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装殻甲戦アニマトゥーラ  作者: どといち
第二章 穿たれた童心は境界で惑う
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第四十話 葵のナンパ

 次の日の夕方、供美は先日、葵と会話を行ったベンチ座っていた。彼女は、ジーンズの腰部分に両手の親指を入れながらぼんやりと前方を見つめている。


 そうやって座りながら心中に思い出されるのは、昨日の老人との会話だった。


 供美は、自分が誤った道に進んでいるのは、重々理解していた。


 彼女がアニマトゥーラに目覚めた惨劇の日、自分に危害を加えた男性に反撃を行い怪我をさせてしまった供美は、自分の身に起きた出来事と合わせてパニックに陥っていた。そんな供美に、信者達は彼女の両親は先に外に出たなどと言って彼女を連れ出したのだ。


 それから暫くの間、供美は両親と合流して落ち着くまで、と彼らと警察の目を逃れながら雑用係として働いていた。


 そうして気が付けば、頼るものは何も無く、危険な思想の持ち主達と同じ穴の狢として扱われるような立ち位置に供美は追いやられていた。


 老人は供美に自首を勧めていた。供美も、心の何処かではそれが正解なのだと薄々感づいていた。

 だが、最終学歴が中卒である自分が、さらに前科まで付いてしまったのなら、そこから先の人生は一体どうやって生きていけばいいのだろうかと供美は自問する。彼女には、その答えを出す勇気が無かった。


 供美は唯ひたすらに、怖かった。


 昔はあんなに嫌っていた、決められたレールの上を供美は懐かしんだ。そしてそこへ戻りたくとも、その方法が、そこに至るための道が彼女には分からなかった。


 結局、破滅への道と知りながらその道を限界まで進むしかないのかもしれない。そう供美が結論付けたときだった。


「ていっ」

「ひぎゅう!」


 突如、供美の首筋に冷たい物が押し付けられる。その感触に、供美は思わず素っ頓狂な悲鳴を上げてしまった。


「びっくりしました? 前のお返しです」


 後ろを振り向いた供美の左目が、ついこの間知り合ったばかりの少女の姿を捉える。ベンチの後ろに、最上葵が両手に缶のジュースを持って立っていた。


 供美は缶ジュースを押し当てられたと思しき首元を右手で摩ると、その姿をじっと見つめる。


 学校帰りだろうか、葵は制服を着用していた。ワイシャツの上から羽織っている薄い色のカーディガンが、悪戯な笑みを浮かべる葵によく似合っていた。スカート丈が、葵の大人しめな印象とは異なり、やや短い。

 供美は自分が高校一年生だった頃の服装を思い出していた。

 だがその思案は、瞬く間に葵への嫉妬へと変貌してしまう。それを自覚した供美は、その考えを即座に断ち切る。


 黙って自分を見ているだけの供美の様子を不機嫌であると察したのか、葵は小さく謝罪の言葉を口にすると、左手に握ったジュースを供美に向けて差し出した。


「妹に松永さんのことを話したら、格闘ゲームが上手い人にはジュースを奢るべきだとか、なんとか」

「妹……いたのか」


 供美は差し出されたジュースを受け取る。確認したところ、あまり見たことの無い不思議な名前のジュースだった。


「こういうのある辺り、田舎って感じだよな」

「そうなんですか? この辺りって県外からもお客さんが来るって聞いてましたけど」


 葵が供美の隣に座りながらそう話すと、横目でそれを見た供美は缶のプルタブを開ける。


「田舎だよ。まあ、悪いってことはないけど。今住んでるところの近くになんて電話ボックスがあるんだぞ」


 その言葉に、葵は昔自分が住んでいた辺りの話を行う。それを聞いた供美は、そのあまりのド田舎っぷりに言葉を失ってしまった。


「ま、まあ、それと比べれば都会かもな」

「私、早く電車に乗ってみたいんですよね。学校までは、歩いて行けますし乗る機会が中々無くて……」


 その後も、他愛の無い会話が続く。そんなやり取りの中で、供美は自分の中にあった悪感情が徐々に薄れていくのを感じていた。目の前の少女との会話は楽しい。それを供美が自覚した時、同時にどれほど自分が普通の生活に飢えていたのかを彼女に実感させた。


「あの、松永さん。何か嫌なことでもあったんですか?」


 不意に投げかけられた葵からの質問に、供美はぎょっとする。そして、表情に何かそういった感情が表れていたのかと思い、頬をさすった。


「いえ、あの、なんとなくそう思っただけです。違ってたらごめんなさい」


 葵からの謝罪の言葉、それに対して気にしなくて良い旨を返答した供美は、しかし自分の胸中を看破されたことに戸惑いを覚えていた。

 そしてその戸惑いは、欲求となって供美の口から言葉を引き出す。


「葵は、何か悪い事ってしたことある? それも、取り返しの付かないような、悪い事」

 

 供美は、葵の首元を見つめながら質問を行う。その行為が示す自分の中の暗い願望に、供美は心の中で自嘲した。


「……悪い事は、したことがあります。それも凄く沢山」


 一瞬の逡巡の後、葵ははっきりと言葉に出してその質問に答えた。その答えに、供美は同類と出会えたかもしれない喜びを感じる。そんな自分が、供美は嫌いだった。


「でも、取り返しが付かなくなる前に、友達に助けてもらいました。運が良かったんだと思います」


 続く葵の言葉に、供美は激しい嫉妬と、僅かな安堵というアンビバレントな感情を覚える。運が良かったと語る葵の姿に、供美はこれまでの邂逅の中で知りえた彼女の人間性を鑑みて、理由はきっとそれだけではないと判断していた。


「そうか、良かった……。変なこと聞いてごめんね」


 くだらない質問をしてしまったことに謝罪を行う供美、その言葉に葵は気にしなくても良いことを伝える。

 その優しい葵の微笑みに、供美は葛藤がふつふつと心の中に湧き上がってくるのを感じていた。


 もしかしたら、この少女に話してみれば、何か変わるのではないだろうか。そんな考えと、それ否定する考えが供美の中に同時に浮かび上がっていた。


 供美が言葉に詰まっていると、それを見た葵が、徐に自分の鞄から携帯電話を取り出して言った。


「もし良かったら、連絡先交換しませんか? 本当に、もし良かったら何ですけど……」


 先程同様の優しい微笑みと共に掛けられたそんな言葉に、供美は心の底から喜びを感じた。


 しかし


「ごめん、携帯持って……持って来てないんだ。でも、ありがとうな」


 供美は携帯電話を所持していなかった。それは持ってきていないということではなく、それ自体を持っていないという事だった。


 そもそも、供美の立場ではプリペイド式の携帯を持つことすら困難だ。


 僅かな見栄から、その事実を隠した供美だが、結果として連絡先の交換を意図的に拒否してしまったような会話になってしまったことに罪悪感を覚えた。


「じゃああの、メモ書きにして渡すのじゃ、駄目、ですか?」

「え!? あ、いや、じゃあ貰うよ」


 思いがけない葵からの申し出に、供美は思わずそう答えてしまう。それを聞いた葵は、嬉しそうに笑いながら鞄の中から手帳とペンを取り出してそこに書き込みを行う。


「はい、どうぞ」


 葵が、切り取った手帳の切れ端を供美に向けて差し出す。それを供美が受け取る際、葵の柔らかで温かな掌が、彼女のそれを包み込んだ。


 その心地よい感触に供美が浸っていると、突然背後からその安寧を破る声が響く。


「何やってるの供美」


 その声に反応した供美は、思わず受け取ったメモ用紙を手の中にくしゃりと握りこんでしまう。


「あんた!? なんでここに来てるんだよ……!」


 声をかけてきたのは、アジトに居るはずの女性信者だった。左手に紙袋を携え、ベンチに座る供美を見下ろしている。

 彼女はてんせいのひかりの元構成員として顔と名前がばれている。外に出ることは極力避けねばならないはずだった。それが、こんな人の多い場所に出歩いているという事実に、供美は自分の血の気が上がるのを感じていた。


「あの、お姉さんですか? 初めまして、私……」


 声をかける葵を尻目に、女性は、拳を握っているほうの供美の腕を掴むと強引にベンチから立たせる。そしてそのまま、引き摺るように、そこから離れていった。

 そんな強引な女性の行為に供美は怒りを覚える。ベンチに座ったままきょとんと座り込んだ葵の姿が遠くなっていくのが見えていた。そこへ向かって、引かれていない方の腕を僅かに振る。さらに離れていく最中、それに葵が応えるように手を振り返しているのが見えた。

 そしてその向こうから、どこかで見た覚えのあるポニーテールの少女が走ってきている。


 それが誰だったかを思い出そうとする供美の腕を、女性は強い力で引っ張り、強引に自分の隣を歩かせた。


「おい!あんた……!」

「外に居るんだから、ニュースなり新聞なりで情報を得ておきなさい」


 苛立つ供美だったが、目の前の女性は自分よりも更に苛立っているようだった。その顔には、激しい焦燥と怒りが露になっている。


「あんたを置き去りにしないだけ、有難く思いなさい」


 その言い草に、供美が怒りを示そうとした矢先だった。彼女は自分たちを捉える視線をどこからか感じていた。

 供美は上手く言葉にできなかったが、その視線が単に、怒りを露にしている女性を遠巻きに眺めているという物ではないことを直感で感じ取っていた。


「チッ、転生を行ってもいない、下等種族が……!」


 その視線について、女性に問いかけようとした矢先だった。女性は持っていた紙袋を供美に押し付けると、そのまま突き飛ばすように自分から離れさせた。供美は、受け取った紙袋の中身を確認しようとして、片方の手の中に葵から貰ったメモが入っているのを思い出す。そしてそれを、今までちょろまかしていた、おつりの小銭が入っているジーンズのポケットへと押し込んだ。


「あの尾行してるカス共を殺したら、とっとと逃げるわよ」


 そんな物騒な発言と共に、彼女は指で方向を示す。

 女性が示す先には、二人組みの男性の姿があった。傍目には唯の買い物客にしか見えない。だが、指を指された瞬間、女性と目が合った二人の表情には明らかに不自然な怯えがあった。


 それを確認した供美が、女性へと視線を戻した瞬間だった。その身体が、青いフレーム状の光に包まれていく。


「おい!! 馬鹿、やめろ!!!」


 供美の制止の言葉よりも早く、一瞬でその姿が、鳶色とびいろのざらついた装甲を纏ったそれへと変化する。


 周囲の買い物客達が、その異形の姿を目にする。だが、直ぐには何が起こったのか理解できないようだった。困惑を示す声があちこちで上がる。


 だがそれも、突如鳴り響く警報音と共に、つんざく様な悲鳴へと変化する。猛烈な喧騒が巻き起こり、逃げ出そうとする人々の間でパニックが発生していた。

 その惨状を、供美は受け取った紙袋を抱えながら呆然と眺めていた。変身を終えた女性は、同様にその様子を眺めながらも、苛立ちを隠そうともせず、ふんと鼻を鳴らしただけだった。


「数ばっかり多くて、ほんと邪魔なカスばかりね」


 そう呟くと、女性は目的の尾行者達へと歩を進める。彼らもまた逃げようとしていたが、周囲の混乱に巻き込まれうまく動けないようでいるようだった。


 女性はそれを確認すると、彼らを殺害するためにその歩を速める。


 そしてその距離が、5メートルほどに縮まった時だった。


 突如、逃げ惑う人々の頭上を越えて、黒い影がその間へと降り立った。

 着地の際、その地点の床が衝撃で破砕される。その影は、素早く立ち上がると鳶色の装甲を身に纏った女性へ向かって左前の構えを取る。


「お前が誘拐犯の一人か。随分とお肌ざらざらだな。ババアは大人しくしてろ」 

 

 それは黒い鬼の様な姿をしていた。全身を覆う装甲が、まるで呼吸するかのような開閉を見せている。


 邪魔に入ったのが、自分と同じアニマトゥーラを持った相手であることに気づいた女性は、一旦飛びのいて距離を取る。そしてその姿を確認し、呆れたように言葉を発した。


「あなた確か、黒鬼とか呼ばれている裏切り者ね。人間の味方をするなんて、頭がおかしいんじゃない?」

「それは、お前だろ」


 黒鬼と呼ばれた存在。誘拐犯発見の報を受けて駆けつけた凛音は目の間の女性を見据える。


「手足の四、五本は覚悟してもらうぞ」


 逃げ惑う人々の狂乱の最中、両者の力が激突しようとしていた。


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