第二十一話 残る力、その全てで
凛音が左脇腹を抑えている。
そこからは、砕かれ落ちる装甲の火花の赤が
そして彼女自身の命の赤が漏れ出している。
だが、かろうじて致命傷は避けていた。
「背骨を狙ったんだけど、あのタイミングでよく避けたわね」
巨大な蝿が口吻を歪ませる。
「くそ女が……!」
凛音はよろめき倒れそうになるその身体を必死に支えた。
ここで自分が倒れれば、葵は必ず目の前の敵に連れ去られるだろう。
それだけは絶対に避けなければならなかった。
全身の装甲は限界突破の影響で既に瓦解寸前だ。
だがそれでも、負けてはならない。
見捨てるわけには行かない。
葵と、赤犬に約束をしていた。
凛音は、幼い自分に誓っていた。
「漁夫の利を狙うとは随分こすい女じゃないか」
とにかく今は時間を稼ぐ。それが、凛音が下した判断だった。
凛音は会話を繋いで回復と善治達、増援の可能性に賭けた。
「安い挑発だけど、乗ってあげる。私も何だかお話がしたい気分なの」
美央は、わざとらしくおどけた動きで3歩下がる。
「葵を狙ったのは何故だ」
凛音はあえて見当の付いている質問をした。こちらから話すより、相手に話をさせたい。
「分かってて聞いちゃう?」
意図はばれている、だが美央は話を続けた。
「あなたは何でだと思う?」
「金と名誉だろ……」
「それは、当然の権利であって目的じゃないわ」
美央呆れたといわんばかりに手を振る。
「世界のため、よ」
彼女はその大きな胸を張る。
「今の今までずーとやってる戦争で、どれだけの子供が犠牲になってると思ってるの」
話しながら、凛音の周囲を回るように歩き出す。
「日本じゃおおっぴらにやってないけど、貧困地域じゃ、実験実験そして実験よ」
人体実験。
アニマトゥーラの力は核兵器などの大量破壊兵器には当然劣る。だが、戦車などの軍事兵器には勝るとも劣らない。そんな力を唯の人間が手に入れることが出来る。
当然、貧困国ほど、その力を欲した。
そして多数のテロリスト、ゲリラ組織、犯罪組織も、彼らは法律などお構い無しだ。
「早くこの力を完全に解明しないと、罪のない子供達がどんどん死んでいくわよ」
凛音も知っていた。その悲劇は現実として存在している。
だが、理解もしていた。自分に守れるのは、極僅かな範囲だけだ。
ならばそれを全力で守る。それが自分で立てた誓いだった。
「抑止力の概念よ。皆が持ってれば、牽制しあって戦いは止まらないまでも、治まる」
「そんな話で取り繕う気か。ならお前が実験台になってその子供を救えよ」
凛音の血は未だ止まっていない。なおも話し続ける。
「完全に解明したら、戦争は治まる? 違うだろ」
凛音は美央を見据える。
「お前達が勝つだけだ。アニマ主義者め」
はあー、と美央がため息を吐く。
「私達が勝つのよ。なんで人間なんかの味方をするの?」
今までにない冷たい雰囲気が、発せられた言葉から感じられる。
「わたしは人間だ。お前もそうだ」
「違うわよ。遺伝的にも人間を外れつつある。もう人との間に子供も出来にくくなってる」
「だから解明したがってるんだろ。そうしないと効率よく数が増えないからな」
「……」
美央は押し黙る。会話が終わるのを防ぐため、凛音は話し続ける。
血はまだ止まらない。
「数で勝ったらどうする気だ。人間を滅ぼすとか、子供みたいなことを言うんじゃないぞ」
「それのどこが悪いの?」
美央はその複眼で凛音をにらみつけた。
「この力は、進化の先の力! 私達こそが選ばれた新しい人類!」
美央の言葉には狂気が感じられる。凛音は話し合いの終わりを感じた。
もはや話は通じないだろう。
「劣った旧人類ごときが、数が多いだけの存在が、いつも私の邪魔をする!」
美央の狂気が激しさを増す。
「優秀な私。美しい私。それを嫉んで邪魔ばかり! 挙句の果てにこの私を……」
美央は両手で自分を抱きしめる。
その手は震えている。
同時に、ぶぶぶ、と背中の羽も震える。
「あなたも私の邪魔をする気でしょ」
その言葉と共に震えはぴたりと止まった。
凛音の腹部からは未だ血が流れている。
不意打ちから大分時間がたっている。普通ならば装甲が限界間際とはいえ、ある程度の止血はされているはずだった。
「私、邪魔されるのって大嫌いよ」
美央が近づいてくる。
「邪魔するのは大好きなんだけどね」
ブンッ
一際大きな羽音と共に美央が滑空を行う。その動きは決して早くはなかった。
それでも今の凛音よりは圧倒的に早い。
凛音の側には葵が倒れている。意識はあるが、まだ身体は動かせないだろう。
凛音は美央の狙いが自分であるのを確認して、そこから離れる。
美央の手が迫る。それを避けようとして、凛音はとっさに屈んだ。僅かに残ったエネルギーを噴射して回避行動を取ろうとする。
だが、噴射は行われなかった。
そこに、美央の蹴りが入る。凛音の顎が打ちあがる。
空中を飛んでいた美央の蹴りは、凛音の噴射を利用した蹴りとは違い、威力は低い。
だが、その攻撃でさえも、今の凛音には脅威だった。
「お話の最中に回復を待っていたみたいだけど無駄よ」
装甲強度の問題ではない。
凛音は自分の装甲が正しく作動していないことに気づいた。
彼女の力は「邪魔をする」こと。
魔王蝿のジャミングは、通信に限ったものではなかった。
「無駄な時間稼ぎをするあなたに付き合ったのは、気まぐれなんかじゃないわ」
美央の追撃が繰り出される。大振りの右フック。
普段なら難なく避けられるそれを、凛音は左肩で受けた。装甲がはじけ飛ぶ。
「私もお迎えを待ってたの。流石に夜中とはいえ葵ちゃんを抱えて移動するのは無理だし」
右前蹴り、凛音の負傷した脇腹を狙っている。凛音は右肩を前に出し、それを防ぐ。
だが、左肩同様、装甲がはじけ飛ぶ。その勢いで、距離が離れた。
凛音はこれまでの攻撃で、美央がそれほど戦闘巧者でないと判断していた。
ならば、と離れた距離を自分からつめていく。視線は美央の顔を捉え続けている。
それに合わせるように放たれた、やはり大振りの右ストレートを直前で身体を低くして回避する。
突然のタックルの動きに美央は対応できない。
装甲がほぼ剥がれた右肩で凛音はタックルを敢行する。
左手で、相手の右脚を抱え込み、力をこめる。
だが、体勢を崩すことが出来ない。圧倒的に力が足りない。
組み付きには成功したが、倒すのは無理なようだった。
左手を離すと、そのまま相手の右脇腹を殴打する。
「このっ!」
美央が肘を振り下ろしてくる。組み付いたまま相手の背後に回り、同じ箇所を今度は右手で攻撃する。美央の腹部に存在する3対の小さな虫の足。そのうち、腕組の様に合わさっていた一番上の足に亀裂が入る。
瞬間、その足が開く。
それと同時に、凛音のポケットから警報が鳴り響いた。
「!?」
凛音がそれに気を取られた僅かな時間に、美央は自分の腰に回された彼女の腕を強引に引き剥がし、力任せに突き飛ばす。
もう一度、距離が離れた。
警報が、鳴り響いている。
それを聞きながら美央は舌打ちを行った。
「もう、面倒臭いなあ……」
両手すり合わせ、その後身体の左右で両手の指を鳴らす。
青い火花が、周囲の空間に飛び散る。
今まで左右に開いた状態だった一番下の虫の足が組み合うように動く。
その瞬間警報が止まる。
その様子から、凛音はそれが意味していること気づく。
あれが、ジャミングを制御している。
一番上の足は、先ほどの僅かな攻撃で破損していた。
大きな破損ではなかったはずなのにまだ修復も行われていない。
先ほどの僅かな時間の警報を善治たちがキャッチしている確立は低い。
だが他の足を壊せば、自分の装甲は正常化し、増援が来て葵は助かるかもしれなかった。
「ふう……」
美央は息を吐くと、両手を払うように叩く。
「いい加減邪魔なのよ!!!!!」
そして激昂する。
最初の滑空よりも速く、美央が凛音に突撃を行う。
それを捌く速度が凛音にはもはや無かった。ぎりぎりで直撃は避ける。受けた右手装甲が砕け散る。骨の折れる音が聞こえた。
「ぎっ……!」
凛音は歯を食いしばって耐える。だが痛みで硬直した身体は、美央から逃れるタイミングを逃してしまった。
そのまま美央は我武者羅な連打を続けた。幼稚な攻撃だった。
だが凛音は成す術なく、その攻撃を受け続けた。
「あんたなんか母親にそのまま殺されてりゃ良かったのよ!」
美央は叫ぶ。
「さっき、赤犬と戦いながら随分青臭いこと言ってたじゃない!」
なおも叫ぶ。
「あんたは母親を見殺しにした罪滅ぼしがしたいだけでしょうが!」
凛音の装甲はもう殆ど残っていない。
「あんたは誰も守れないままここで死ぬのがお似合いよ!!」
その凛音を蹴り飛ばす。
凛音の装甲が赤い光なって次々と消えていく。
そのまま凛音は地面へと倒れた。
「ふん……」
美央はその姿を確認すると葵の元へ歩いていく。
しかし、その後ろで声が上がる。
「まだ……だ」
美央の背後で凛音は立ち上がりつつあった。装甲は殆ど残っていない。
立ち上がる最中、頭部の装甲が剥がれ落ちて行く。
そしてその素顔が一部露になる。
結われていた髪は解け、頭部からの出血でその顔は血に染まっている。
未だ凛音から戦う意思は失われていなかった。満身創痍を超えた身体を尚も美央へと向かわせようとする。
だが、前に踏み出そうとした足が崩れる。
そのまま凛音は前のめりに倒れた。
「まだ……だ!」
もはや装甲を纏っていない左手で地面を掻く。だが、その身体は前に進みはしなかった。
露になった眼だけが、美央を捉えている。
「ほんとに邪魔な子ね……」
苛立ちを隠そうとせず、美央が凛音に近づいてくる。
立ち上がらなければならない。まだ死ぬわけには行かない。
葵を守らなければならない。
だが、立ち上がることが出来ない。
そんな凛音に美央が近づいていく。
「母親似の美人が台無しね。写真で見ただけだけど」
血に塗れた凛音の顔を見て、美央は嘲るように笑う。
そしてそのまま、その頭の上に右脚を乗せる。
「死ね」
そこからほんの少し足を上げ、一気に力をこめる。
ドガン!!!
鳴り響いたのは、凛音の頭蓋を砕いた音
では無かった。
美央が思わず音の方向を見る。注意が凛音から逸れた。
その隙に、凛音は力を振り絞り、身を転がして死地から逃れる。
そして凛音もそれを目にした。
屋上出口付近で動けないはずだった葵。
その葵が地面に伏している。
その葵の右拳が屋上の地面にめり込んでいる。
「凛音……ちゃんは……」
その腕には、乱れたフレーム状の赤い光が、まるで稲妻の様に纏わりついている。
だが、それは直ぐに消えてしまう。
「凛音……ちゃんを……」
再度いかづちが巻き起こる。それが全身に広がっていく。
そして葵はゆっくりと立ち上がった。稲妻はまだ、その身体に纏わりついている。
それはか細く、不安定な力の流れだった。
「殺させは……しない!」
葵は構えを取る。右手の指は何かを掴んでいるかの様に開いている。それを顔の横に持ってきていた。左手は拳の状態で左腰へ添えてある。
それはまるで子供がごっこ遊びで取るようなポーズだった。
それは、葵が見た映画で出てきたポーズだった。
特撮映画のヒーローのポーズだった。
「あの子に出来たなら、私にも出来るはず……」
葵が呟く。
「私にも、出来るはずだ!!」
葵が叫ぶ。
「変身!!!」
不安定な力が、形を取る。
それは、犬の形だった。
赤犬が、その身を牙で覆う前の姿。
葵の心の形。
変身装甲アニマトゥーラ。
精神の力を物質化し、鎧に変えて戦う力。
「今度は私が凛音ちゃんを助けてみせる……!」
葵は歩を進める。よろめき、弱弱しい歩みだった。
「私の妹と、友達が守ってくれたように!」
だが、その意思は何よりも強い。
「今度は、私が守ってみせる!!」
打倒すべき敵を見定め
赤い装甲が、疾走した。
長い……! でも満足。




