異変 2
「鉱山跡地のコボルトは全滅したそうだな」
「ええ、例の女剣士ライラと、最近行動を共にしている若い男の二人によって」
「まったく、こんな時に余計な事をしてくれたもんだ…まあいい。この後のことは任せる」
「御意に」
ヘルネ村はもはや廃村と言っても差し支えないくらいに衰退した村である。
村のそばにはかつて鉱工業で栄えた象徴とも言うべきキール鉱山がそのまま跡地として残されている。
当時はたくさんの人々が生活してたと思わせる家屋が残っているが、そのほとんどは朽ち果てた状態で放置されており住民はほとんどいない。
「ただいま戻りました、おかしら」
「鉱山跡地には誰も近づいていないな?」
あたりを再度注意深く伺いながら手下と思われる男に確認する。
「へい、人っ子一人見かけておりませんです」
「よし、予定通りこいつを奥の祭壇に。行くぞ」
「かしこまりました、おかしら」
二人は手のひら大の何かを持ち出し建物を出た後そのまま鉱山跡地へ向かった。
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「ヘルネ村って鉱山跡地のすぐそばだったよね…今まで行ったことなかったな」
クラウスはライラの言う事を無視しヘルネ村に向かっていた。
思えばいつもライラの言う事に基本的には従って行動していたのでこんなことは初めての事であった。
そのせいかいつもより少し緊張感を増して村の方角へ足を運ぶ。
「ああ、あれが…村…なのか?」
本当に村として機能しているのかと疑ってしまうほどの状態に感じたのだった。
家屋は朽ち果て、雑草が生い茂り、道も荒れた状態のまま整地されておらずどこを歩いているのかわからないくらいだった。
クラウスは想像を遥かに上回る村の状態に中に入るのを若干躊躇しつつも歩みを進めた。
「うーん、特に何かがあるってわけでも無さそうだけど……ん?」
クラウスは一軒の割と新しい家屋を見つけた。しかもドアが開いているようだ。
「あの建物だけ新しい気がする。ちょっと中の様子を……」
慎重に家屋に近づき周囲を伺いつつゆっくりと中を覗いた。
人がいる気配は感じない。しかし床には複数の足跡が点在していた。
念のため剣に手を掛ける。
「最近まで誰かが住んでいたのか?」
それ以外は特に何も見当たらなかったのでいったん外に出る。
しかし何かがおかしい。具体的にはわからないがクラウスはそう思い始めていた。
「住民が一人もいない?既に廃村になってたのか?」
いくら寂れた村とは言え住民の一人や二人くらいなら見かけたりすれ違ったりするものだと思っていたが、人影をまったく見かけないのである。
最後まで残っていた住民もどこかに移り住んでしまったのか。
ヒュッ!
そう思い始めていた矢先、クラウスの頬を何かがかすめた。
「っ!!誰かいたのか!?」
頬をかすめたのは矢だった。目の前の壁に当たり落ちている。
クラウスは壁を背にして周囲をうかがう。静かに剣を抜き構えつつ壁伝いに歩く。
前方は雑草が生い茂っており視界があまり良くない。
「しまった上か!!」
気づいたときには背にした壁の上方から男が短剣を振りかざして飛び掛ってきていた。
辛うじて避けることが出来たものの体制を大きく崩してしまい左ひじを地面に強打してしまう。
短剣を装備した男がそれに乗じてクラウスを転倒させ、うつぶせの状態で両腕の自由を封じてしまった。
顔を上げたクラウスの視界には弓矢を装備しているもう一人の男が草むらの影から近づいてくるのが見えた。
「こんな所で何をやっているのかな君は?困るんだよね…勝手に入ってこられると。こっちは忙しいんだ」
そう言いながら弓矢の男がクラウスの手足を縛り上げさるぐつわをかます。
手は後ろで交差するように縛られ、足はぐるぐるにひもを巻かれている状態で膝が曲げられないくらいだった。
「よし、そいつをあの家に放り込んでおけ」
「かしこまりました、おかしら」
クラウスは二人組みの男に新しめの家屋の中に放り込まれた。
「念のためコボルトを村に放っておくか」
そういった男が何か呪文のようなものを呟いてしばらくすると、どこから来たのか数体のコボルトが現れた。
呪文らしきものを唱えた男がそう告げると、コボルトたちは村の中へ歩きだして姿が見えなくなった。
「まったく時間を無駄にしたわ。さっさと行くぞ」
足音が遠ざかっていく。二人組の男はどこへ行ったのだろうか。クラウスは耳を澄ませていたがわからなかった。
「ドアは閉まっているな…」
今回はカギのようなものでドアを閉めて行ったようだ。
後ろ側が見えないので把握できないが、何かの家具に体を固定されているようで身動きが全く取れない。
しかもさるぐつわをされているので声も満足に出せない。
「くそ、なんとかしなきゃ……」
クラウスはひとまずどうやってこの状況から脱出するか考えをめぐらすことにした。
「まずあの男たちは恐らく鉱山跡地へ向かったはずだ」
「足だけでもなんとか動かせれば…」
クラウスは縛られている足を床に叩きつけたり近くの家具にこすり付けたりするなどしてどうにかして動けるようにするべくもがいていた。
そんな中、古くなって穴が開いている床の穴が目に入った。
「あの穴に足を入れられれば……」
しかし何かに括り付けられていて体が動かせない。
それでも無理して体をよじってみると、くくり付けられている家具のようなものを少し引き摺ることが出来た。
「よしこの調子で少しずつ動けるかも」
少しずつ、少しずつ、引き摺りながら穴へ近づく。
くくり付けられている家具はどうやら大きなテーブルのようだ。
そうこうしているうちに、そのテーブルにくくり付けている締め付けが弱まってきたのを感じた。
「よしもう少し」
何とか穴の前にたどり着いた。
ちょうど両足がすっぽり入るくらいの大きさだった。
穴に両足を入れることで起立の状態を作り出し立ち上がってしまえばあとはどうにかなるという考えだった。
「あとは思いっきり体をひねって……」
クラウスはそう言いながら勢いをつけて思いっきり体をひねった。
ドガガガガッガダーン!!
テーブルが引き摺られ勢いよく倒れた。体にくくり付けられていたのが取れたようだ。
床の穴に縛られた両足を入れる。膝がほとんど曲がらないので少々斜めの体制でなんとか入ることが出来た。
幸い穴の深さは膝より下だったので、これならジャンプして床の上に立てそうだと感じた。
「よしこのままジャンプして」
クラウスは勢いよくジャンプして辛うじて床の上に立つことができた。
膝がほとんど曲がらないのでジャンプするのも至難の業だったが、どうにか目的は達せられた。
これ以上穴が深かったら徒労に終わってたところだ。
「はあはあ……とりあえずこの建物から出ないと」
「しかしもっと良い方法あったかもな。ライラ教官ならどうしただろう」
移動するにはぴょんぴょんジャンプしながらとなる。
「結構辛いな」
入り口のドアは施錠されているようだったが、クラウスはひとまずドアの前まで移動した。
「あれ?開いてる」
確か二人組みの男が出て行く時に施錠していたはずだったのだがドアは普通に開いた。
「とりえず村を出なきゃ……あ、そういえば剣はどこにあるんだろう」
剣のことも気がかりだがまずは村を離れて助けを呼ばなくてはならない。
家屋から外に出た後、来た道を引き返すためマインツ市の方角へ向かおうとした時、数体のコボルトが村の中を徘徊しているのが見えた。
既に村はコボルトによって占領されているのと同じ状態のように思えた。
「ああ、なんでコボルトが…今見つかったら終わりだな」
そんな風に考えていた矢先、二体のコボルトがこちらに近づいて来たのだった。
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