第二十六話 伝説ではない木の下で
春の陽光が大地に降り注ぎ、桜色に染まった風がやさしく頬を撫でていく。
その春風の中を、初々しい笑みを浮かべた少年少女達が歩いている。
彼らは、今年度の天導学園新入生達だ。皆これからの新生活に向けて、ほんの少しの不安や、それよりも遥かに大きい期待と希望をその表情に秘めている。
その人数は、通常の中高校生の新入生数のそれとは比べ物にならない。
だが、それらを有して余りあるほどの敷地面積をこの学園は持っていた。
学園正門に繋がる大通りを彼らは歩いていく。
今日は、私立天導学園の入学式が行われていた。
中学、高校合同での入学式となっており、学園が持つ施設の中でも最大級の規模を誇る大講堂でその行事は執り行われた。
アイドルのコンサート会場のようなその大講堂での入学式が終了すると、生徒達は皆帰宅の途に就いていた。彼らの保護者達の多くは、大講堂から別会場へ赴き、希望者のみが参加する彼ら向けの説明会を受けている。
新入生達の笑い声がこだまする小春日の中、それらから遠く離れた位置に、大木をその中央部分に備える中庭スペースがあった。その木の下、設置されたベンチに二人組みの少女がその身体を預けて座っていた。
一人は、肩ほどまでその黒髪を伸ばし、真新しいブレザーをきっちりと着こなしている。
前髪は、左側が可愛らしいヘアピンで纏めてあった。
スカートは、校則で定められた長さよりはやや短い。そのため立っていれば膝小僧が隠れてしまう長さだった。しかし、座った姿勢になっていることにより、今はそのかわいらしい膝が顔を出していた。足元は学校指定のローファーを履いており、白のソックスがその色をまぶしく光らせている。
胸元のリボンタイは、今年の新入生を表す赤色だった。
少女からはおとなしい印象を受けた。だが、その印象とはやや不釣合いに、首元には黒いチョーカーを付けている。
彼女の名前は最上 葵。
今年度から私立天導学園高等部一年生となる少女だ。
「入学式って、思ってたよりも短かったね」
少女は隣に座るもう一人の少女へ話しかける。
その少女は葵とは打って変わってかなり着崩したファッションを取っていた。
髪は、同様に黒。だが、光を受けてその黒髪はやや茶色にその色を変えている。
髪の長さは葵よりもよほど長い。そしてその黒髪をかなり上の方で一つに結っている。
髪を結っているその部分には、白黒ツートンカラーのシュシュと呼ばれるアクセサリーが着いている。
少女の髪質のためか、結われた髪はやや重力に反発した後、下方へと流れていた。
ポニーテールの少女は、ブレザーを着てはいるがその上から白色のパーカーを羽織っていた。やや薄手であるため着膨れの印象はない。
スカートはこれでもかと言わんばかりに短い。だが、見事に最後の一線を死守していた。
黒のソックスにスニーカーを履いた足を遊ばせながら、少女は先程の言葉に返答する。
「人数多いし、あんまり拘束もしてられないしなー」
彼女の名前は前田 凛音。
葵同様、今年度の高等部新入生だった。
春風が、巨大な木が生えている中庭を駆け抜ける。
その風に美しい黒髪を遊ばせながら、二人の少女は並んでベンチに座っていた。
「それにしても葵はどうしてそんなに、かっちりしてるんだよー」
足を前後に動かしながら凛音がわざとらしく頬を膨らませて言い放つ。
それを受けて葵は少し困ったように笑いながら、前日のやり取りを思い出していた。
「こうなったら二人して高校デビューを目指すっきゃない!」
「私はいいよ~」
「葵はこれから首輪つけなきゃなんだから、逆に浮いちゃうじゃん!」
葵は姿見の前でああでもない、こうでもないと二人で話し合った結果の自分のファッションを思いだす。
ブレザーの上着は脱ぎ、指定のシャツだけの姿になった状態から、薄い桜色をした薄手のカーディガンを羽織っている。袖元が、ほんの少し余り気味だった。スカートは、今よりも短い。葵が嘗て経験したことのない長さだった。
だが、普段の学園生活ならともかく、入学式という式典の場でその姿を取る勇気は無かった。最も、当日あたりを見回せば、きちんと制服を着ている生徒の方が少ない印象を受けたのは、少女にとって驚きだった。
「そもそも、それ付けてるじゃん」
凛音は葵の首もとのチョーカーを指差す。
「外しちゃいけないんだから、やっぱり今日もあの服装で来ればよかったのに」
そう言って、凛音はベンチに大きくもたれかかる。
葵が着けているチョーカーはある特殊な小規模磁場を発生させる効果を秘めている。
それは、彼女が持つ特別な能力を封じるという用途で作成され、その着用を義務付けられている代物だった。
「昔、わたしも着けてたから分かるけど、首元蒸れない? それ?」
凛音は葵に問いかける。
「通気性もいいし、全然気にならないよ」
「そっかー。技術の進歩って奴だな」
他愛のない会話が続く。だが、二人にとってそれこそが何よりも幸福だった。
葵に制御用のチョーカーが着けられる原因となった事件。その事件の後、葵の処遇を巡り、権謀術数の嵐が巻き起こった。だが結局、事件の担当官だった山形善治の強引な手により、その身柄は引き続き彼の監視下へと置かれることとなった。
当時、名目上の監視員として任命されていた凛音も引き続きその任に当たることになった。
その結果を聞いて、二人は抱き合い、飛び上がって喜んだ。
しかし、続く報告に、凛音の顔は曇ってしまった。
結論から言ってしまえば、凛音の監視員続投は、葵の護衛の眼が増えるという条件付だったのだ。
それでも葵は、親友と離れずに済むという事実に高揚し、抱きつく力を強めていた。
そして入学式の今日、追加の監視員となる二名との待ち合わせ場所が、先程から二人が談笑しているこの中庭だった。
凛音は、その二人が自分や葵同様に超然の力を有した人間だと聞いていた。
そして同学年であるということも、同時に聞いていた。
凛音はとにかく不満だった。確かに凛音一人ではあの事件で葵を失うことは避けられなかったかもしれない。結局のところ、解決できたのは彼女が自分と向き合ってそれを乗り越えることが出来たからだ。
だが脅威が薄れた以上、自分一人の力で葵を守ることに何の不都合があるのかと、凛音は一人ごちた。
しかしそれは、新しい人間を自分達の間に入れることへの不満と、凛音自身の対人スキルの無さから来る不安が多分に含まれた感情論でしかなかった。そしてそこには独占欲もあったかもしれない。凛音もそれは理解していた。それでも、嫌なものは、嫌だと彼女は開き直っていた。
それに、凛音が昔そうだった様に、あるいは今もそうである様に、変身の力をもつ思春期女性は性格に一癖も二癖もあるものばかりだった。
「どんな人が来るんだろうね。凛音ちゃんみたいに、ちゃんと友達になれるかな?」
葵がそう呟くのを耳にして、凛音は小さく笑った。
「葵はわたしよりコミュ力あるから大丈夫だよ」
「凛音ちゃんだって、初対面の私に色々やってきたよね。あの調子で行けば……」
「無理!!!!!!!」
凛音は自分が過去に行った振る舞いを思い出して赤面する。
あの行いが受け入れられたのは、葵だからであって、他の人物ならばドン引きもいい所だと、凛音は自覚していた。
二人がこれから中庭に来るであろう二名について話し合っていると、いつの間にか二人が座るベンチの近くに人影が二つ存在していた。
「よーご両人。自分らが葵と、凛音ってやつなん?」
「篤子ちゃん、いきなり呼び捨ては変ですよ……」
不意に声を掛けられ、葵は身を硬くする、一方の凛音はやや不機嫌そうな顔を浮かべた。
目の前に現れたのは、極端な身長差の少女が二人だった。
「伝説の木の下で待ち合わせとは、なんやらトキメいてまうな」
「篤子ちゃん……相変わらずゲーム脳なんですから」
独特の関西弁を話し、小学生と見まごう程背が低く、さらけ出したおでこが眩しい少女。
そして、ロングヘアーを二つ編みにした、おとなしい印象だが背が猛烈に高い少女。
「初めましてやな! うちは伊達 篤子いいます。よろしゅうな!」
「あの……上杉 静流と申します。静かに流れるで静流です」
四人の少女が、集い、言葉を交わす。
彼女達の物語が、緩やかに坂を転がり始めていた。




