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装殻甲戦アニマトゥーラ  作者: どといち
第二章 穿たれた童心は境界で惑う
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第四十二話 逃避

やっっっと! ネットが開通しました。

ペースは遅いですが、一区切りまでかんばるぞい。

 薄暗いリビングに乾いた音が響く。


 ショッピングセンターからの逃亡に成功した供美達は、それぞれ分かれてからアジトへと戻ってきていた。


 左の頬を赤く腫らしながら、供美は目の前の女性を睨み付ける。


「使えない子ね。まったく」


 供美は心中に浮かび上がる言い分をぐっと堪えた。

 彼女は言い返したところでさらにぶたれるだけなのだと理解していた。


「あの袋も置いてくるなんて、数が足りなくなったからまた作らなくちゃ……」


 あの袋。それはショッピングセンターで女性が供美に渡してきた紙袋のことなのだと供美は直ぐに気づく。

 彼女は中身を見ることはせず、それをその場に置いて来てしまっていた。


「なあ、そもそも何であんたが外に出歩いていたんだ?」


 その質問に女性は答えず、代わりに供美を呆れたような視線で見つめた。

 すると、そのやり取りを横目で見ていた男性が、手に持っていた新聞を乱暴に供美の足元に投げてよこした。

 供美が怪訝な表情を浮かべながらそれを拾うと、男性がぶっきらぼうに見るべき場所を告げる。


 指示された箇所に供美は目を落とす。



『テロに関与か 宗教団体「てんせいのひかり」元構成員達に逮捕状』



 記事は、供美達とは別行動を取っていたグループが逮捕されたことを告げていた。

 彼女は視線を二人へと移す。


「まんまとやられたわ。あの爺さんは私達を釣るための餌だったのよ」


 恐らく、もう残っているのは自分達だけだと女性は言い放った。


 供美は、それを聞いた瞬間不思議な感覚にとらわれた。


 がけ際に立っているかのような不安感、だがそれと同時感じるのは、終わりが近いことへの安堵感。 


 二律背反の感覚に供美の心は揺れていた。だがそれは次第に安堵へと大きく傾いていく。


 自分ではない誰かの手によって決着が付くのを、供美は心の何処かでいつも願っていた。


 それがもうじき叶う。


 だが、供美の安堵感は続く女性の言葉に断ち切られた。


「せっかく爆弾を作ったのに、逃げにくくなるわね」


 爆弾。


 その言葉に供美は自分の血の気が引くのを感じた。同時に、あの時に自分が渡された紙袋の中身を察し、僅かにその身を震わせる。


「まだ材料はある。それに爆弾というのは少し違う。正確には時限式の発火装置、火炎瓶に近いな」


 男性が、事も無げに言い放つ。


 二人の計画はこうだった。


 人の集まる場所に出来るだけ多くの爆弾を仕掛ける。それ自体の爆発による殺傷は難しい。だが爆発によって発生した炎は内部の燃料に引火し、火災を発生させることが出来る。そうやって同時にいくつもの火災を引き起こし、その混乱の隙を突いて包囲を破って逃げ出すつもりなのだった。

 

 なんとも雑な計画だった。だが、その無謀な計画によって人々が傷つくのは確実だった。


 供美はこの一週間以上もの間通いつめていたショッピングセンターの様子を思い浮かべる。


 多数の家族連れ、学校帰りの学生。


 そして最上葵という名の少女。


 今日自分たちが暴れたことで起きたパニックの比ではない被害が出るかもしれない。いや、間違いなく出るだろう。供美はその計画に異を唱えようとして、それが出来なかった。


 もし逆らえば、二対一だ。自分が殺されるかもしれない。

 

 保身、それが彼女を黙らせていた。そしてその事実に供美は自分を激しく卑下した。


 供美が俯きながら二人の会話を部屋の隅で聞いていると、その内容がいつの間にか今日の食事についての話に変わっていた。


 それを聞いて、彼女は今日の騒ぎのせいでまだ食事の用意が出来ていないことに気づく。


 二人に促され、供美は近くのコンビニへと買い物に行くことになった。

 お金は、今日使うはずだったものをまだ持っている。


 このまま部屋でじっとしているより、とにかく気分を変えるためにも身体を動かしたかった供美は行動を開始した。


 そんな、買い物のためリビングから出て行こうとする供美の背中に、女性が思い出したかのように声を掛ける。


「ああ、今日は爺さんの分はいらないわよ」


 その言葉に疑問を持った供美が理由を尋ねる。


「何言ってるの? あんたも顔を見られてるのよ、明日の朝出て行く前に始末するんだからいらないでしょ」


 始末。


 その言葉の意味は考えずとも理解できた。供美の心臓が自分でもはっきりと分かるほどにその拍動を強める。


 その鼓動の音を掻き消すように、供美はリビングのドアをわざと大きな音を立てて閉めて出て行った。

 そのまま足早に玄関を抜け、外へ出る。


 どうしたらいい。どうすればいい。


 その答えは分かっていた。


 供美はそれを行うことが出来ない自分の弱さに涙が出そうだった。


 アジトから外へ出て、何も考えないようにしながら供美は、薄暗い道路をただ歩き続けた。


 俯いたまま歩いていた供美は、いつもの癖でショッピングセンターへと向かう道を進んでいることに気づく。

 引き返そうと顔を上げた時だった。


 供美の目の前にぽつんと電話ボックスが佇んでいた。


 夕方になって点灯し始めた街灯の光を浴びて、ガラス張りのそれは供美にはやけに眩しく見えた。


 供美はまるでその光に引き寄せられるように、ふらふらと近づいていく。


 電話ボックスの中に入った供美はポケットに入っている小銭を出そうとして、緊急の通報をするにはお金が要らないことを思い出す。


 だが、いざ警察に電話しようとするとやはり決心が鈍った。


 あるいは勢いのまま電話してしまえばよかったのかもしれないが、もはや後の祭りだった。


 通報は諦め、ポケットに入れていた手を引き抜こうとした時だった。

 供美は中に入っていた小銭を勢いあまって床に落としてしまった。


 拾おうとして屈んだ際、小銭と一緒にくしゃくしゃになった紙くずが落ちていることに気づく。

 レシートは全て渡していたはずだ。そう思いながら、供美はそれを拾い上げしわくちゃになった紙をを広げていく。


 中に書かれていたのは、可愛らしい文字で記されたメールアドレスと電話番号。


 供美はその瞬間、頭に思い浮かんだ行動を自嘲した。


 彼女に電話したところで何が変わるというのか。


 だが供美には、誰でもいいからこれから自分たちが行ってしまうであろう行為を知っていて欲しいという思いがあった。

 それが自己満足に過ぎないと供美にも分かっていた。

 だが警察に通報する勇気が無い供美は、その番号に掛けることこそが唯一自分に出来ることなのかもしれないという、強迫観念にも似た考え強まっていくのを感じていた。


 震える手で受話器を取り、十円玉を投入する。

 そして、紙に書かれた番号を一気にダイヤルした。


 耳に当てた受話器から聞こえる発信音が変化する。


 この時になって供美は後悔した。電話など、掛けなければ良かった。


 もし、彼女が電話に出たとして何を話したらいいのだろう。

 自分たちがニュースに出ていた誘拐犯で、これからテロを行うから止めてくれとでも言えばいいのだろうか。


 それを信じてもらえたところで、彼女に何が出来るのだろうか。せいぜい自分の代わりに警察へ通報するぐらいだろう。

 結局、本当ならば自分がやらなければならないことを彼女に押し付けているだけなのだと供美は気づいた。

 

 受話器からはコール音が鳴り続けている。


 いっそこのまま出ないで欲しい。もしくは、番号が間違ってたら良いのに。


 供美の受話器を持つ手が震えを増していく。


 コール音が五回を越えたその時だった。


『はい、もしもし? 最上ですが。どちら様ですか?』


 メモをくれた相手、最上葵が電話に出てしまった。


 供美は、自分の息が止まるのを感じた。


 吐くことも、吸うことも出来ない。


 言葉がまったくでなかった。


 口がカラカラに渇いていく。そしてその水分がまるで移っていくかのように供美の両目が潤んでいく。


 言葉の代わりに出てきたのは、大粒の涙だった。


 嗚咽が引き絞った唇から漏れ出て行く。それを止めようと受話器を持たない手で供美は口元を押さえた。

 だが、それを止める事は出来なかった。なぜ泣いているのか、供美は自分でも分からなかった。

 

 嗚咽は葵にも電話越しに聞こえているようだった。先程から電話相手を確認しようとする声が聞こえてきていた。


 供美は、息苦しさが限界に近づいていくのを感じた。だが、電話口から聞こえる葵の声から耳を離すことが出来ない。

 電話を切ることが出来ないでいた供美だったが、葵の問いかけに何も答えないでいればいずれは電話を切られてしまうだろう。もしくは入れたお金の分の時間が過ぎれは、同じ結果になるだろう。


 そう考え、電話を切らずに受話器の向こうの葵の声にただ耳を傾けていた供美だったが、突如聞こえてきた葵のある言葉に彼女の心臓は粉砕寸前となった。


『……松永さん?』


 その言葉に息を呑む様を感じ取ったのか、葵は電話の向こうにいる人物が何者なのか確信したようだった。


『松永さん? どうしたの? どうして泣いてるの?』


 供美は泣くことしか出来なかった。どうして電話の相手が自分だと分かったのか、その理由は分からなかった。

 強まった嗚咽の中、供美は何とか言葉を出そうとする。


 そして


「助けて……」

 

 たった一言だけ、搾り出すように呟いたところで通話は終わった。


 受話器からは、もう葵の声は聞こえなかった。最初に入れた小銭の分の時間が終了したのだった。


 通話の終了した受話器を供美はそっと元の位置へ置いた。


 そして、そのまま電話ボックスの地面へとへたり込んだ。電気のついた電話ボックスの中からは外の様子は見えない。いつの間にか、空は夕暮れから夜へと変わっていた。


 座ったまま膝を抱えて供美は


「馬鹿だな……私、本当に馬鹿だな」


 そうひとりごちた。

 

 

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