第三十話 バスロマンはいい湯だな
「さて、ひとっ風呂浴びに行こか」
「待て待て待て待て」
替えの下着などを用意して風呂場へ向かおうとする篤子を凛音が止める。
「部屋主を差し置いて一番風呂とはいい身分だな」
「ええやん。けち臭い」
どちらが先に入るかで言い争う二人へ呆れたような視線を葵と静流は向ける。
葵はふと、今の時間を確認する。四人が順番にお風呂へ行くとすると、寝るのがかなり遅くなってしまうかもしれない。
学校が始まる以前ならば夜更かしも出来たろうが、明日は登校日だ。
「じゃあ二人で入ってきなよ」
「へ?」
「え?」
突然の提案に二人は目を白黒させながら素っ頓狂な声を上げる。
「もう夜も遅いし、一人ずつだと深夜になっちゃうかもよ」
「なんで初対面の人間と風呂に入らんとならんのや!」
顔を赤くしながら篤子が声を上げる。
「私は凛音ちゃんと一緒に入ったよ?」
しかし、その葵の言葉に、空気が止まる。
「凛音……自分……」
「あれはな! そのな! 理由がな!」
「塔の建築現場はお風呂場にだったんですね」
「もういい! 一緒に来い! デコ娘!」
「ちょ! ひっぱんなや! やけくそか!」
耳まで赤くした凛音が、篤子を風呂場に引きずって行く。見た目どおりに体重の軽い彼女は抵抗こそしているものの、成す術無く引きずられていく。
葵と静流はその姿に向かって手を振る。しばらくすると脱衣所で騒がしい声が聞こえてきた。だが、篤子が観念したのか結局二人は一緒に風呂へと入っていったようだった。
「葵さんは同性とはいえ、一緒にお風呂って恥ずかしくありませんか?」
「ないよ? もう慣れちゃった」
「慣れるほど……これは気を引き締めないと餌食にされちゃいますね」
「?」
そんな会話を葵と静流がしている頃、お風呂場の二人はというと
「……」
「……」
無言のまま、並んで湯船に浸かっていた。凛音と葵の二人では少し狭い浴槽も、篤子の身体の大きさではちょうど良い広さだった。篤子は風呂場にも拘らず、その前髪を大きなヘアピンで止めていた。
「身体洗えば?」
「あ、あーうん。そうやな……」
篤子が湯船から出る。凛音はその瞬間を見ないように顔を背ける。いっそ、葵と初めてお風呂に入ったときの様にちょっかいを出そうかなどと血迷いそうになっていたが、流石に自重していた。
身体を洗った後、篤子は髪を洗おうとしてその動きを止める。
「あ……忘れてもうた」
「どうした?」
「シャンプーハット忘れてもうた」
「おい、高校生」
思わずツッコミを入れてしまう凛音だが、それを必要とした理由に直ぐに思い至る。
凛音は篤子がその前髪を常に上げている訳を彼女の装甲形状と共に聞いていた。
「そういや先端恐怖症か。前髪が目に入るの嫌なんだな」
「まーなー。一応色々やっとるけど、まだめっちゃ怖いねん」
「それなら前髪切れば?」
「パッツンは嫌やの!」
「めんどくせえー……」
恐る恐るヘアピンを外そうとしている篤子を見て、凛音は息を吐く。
しょうがないな、そう言うと凛音も湯船から上がる。
「髪洗ってやるから、目つぶってろよ」
「あ、あんがとな。よろしくお願いするわ」
凛音が篤子のヘアピンを外す。長い前髪がすとんと落ちた。その髪をシャンプーを手に取って洗っていく。
「ああ~。きもちええな~」
「痒いとこはないですか~」
「ないよ~」
凛音は慣れた手つきで髪を洗っていく。実は何度も葵の髪をこうやって洗っているのは、他の人には内緒にしようと思っていた。
髪を洗い終わると篤子が湯船に戻り、今度は凛音が身体を洗い始める。
「凛音な、爺さんの件やけど」
「うん? どうした?」
篤子が凛音に話しかける。視線は別の方向を向いていた。
「静流と……うちの話も含めて葵に言っといたほうがええと思う?」
「爺さんの事件はともかく、お前らの話は無理して言わなくてもいいんじゃないか?」
身体に付いた泡をシャワーで流しながら凛音は答える。
続いて髪を洗い始めた。シャンプーのいい香りが漂い始める。結局、初めに葵が購入したシャンプーを凛音は継続して使っていた。
「でもなー。うちらは赤……朱音のことも全部知っとるのに」
「まあ、わたしも結局不幸自慢みたいに自分の話、しちゃったけどな」
「自分のは……静流もそうやけどめっちゃ辛い話やん。いくらでも聴いたるわ」
「篤子も、発現した状況はともかく、その後はきつい話だろ」
今度は髪についたシャンプーを洗い流していく。篤子は先程の凛音の発言を受けて、うちはビックリして飛び出てもうたって感じやしな、と笑っている。
結局、皆がお風呂から上がったときにでも、機会があれば話そうということになった。
それに別に今日でなくてもいい。そう言って二人は風呂場から順番に出た。
脱衣の時に感じたのだが、二人一緒だと着替えが少しだけ窮屈だろうと思われた。
そしてお風呂から上がった二人が見たのは、涙をぼろぼろと流しながら正座をしている葵と、その頭を撫でている静流の姿だった。
「ど、どないしたん?」
「篤子ちゃん……怖かったね。ミシンが……おばあちゃんが……」
その発現を聞いて、篤子と凛音は状況を理解する。
「静流……。もしかして自分……」
「私達の昔話を聞いてもらいました」
「うちらの風呂場でのやり取りはなんだったんや!」
篤子は憤慨して腕を振り回して静流へ向かっていく。その額を静流は片手で押さえる。
振り回したその腕は届くことなく空を切る。
「静流さんも、辛かったね。誰も助けてくれなかったなんて……」
「今はみんながいますから」
片手で頭を撫でながら、もう一方の手で篤子の頭を押さえてたまま静流が柔らかな笑顔で答える。
その様子を凛音は呆れた表情で見ていた。だがやがてその表情は笑顔へと変わって行った。
「葵、風呂空いたよ。静流と一緒に入ってきなー」
「おい! 凛音! この状況を流すんかい!」
「こうなったらもう、爺さんの話まで直行コースだろー」
「お風呂のあとお話ですか、今日はお泊りという事ですね」
のんきに話す静流を尻目に、葵は立ち上がるとパジャマなどの準備を始めた。
静流は、今度は両手で篤子を押しとどめながら、持ってきた自分の荷物へと向かう。
凛音は、そんな様子を見て、二人の外泊許可はどうせ隣部屋だし出す必要ないよな、などと考えていた。
そしてそれよりも、四人分の寝床をどのように準備するかについての思案が重要に思えた。
ベッドが二つ。布団が二つで数だけ見れば十分だが、ベッドを使用した場合、どうしても二組が別々の部屋で寝ることになる。
凛音は、最早習慣付いたスタイルを崩すことに抵抗を覚えていた。
彼女達は、最近寝るときはいつもリビングに布団を二つ並べて敷いている。
では、篤子と静流がそれぞれ二つの部屋にあるベッドで分かれて寝るのかというと、それも何か違う気がしていた。
やがて、自分の欲望に忠実になった結果、ある妙案を凛音は考え付いた。
凛音以外には、妙案ではなく愚策かもしれなかったが、思い切って準備を始めることにする。
「(でもまずは、葵の周囲に存在する懸念についての話が先かもしれないな)」
凛音はお風呂場から聞こえる静流の黄色い悲鳴を聞きながら、布団を敷き始めるのだった。




