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五、残された物

 あの足の幽霊は、数年前迷宮入りになった足無しバラバラ事件の被害者だった。大家は足好きの変態で、大家の家からはマネキンの右足が大量に出て来たのだという。人の足も三本あったのだそうだ。なんとも猟奇的な事件だった。

 俺のビデオカメラは証拠品として押収された。その後何度再生しても幽霊は映っていなかったが、大家の自白はばっちり取れていた。

 大家と被害者の間に接点はなかった。大家はショッピングセンターで獲物を物色していた。右足に醜い傷跡を持つ大家は美しい右足に強い憧れをもっていたらしい。大家の残した日記からわかったのだという。

 ただ一つわからないのは、何故、幽霊の彼女は高木の部屋に現れたのだろう。大家の家に化けて出ればいいのに。何故、そうしなかったのだろう。

 この話を高木にすると、意外な答えが帰って来た。


「これ、被害者の親御さんからコピーしてもらったんだ」


 高木は安岡刑事の仲立ちで、被害者の実家に行ったのだという。

 被害者の家族、特に両親の嘆きは深かった。すでに葬式を済ませていた両親は、戻って来た彼女の片足を骨にして貰う為、もう一度焼き場に行かなければならなかった。片足だけのひつぎ。娘を殺された苦しみだけでなく、両親は人々の好奇の目に耐えねばならなかったのである。

 高木は、そんな理不尽な境遇にある二人を慰めたかったのだという。


「だって、そうだろう? 彼女も彼女の両親も全く悪くないんだよ。悪いのは大家じゃないか」


 高木は彼女が幽霊になった話を両親にしたのだという。両親の悲しみは和らぎはしなかったが、娘が自分を殺した相手と戦ったのだという事実が、殺された辛さを和らげたのだろう、高木に誘拐される直前の写真をコピーしてくれたのだという。


「この写真なんだけどさ」


 高木がスマホを見せてくれた。二十歳くらいの女性が笑顔を浮かべて写っているクリスマスパーティの写真だ。華やかなサーモンピンクの生地に白いチュールレースがあしらわれたミニドレスを着ている。前後の丈が極端に違うドレスは彼女の美しい足を引き立てていた。


「足下を見てくれ」


 モデルのようにすーっと伸びた真っすぐな足。その足下を拡大して見た。

 凝ったデザインの靴を履いていた。黒と白の皮が交互に組み合わされた鳥の羽をイメージしたようなデザインだ。その靴が、すんなりと伸びた形のいい足にぴったりと吸い付くようにはまっている。

 高木が押し入れの中から一足の靴を出してきた。一目でわかった。同じ靴だ。


「おまえ、この靴!」

「ああ、同じ靴だと思う。あの日、帰省しようと思って駅まで行ったんだけどさ、駅前でフリーマーケットやっててさ。で、見つけたんだ。イタリアの有名デザイナーの靴で、十万はするらしい。そんな金ないって言ったらさ、持っている万札だけでいいって話になってさ、帰省用の金、はたいて買ったんだ」


 高木は工業デザイン科の学生である。だらしのない生活をしているが、意外にも美しい物には敏感で、これはと思うデザインの品を見つけるとつい買い込んでしまうのだ。今回のように自分が履かない女物の靴であってもである。


「大家は彼女を殺した後、彼女の持ち物をゴミ置き場に捨てたんじゃないかな? それが回り回って、フリーマーケットに出たんじゃないかと思う」


 つまり、自分を殺した男が経営するアパートの住人が、たまたま自分の靴を買ったので、復讐する為に幽霊となって現れたというのか? アパートで幽霊騒ぎが起れば、大家が出て来る可能性は高い。靴を憑坐よりましとすれば、より強い怨念で取り殺せるのだろう。突然命を断たれた彼女の無念さを思った。


「彼女、きれいな足をしていたな」

「ああ、まっすぐな形のいい足だった。白く透けて光っててさ、まるでガラスのようだった」


 シンデレラはガラスの靴を片方残して舞踏会から姿を消した。彼女はガラスのような片足で、この世に戻って来た。


「彼女は成仏しただろうか?」

「さあ、どうかな?」


 俺達はオブジェのような靴を眺めた。

 今にも白く透ける形の良い両の足が、滑り込むような気がした。


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