第三十二話 潜伏する脅威と姉妹の夢
静流の話が終わり、布団の中で葵は目の前の二人がそんな大事件に関わっていたことを知り、唖然とする。
凛音もそうだが、アニマトゥーラを持つ人間は皆、葵自身も含めなぜこのように事件にばかり関わるのだろうかと理不尽さを覚えた。そして、激闘を演じた新しい友人達の身を案じた。
アイマスクをしている篤子は、自分の左腕を葵のいるであろう方向に向かって見せる。
傷一つ無い、つるんとした肌がそこにあった。
話を聞く限り、戦闘で僅かではあるが傷を負ったようではあったが、それはアニマトゥーラを持つ人間特有の回復能力によって完全に治癒していた。
篤子は思い出すたびに腹立たしいと言って憤慨している。
だが結局のところ、篤子と静流は彼女達に課せられた使命を殆ど達成していた。
彼女たちが護衛にあたっていた女性秘書は怪我一つ無く、無事に保護され、大怪我こそ負ったもののボディーガードの男性達に死者は出ていなかった。
唯一つ、大西龍三郎氏が誘拐されてしまったという点を除いて、彼女達は良くやったといえるだろう。
事実、賞賛の声がその後周囲から掛けられる事もあった。だが、二人、特に篤子はこの結果に満足していなかった。もしも次に会うことがあれば、必ずリベンジを果たすと布団の中で息をまいている。
そんな篤子の身体を静流はその右腕に抱きながら、左腕でよしよし、と頭を撫でている。
「という訳で、本来ならばもっと早く合流出来たのですが、事情聴取や現場検証などで拘束されていたのです」
「めっっっっっっちゃ、めんどかったで、ほんま」
そして最終的には山形善治という、この地域の担当官が助け舟を出してくれたおかげで入学式に間に合ったという話だった。それを聞いた凛音が、葵の横で興味なさげな声を上げるが、葵はそれが照れ隠しのようなニュアンスを含んでいることに気づいた。
葵はクスリと小さな笑い声を出すと、質問を行う。
「じゃあ、これからはそのお爺さんを凛音ちゃん達が探すの?」
「いいえ、それはもう私達とは関係の無い話となりました。正規の部隊が展開されているそうです」
「大人におまかせちゅうこったな。うちらは葵の事だけ考えてれば良いそうや」
その言葉を聞いて、葵は安堵した。少なくとも友人達が進んで危険に巻き込まれる心配はなさそうだった。
「ですが、一点だけ葵さんに伝えておかなければならないことがあります」
しかし、安堵に影を落とすような話が静流の口から舞い込んでくる。
「部隊が盆地から出る道や、山中に展開されましたが件の三人は未だ発見できていません」
「盆地やから、外に出るには必ずといっていいほど山越えが必要や。爺を連れてはキツイやろな」
「つまり……」
その続きの言葉は凛音の口から発せられた。
「誘拐犯の少なくとも三人は未だこの盆地内に潜んでるってことだな」
アニマトゥーラを持った誘拐犯が三人も、もしかしたら直ぐ近くに潜んでいるかもしれない。
その強大な力は、それを自らも所持している葵が一番良く分かっていた。
不安から、葵の身体がぶるりと震える。それは小さな震えとなって葵の身体を揺らしていた。
だが、その震える腕が、不意に布団の中でしっかりと握られる。
凛音が葵の腕をその温かく柔らかな手で握り締めていた。葵は凛音の体温をしっかりと感じた。まるでそこから、凛音の心強い言葉が伝わってくるようだった。そして、葵の身体に同居している妹の声も、同時に伝わってくる。
大丈夫だよ。
二人から力を貰った葵はその身体の震えを止めた。そして後ろ手に、自分の腕を握る凛音のその手を握り返す。
もう大丈夫。
そう、心の中で二人に返答すると、葵は急に眠気がやってくる感覚に襲われた。瞼がゆっくりと独りでに落ちてくる。
その様子を見た静流が枕もとの目覚まし時計を確認する。
「何時の間にやらこんな時間です。今日はもう寝ましょう」
その一声に全員が同意し、リビングの明かりが落とされる。
葵は、自身に訪れたまどろみに逆らうことなく、それに飲み込まれようとする。
不安はあるが、それもきっとなんとかなると考えていた。自分は今や一人ではない。
そして部屋は静寂に支配される。やがて葵の耳元に、小さなかわいらしい寝息が聞こえてきていた。
その音に心を任せながら、葵は眠りへ向かってその心を沈めていった。
そして葵は夢を見た。
夢の中では、自分に良く似た少し背の低い女の子が目の前に立っている。
体勢がやや猫背気味だった。両腕を前に垂らし、左手で自分の右手の指をいじっている。
やや鋭い目つきは、だがそれは敵意では無くあくまでも表情としての目つきは、意志の強さを感じさせる。
そしてその少女は猫背のまま、葵をじっと見つめていた。
その様子から、葵はその少女の正体に気が付く。
「朱音?」
その言葉に、目の前の少女がぴくりと反応する。その反応を見た葵は、自分の直感を確信へと変える。
「朱音! こうやって会えるなんて思わなかった! それとも……これは唯の夢?」
葵は自分の妹と言える少女に問いかける。
「頭の中の出来事という意味では、夢かもしれない。でも私達にとっては、夢じゃない」
「? 良く分からないけど、こうして会えたならなんだって良いよね」
そう言って葵は朱音に身体を近づける。そしてそのままその身体を抱きしめた。
「もし会えたなら、こうしてあげたかった。今まで、一人で背負わせて、駄目なお姉ちゃんでごめんなさい」
その行為と言葉に、朱音は驚愕で目を見開く。だが直ぐに、それはとろんとした、陶酔の目へと変化する。
「私も、ずっとこうして欲しかった。でも、もし葵が私を嫌いになったらと思うと、怖くて」
自分のやってることは、葵のためと言いつつも、それがつまる所、他人を傷付ける暴力であることは薄々自覚していたと朱音は語った。
けれども、朱音にはそれ以外に、自分が居て良い理由が見つからなかったのだった。
だが、それは最早過去の話だった。
自分の力と向き合った葵は、同時に自分の中の妹とも向き合うと決めていた。
一緒に居るのに難しい理由なんて必要は無いと、葵は語った。ただ、自分を守ろうと必死だった妹が愛おしく、同時に自分の愚かさに嘆くばかりだった。
「大事な妹に悲しい思いはさせたくない。これからは何でも言ってね」
「ん……? なんでも?」
その言葉に、朱音は不思議そうに首を傾けた。
「うん。なんでも。交代したくなったら、ちゃんと身体も渡すからね」
普段は、基本的に葵がその身体を動かしている。五感などは共有することも出来るが、その様子を朱音は脳内で見守っている状態だった。
「いい。葵の中でじっとしてるのは好き。動かなくてもご飯が口に入るし、勉強もしなくて済むし」
そしてずっと寝てても、文句を言う人も居ない、と言葉が続く。
その言葉に、葵は表情を硬くする。
「やっぱり、無理やりにでも表に出す必要があるね。お姉ちゃんはそんなぐうたらな妹は嫌いだよ?」
嫌い、という言葉に朱音が反応する。だが、その顔は心の底から面倒くさいというような表情をしていた。
「たまにはお外でちゃんと身体を動かしなさい」
「なんか意味が違う……」
そう言うと二人は身体を離してお互いに見詰め合った。葵はやさしげな笑みを浮かべている。朱音はそれを見て、やや恥ずかしそうに笑っていた。
すると、少しずつ周囲の空間が白み始めてきた。その光景から、葵は自分の身体が目覚めようとしているのだと気づいた。
「起きたら、忘れちゃったりしないかな?」
「夢だけど、夢じゃないから大丈夫だと思う」
「それって、トトロ?」
違う。と朱音が口にしたところで、葵は自分の意識が急速に浮かび上がって行くのを感じた。
遠くから、目覚まし時計の音が段々と近づいてくる。
葵は眠りからの覚醒を間近に向かえ、それに心を高ぶらせる。
妹と、友人達と一緒に過ごす新しい一日が、もう直ぐそこまで近づいてきているのだった。
朱音ちゃんは精神年齢が中学真っ盛りです。
動画サイトとかを夜中に身体を動かしてこっそり携帯で見てます。
ネットスラング大好きっ子なんです。
だから許してください。なんでもしますから。




