第三十六話 少女達の食事事情
ショッピングセンターからの帰宅後、手洗いを済ませた凛音はリビングにて購入した生活雑貨を鞄から出して仕分けていた。
「まったく葵は! 今日はわたしがご飯の準備するからな! 飼い主の座は渡さん!」
そう言って、わざとらしく頬を膨らませながら食材をダイニングテーブルの上へと置く。そこに一口大に切り分けられた鳥胸肉800グラム、ほうれん草二束、パック入りの鰹節、大容量のサラダ油、から揚げ粉が順に置かれていった。
「凛音ちゃんって作れるの生姜焼きだけでしょ? 今日はから揚げにしようって話をしたけど……」
「ほ、ほうれん草のおひたしなら多分作れるから!」
葵は三口用意されたキッチンのコンロを思い浮かべる。深めのフライパンでから揚げを作るとして、寸胴なべをほうれん草の調理に回せば同時に調理するのは容易だろうと思われた。だが、それをわざわざ二人で行う必要は無いようにも思われる。
しかし友人が普段やらない料理をやる気になっているのを止めるのも悪い気がしたため、葵はそんな考えをおくびにも出さず凛音の提案に同意した。
「今日はから揚げですか……じゅるり。篤子ちゃんのリクエストですか?」
「いや、うちらは買い物リストどおりに買ってきただけやから、言うてみれば葵のリクエストやな」
篤子と静流は自分達用のシャンプーやその他雑貨などを別の袋に詰め直しながら会話を行う。一通り仕分けが終了すると、彼女らは一旦それらを置きに隣の部屋へと戻っていった。
今日も四人での食事を行うことになったため、少しすれば彼女たちはまた葵達の部屋に来ることが予想された。食事の準備にはさほど時間のかからないメニューだったが、ゲームセンターでの一件の後も暫くそこで時間を費やしたため、早めの夕飯にはちょうど良い時間帯となっていた。着替えるのは後にして、葵は調理へと取り掛かることにする。彼女は凛音が仕分けした雑貨の中から、新しく購入したオイルポットとエプロンを探し出す。
そうやって取り出された二つのエプロンは、それぞれデザインが、白黒のチェック柄の物と、まるで新婚さんが着ける様なフリフリレースの物となっていた。それらのデザインを見比べた葵は少しの思案の後、フリフリのエプロンの方を笑顔で凛音へ差し出した。
「先にほうれん草の準備をお願いね」
差し出されたエプロンを見た凛音はまるで抗議でもするかのような視線を葵へ送る。だが、向けられたその笑顔が変わることは無い。しぶしぶそれを受け取ると、制服の上からそれを着用した。
台所へ向かう凛音の後姿を見ながら葵は彼女が包丁をきちんと扱えるかどうかについて若干の不安を覚えたが、キャベツの千切りを行うことが出来るのならば、ほうれん草を切ることについては問題無いだろう、と直ぐにその認識を改める。
残りの雑貨を脱衣所などの所定の位置へ収めるため葵は動く。そうしてリビングを出る際、凛音が寸胴鍋に水を張っている姿が横目で見えた。
脱衣所に向かいながら、葵は今日出会った金髪の少女へと思いをめぐらせる。彼女は今日一体どんな食事を取るのだろうか、またショッピングセンターに行けば会えたりするのだろうか。そんなことを考えながら、緩やかに少女の時間は過ぎて行くのだった。
そうやって葵が思いを馳せている頃、その対象となっていた金髪の少女は両手にビニール袋をぶら下げながら帰宅の途へとついていた。ビニール袋の中には半額のシールが張られた弁当と、お茶のペットボトル飲料がそれぞれ四つ入っている。それらを揺らしながら、少女は薄暗い街路を進んでいた。
少女はゲームセンターで余分にお金を使用したことについて、一緒に住んでいる男女に何か小言を言われやしないかと思い、大きくため息を吐いた。血の繋がりなどは一切無い関係だが、少女にとって今や頼れる人間といえばその二人と、その関係者だけだった。
彼らに逆らって生きていく方法はきっとあるのだろうが、それを選択する勇気も、理由も少女には無かった。だが、現在彼らが行っている行為とその問題性について、少女は僅かながらの疑問と反感を覚えていた。彼女達が抱える問題を思えば、それは無理も無いことかもしれなかった。それでも、彼らを裏切って行動を起こすつもりは、少女には毛頭無い。
彼女が購入した弁当や、用意された住居も、彼ら無しでは、少女にとって到底手に入れることが出来ない代物だった。
少女の名前は松永 供美。
年齢は今年で十八歳を迎え、本来であるならば葵達同様に高校へと通っていてもおかしくは無い年齢だった。だが現在の彼女は就学も、就職も行っていない身である。
街路を歩きながら、供美はそんな自分の現状を自嘲するかのような薄い笑みを浮かべた。結局のところ、彼らの言うとおりに動いて、生きていくしかない。それ以外の道を、供美は知らず、また調べる気力も無かった。
ただ、今日ショッピングセンターで出会った黒髪の少女についてのみ、供美は興味を覚えた。
彼女が首につけていたチョーカーが、自分の知っているそれであった場合、もしかしたら自分と気が合うのではないかとの希望を持っていた。
自分同様に、悪事を働いた側の人間であるのならば。
供美は、自分がそんな暗い希望を持ってしまっている事を自覚すると、もう一度自嘲した。そして気が付けば、いつの間にか住居にしている古い平屋へとたどり着いていた。
供美は自分の住んでいる場所にも関わらず、玄関脇のインターホンをゆっくりと二回押す。そして少し待って三回目のチャイムを鳴らした。
やや時間を置いて、玄関が開く。出迎えたのは二十代後半を思わせる容姿の女性だった。その短く切られた髪が、他人には静的な印象を抱かせている。だが、身体にぴったりと張り付いたその服装が、同時に否が応にも劣情を抱かせていた。
「遅かったわね」
供美が手に持っているビニール袋を一瞥すると、女性は家の中へ供美を迎え入れる。そうして玄関で靴を脱いだ供美に向かって、何かを受け取ろうとするようにその手を伸ばしてきた。
それに対してビニール袋を渡そうとした供美に、女性は否定の眼差しを向ける。供美はそれに気が付くと、ジーンズのポケットから小銭とレシートを差し出した。
それらを受け取った女性はその金額が合っているか確かめる。そして僅かにそれが少ないことに気が付くと、不機嫌そうな視線を供美へと向けた。その視線に対して供美は平静を保っているつもりだったが、自分の心臓の鼓動が少しずつ速く、強くなっていくのを感じていた。
「まあ、いいわ。程々にしなさい」
その言葉に内心安堵しながら、供美は歩を進める。リビングにへと入ると、そこで新聞を読んでいた男性が視線を供美へと向けてきた。
その男性は、かなり短く切りそろえられた髪型をしていた。服装は、供美のそれとよく似ている。だが、彼には他の人物と決定的に違う点が一つ存在した。
男性の右腕は、その肘の先からが欠損してしまっている。
そのため男性は残った左腕で器用に新聞を読み進めていた。
男性は供美の持つビニール袋を確認すると、無言のまま自分の顎でテーブルの上を指し示した。
その行為に反感を覚えながらも、供美はそこへ弁当とお茶を二つ置く。そしてテーブルの上に無造作に置かれている小さな鍵を手に取ると、残った弁当などを持ってリビングから繋がっているドアへと向かう。
そのドアには、明らかに後から付けたと思わしき南京錠が取り付けてあった。供美は小さな鍵を使って施錠されていたそれを外す。ゆっくりとドアを開き、部屋中の様子に異常が無いことを確認すると、そのまま入室した。
その部屋はやや狭く、窓の無い作りとなっていた。そして中央には、小さな机が一つだけ置かれている。電気は点いているが、やや薄暗い印象を受けた。
そんな部屋の中には老人が一人佇んでいた。供美は、部屋内にややすえた様な匂いを嗅ぎ取ったが、それを表情に出さないように気を配りながら老人へと話しかける。
「あんた、煮物が食べたいとか言ってたから、一応そういうの買ってきた」
その言葉に、目の前の老人はお礼の言葉を発すると、差し出された弁当を受け取る。
老人の顔には、軽度の暴行を加えられたと思わしき青アザが見て取れた。
「……いい加減、話せばいいのに。もう一週間以上も経つぞ」
供美の目前には、和装の老人の姿があった。老人は供美の言葉を受けて、僅かに微笑む。
そして、割り箸を手に取ると、ゆっくりと弁当を口にし始めた。その様子を、供美は机に頬杖を突きながら眺めている。ゆっくとした食事だが、不快な印象も音も感じなかった。老人は、特に話すことも無い、といった表情で食事を続ける。
それを見た供美は、もう一つ持ってきた弁当を自分の前に出すと、諦めたように一緒に食事を始めた。
「流石は『神風を呼んだ男』ってことなのか? いい根性してるよ爺さん」
その老人、その人物こそが、一週間ほど前に篤子と静流が護衛にあたり、敢え無く誘拐されてしまった男性、大西龍三郎その人だった。
ヤンキー少女×老人
Vシネマかな?




