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装殻甲戦アニマトゥーラ  作者: どといち
第一章 月下にて鬼と犬は猛る
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第二十二話 二つの心、二つの力

 決死の変身よりも少し前の時間。


 葵は壁に寄りかかったまま、凛音が美央によって蹂躙される様を見ていた。


 回復しつつある意識がその凶行を止めようとする意思を放った。


 だが、葵にはその術が思い至らない。


 何故自分は無力なのか。何故、友達が殺されそうになるのを見ているだけなのか。

 葵の中にいた妹は、先ほどの戦闘で完全に沈黙してしまっているようだった。


 それを確認した瞬間、葵は悔しさと情けなさで歯噛みした。

 都合のいいときだけ、その力を借りようとする自分を恥じた。

 

 たとえ戦う力が無くとも、今は立ち上がらなければならない。

 彼女を信じぬくべきだった。自分を省みて、妹と話すべきだった。

 そのチャンスはあったように思えた。赤犬が引き起こした惨事に目をつぶらず、向き合ってさえいれば、防げた事態だった。


 葵も赤犬も恐れていた。葵は赤犬が引き起こした暴力に、赤犬は何より葵に嫌われることを恐れていた。赤犬は力を葵を守るために使用した。だが、間違った使い方だった。

 

 力。赤犬の力。凛音の力。


 葵は自分の身体が回復しつつあるのを実感していた。


 凛音が繰り出した最後の攻撃の際、赤犬は自分からその攻撃を受けた。

 結果、葵の身体のダメージは軽減されていた。


 葵は自問した。


 力。変身する力。個人には手に余る程の力。


 葵は答えに思い至る。だが自分に、それが出来るかは分からない。


 凛音が、ぼろぼろにされていく。


 止めなくてはならない。やめさせなければならない。


 その手段を、葵は持っているはずだった。


 妹が二つとも使っていた力。そのうち一つは元々自分のものである確信があった。


 そうでなくとも、立ち上がらなくてはならない。


 葵は壁にもたれていた身体を倒す。

 凛音は自分同様地に伏している。

 蝿の怪物となった大地美央が、その頭に足を乗せていた。


 それを目にした瞬間。全ての疑問は葵の中で愚問と化した。


 鼻の奥が熱い。目から悲しみでない涙が溢れそうだった。


 葵にとって初めての感情だった。

 いや、この感情を葵は抱いたことがあったのかもしれない。

 だが、その全てを赤犬が奪い去ってしまっていた。

 葵はその感情に自分の全てを任せることにした。


 急激に力を取り戻した右腕を、硬い床へと叩きつける。


 その手には、求めた力が確かに宿っていた。

  

 

 そして変身を果たした葵は、美央に向かって右拳を振りかざす。


 だが、その攻撃を美央は事も無げに片手で受ける。

 その瞬間、大量の赤い火花が宙を舞った。

 葵の右手が大きく弾かれる。


「きゃあ!」

 その衝撃で、葵は後ろに大きく後退した。右拳は、装甲が外れかかっている。

 

 美央は両手を叩くように払った。

 そして自分の腹部を確認する。

 三対の足は、一つが未だ損傷状態にあり、残り二つは組み合わさったままだ。

 それを確認して美央は葵へと話しかける。


「すごいすごい。ダメージで解除された装甲を身に纏えるなんて」


 美央は、ぱちぱちぱちと、乾いた拍手を葵に送った。


「それとも二つあるから、一つは無事だったのかしら」


 地面に転がる凛音を一瞥すると、美央は葵へ向かって歩いていった。


 警戒を殆どせずに近づいてくる。


「どちらにせよ、あんまり役に立たない鎧ね。赤色は限界間際って教えたでしょ」


 葵の装甲は今にも崩れ落ちそうだった。

 関節部からは漏れ出すように赤い光が空中へ消えていっている。


「赤でも超強かったは二つ分の力よ。もう一つ出さなきゃただの雑魚」


 葵の目の前まで美央が歩いてくる。そして、二歩前の距離で止まった。


「まあ、脳内の核がダメージを負ってちゃ無理だけどね」


「……そうとも限りませんよ」

 葵は目の前の女を見据える。初めての感情に、全身を勝手に持っていかれそうだった。

 それを抑えて、話を続ける。

「んー? どういうこと?」


「一つだけでも、出来ることはあります」


「さっきの私の話聞いてなかったの? それとも今までみたく理解できなかった?」

 今のあなたならデコピンでも倒せそう。そう言って笑う美央。


 だが、葵には確信があった。


 凛音との戦いで最後に放たれた攻撃を、妹は自分を庇って、一人でその身に受けた。

 

 だからこそ、今自分はかろうじて装甲を纏っている。


 そして凛音と妹二人の戦いを見て、気づいていた。


 鎧を身に着けている間は、怪我の治りも早くなる。


「やああああああ!」


 叫び声と共に攻撃する葵。


 先ほど同様右手を大きく振りかぶって攻撃する。それを面倒くさそうに美央は避けた。


 まるきり素人の葵は腕を振り回すことしか出来ない。

 その全てを美央は大きな動きながらも避けていく。


「見てて可愛そうだから、終わらせるわね」


 ため息をついた美央が無造作に殴りかかってくる。


 だが、素人なのは葵だけではない。美央もまた、戦闘には慣れていない。


 葵は、一撃ならば耐えられると踏んで、大振りの攻撃をあえてその身に受ける。


 そして、攻撃が当たった瞬間、その腕を両手で捕らえた。


 葵の鎧が黄色の火花を放つ。

 それを見た美央の表情が装甲の下で一瞬曇る。


「頑張るわねー」

 そう言って腕を抜こうとする美央。だが、外れない。


「先生、一緒に映画を見ましたよね……」

 葵が、美央に話しかける。


「ええそうね、結構面白かったわ。でも現実はあんな風にならないものよ」


 それを聞いた葵が、フフッと笑った。


「知らないんですか?」


 腕を掴まれる力が強まる。美央はそれを外そうとするが、外れない。

 葵の損耗していく装甲から放たれる火花は、いつの間にか黄色から緑へ変わっていた。


「最近の特撮は二回変身するんですよ」


 そして遂に薄い青色の火花へとその色を変える。


 その刹那、青色のフレーム状の光が葵の全身を包む。


 葵は自嘲するかのように心の中で笑みを浮かべた。


「(都合のいい姉でごめん)」


 そう心の中で呟いた葵に声が返って来る。


「(勝手なことばかりしていた自分を頼ってくれることこそが、何よりもうれしい)」


 怖がらずに、きちんと話をするべきだった、葵を信じてなかったと続く声は、誰のものか。それは紛れもない自分と同じ声。だが、その持ち主は自分ではない。

 

 葵は、心から時間を求めた。


 凛音と仲直りをするために、妹と分かり合うために、二人と話す時間を求めた。




 そのためには、目の前の女を少なくとも9割は殺す。


 むしろ、1割生かすことを考えている自分は、やはり優しいのかもしれない。


 葵の初めての怒りは、静かに燃え盛る炎となって、全身に充足していった。


 


 残った左腕で美央は形成されつつある装甲へ攻撃を仕掛ける。

 狙いは顔面だ。


 だが、葵の装甲の上から、巨大な牙が覆いかぶさりそれを防いだ。

 そして全身に、牙状の装甲が噛み付くように多いかぶさる。

 一回り以上、葵の身体は大きくなっていた。


 まるで後ろから抱きつくような形でもう一つの装甲が完全発露する。


 砕かれた装甲はしばらく発現できない。

 なぜなら、発動を司る核自体の機能がダメージを負って低下しているから。


 そのダメージを回復させるはずの核自体が弱っているから。


 本来一つしか存在しないはずの装甲核。


 ならそれがもし、二つ存在していたならば。


 そのうち一つが無事だったならば。


 その答えが目の前に現れた。


「離しなさい!!」

 やっとの思いで美央が腕を外す。掴まれていた部分が、爪で抉られたように大きく欠損している。


 元々の赤犬のそれとも異なる大きな尻尾が2本確認できた。

 全身から与えられるイメージも、全体的な大きさと共に変わっていた。

 まるで犬の怪物の後ろから、さらに別の犬の怪物が抱きついているようだった。


 いたるところに存在する牙のモチーフ。


 そしてそれらの牙の上から、さらに別の牙が噛み合わされている。


 その牙が一斉に開くと同時に、葵は叫び声をあげた。


 その咆哮はまさしく獣のそれだった。


 今までは、二つの力を一人で動かしていた。



 だが今はもう、一人ではない。



 そのまま、葵はいつの間にか夜になっている空を見上げた。


 初めてアニマトゥーラを発動させた凛音を目撃した時同様、そこには月が見えた。

 


 いや、その時よりも月はほんの少し大きくなっている。


 その姿を新円へと変えた月は、その光で煌々と葵を照らしていた。


 今夜は満月。


 満月に向かって、赤い犬が吼えた。



お仕事でペースダウン中。でももう少しで一区切り。

頑張ります。

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