忌まわしき儀式
「クラウス見かけなかった?」
「そういえば朝から見てないのう」
昼過ぎになってようやく外に出てきたライラはギルド長であるウルガルにクラウスの行方を聞いた。
「そういえばクラウスがお前さんに話をするって言っとったぞ。ヘルネ村とキール鉱山の件で…」
「朝からその話をされたよ、もちろん断ったし止めたよ。わかるだろ?」
「ああ、じゃが…クラウスは真剣だったように見えたがのう」
ウルガルは昨晩のことを思い出しながら答える。
「……まさかあいつ!!!」
はたと何かに気付いたライラは顔を上げ、勢いよくギルドの扉を開けたかと思うと飛び出していった。
「おい!ライラ!!気をつけるんじゃぞ!!」
聞こえたかどうかわからないがウルガルはライラに向かって叫んだ。
入れ替わるようにして若い剣士がギルドに戻ってきてウルガルにこう言った。
「ヘルネ村にコボルトの集団が現れ村をほぼ占拠したとのことです!」
「なんじゃと!?うむ…そのままヘルネ村へ向かってくれ。ライラも向かっているはずじゃ」
「ライラさんが?わかりました、追いかけます!おい、お前も一緒に来い!」
報告に来た若い剣士は近くに居たもう一人の剣士を伴いライラの後を追うようにギルドを後にした。
「悪いことが起きなければよいのじゃが……」
---
二人組みの男はキール鉱山跡地の奥へ向かっていた。
「祭壇は無事だな?」
「へい、ギルドの連中にはバレていないようです」
坑道は鉱山が閉鎖された際にいくつかの分かれ道を埋めてしまったのでほぼ一本道の通路で入り組んでいない。
普通に奥まで進んでいくと行動の終わりにたどり着く状態になっている。
二人の男はしばらく坑道を進むと例によって行き止まりまで到達したが、特に何もないように見える。
しかし弓矢の男が壁のある場所を押すと押した付近の壁が奥側にめり込み横にずれるように動いた。隠し扉である。
その隠し扉を抜けると元々採掘場所だったと思われる広いところに出た。
中央奥壁寄りのところに照明に照らされた赤い祭壇が見える。
「よし、はじめるぞ。お前は周囲を警戒しろ」
「へい、おかしら」
そう言うと短剣を持った男は祭壇があるその場を離れ、隠し扉があった行き止まりのところまで移動しあたりを警戒し始めた。
弓矢の男が持ってきた何かを祭壇の上にある不気味な模様が描かれた皿のようなものの上に置いた。
黒い水晶玉のようなそれは明かりに照らされ赤と黒が混じり合ったようななんとも形容しがたい光が放たれているようにも見える。
しばらくするとその水晶玉が明るく光を帯びてくる。
「よし成功だ……これでオーガが復活する」
ゴゴゴゴゴゴ…
どこからか地鳴りのような音と鉱山跡地全体が振動しているような感覚に襲われ男は思わず後ずさった。
地鳴りのような音は次第に大きくなり壁のあちこちにひびが入っているのが見えた。
「そろそろ危ない、おいリュウ!ここを出るぞ!」
「へい!ダグラスのおかしら!」
ダグラスと呼ばれた弓矢使いの男は水晶玉と模様が描かれた受け皿を手に取り、リュウという名の短剣使いの男とともにキール鉱山跡地の坑道を走り抜け外に出た。
「ふふふ……これでもう一度、証を手に入れるための試練を……」
外に出た後、鉱山跡地の方を振り返り男は笑みを浮かべながらつぶやきその後姿をくらました。
---
ライラはヘルネ村に向かっていた。
「クラウスの奴、行くなと言ったのに…」
ヘルネ村とキール鉱山跡地の調査をクラウスに相談されたがライラは断り行くなと言っておいた。
しかしその後クラウスの姿が見えないという事はヘルネ村に行ったのだと容易に推察できる。
「行ったらダメなんだ…関わってはダメなんだ…」
そんな事を呟いているうちにヘルネ村が見えてきた。
しかしキール鉱山跡地方向から轟音が聞こえるのと土煙のようなものが見える。
「まずい!あの時と同じか!」
村へ向かいながらライラが唇をかむ。
その時、村に複数のコボルトの姿を確認したライラは自分の得物「ブロードソード」を構えつつ村の中に入っていく。
コボルトもライラに気づき数体が一斉に向かってくる。
「はぁっ!!!」
掛け声とともに2体のコボルトが膝をついて崩れ落ちた。ライラのブロードソードが一閃した瞬間にコボルトは絶命していた。
しかしその掛け声が他のコボルトたちの視線を集めることとなった。
「2体も3体も同じことよっ!」
走りながら幅広の剣を無駄のない綺麗な動きでふるうその姿は豪快とも優雅とも見て取れる。
攻撃は最大の防御を地で行くライラの場合、盾を用いず剣を両手で構える。
両手で使う事により威力を倍増させるためだ。
敵の攻撃からの防御は先読みと動きでかわすことで補っている。
補助的なものとして腕まわりに手甲のような防具を装備しているのでこれを使って受け流しながら攻撃を行うこともある。
「一気に行く!!」
3方向からコボルトたちが接近、攻撃を仕掛けてくる。
しかし単調なためライラには容易に行動が読める。
1体目が振り下ろしてきた剣をかわしながらブロードソードが水平に振るわれるとコボルトが真っ二つになった。
振るわれた先にちょうど向かってきたコボルトに対し続けて下から上へ払うと次のコボルトの左足から左手にかけてが引き裂かれる。
その勢いに任せて反対側から向かってきたコボルトへ上から下へ振りおろし首筋から腰に掛けて縦に切り口を描いた。
「ふぅ……」
とりあえず目の前のコボルトは一掃したようだが、村の奥にはまだ居る可能性もある。
剣の構えはそのままにライラは慎重に歩みを進めていた。
「クラウスの奴、どこに居るんだ?」
しばらく進んでいくと、比較的新しめの家屋のそばで二体のコボルトが何かを囲んでいるのが見えた。
「まだ居るのか……」
そしてコボルトたちの脇から見覚えのある男が目に飛び込んできた。
「あ、あれはクラウス!?」
なぜか手足を縛られており口にはさるぐつわ、得物であるロングソードやバックラーも携えていない。
まだ危害は加えられていない模様だが明らかな異変を感じたライラは慎重かつ素早く家屋に近づく。
「手足が縛られている!?くそっ…こうなったら…」
意を決したライラは家屋の影から思い切って飛び出していった。
「クラウス!後ろに避けろ!!」
飛び出すやいなや、クラウスに向かって指示を出す。
「ライラ教官!?」
声に驚いたコボルトが背後に気を取られた隙にクラウスは予想外の出来事に驚くとともに自分の後ろ側へジャンプし倒れ込んだ。
「はあぁぁぁっ!!」
掛け声とともにブロードソードを思いっきり水平に振り抜く。
得意の水平斬りが決まった瞬間だった。
二体のコボルトに対して同時に真一文字の切り口が刻まれ倒れ込んだ。
コボルトの生死を確認したライラは、前方に倒れているクラウスのそばへ駆け寄る。
「おい、しっかりしろ!大丈夫か!?」
縛られたクラウスの手足とさるぐつわから解放しながら声をかけた。
「は、はい、避けた時にちょっと痛めました、何しろ手足が不自由でしたから……」
パァアン!
村全体に響いたのではないかという乾いた音がした。ライラがクラウスに平手打ちをしたのだ。
「この大馬鹿野郎!!!」
これだけでクラウスには十分言いたいことは伝わった。
「あれほど行くなと言ったのに、どれだけ心配したと思ってるんだよ!」
ライラの目が若干涙ぐんでいるようにも見えた。
「すみません、ただやっぱりどうしても気になって……助けてくれてありがとうございます。こんなんじゃ用心棒失格ですね」
クラウスはそんなライラに本当に申し訳なく思いつつも正直に気になったという事は伝えた。
「……本当に馬鹿だよお前……」
ライラは汗をぬぐうどさくさに紛れて目のあたりもぬぐってから、クラウスと家屋の中に入り一旦体制を整えることにした。
「とりあえず今までの状況を説明してくれ」
クラウスは単独で村に来てこの家屋に近づいた時、二人組の男に襲われ手足を縛られこの家屋に閉じ込められたこと。
二人組の男は、弓矢使いと短剣使いだったこと。
家屋を出るときに何か物を持って行ったこと。
家屋を脱出した時、村に来た時は居なかったコボルトが居たこと…などを詳しく報告した。
「キール鉱山跡地へは行ってないんだな?」
「はい、行く前に捕まってしまったので…その時だと思うんですが剣と盾も失ってしまいました」
家屋の中を少し探索しながらクラウスは答えた。
だいぶ回復したのかクラウスは自分で動けるようになっていたのだ。
「ちょっと外を見てくる。ここに居てくれ」
ライラは少し思うところがあったのか家屋の周りを探索した。
すると、少し前にコボルトと戦った場所から少し離れた草むらに剣と盾が落ちていた。
「やっぱりか」
ライラはそれを持って家屋の中へ戻った。
「おい、お前の得物見つかったぞ」
「ああっ!ありがとうございます、一体どこに?」
「すぐそばの草むらさ。二人組の男がお前の剣と盾を運び出していないようだったからもしかしたらと思ってね」
「なるほど、さすがですね」
「感心している場合じゃないだろ!少々迂闊だったんじゃないか?」
例によって背中を思いっきり叩かれた。
鎧を着こんでいるとはいえかなりの衝撃が伝わる。
「はい……おっしゃる通りで返す言葉もありません」
ライラはクラウスを正面に見据え真面目に切り出した。
「キール鉱山跡地へ行くぞ」
「え?これから行くんですか?」
「おそらく鉱山跡地でも異変が起きている。少し見ておきたい」
いつのまにか轟音は聞こえなくなっておりあたりは静寂に包まれていた。
その時、村の入り口方向から二人を呼ぶ声が聞こえてきた。
「ライラさん!あ、クラウスも無事か!」
ライラがギルドを飛び出して行ったのを追いかけるように村へと向かった若い剣士の二人だった。
「お前たち……どうしてここに?」
ライラが想定外だという表情を浮かべながら二人の剣士に目を合わせる。
「はい、ギルド長からライラさんを支援するように託されました」
「はぁ……まったく余計なことを……」
ため息交じりに思わずこぼす。
「ありがとう。それじゃひとまずこの村にコボルトの残党が居ないか捜索してくれ。あと村の住人が居たら一旦ギルドに連れて帰ってほしい
「わかりました。早速捜索にかかります。ライラさんは?」
「ああ、コイツと鉱山跡地へ行く」
「お気をつけて。クラウスも気をつけろよ!」
ライラ、クラウス共に若い剣士とは顔なじみで一定の信頼関係は保たれているようだった。
そのせいか話はすんなりとまとまり若い剣士二人は村の捜索に向かった。
ライラ、クラウスの二人は仕切り直してこれからの事を話し合う事にした。
「そういえばなにか崩れるような音が響いてたような気がします」
クラウスが捕まっていた時のことを記憶を頼りに話す。
「お前が見た二人組の男がなにかをやらかしたはずだ」
「なるほど…彼らはあの後何かを持って鉱山跡地へ向かったという事ですね」
「持ち出した何かってのはおそらく水晶玉だろう?」
具体的な話が出てきてクラウスは驚き思わず聞き返した。
「そういえば丸い何かだったような……ってライラ教官、何か知ってるんですか?」
「まあそのうち話すよ。よし行くぞ」
クラウスはおぼろげではあるがライラの過去が今回の件と何か関係しているのではないかと感じた。
ひとまずライラと共に家屋を出てキール鉱山跡地まで歩みを進める。
「鉱山は村のそばなんですね」
「ああ、すぐに着くぞ」
鉱山自体はほど近い村のそばにある。
「あ、入り口が見えてきました」
村のから山道を少し登っていくと鉱山の入り口が見えてきた。
見た目ではあるが入り口付近には異常は見当たらない。
「クラウス、お前もう体は問題ないんだな?」
「はい、もういつも通りに動けます」
クラウスは剣を抜き素振りをするしぐさを見せながらライラに動けることをアピールした。
「じゃあ大丈夫だな、しっかり頼むぞ」
「はい、まかせてください!」
そんなやりとりをし終えてから二人は鉱山跡地の中へ入っていった。
「……用心棒ってのはな、主のそばに居なきゃ意味が無いんだよ」
ライラはクラウスから目線を外しつぶやいた。
---EOF