異変 1
「そろそろさあ、その教官っての…どうにかならない?」
背後から急襲してきたコボルトを振り向きざまに一刀両断にした後、次の襲撃に備えて警戒しながら剣士風の女がそうつぶやいた。
「なんか昔からこう呼んでいたからつい…慣れって恐ろしいですね」
周囲を警戒していた彼女の背中に自分の背中を合わせた同じく剣士風の男がそう答える。
「ふぅん、まあでもあんたが声をかけてくれたおかげで助かったわ。ひとまず鉱山跡周辺のコボルトは始末できたようね」
「そうですね。あたりも暗くなってきたので一度街へ戻りましょうか」
そう言って二人は剣を鞘に納め街に向かって歩き出した。
ここは昔からある鉱山跡地なのだが、そこを根城にしてたびたび近くにあるヘルネ村を襲撃していたコボルトの掃討を街のギルドから請け負ったのだ。
「おう戻ったかライラ、相変わらず仕事が早いのう」
「まあ今回はうまくいったよ、敵さんも思ったほどじゃなかったからね」
ギルドがある街に戻りライラと呼ばれていたさきほどの女剣士は余裕だったとでも言わんばかりの顔でギルドの受付に報告をしていると、ギルドの責任者と思われる老人から声をかけられる。
「今回は足を引っ張らなかったようじゃの、お前さんの用心棒は」
「あっははは!今日はちゃんと守ってくれたよ!なあクラウス!」
ライラがそう言いながらクラウスと呼ばれた男の背中を平手で豪快に叩く。
「あいたっ!またそうやってからかわないでくださいよ…用心棒じゃありませんってば」
冷やかしではあるものの親しみが込められた笑いが周囲から起こる。見た目からしてとても用心棒とは思えない剣士風の男クラウスは痛めた背中を気にしながらそう答えるのだった。
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アインハルト大陸
この大陸には4つの州が存在しそれぞれの州にはギルドと呼ばれる統治機構が置かれている。
州内に存在する都市にはギルドの支部が設置され都市ごとに管理を任されている。
政治経済はもちろん戦闘行為に至るまであらゆる権限をギルドが握っている。
ライラとクラウスはアインハルト大陸のマグデブルク州にあるマインツ市のギルドに身を置き、主に都市周辺の問題解決や魔物退治を行っている。
今回はマインツ市にほど近いヘルネ村がコボルトの集団に度々襲われているとの報告があり、ギルドからの要請でコボルトが根城にしていると思われていたキール鉱山跡地へ赴き退治したという顛末であった。
二人はギルドに併設されている食堂施設で”仕事の後の一杯”を堪能していた。
と言っても、主に堪能しているのはいつもライラであるが。
「クラウスぅ~最後の一体への対応なかなか良かったじゃないのぉ~成長したねぇ~ホントにぃ~」
「はは…偶然動きが見えたので咄嗟に声を出したんですよ、間に合ってよかった」
「周りのぉ~動きをぉ~よおく~見るようになったぁ~なぁ~」
自分よりも小さなクラウスの背中をバシバシ叩き自分で頷きながらつぶやく。
「あいたたっ!もうライラ教官、いいかげん飲みすぎですよ…」
「だぁ!かぁ!らぁ~!そのぉ~教官ってのぉ~どうにかぁ~ならな…むにゃむにゃ」
「あ~!また寝ちゃったよ…だから飲み過ぎって言ったのに!毎回誰が寝床まで運んでると思ってるんだよまったく…」
「いい仕事をしたからいつもより酒が進んだんじゃろう」
ギルド長のウルガルがテーブルに突っ伏して寝ているライラを横目で見ながらクラウスの隣の空いている椅子に座った。
「あ、ウルガルさん。確かにいつもより酒量が多い気がしますね」
「お前さんの成長が嬉しいんじゃろ、目をかけていた教え子だからの」
クラウスがギルドに所属する前、剣技教練所の生徒だった時の教官がライラであった。
教練所を卒業後クラウスはすぐにマインツ市のギルドに所属したが、ライラはその後突如教官を辞め姿を消し連絡も取れない状況だった。
およそ2年後、なぜか心身喪失の状態でヘルネ村に居たところを今のマインツ市ギルド長であるウルガルに拾われる。その後しばらく静養した後ギルド所属となりそこでクラウスと再会し今に至っている。
「ライラ教官、2年間どこで何をしていたんでしょう」
「聞いても頑として教えてくれないんじゃ。見つけた時に体に無数の傷もあったから戦っていたのは間違いないのだろうが」
「そうなんですか…見つかったのはヘルネ村だったんですよね。そこになにかあるのでしょうか。今日もたまたまヘルネ村絡みの仕事でしたが」
「ヘルネ村は昔鉱山採掘で栄えた時期もあったんじゃが、今日行ってもらったキール鉱山で事故があってな」
「事故の原因はなんだったのです?」
「それが、未だに原因不明なんじゃ。当時は鉱員に多数の死者が出たこともあり落盤事故だと思われていたが、その後調査しても落盤の形跡がまるで無かった。事故発生前の状態とほぼ同じじゃったらしい」
「その後の調査は?」
「調査は打ち切られたが原因不明なまま操業は続けられないので鉱山は閉鎖してしまってのう。今じゃもうほとんど住民も残っておらん。数世帯が細々と暮らしている状態じゃ」
ウルガルから話を聞いたクラウスはしばらく考え込んでこう言った。
「キール鉱山跡地、もう一度調査できないのでしょうか」
「もう一度?もう何も出てこないじゃろ。今日だってコボルトが居たくらいじゃろうて」
「明日ライラ教官に話をしてみます。何か気になるんです。ヘルネ村の様子も見ておきたいですし」
「正式な依頼じゃないから報酬は無いぞ?」
そう言ったウルガルは笑みを浮かべながら席を立ち手を振って奥へ戻っていった。
「あ…あはは、そうですよね…って、あ~!今日の最後の仕事が残ってたんだ!はぁ…」
意気込みを胸に秘めたクラウスだったが、だらしなく眠りこけているライラが視界に入り一気に脱力するのだった。
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翌朝、クラウスは普段ライラが寝床として利用しているギルドに併設された宿舎に朝一番でやってきた。
そこには普段は束ねているきれいなブロンズロングヘアーをなびかせているはずが、まるで頭の部分だけ魔法で爆発させたように変貌しているライラがぼーっと佇んでいた。
「ライラ教官、おはようございます」
「クラウスおはよ~うぅちょっとアタマいたいかも…」
「あれだけ飲めばさすがに次の日はきついでしょう。ところで今日は何か予定入っていますか?」
この瞬間、ぼーっとしていたライラに正気が戻り食らいつくように顔を近づけてきた。
「え?なに?もしかしてデートのお誘い?大胆にもこの私を誘うようになったなんて生意気になったわね~あ…こんな頭じゃ外に行けないじゃない!」
「い、いや、そうじゃなくてですね」
クラウスはとても申し訳なさそうに返事をした瞬間ライラの対応が180度変わる。
「え?違うの?…ぬか喜びさせんな!!」
お得意の背中叩きが繰り出され悶絶しながらも、昨晩ウルガルと話をしていた調査の件を聞いてみた。
「そ、それでですね、襲撃されていたというヘルネ村の様子を見に行ってからもう一度キール鉱山跡地の調査をしたいと思いまして…」
「ダメだ」
全く予想外の反応だった。当然二つ返事で了承してもらえるとクラウスは考えていたのだ。
「どうしてですか?」
「ダメなものはダメだ。昨日だってコボルトは一掃したはずだし今更あの鉱山跡地には何もないでしょう。それにヘルネ村へは行く必要はない」
「ウルガルさんに鉱山の落盤事故の話を聞いてどうしても気になるんですよ」
「もう何もないって言ってるだろ!行くなよ!」
えらく不機嫌になったライラはそのまま踵を返し部屋へ引っ込んでしまった。
「やっぱり何かあるんだ」
クラウスは確信めいた何かを胸に抱き、まずはヘルネ村の様子を見に行くことにしたのだった。
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