第二十七話 4人の少女達
葵と凛音、その目の前に現れた二人の少女。名前を伊達篤子、上杉静流とそれぞれ名乗った両名は、一言断りを入れると凛音達が座るベンチ、その隣に並んで腰掛けた。
篤子はその身体に合う制服がなかったのか、それとも成長を期待してなのかは分からないが、丈の合わない上着を身に着けている。ボタンが止められていないため、前が全開となっていた。スカートは凛音同様、かなり短い。
シャツはリボンタイこそしているものの、それはかなり緩く締められており、第二ボタンまでが開かれ、首元と鎖骨が露出していた。紺のニーソックスを履いている為、太ももとスカートの間に絶対なる領域が存在している。
「そう警戒せんといてよ」
篤子はニカッと、その小さな顔を綻ばせると右手を凛音に向けて差し出す。
その手を凛音が取ると、途端その笑みに悪戯な雰囲気を紛れ込ませる。
「ふっふっふっ……」
篤子の握手した腕に力が込められる。
力を込めている証拠に、その腕がぷるぷると小刻みに震えているのが見て取れた。
だが、相手をしている凛音には特に変わった様子は見られなかった。握られた右手に困惑の視線を落としているだけだ。
凛音は自分も同様に右手へ力を込め始める。
「ちょっ! 痛い痛いっ! 堪忍してや!」
一瞬でその勝敗は付いてしまった。凛音はほんの少し力を込めただけのつもりだったが、篤子のその小さな身体に見合った手はあっさりと根負けしてしまう。
「何がしたいんだ……」
凛音が呆れたように口走り、その右手をぱっと離した。
「だって、お約束やん! ライバル的なイベントとして!」
篤子は右手を払うように振りながら涙目で叫んでいる。
「篤子ちゃん、ちょっと話が進まないからごめんね」
篤子の隣に座る少女、静流はそう言うと小さな少女のカチューシャを引き抜くように取り去った。
「静流!? ちょ、前が見えん! 前髪で前が見えん! あれ、今の上手ない!?」
途端に篤子の茶色に染まった前髪が下に落ちる。長く伸びた前髪が彼女の両目を覆い隠してしまう。
「ああー! 前髪が目に入ってまう! おっそろしくて目が開けられん~!」
篤子は一人で騒ぎながら、自分の目を両手で隠している。そんな彼女の脇に静流は両手を差し込むと、事も無げに持ち上げて自分の身体と位置を入れ替える。
今度は静流が凛音の隣に座った。
彼女は、葵同様しっかりとブレザーを着用している。だが、その胸元が大きく張り出している所為か、その部分だけややきつそうである。ブレザーがその分だけ持ち上がっているため、腰の辺りからシャツが少し見えている。
しかし、おっとりとした、たれ目がちな顔と、その長身に見合わぬおとなしそうな印象から外れてそのスカート丈はやや短い。そして足には黒タイツを着用していた。
「あの、篤子ちゃんはちょっと元気が余っているだけで、本当は良い子なんです」
苦笑しながら、静流は自分の隣に座る二人に話しかける。少しかがんだため、こげ茶色のおさげが揺れる。
「私達は、お二人のサポートのため今回この学園でご一緒することになりました」
静流が長身であるため、話を聞く葵と凛音は必然的に上を見上げる形となる。
その身体で隠れてはいるが、後ろで篤子がまだ一人で騒いでいるようだった。
「最上さんの事情は、既に山形さんという方からお伺いしております」
その言葉に、凛音の眉がやや動く。対して葵は、さほどその表情を変えてはいない。
「至らない点もあると思いますが、これからよろしくお願いします」
ぺこりと、静流は頭を下げた。それにつられて、葵と凛音も小さく頭を下げる。
「しづる~しづる~。カチューシャ返して~。返して~」
篤子がめそめそと泣きながら、片手で静流の制服の裾を引っ張っている。
もう片手は目を隠したままだ。
静流はそれを見て、はいはい、と笑いながらカチューシャを返す。
篤子は受け取ったそれを、自分の口で大仰な装着音を発しながら頭に着けなおす。
「ようやく完全なうちに戻れたわ……。この状態こそが真の姿。その名もパーフェ……」
篤子がようやく目を開くと、他の三人は既にベンチから立ち上がり、正門へ向けて歩いている所だった。
「上杉さん達は、どこに住むの?」
「最上さん達と同じ、第三女子寮です。その503号室だそうですけど」
「なんだ、三寮か。しかも隣の部屋じゃん」
「そうなんですか、まだ部屋も見ていないので、ちょっと楽しみです」
「トゥーエルディーケーなんだよねー、凛音ちゃん。トゥーエル……」
「葵! 思い出させないでくれ!」
「トゥー? ああ、2LDKですか。良い間取りですね」
「ちょー! うちを置いて行かんといて!」
涙目になりながら両手を突き出して篤子も追いかけてくる。
それを見て、他の三人は笑いあう。
「うちの立ち位置が早くも決まってしまった感があるな……」
追いついた篤子が呟く。それを聞いて葵は
「マスコットポジションだね」
満面の笑みでそう言った。それを聞いた残り三人が少し固まる。
「葵ちゃん、聞いてた話と若干性格変わっとらん?」
篤子がひそひそと凛音に話しかける。
「確かに、あれ以来ちょっと毒が多目かもな」
凛音は、第二校舎がある方向へ目を向けながら、入院後からの葵の言動を思い出す。
最初に自分に対してとっていた態度より、より遠慮がなくなっているように思えた。
だが、もしかするとそれが葵本来の性格なのかもしれないと彼女が考えていた。それに、遠慮されるよりは、その方が凛音にとっては大変喜ばしく感じられた。
「えー? そうかな?」
葵は無邪気な笑みを返す。手元の腕時計に目をやると、時間はまだ昼前だった。
「今日のお昼御飯なんにしようか?」
歩きながら、葵は凛音に問いかける。
「蕎麦がいいです」
だが、それに答えたのは凛音ではなく、静流だった。遠くを見つめるその瞳には、これまでに無い意志の強さが認められる。
「引っ越してきたのだから蕎麦でしょう」
口元から、じゅるりと音を立てながら静流はそう続ける。
「ごめんなー。静流は色々でかくて燃費が悪いせいか、食い意地張っとんねん」
「違います。人よりご飯が好きなだけです」
「それを食い意地が張っとると……」
その言葉を聞いた静流は篤子のカチューシャに手を伸ばす。
「やめーや! リセットボタンみたいに扱わんといて!」
それを察知して篤子は頭をガードする。その光景に、皆が思わず笑い出す。
「せっかくだから、一緒にご飯食べよう。お蕎麦はないから、まずはお買い物だね」
葵の提案に、凛音はやや戸惑いながら、静流は即答で、篤子は楽しげに同意する。
「まあ、色々とうちらに聞きたい話もあるやろうし? こっちも話したいしな」
篤子は両腕を頭の後ろに組みながら歩いている。
「まあ、こっちも善治から少しは話を聞いてるけどな。この間の事件の話とか」
「いきなりその話かい! まあ、知っとるなら話は早いかもな」
「まずは、蕎麦が大事だと思います」
「薬味って苦手なものとかある?」
それぞれ思い思いの話をしながら、少女達は正門へ向かって歩いていった。
大きさの異なる4つの影が、地面に並んで落ちている。
今はまだ、その影だけが、足元から伸びているのだった。




