第四十一話 ショッピングセンターでの攻防
残念ながらコンテストは落選と相成りました。
もっと精進せねばですね。
凛音は目の前に立つ女性の装甲を観察する。
鳶色の装甲を身に纏った女性の装甲には、胴体、腕、脚、首などの円柱状の身体各部に隙間無くベルト上の物体が幾本も巻きついていた。
そしてそのベルト表面は、遠目でも分かる程のざらつきを備えている。
その装甲形状から、凛音は目の前の相手が誘拐事件の犯人の一人である、鳶鑢と呼ばれる存在であることを改めて認識した。
それと同時に、善治から受けていた不自然な忠告を思い出す。
今この場で、追ってはならないと忠告された相手とやり合うのは、何か良くない事態を引き起こすのではないだろうかとの不安がよぎる。
だが、目の前の相手は明らかに殺意を持って凛音の背後にいた男性たちを襲うつもりだった。
それを黙って見過ごすことは、絶対にありえなかった。
向かい合った二人の周囲からは、いつの間にか人々はいなくなっていた。だが、出口の方では未だ喧騒が続いている。凛音はこの騒ぎでの怪我人が少ないことを祈った。
凛音は鳶鑢へと意識を集中する。そして相手も、逃亡を図るのではなく凛音と一戦交えるつもりのようだった。
鳶鑢は、右半身を前に出し、そのまま右掌を前に突き出すようにして構えた。
左手は、胴体に巻きつくように下段へ向け、へその辺りで掌を下にして構える。
よく見れば、ベルト上機構は、関節を除く指全体にも認められた。
ただし指先だけが、すっぽりと、先端の尖ったカバーを付けている様な形だ。
そして、女性は自分の右脚を左脚とクロスさせるように身体の後ろ側へと置く。
重心がやや後ろに下がったためか、左足の踵が浮いた。
その独特の構えに、凛音は反応を示した。それが何であったか、凛音が思い出すよりも速く女性が動き出す。
キイイイィィィィ
不気味な複数の作動音が凛音の耳に届く。それは、何かが回転する音。
いや、何かではなかった。
女性のベルト上機構が高速で回転を始める。
指先、指全体、前腕、上腕。
自身の身体が接触していない全身の装甲表面が、縦方向を軸に高速回転していた。
そして、右手と身体の向きを凛音へ向けたまま、彼女を中心にゆっくりと時計回りにその周りを歩き出す。
一歩、二歩、三歩、とまるで舞うような動きで凛音の周りを回る。その間、身体の向きは常に凛音の方を向いている。
そして六歩、七歩、八歩目で、女性の立ち位置が最初に立っていた位置へと戻った。
その独特の歩法で、凛音は相手の使うであろう技術を思い出す。
中国拳法、これはその中でも拳よりも掌を多く使用し、相手を絡め取るような円運動を得意とする武術だった。
その名も、八卦掌。
凛音は今まであまり戦ったことの無いタイプの動きに警戒を強める。
だが、所詮は近接格闘の部類に入る代物だとして、柔術などを相手取るときと同様の心構えで立ち向かおうとする。
そして、彼女が周囲を回る円周をわずかに狭めた。
凛音はそのタイミングで様子見のため一歩踏み込み、牽制の左ジャブを放つ。
鳶鑢は前に突き出した右手をその軌道の内側へと潜り込ませ、交差させる。
凛音はそのまま身体の内側に入り込まれることを予測していた。
入り込む足の動きを読んで、その足を前蹴りで押さえに行く。
だが
「うぉっ!」
相手の右手が凛音の左手に触れた瞬間、相手側に引き込まれるように左腕が引っ張られる。
そして接触部から、激しい青色の火花が巻き起こった。
接触部の凛音の装甲が、削り取られて行く。
凛音は即座に理解した。彼女の装甲が冠する『鑢』の文字、その意味を。
「全身が、電動やすりかよ!」
女性の高速回転するやすり部が、凛音の装甲に食い込み、そして手前側に引き寄せた。
それによって凛音の体勢が左肩を突き出すように乱れた。
そして引き寄せた左上腕を右手で掴むと更にそれを引っ張る。掴まれた部分から、更なる火花が散った。
左腕を離した女性は身体を回転させ、引っ張られたことによって前に出た凛音の顎目掛けて右肘による攻撃を放つ。
凛音は噴射によって無理やりに逃れることも出来たが、自分の距離でもある近距離戦に持ち込まれたこともあり、それを迎え撃つことにする。
相手の右肘に合わせて、右肘振り上げで迎撃を試みる。
体勢が崩れていたが、右上腕部の噴射による加速によりそれは十分なタイミングと威力で相手の肘とぶつかり合う。
その衝撃で、互いの装甲が削れたことを示す火花が撒き散らされる。
凛音は、激突の瞬間に、やはり回転によって威力が逸らされてしまっているのを感じていた。
本来ならば、もっと大きく相手の装甲を削れているはずだった。
迎撃が間に合ったことに驚いたのか、女性は回転の勢いのまま、追撃を行わずに凛音の背後へと抜けていく。そしてまるで踊っているかの如き、流れるような動きで再度凛音と向き合い、構えを取った。
「随分と面白い能力ね。でも強引なのは、嫌いよ」
「そっちこそ、接触するだけでダメージだけじゃなく、オートで化剄かよ。ずるいな」
回転により相手の力を受け流す技術を、中国拳法では『化剄』と呼ぶ。
本来ならば身体の動きでそれを行うはずだが、目の前の敵はそれを必要としていない。
凛音は打撃系の攻撃が上手く通用しないことを理解したが、同時にその攻略法も思いついていた。
間接部は回転していない。
一般的なアニマトゥーラ同様に蛇腹状の装甲がそこにはあった。
凛音は両手の構えはそのままに、両手を熊手へと変化させる。
そして一気にその距離を詰めようとしたその時だった。
「ッ!?」
突如、凛音の足元に五寸釘が打ち込まれる。
そして、それに気づいて飛びのいた凛音の足元目掛けて次々に釘が打ち込まれていく。
アクロバティックな動きでそれらを避けた凛音は攻撃方向へと顔を向ける。
そこには、鉄のような金属光沢を持つ巨大な蜘蛛の怪物が存在していた。
それはまるでゲームに出てくるアラクネと呼ばれる怪物のようだった。
人間の上半身に、蜘蛛の下半身。だがよく見れば、人間の足はきちんと存在している。
蜘蛛の上顎にあたる部分が、よく見れば装甲を纏った足だった。
それを考慮して全体を見ると、蜘蛛の頭の部分に、人間が腰掛けているような姿なのだった。
人間部分の顔には複眼が存在している。だが、右目の複眼のうち最も大きな眼が潰れてしまっていた。
鋭く尖った蜘蛛の八本足を壁に突き刺しながら、その怪物は両手に持った銃の様な物を凛音に向けている。
先程放ってきた釘を考えれば、その手に持っているものの正体も自ずと理解できた。
「工具ばかりだな……今度はネイルガンか」
その呟きが聞こえたのか、蜘蛛型のアニマトゥーラを身に纏った人物は凛音の足元目掛けて再度釘を放つ。
これ以上後ろに下がってしまえば、避難している人達に追いついてしまうと考えた凛音はその攻撃を今度は前に出ることで回避する。
それを見た鉄色の蜘蛛が、壁から鳶鑢の傍まで降りてくる。
「おい、逃げるぞ」
その言葉に怒りを露にする女性だったが、時間を掛ければ掛けるほど、不利になるのは自分達だということは理解していた。
そのため、不満げながらも蜘蛛の胴体部分へと座り、その左手を人間部分の腰へと廻した。
「じゃあね、黒鬼さん」
瞬間、蜘蛛が猛烈な勢いでバック走を開始する。
人間を一人乗せているとは思えないほどの速度だった。
「待てっ!」
凛音は背部ジェット噴射機構を全開にする。踏み出した両足、その後部噴射口も動きに合わせて噴射を行う。
追走を開始した凛音に向かって蜘蛛は次々と釘を放つ。
だが、どれも足元を狙うばかりで凛音はそれを容易に回避しながら距離を詰める。
そうしている間に、スーパー側の出入り口が目前に迫っていた。だが、凛音と敵との距離も同様に縮まっている。
出入り口付近には未だ逃げ出せていない人々がまばらに残っていた。
このままでは追いつかれる、そう判断したのか、蜘蛛に乗っている鳶鑢が腕を使って進路変更の指示を行った。
前方を向いている蜘蛛は、その指示された方向に向かって軌道修正を行う。
蜘蛛にはその先にあるものが何なのか分かっていない。
「やめろ!!!!!」
凛音が叫ぶ。
その怒号を聞いて、蜘蛛のアニマトゥーラは首を僅かに動かす。そして複眼によって強化された視界が、それを捉えた。
そこには逃げ遅れた親子連れがいた。小学生程度の女児と手を繋ぎ、背中にはまだ赤ん坊の子供を背負っている。
猛烈な勢いで接近する蜘蛛達に怯え、親子はその身を寄せ合う。
それに向かって、鳶鑢がそのざらついた指先を伸ばしている。
目的は明らかだった。
凛音の脳内に、拭い難い記憶がフラッシュバックする。
その瞬間、噴射を行っていた背部と脚部のスラスターハッチが限界を超えた噴射によって吹き飛ばされた。
距離が、瞬く間にゼロとなる。
だが、凛音が極噴射を行うと同時に、蜘蛛もまた親子から離れるための軌道修正を行っていた。
鋭い足先が、ショッピングモールの床を不快な音と共に削っていく。
鳶鑢が伸ばした手は、親子には届かない。
そしてその手首を、接近した凛音が左足で蹴り上げた。同時に、蹴り上げのために踏み込んだ右脚で、蜘蛛の足を一本粉砕する。
手首を粉砕され、悲鳴を上げる女性を尻目に、凛音は身体を捻り、蹴り上げた左足でそのまま蜘蛛へ向けて踵落としを行う。
当然、噴射によってその速度と威力は強化されていた。
回避は出来ないであろうタイミングだった。
だが、蜘蛛はその攻撃をまるで知っているかのような反射的な動きで防ぐ。
両手に釘打ち機を持ったまま、それを交差させることで凛音の踵を防いだ。
それにより、蜘蛛の武器は火花と共に粉砕された。
攻撃を防がれたことに一瞬気をとられた凛音の、右脚によって続く攻撃は空を切る。
蜘蛛は残った七本の足でバック走を再開すると、ガラスで覆われた出入り口を突き破って外へと逃走する。
凛音は追いかけようとして、先程の噴射によって全身の空気残量がほぼ尽きかけているのを思い出し断念する。
周囲には、激しい混乱の渦が存在していた。
凛音は自分の背後に、先程の親子が未だいることに気づく。幸いにして、怪我などは無いようだった。
自分の黒鬼の姿に恐怖する親子を前に、凛音は少しの逡巡の後、自分の次の行動を決定した。
握った右手の指のうち、親指だけを立てる。所謂サムズアップのサインを凛音は行った。
そして怯える親子に向かってそのサインを向ける。
伝わってはいないだろうが、装甲の下の顔は精一杯の笑顔だった。
だが、親子は凛音のその行為に困惑の色を発するのみで、決して彼女に対して安堵の表情を浮かべたりはしない。
その反応に、凛音はやや肩を落とす。
そうこうしている間に、周囲の目が自分に集まっているのを感じた彼女は早々にその場を立ち去ることにした。
「(こういう時に、バイクで颯爽と去っていくのが理想なんだけどなー)」
自分が初めに好きになった特撮ヒーローの姿を思い浮かべながら、凛音は人目につかない場所まで疾走する。
暫くして人目につかない場所までたどり着いた凛音は、装甲を解除しながら深い溜息を吐いた。
これから直面しなければならなくなるであろう現実を、つまりは、酷く面倒な善治達による事情聴取と報告書の作成を考えての溜息だった。
凛音は携帯電話を取り出すと、真っ先に葵へと電話を掛ける。心配しているであろう彼女に自分の無事を伝えるためと、諸々の事情で帰りが遅くなる旨を伝えるためだ。
善治への連絡はその後でも良い。
逃避を含む思考でそう考えながら、凛音は、呼び出し中を示すコール音に耳を傾けたのだった。




