第三十四話 大事な訓練(あそび)
オリエンテーションが終わり、放課後に四人はもう何度目かになるショッピングセンターへと足を運んでいた。
主な目的は、篤子達の生活雑貨の購入だが、葵にはもう一つの目的があった。
杞憂で済めばよいが、現在も葵を狙う人間が居ないとも限らない。そのため、もしもの場合に備えて葵は自分の力をある程度制御することが出来るようになる必要があった。
葵の力、アニマトゥーラを制御するということは即ち、変身後の自分の姿とその力に慣れるということだった。
アニマトゥーラを発動する際、そのモチーフとなった記憶に対して激しい拒否反応と嫌悪が発生している場合、それを緩和するためか脳内では多量の興奮物質が発散され、理性の働きが抑えられる。
それにはメリットもあるが、概ねデメリットの方が強い事案だった。
最も簡単な訓練方法は、繰り返し変身を行って、力と姿に慣れるという物だ。
だが葵は現在変身を封印されているため、それを行っての直接的な訓練は行うことが出来ない。
代案として出されたのが、普段から凛音達も行っている日常での訓練方法だった。
具体的には、装甲のモチーフとなった物や記憶に関することにに自ら関わる事で、それに対する耐性を向上させるというものだ。凛音ならば殴打、篤子は突起物、静流は存在無視に対してそれぞれ思い思いの訓練を行っている。
そして今回葵が選んだのはペットショップを訪れるという方法だった。
「じゃあうちらは買い物してくるわ。静流は葵に着いてくんやろ?」
「はい、篤子ちゃんは鞄も見たがってましたし、凛音さんと一緒がいいでしょう」
四人は、生活雑貨と鞄を買うグループと、ペットショップへ向かう二つのグループに分かれた。
「そんじゃ時間になったら二階のゲームセンターの所で落ち合おー」
「うん、それじゃあね凛音ちゃん」
スーパーの区画前で二人を見送ると、葵と静流は一階にあるペットショップへと足を運ぶ。ペットショップはこういった所では良くある、販売しているペットをガラス越しにその姿が見える状態で配置されているタイプの店舗だった。
可愛らしい子犬や子猫の姿に静流の頬が思わず緩む。
「葵さん。ほらとっても可愛いですよ。……お値段は可愛くないですが」
そう言って葵を呼ぶ静流だが、今まで一緒に居た葵の姿が見えなくなっていることに気づく。
「葵さん?」
周囲を見回すと、静流は設置された柱の壁から恐る恐る顔を出す葵の姿を発見した。その右目だけがペットショップを捉えている。
「葵さん……。まあ無理にとは言いませんが、チワワとかなら何とかなりませんか?」
「静流さん……! チワワにも牙はあるんですよ……!」
静かな口調だが、その言葉にはよく分からない迫力が込められている。
「そ、そうですね」
その迫力に気圧され、静流はあいまいな返事を返した。
「私だけならなんとかなるかもしれないけど、朱音が身体の半分を使ってるから……」
よく見れば、葵の首から下、左半身がかなり強張っている。柱にしがみついているのも、左手だった。
「朱音さんは装甲には慣れてるかもですけど、犬の方は葵さんより苦手なんですね」
その後、試行錯誤するも、犬がいるケージの直ぐ傍まで近づくのは困難と判断した二人は一息入れるために近くのベンチへと腰掛ける。
「ごめんね。折角付き合ってもらったのに……」
「いえ、寧ろ一回で何とかなるものでもありませんから、この結果は正直分かってました」
その会話の最中、突如葵の目の端に金色の髪が捉えられた。葵は思わずそれを目で追う。視線の先には、葵が以前ペットショップで見かけた金髪の少女が佇んでいた。
その時同様、少女はガラスケースの前で子猫を見ているようだった。葵は自分でも分からなかったが、いつの間にかその少女から目が離せなくなっていた。
少女は前に見たときと同じ服装をしている。だが、その整った顔立ちと合わさって、葵にはその服装ですら魅力的に思えた。
「葵さん?」
ぼうっとしている葵を不思議に思ったのか静流が声を掛けてくる。それによって葵は少女を見つめていた視線を慌てて外す。
なんでもない、と葵は答える。時間はいつの間にか待ち合わせの時間を目前に迫っていた。
二人は立ち上がると、二階へのエスカレーターへと向かうことにする。
だがその瞬間、葵は不意に視線を感じた。勘違いかもしれないが、何故だか見られていると感じる。その直感にしたがって目線を送ると、そこには金髪の少女の姿があった。
今度ははっきりと目が合った。
彼女の大きな瞳が、葵を捉えている。だが、その瞳は一つだけだった。
最初のときは直ぐに視線をそらしてしまったため、よく分からなかったが、少女は右目に医療用の眼帯をつけていた。
左目だけが、葵を真っ直ぐに見つめている。
その事実に、葵は急に恥ずかしくなってしまって思わず視線を切る。物珍しさでじろじろ見ていたと思われただろうかと邪推してしまっていた。
そしてそのまま、前を歩く静流を追いかけて足早にエスカレーターへと向かったのだった。
そんな葵の姿を、金髪の少女はそれが見えなくなるまでずっと眺めていた。少女の表情は、あまり強い感情を感じさせない無表情なものだった。だが、葵の姿が見えなくなる瞬間、それがほんの少しだけ変化する。
その微細な表情からは、不思議なことに僅かながらの高揚が感じ取れた。
少女はペットショップを後にすると、葵達同様、二階へのエスカレーターへと足を向けた。
「遅いぞー」
ゲームセンター前には既に凛音と篤子がその手にビニール袋を持って待っていた。
葵が思っていたよりも、その量は少ない。だがその理由は隣に立つ篤子が重そうに持っている鞄から察しが付いた。
彼女が手に持っている鞄は、学校指定のものよりも一回り大きなデザインの物へ変化していた。そしてそれが、容量を満たしていることを示すように膨らんでいる。
元々持っていた鞄は、一旦凛音のリュックに仕舞っているとの事だった。
「ゲーセン着いたけど、ペットショップはどうだった?」
「無理だったよー。私はともかく朱音が難しいみたい」
それを聞いた凛音と篤子は、その答えを予想していたかのように反応を返す。
自分達も同じような訓練を行っているためだろう。初回の結果は知っているようだった。
「で、ここはどないな感じ?」
「今度は朱音が乗り気だけど、私がちょっと難しいかも……」
激しい音と光を放つゲームセンター入り口の様子に葵はたじろいでいる。背伸びをして奥を見ようとしているが、大きなゲーム機が多いためか見通すことは出来ていない。
「まあ、奥はメダルゲームとかだし、わたしらはやらんだろ」
「手前あたりのクレーンゲームとかどうです?」
「格ゲーやろ。昨日部屋でもやったやん」
葵の頭の中では女子が集まってこの場で行うことと言えば、小さな写真を皆で撮って加工するゲームであるという考えがあった。だが、色々と話している他のメンバーからは一切その話が出てこない。
葵は思い切ってその話題を出してみる。
「あーあー、それね。それ、やったことあるような……ないような……」
「見栄はんなや! 写真とか、いっつもうちが最前列やから、嫌!」
「私はいつも見切れそうになります」
話をしている間に、なんとか葵が入れそうだということになったため、四人はまず入り口近くに設置されたクレーンゲームから遊ぶことにする。
様々な景品が並ぶクレーンゲームの中で四人が、というよりも静流が選んだのは、駄菓子が沢山入っているジャンボパックが景品のゲーム機だった。
凛音がチャレンジし、クレーンは見事な動きで景品へと運ばれていく。
だが、何度やってもクレーンが景品を途中で落としてしまう。その様子に凛音はこういうものだからと諦めた目でお金を投入し、篤子は怒りを募らせ、静流はいつの間にか買っていた自販機のアイスを食べながらそれを眺めていた。何度かの挑戦の後、凛音が葵にその挑戦権を譲る。
初めは断った葵だったが、凛音が合図を出してくれるとの事だったので、一回だけならとチャレンジを行う。
クレーンは景品を掴むと、今度はしっかりとそれを掴み、出口へと誘導する。
獲得の瞬間、四人の口から小さな歓声が上がる。葵が景品を取り出すと、静流がそれを入れるための大きな袋を用意してくれていた。
「凛音! 格ゲーやろうや! 格ゲー! 昨日の勝負の決着はここでつけようや!」
「お前が負け越して終わったろ?」
その言葉に悔しそうに篤子は言葉を詰まらせる。
「最新のアーケード版やなかったからノーカンやあんなもん!」
だが直ぐに今思いついたような言い訳を行う。それを聞いた凛音は仕方ないな、と呆れたように、だが嬉しそうにその表情を変え笑った。そしてそのまま二人はゲーム機を探すために奥へと向かう。
「私達もいきましょう」
アイスを食べ終わった静流がその残った軸を手で遊びながら葵に話しかける。
「うん」
昔、人に誘われて入った時よりも、遥かに楽しい感覚を葵は味わっていた。葵は、一人では絶対に入ることは出来ないだろうが、皆が昔の記憶を和らげてくれることに感謝した。
ペットショップのときにごねていた朱音も、葵の中で楽しそうにしているようだった。
四人の最後尾にいる葵、その姿がゲームセンターの奥へと消えていく。
そしてそれを見つめる姿があった。
葵がペットショップで見た金髪の少女が、その後姿を見つめていた。
そして彼女もまた、それを追ってゲームセンターの奥へと入っていったのだった。




