来ていない。奴らにとっては、自身の性的欲求を満たす対象の一つでしかないのだ。


 そんな奴らの顔を見ると、僕は気持ち悪くなってチャンネルを他へ回す。




「ただいま~」


 お、帰ってきた。丁度料理も仕上げの段階に入った所だ。


 彼女は台所を覗くことなく自室へ向かい、服を脱ぐ。一通りのストレッチを済ませ、丁度僕が皿を並べ終えるぐらいの頃に、全裸で台所に現れる。日常風景だ。


「お、肉料理」


「今朝のリクエスト通りさ」


「頂きま~す」


 僕の作った料理を食べる。それはそれで、得も言われぬ快感がある。食べる仕草、その一つ一つも芸術品だ。僕は思わず見惚れる。


「うん、また腕を上げたわね」


「ん? あぁ、ありがとう」


 彼女はテレビでは見せる事のない、屈託のない笑顔で僕に微笑みかける。なんて幸せなのだろう。


 こんな美しいものが、本当に生きているのだろうか?ふと気になった。


『もし触れてみたら、どんな感触だろうか』


 脈打っているのだろうか。温かいのだろうか。柔らかいのだろうか。窪みは、膨らみはどんな感触?


 今まで彫像を多く眺めてはきたが、触れた事が実はない。警備員に怒られてしまうから。


 せめて頬に触れてみたい。無意識に向かいに座る彼女の方へ手を伸ばし、頬に触れる直前、彼女の表情が一変する。


「触らないでっ!」


 びくっとなって、僕の手が止まる。鋭い眼光で睨め付ける彼女。あの目はマジだ。


「……何をしようとしていたの?」


 低く、脅す声。僕の背中に冷や汗が流れる。


「ほ、ほっぺたに触ろうかと……」


「はぁ?」


 バンッと机を叩く。僕はもう萎縮しきって、声も出せず、彼女の方を見る事も出来ない。


「前にも言ったよね? 私の体は芸術品なの。美術館とか一緒に行ったよね? 展示品に普通触る? 触らないでしょ?」


「……はい」


「はい、じゃないわよ。……もういいわ。ご馳走様」


 席を立ち、自室へ戻る彼女。


 残された料理は、ゆっくりと冷めていった。




 それでも僕の気持ちは消える事はないし、彼女の美は少しも失われない。彼女もあれだけ怒りはしたが、以前あったケンカの場合でも別れ話になった試しは、今のところない。ま、機嫌を直してもらう為にケーキを買う必要はあるのだけれど。




 そして遂に、彼女は世界の大舞台で認められた。主演した映画で世界的な賞を受賞したのだ。しかも主演女優賞まで取ってしまったのだから、世間は放っておく訳がない。


 何度もテレビの取材に応じ、彼女はにこやかに答えた。主演した恋愛映画のキスシーンは、『世界最高のキスシーン』と世界中で賞され、何度も流れた。


 憂いを秘めた彼女の瞳。それを思いやって、優しく肩を抱く男優。彼女は最初、戸惑っていたが、次第に男優の方へ体を預け、目を閉じ……そっと唇を重ね、その内お互いの唇を貪るように激しく……


 僕は、それをずっとテレビで見ていた。何度も何度も。彼女と、僕が会った事もない主演男優とのキスシーンを。誰もが世界最高のキスと賞する場面を。


 僕には理解出来なかった。


 美そのものである彼女に、醜悪な男がキスをする。こんな醜い場面があるだろうか?


 何故礼賛する?何故賞賛する?こんな、こんなクソみたいなシーンを。


 何かが僕の中で確かにムクムクと成長し、心の中を埋め尽くしていく。何だ、これは。こびりついて、とても気持ち悪い。




「ただいま~」


 彼女の声だ。さすがにちょっと疲れているようだ。だが、僕には関係ない。


 靴を脱いで、玄関から歩いてくる音。扉を開けて、リビングに。


 そこで、彼女の足は止まる。視線も止まる。思考も止まっているだろう。


 そりゃそうさ。きっと誰でもそうだ。


 そこには、包丁片手に全裸でソファに座る僕がいたのだから。


「ちょっと……何してるの?」


「座れ」


 僕の尋常ならざる空気を察したのか、彼女は黙って僕の前に正座する。


「……どうしたの?」


 僕の顔をのぞき込みながら、彼女が問う。


「……君にとって、僕は何だ?」


「えぇ?」


「君にとって! 僕は一体、何なんだ!?」


 包丁をちらつかせながら、怒鳴る。


「私は~……貴方の彼女でしょ?」


「手も触れられないのにか」


「そういう約束だからね」


「他の男は触れるのにか」


 怒る僕のその言葉を受けて、僕の心情を察したのか、彼女はしばらくの沈黙の後、プッと吹きだして笑い出す。


「あっはっはっはっは! あ~、そういう!」


 その態度が、僕の逆鱗に触れる。


「何がおかしいんだ!」


 怒鳴りつけた所で、彼女は笑う事を止めない。涙まで流して、大笑いだ。


 やがてひとしきり笑った後、不適な笑みを浮かべて彼女が言う。


「そりゃぁ、おかしいわよ。察するに、何かイヤな事があったのね?」


 ギクリとする。イヤな事、だったのだろうか。あれは。


 僕が言葉を返さないのを了と取ったのか、彼女はそのまま言葉を続ける。


「そしてそれを『見て』、イヤな気持ちになって、どうしたらいいか分からなくなったのね? ふふっ。か~わ~い~い~!」


 ズバズバ言われる。不愉快だ。だが、それは多分外れていない。


「その気持ちの名前、何て言うかあててあげようかしら? 『嫉妬』っていうのよ」


 くすくすと笑う彼女。


 僕は簡単に心の内を言い当てられ、怒りが沸き上がりすぎて言葉が継げない。


「どうせ、テレビであの映画のシーンが流れててイラッときたのね。あんなの、ただの仕事なのに」


「……それでも、イヤだ」


「私の体にしか興味がない癖に?」


 そうだ。そのはずだった。なら、何でこんなにもやもやしているんだ?胸の辺りが痛い。


 悩む僕を見て、彼女はまた堪えきれずくふふと笑い出す。


「ようやく、そう思うようになってくれたのねぇ」


 感慨深げに話し出す。ようやく?


 不思議そうに眺めていると、彼女は僕の視線に気付いて静かに胸の内を話し出す。


「私ね、あの時のあなたの言葉、悔しかったのよ?『あなたの体が好きです』だなんて。体だけかよっ!て。


 昔から外見も、中身も、演技力も、何もかもがトップで、誰も彼もが私を好きだったわ。私は常に賞賛され、憧れられ、羨ましがられた。


 それが、私の体にしか興味がないだなんて。勿論、セックスしたいって意味だけでそう言い寄ってきた奴らはたくさんいたわ。でもあなたは違った。本当に肉体にしか興味がないなんて。無茶苦茶やって裸見せれば正体を現すだろうと思ったけど、あなたが勃つ事なんて一度もなかった。


 だから、意地でも振り向かせたかった。あなたに触れられることなく、心だけで振り向かせる。私の女優として、女としての意地」


 そんな事を考えていたのか。その為の、裸うろつきだったのか。


「ようやくよ。あなたが嫉妬してくれて、ほっとしたわ。本当に心がないんじゃないかと思ってたのよ」


「僕も驚いてる。この気持ちは、嫉妬というんだろうね」


 目があって、二人して笑う。体は真っ裸だったのに、お互い心の中は全く見えていなかった。普通は順序が逆だろうに。それが何ともおかしかった。


 ふと、不安になる事があって彼女に問うてみた。


「もう意地を張らなくて良いって事は、僕との関係はもう終わりなのかい?」


「あら、貴方と別れる気なんて、ないわよ? だって、貴方の料理美味しいんだもの」


 彼女の「当たり前でしょ?」という口調に、僕はちょっとだけムッとして言い返す。


「何、僕の価値は料理だけ?」


 彼女はニタリと笑って返す。


「あら、私の体だけが好きだった人が、それ言う?」


 それもそうだ。言い返せない。


 それでも何かを言おうとすると、彼女が僕の口を塞いだ。


 彼女との初めてのキス。それはとても、優しく、温かかった。


 これから理解し合う僕らの、初めてのキス。

体だけではない、心の繋がり、しっかり持てる関係って良いですよね。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 書き忘れがあったので再感想、失礼! 読み進めるほど不穏になっていく展開にドキハラしていたら、丸く収まって――いや、丸く収めた彼女に乾杯☆ 糖度はたしかに低めのビターでしょうが、いじらしく…
[一言] この2人、ちょっとどちらもなんだかなぁ……と思いながら読み進めるも、少しずつ新しい顔を見せてくれて、最後はほっこり軟着陸。ほっとしました。 感情移入はしにくいぐらいに極端な性格のお2人。 そ…
2016/09/21 22:05 退会済み
管理
[良い点] 初めまして。セカキス企画から参りました。うみのまぐろと申します。 この二人は、なんとなくなのですけれど、似たもの同士でしたね。感情をぶつけ合う系のカップルなのだなと思いました。見てる人た…
2016/09/21 14:56 退会済み
管理
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