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装殻甲戦アニマトゥーラ  作者: どといち
第二章 穿たれた童心は境界で惑う
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第三十一話 大西龍三郎誘拐事件

 リビングには二つの布団が敷かれていた。それぞれ、葵と凛音が寮に持ち込んだ布団である。

 現在その二つの布団には四人の少女がそれぞれ二人一組となってもぐりこんでいた。


「そんでそん時や。うちの右手がズババーン! と……」


 前髪を下ろし、アイマスクを付けた篤子が、身振り手振りを交えながら何やら騒がしく布団の中でもがいている。

 その胴体には長い腕が巻きつくようにしがみついていた。

 静流は、擬音が多めに使用されている篤子の話を聞きながら、その顎を篤子の頭の上に乗せている。

 まるで篤子を抱き枕の様にしているようだった。


「そんでな、こっからがけたくそ悪い話なんやけど」

「デコ、もういいよ。全然伝わってこない」

「篤子ちゃん、もう寝ていい?」


 篤子の話を黙って聞いていた葵と凛音の二人だったが、その話の下手糞さに、次第に眠気を誘われてしまっていた。

 篤子が話していたのは、彼女たちがこの地域へとやってくる際に起こった事件。天導学園の入学式へ出席するために移動中だった大西龍三郎が、何者かによって襲撃され、その身柄を奪われた事件のことだった。

 だが篤子の話は、彼女の主観や無駄な擬音、うるさい手振りが合わさり、お世辞にも上手い話し方とはいえない代物だった。そのため初めのうちは興味津々だった葵も、次第にその瞼を落としている始末だ。


「なんでや!」

「篤子ちゃん……私でも良く分からないんだから、二人は尚更だと思いますよ?」


 その言葉に口をへの字に曲げてしまう篤子だったが、アイマスクのためその表情は完全には読み取れない。だが、次の一言で、彼女がへそを曲げてしまったということは、その場の全員がはっきりと理解できた。


「なら、静流がやってみいや!」


 その言葉を受けて静流が事件の詳細を話し出す。車が襲撃され、二人が秘書を伴って車外へと飛び出た場面から、その話は再開された。


 静流は初め、隣に座る秘書の女性の保護を最優先に考えたという事だった。二人は、その護衛任務自体が研修の様な物だったと語っていた。そしてその説明の際に、篤子と静流にとっては秘書である彼女の安全こそが最も優先すべき事との話を受けていたそうだ。

 何故、老人ではなく秘書を優先させられたのかということについては、アニマトゥーラを持っていないとはいえ、プロのボディーガードで固められた老人の警護の邪魔にならないようにではないかと静流は推測していた。


 車外に出た後のあらましは次のようだったと、続けて篤子は語る。


「お前がどけや」

 そう言った篤子の身体が光に包まれる、やや遅れて静流もその力を解放した。

 装甲展開時、篤子の体型にまったく合っていなかった黒いスーツが飛散する。静流は、それを見て、ああ、また勿体無い事になっている、と心の中で呟いた。


 篤子の身体は、黄色の光沢を持った装甲に包まれていた。まるでハリネズミの様に全身からは鋭い鋭角の棘状物質が飛び出ている。鋭角で無い部分が殆ど無いそのデザインは、彼女の先端恐怖症が如実に現れた姿だった。

 唯一、その額だけが篤子のおでこが出した髪型同様に丸い形を見せており、カチューシャで後方にに送られた髪は、まるで逆巻く棘の様にその姿を変えていた。

 両腕の側面には、前腕部とほぼ同じ長さの巨大な杭がそれぞれ一本ずつ備え付けてある。それが肘の辺りに取り付けられた箱状の装置によって固定されていた。

 杭は箱に固定されている根元部が太く、それは中間部分でやや細く変化し、前方へと延びていた。二つの異なる太さを杭は持っており、その太い部分は彼女の拳ほどの太さがあった。


 百足の姿をした男はその右手のチェーンソーを、装甲を纏った篤子へと振り下ろす。

 それを篤子は左手の杭、その側面で受け止める。青い火花が衝突部分に発生した。


「ほう、唯の小娘でもないようだ」

「なにが、ほう、や! ええかっこしいが!」


 その言葉に反応したのか、男は右手に力を込める。

 停止していた右手のチェーンソーが篤子の杭に食い込んだまま起動する。

 そして猛烈な量の青い火花が発生する。僅かずつだが、杭をチェーンが削り取っていく。明らかに篤子が押されていた。


「篤子ちゃん!」

「静流はそのおばはん連れて一旦下がっとき!」


 篤子に声を掛けた静流。その姿もまた変化していた。


 それは青い蜥蜴とかげだった。そのガラス質の目には切れ長の瞳が存在している。静流の緩く結われた髪がまるで頭部から生える尻尾の様に変化していた。鱗状の構造が表面には認められ、それらの端々が光の加減でまるで虹の様にその色を変化させている。

 篤子と違い、目立った武器は備えていない。

 だが、篤子からの指示を受けた静流は、その手に抱えた女性秘書の身体に自分の鱗をまるで侵食していくかのように移していく。

 そしてその姿が、まるで空間に溶けて行くかのように消えていった。秘書はそれを見て悲鳴を上げるが、全身が隠れると同時にその声も聞こえなくなる。篤子自身の姿も完全に消えていた。


 僅かに、道路上を蹴る音だけがかなりの速度で遠ざかっていく。それを察して篤子は装甲の下で、にやりと笑みを浮かべた。


「後はお前をのして、じいさんを逃がすだけやな」

「ほざけ」


 チェーンソーが回転数を更に増す。だが、その分相手の男の意識は自分の右手に集中しているようだった。

 その意識の隙を篤子は見逃していなかった。


 右手を腰溜めに構える。掌が上を向く形でそれは構えられた。そしてその右手を、捻りを加えながら前に突き出す。終点で、今度は右手の甲が上を向いた。しかしその攻撃は、本来ならばリーチの差で相手にはまったく届きようが無い。相手の男の油断も、篤子との身長差を鑑みてのものだったのだろう。

 だが、篤子の肘についている箱状の装置は、右手を前に突き出し、その甲が上を向いた瞬間、突き出された腕の速さを圧倒的に上回る速度でその腕の上を前方へ滑っていく。

 それは装置に固定された杭も同様だった。スライド時、自身の腕から火花を散らせながら、巨大な杭が相手の脇腹めがけて突撃した。


「ぐっ……!」


 轟音と共にそれは相手の装甲を大きく削り取る。篤子が両腕に備えているもの、それは漫画やゲームなどで『パイルバンカー』と呼ばれている兵器に良く似ていた。だが、それは杭打ち機などではなかった。


 男は、唐突に放たれた重い一撃に苦悶の声を漏らす。だが、問題なく耐えられる一撃だと判断して、更に右手に意識を集中させる。篤子の左手の杭はすでに半分以上、削り取られてしまっていた。


 だが、前述のとおり、篤子のそれは唯の杭打ち機では無かった。

 彼女は未だ突き出した右手を戻すことなく前へ構えている。そして次の瞬間、一瞬にして肘の位置まで戻った装置が、またもや杭と共に加速する。


 ガン!ガン!ガンガン!ガンガン!ガガガガガガガガガガガ!!!


 篤子のそれは『ミシン針』だった。


 かつて彼女の腕を大きく傷付けたそれは、幼い彼女に強烈な恐怖を抱かせた。死に至る傷、というわけではない。だがその痛みと恐怖は彼女に装甲を発現させた。

 そしてその力は悲鳴を聞いて駆けつけた彼女の名付け親でもある祖母へと牙を剥いた。

 幸いにして、祖母は軽症で済んだ。

 しかしそれ以来、篤子は大好きだった祖母と一切顔を合わせることが出来ないまま、彼女との永遠の別れを告げることとなった。


「食らええええええええ!!!!」

「ぐうううううう!!!」


 篤子の杭が百足の男の装甲を見る間に削り取っていく。

 だが、男は下がることはせず、自身の武器の回転数を更に上げていく。


 遂に左手の杭が切断され、篤子自身の左手でそれを受けることとなる。

 互いの攻撃されている部位の装甲が、凄まじい火花を発している。


 だが、二人とも一切後退の姿勢を見せていなかった。装甲は、その装甲強度は精神状態によって左右される。

 逃げの姿勢はその強度を下げる代表的な行為だった。勝ちたいのならば、前へ向かう。それが、その性質を理解したアニマトゥーラを持つもの同士の戦いだった。


 力は拮抗しているように見えた。だが、先に攻撃を行った分、百足の男が決定打を先に与えるのは必定だった。

それ故に、男には余裕があった。そしてそれを理解している篤子には焦りがある。その差が、やがて目に見えるはっきりとした形となって現れようとしていた。


 男は自分の勝利を確信する。その瞬間


ドガッ!!


 突如、自分の左頬に響く衝撃と共に、その身体が右にずれる。篤子と男の攻撃がそれにより、互いに目標から外れた。


 男は見えない位置からの攻撃を警戒して、大きく下がる。その結果、一緒に来ていたやすりのような装甲の女性が蹴散らし、地面に倒れていたボディーガードの足を踏みつけてしまう。

 ボギリ、という不快な音と共に、いとも容易くその骨が折れる。


「失敬。虫かと思ったんでな」


 悲鳴を上げる男性を尻目に、男は軽口を飛ばす。

 相方の女性は随分楽しんで仕事を行っているようで、目標の老人を守るボディーガードたちを一人ずつ、丁寧に削り取っていたようだった。八人ほどいた老人を守る人間は、残り一名となっている。男性にとってはどうでもいいことであったが、死んでいる人間は一人もいないようだった。

 もっとも、肉を、骨まで削り取られるような傷を与えられては、道路に転がっている殆どの人間は、間も無く失血死するだろうと思われた。

 

 その光景に気づいた篤子は何も無い空間に向かって叫ぶ


「静流! 止血せな! 兄さん達を覆え!」


 その声に姿を消していた静流がその能力を解除する。姿を消したまま、秘書を安全な場所に遠ざけた後に彼女は戻ってきていた。先程百足の男に一撃を加えたのは、彼女だったのである。

 静流はしゃがみこみ、地面にその両掌を付けると、そこから自分の鱗を一斉に放出した。


 その鱗は、まるで流れる川の様に静流の両手から、地面に伏しているボディーガードたちへ繋がっていった。

 そして、秘書がそうなったように、その身体を包むと、透明となって消えていく。

 それぞれ、怪我をした部分へ重点的に鱗がくっついているようだった。


 百足の男性は、先程まで足を乗せていた男の姿が消えているのを確認する。だが、確かに今もまだそこに足を乗せている感覚はあった。

 そこへ目掛けて、男はもう一度足を振り下ろす。


 青い火花と共に、一瞬だけそこの景色がゆがむ。

 男は感嘆の声を上げた。


「やめろ!!」


 篤子の叫びに反応して百足の男と鑢の女がそちらを向く。


「あなた達こそ、そこから動いたら、この男を殺すわよ」

 女は指先の装甲を高速で回転させていた。そしてそれを残ったボディーガードの首筋へと近づけていた。

 一瞬だけ、それが触れた瞬間、男の皮膚と肉が僅かに削られる。

 悲鳴を上げる男を見て、女性は愉悦の声を上げた。


「もういい。私が目当てだというならば、どこへでも連れて行くが良い」


 男性の背中に匿われていた老人、大西龍三郎がその前に躍り出る。

 和服を身に着けた老人は、その鋭い眼光を装甲を身に纏った女性へ向けながら相対している。

 興を削がれたように、女性は鼻を鳴らすとその拳を老人の腹部へと叩き込む。


 くぐもった声と共に、老人は前方へと崩れ落ちる。

 その身体を百足の男が肩に担ぐ、そしてそのまま陸橋から飛び降りた。

 続けて、女性も同様に飛び降りようと、陸橋の縁へ足を掛ける。

 そしてその体勢のまま、篤子たちの方へ顔を向けた。


「じゃあね~」


 楽しげに手を振ると、そのまま飛び降りてしまう。


「待てや!!」


 篤子が追いかけようと、下を覗き込んだ時には既に黒いワゴン車へ乗り込んだ一行が走り去っていく場面だった。


 仲間は他にもいたのだ。それが、逃走の準備を完了させていた。


 少なくとももう一人、最初に車を攻撃した人間がどこかに潜んでいる。それに気づいていたからこそ、老人は自分の身柄を差し出したのだろう。あのまま戦っても、篤子たちの敗戦は濃厚だった。


「くそったれがあ!!!!」


 篤子の悔しげな叫び声が、近づきつつあるサイレンと共に、虚しく空へ響き渡ったのだった。



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