第三十五話 私より強い奴を後ろで眺める
ゲームセンターの奥に進むに連れて、ゲーム筐体から発せられる周囲の音が、耳を劈くほどに大きくなっていく。その五月蝿さに、葵は思わず耳を塞いでしまう。
「慣れないうちは、やたらと五月蝿いからなー。慣れるのもちょっとあれだけど」
凛音は周囲を見回しながら呟く、そして目的のゲーム機を発見すると残りの三人を手招きして案内する。
凛音が発見したのは、先日自室でプレイした格闘ゲーム、そのアーケード版だった。家庭用の同タイトルは、まだアーケードでのみ使用できるキャラクターや、バランス調整などが追いついていない。四台設置されているそのゲーム機のうち、二台が空いている状態だった。
だが、その空いている二台は向かい合わせに二列で設置された筐体のうち、横並びで二つという空き方をしている。この場合、ゲームにお金を入れて遊ぼうとすると、対戦格闘ゲームである仕様上、向かい側でプレイしている人との対戦となってしまう。
凛音と篤子が対戦するためには向かい側の筐体のどちらかが空いている状態でないとならなかった。
「これ、ライン設定で対戦台変えられへんの?」
「確か、駄目だったはず」
二人の会話内容が分からず首をかしげる葵であったが、結局二人は並んでプレイを行い、向こう側が空き、上手くタイミングが合うまで待つことにしたようだった。
コインを投入し、二人の画面に乱入を行ったことを示す表示が現れる。その後使用キャラクター選択画面に移行する。そこには十人以上のキャラが並んでいた。
先日凛音達のプレイを横で見ていた葵が知らないキャラもそこには含まれているが、二人とも葵が見た時と同じキャラクターを選んだようだった。
「結局そいつ使うのかよ。アーケードの意味あったか?」
「技の性能変わっとるから! ちょっと強化されとるんやって!」
凛音は細身の女性キャラクターを選んでいる。対して篤子はかなり大柄で筋肉質な男性のキャラクターを選んでいた。葵はまったく分かっていなかったが、前者が素早い動きで手数を重ねていくコンボ型、後者が所謂投げキャラと呼ばれる性能を持っていた。
「現実でも一人だけキャンセル持ちの格ゲーみたいな動きしとるらしいくせに、ゲームでもコンボかい」
「それ、この間も言ってたな。良いんだよ、参考になるし」
「ゲームの技を現実でやろうとすんなや」
並んで仲睦まじく言い合いを行う二人を見て、笑いながら葵と静流は顔を見合わせる。葵は目の前のゲームの音に集中している所為だろうか、気が付けば周囲の音があまり気にならなくなっていた。
そうこうしている内に二人の画面では対戦が始まっていた。筐体に設置されたレバーと八つのボタンを駆使して二人は画面上のキャラクターを自在に操る。
格闘ゲームは、基本的に攻撃を当てて、相手の体力ゲージを先に無くせば自分の勝利となるルールを採っている。それで先に二勝すれば、自分は勝ち抜きとなる。その後は新しい対戦者を待ちながら一人用のモードで最後まで進むか、新しい対戦者に敗北するまでが1プレイである。
一撃の威力が重い篤子のキャラクターが、その威力ゆえ速いゲーム展開で勝利する。凛音の画面では、彼女がかなり優勢だがまだ勝負はついていなかった。
「おんや~? まだ勝負ついとらんの~?」
「お前みたいにぐるぐるレバー回してるだけの奴とは違うんだよ!」
篤子には少し遅れるが、凛音も見事勝利する。二人はそのまま一人用のゲームモードを進めるようだった。
すると向こう側のゲーム筐体で二人と対戦を行っていたであろう男性二人が椅子から立ち上がってこちらへと向かってくる。自分に勝利した相手を確認するためか、葵達の側へと足を運んでいるようだった。
思わず身を硬くする葵だったが、どうやら友人同士である男性二人組みは、自分達の対戦相手が制服を着た女子高生だったことが分かると妙に嬉しそうな顔をしてその場から立ち去っていった。
何か起こるのではないかと危惧していた葵はほっと胸をなでおろす。
「いや、ショッピングセンターのゲーセンやから、そないマナー悪い奴おらんて」
背後のそんな葵の様子を感じ取ったのか、篤子がゲーム画面から目を離さないまま語りかけてきた。
暫くゲームプレイをしていた二人だが、新しい挑戦者は中々現れず、いつの間にか最後のステージまで進んでしまっていた。
「わたしわざと負けるから、ちょっと長引かせといて」
「あいよ」
凛音が篤子と対戦するためにそのゲームプレイをわざと敗北することで終了させる。篤子は向こう側で凛音がお金を入れるまでの間、そのプレイを継続するために手を抜いた動きでその試合を長引かせていた。
そして凛音が向こう側へ行こうと席を離れた瞬間だった。
『A NEW CHALLNGER !!』
篤子のゲーム画面に乱入を示す文字と音声が鳴り響く。
「なんや、タイミング合わんなー」
いっちょ捻ったるわ、と息を巻いて篤子は乱入者とのプレイを行う。レバーを準備運動でもさせるかのようにぐるぐると回転させながら、篤子は相手のキャラ選択を待っていた。相手が遠距離戦を得意とするキャラを選択し、対戦が始まった。
「さあ、いくで!」
篤子が自信満々にコマンドを入力する。大柄なキャラクターがそれに合わせて激しい攻撃を繰り出した。
そして
『YOU LOSE』
結果は篤子の惨敗だった。遠距離戦に徹され、篤子のキャラはその巨体を相手に近づけることが出来ないまま負けてしまう。
「ぐぬぬ……」
「相手、上手いなー。どれ敵を討ってやろう」
当初の目的から外れてしまっていたが、思わぬ強敵を前に凛音が篤子の座っていた席に代わりに座る。
『YOU LOSE』
またもや相手の勝利となった。今度は遠距離戦を掻い潜った凛音のキャラの攻撃を見事に防ぎきって、再度距離を離しての勝利だった。
「ぐぬぬ……」
凛音は周囲を見回し、自分達以外にこのゲームをプレイしようとしている人が居ないことを確認すると、財布から百円玉を取り出そうとする。
「まあ待てや、凛音。次はまたうちにやらせてくれや」
そんな凛音の肩に手を置き、篤子が残った手の親指で自分を指しながらそう言い放つ。
『YOU LOSE』
最初の対戦とほぼ変わりの無い内容で、その決着がつく。
「駄目じゃん! まあ、任せておけ」
『YOU LOSE』
「ちょ! もっぺん代われ!」
『YOU LOSE』
二人は歯噛みして、百円玉を持ちながら悔しがっている。暫くその乱入者との対戦は続きそうだった。
「やはり人間は争いを繰り返しますね」
いつの間にか新しいアイスを手に持った篤子がそう呟く。それに乾いた笑いを返した葵は対戦相手がどんな人なのか気になってきていた。
対戦に熱中する二人を置いて、葵はこっそりと向かい側の筐体へと向かった。
並んだゲーム機の列の端まで進み、そこから顔を出して対戦相手が座っているであろう場所を確認する。
そこに座っている人物を見て葵は目を見開く。
座っていたのはセミロングの金髪をした少女だった。紛れも無く、葵がペットショップで見た少女だった。
手元が激しく動き、眼帯をしていない左目に、ゲーム画面が反射して映っている。
『YOU WIN』
金髪の少女の画面に勝利を示す表示が現れた。ふう、と彼女は一息つくと葵の視線に気づいたのか、そちらへと目を向ける。
再び、二人の目が合う。金髪の少女はじっと葵の目を見つめていた。そしてゆっくりと瞬きを行うとその口を躊躇いがちに開く。
「あんたさ……面白いもの着けてるね」
その言葉に思わず葵はドキッとしてしまう。少女の目はいつの間にか葵の首元を捉えていた。
「あー……その首の、チョーカー。雰囲気と合ってないって、いうかさ」
「あ、あの、貰い物ですから……」
葵はおずおずと話す。少女の座るゲーム画面では一人用のゲームモードが開始されていた。どうやら凛音と篤子は諦めてしまったようだ。少女は席から立つと葵のいる場所へと近づいてくる。少女が付けている香水の匂いだろうか、独特の不思議な香りが葵の鼻に届いていた。
「そのチョーカーさ……ちょっと見せてもらっていい?」
少女はぽりぽりと自分のうなじを掻くと、自分の右手を葵に向けて差し出してくる。
突然の申し出に葵はしどろもどろになりながらも断りの返事を行う。
「えと、すみません。事情があって外せないんです」
「あー……もしかしてそういうプレイ的な……」
「ち、違いますよ!」
少女の邪推に対して赤面しながら葵は首元を撫でる。指先に肌触りの良い感触が返って来る。それを興味深そうに少女は眺めていた。
「じゃあちょっと……触らしてよ」
答えを待たずに金髪の少女は葵の首元に手を伸ばすと、そのままチョーカーへと触れる。細く、繊細でしなやかさな指先が、葵の首を弄る。
「ひんっ! ちょっと、あの……。んっ!」
自分で触るのとは違う、その触れるか触れないかのタッチに、葵は敏感に反応してしまう。普段は出さない声を出してしまったことに恥辱を感じた葵は思わずその口を両手で塞ぐ。
「すべすべして気持ち良いね。値段高そう……」
少女はそんな葵の様子にはお構い無しにチョーカーごと首筋を責めている。
葵はその行為を止めてもらえるように少女に懇願する。だが、それを聞いているのかいないのか、少女は左目を細めながらうっすらと微笑んでいて、それを止めようとはしない。
「おーい、葵。ちょっと勝てなそうだし、他のとこ……行こ……う」
そこへ対戦をやめた凛音が、葵に声をかけるためにやってきた。だが、葵が身もだえしている様を見て、思わずその声のトーンが落ちて行く。そのまま唖然とした顔でその様子を眺めていた。
「ん、なんや浮気か?」
「葵さんは何本塔を建築するつもりなんですかね」
遅れてやってきた二人も、その様子を見て思わず軽口を言ってしまう。
その言葉で凛音は、はっと気が付く。
「おいこら! そこの金髪何してんだ!」
その怒号にようやく少女はその手を葵の首から離した。そのまま、数歩後ろに下がる。
「飼い主が来たか……。あんた、葵っていうのか。もしもう一度会ったら、また触らしてよ」
金髪の少女はそれだけ言うと、足早にその場を立ち去った。凛音はその少女を追いかけようとするが、葵の制止により、それは断念された。
「なんだあのセクハラ女は! 格ゲー強いからっていい気になるなよな!」
「それ、盛大にブーメランしとらんか?」
憤慨する凛音をなだめながら、葵は首元に触れる。まだ、少女の触れた感触が残っているようだった。
そのまま、葵は落ち着きを取り戻した凛音へ話しかける。
「凛音ちゃん……」
「葵、平気だったか? やっぱりあんまりここには来ない方が……」
心配そうに声をかける凛音、そんな彼女に向かって葵は言葉を続ける。
「どちらかと言うと、食事の準備をしている私の方が飼い主っぽいよね?」
そんな言葉に、思わず凛音は呆気にとられてしまうのだった。
葵の弱点は、首です。
もちろんエロい意味で




