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装殻甲戦アニマトゥーラ  作者: どといち
第一章 月下にて鬼と犬は猛る
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第十九話 装甲限界突破

 わたしは、赤犬と戦い始めた。

 手加減したとの話は嘘ではない。

 限界間際の光を放っているはずの赤犬の攻撃は、どれも私の装甲強度を上回っている。

 単純に装甲が二つで二倍の力ではない。


 善治は言っていた。



 およそ二乗倍の力が出ていると。


 

 防戦一方だが、わたしの主戦法である噴射を使用した三次元戦闘は抑えている。


 手加減と口にしていた以上、こいつはまだ隠している力があるかもしれない。


 わたしが様子見にまわっていることに気づいた赤犬が話しかけてくる。


「母親に殴られたのがそんなに痛かったのか?」

 赤犬が挑発するように言い放つ。


 わたしの装甲のことを言っているのだろう。


「葵に話してたよなあ。自分の悲しい過去話を!」

 話しながら、攻撃は激しさを増していく。

 わたしは堪らず距離をとった。


「不幸自慢はよそでやってくれ!」

 叫びながら、屋上の地面を蹴って飛び掛ってくる。


 だが、それを受けようとした腕の直前で、いきなりその突撃にブレーキがかかる。

 両手の爪が前に出ている。

 その爪が猛烈な赤い火花を散らしながら虚空で止まる。

 こいつは、なにをしている。

 

 赤犬は虚空に突き立てた爪を支点にして身体をぐるんと持ち上げた。

 

 わたしは赤犬の攻撃方法から、その源が野犬による噛み付きか、引っ掻きだと判断していた。

 葵を襲う前にその野犬は恐らく両親を捕食していただろう。

 それを目撃していたであろう当時3歳の葵と、そのとき生まれたこいつにとっては、自分の世界の全てを切り裂いた爪と牙だ。

 つまり、そういうことだった。


 そのまま、わたしのがら空きの脳天めがけて右踵を振り下ろしてくる。

 腕のガードを上げて、直撃を避ける。


 猛烈な青い火花が発生する。 

 なんとか直撃は避けられた。


 だが、わたしの腕の装甲はかなり減衰してしまった。


「初見で避けれたのは褒めてやるよ」

 赤犬が虚空を蹴りながら距離をとる。そのたびに、赤い火花が散っていた。

 こいつの爪と牙は、何にでも引っ掛けることが出来る。


 そう、それは何も無い空間にさえも(・・・・・・・・・・)


 そう考えるしかなかった。


「やっぱり、蹴られたり、殴られたりするのは苦手なんだな」

 こいつはわたしの過去を知っている。葵に話したわたしの過去を。



 わたしは母子家庭に育った。父親は知らない。

 母親は酷い人間だった。毎日理由をつけてはわたしを殴った。蹴った。

 

 わたしは日曜朝の番組が大好きだった。それを見て、母親は悪い怪人だと思った。

 何時かヒーローになってあいつを倒してやる。そう誓った。


 ある日わたしはコップに注がれた牛乳を溢してしまった。

 母親はそんなわたしを殴りつけた。

 汚れたままの服で小学校に行かされたわたしを、クラスメートは臭い、臭いとなじった。


 次の日、母親がコップに牛乳をなみなみと注いでわたしに渡した。

 わたしはそれを溢した。

 昨日と同じことが起こった。


 その次の日も、母親は牛乳を渡してきた。

 わたしが飲まずにいると、母親はわたしを殴り、キッチンへ向かった。

 腫れ上がった瞼で片目が隠され、上手くコップを捉えられなかった。

 三度牛乳を溢した音を聞いて、母親が猛烈な勢いでキッチンから走ってきた。

 そのままわたしのお腹を蹴った。


 強烈な痛みがわたしの腹部に走った。

 母親は、暴行を止めようとはしなかった。


 そしてわたしはアニマトゥーラに目覚めた。

 ヒーローになりたかったわたしがなったのは、怪人だった。

 でも構わなかった。悲鳴を上げて逃げ出す母親を尻目にわたしは正義の活動を開始した。


 特別な力が自分にあることがとても誇らしかった。

 でもわたしのそんな行動が、警報装置を鳴らし続け、周囲を混乱に陥れていた。

 

 繰り返される警報に、周りの人々は慣れていってしまった。

 対策班も、わたしを捕まえるのに躍起だった。

 大人たちから上手く逃れられる自分をすごいと思った。


 ある日、装甲獣が町にでた。逃げ出す人々を掻き分け、わたしはそいつを倒しに向かった。

 そいつは猪だった。すでに怪我人が出ている。

 不意に、携帯のシャッター音が聞こえた。

 猪がそれに反応して突撃する。

 わたしはその人を助けようとして身体のスラスターを全開にする。

 そして


 それが母親だと気づいた。


 噴射が弱まったのかは、わからない。

 猪はわたしが攻撃するよりも早く、母親をその牙で貫いた。


 わたしは、その猪を原型がなくなるまで殴り続けた。


 あんなに嫌いだった母親。いつか倒してやると思った母親。


 そんな母親を見捨てたのかもしれないわたし。


 わたしは、ヒーローじゃなかった。


 取り返しの付かないことが起こってしまった。


 もしわたしが、自分勝手に動いてなかったら。


 赤犬は、そんなわたしを知っている。

 葵に話した過去を知っている。


 だったら


「お前にだって、わかってるんじゃないのか」

 わたしは離れた位置にいる赤犬に向かって言った。


「やっちゃいけないことがあるんだ。取り返しの付かないことがあるんだ」

 走って距離を詰めながら話し続ける。


「自分の理屈だけで暴れまわるのはやめろ!」


 やや離れた位置で右回し蹴りを放つ。噴射は使用しなかった。

 赤犬はそれを何のことは無く左の手の甲で受ける。

 やはり大きく傷ついたのはわたしの装甲だった。

 

「わたしはこれしか葵のためになることを知らない」

 わたしの言葉に赤犬は苛立ったように返す。

「それは、葵のためになんかなっていない!」

 はじかれた衝撃を利用して、左後ろ回し蹴りを放つ。

 

 それを赤犬は、自分の牙で覆われた顔面で受けた。


 避けられたはずの攻撃だった。


 だが結局、削り取られたのはやはりわたしの方だった。


 疑問に思ったわたしが一歩距離を取ると、赤犬は猫背の姿勢のまま止まっていた。


 さらに大きく一歩距離を取る。


「じゃあ、私は何のために生まれてきたんだ!!!!!!」

 突然、赤犬が嘗て無い大声で叫んだ。顔面の牙が開かれ、それが空間を削り取ったのか、赤い火花が散る。大気が震える。


「生まれてすぐ犬に襲われて、目の前で父も母も死んでいた! 食われてた!」

 牙を元に戻した赤犬は、こちらへ飛び掛る。

 地面ごと空間を掴んだのか、蹴りこまれた地面が赤色の火花と共にはじけ飛ぶ。


「私のたった一人の家族を助けたいと思って何が悪い!」

 爪での連打がわたしを襲った。しかし、その攻撃は駄々をこねる子供のようだった。

 だが、一撃一撃が空間を踏み台にした予想外の動きで繰り出される。


「私は葵を助けるために生まれてきたんだ!」

「そうでないなら、そうでないなら!」

「私は生まれないほうが良かったのか!」

「私達に素質があったなら、父と母にもあったかもしれない!」

「彼らが死なずに葵を助けていれば、みんな幸せだったのか!」

「どうして私を認めてくれないんだ! 葵も! お前も!」

 赤犬は攻撃を続けながら叫び続ける。



「間違っていたのならどうして誰も私を叱ってくれなかったんだ!」



 叫びながら、赤犬はなおも出鱈目に爪を繰り出してくる。


 上下左右、空間を両手足の爪で縦横無尽に飛び回りながらの攻撃はわたしの装甲を削っていく。

 だがわたしは、噴射を利用しての反撃を行わなかった。


 そう、意図して行ってこなかった。


「ああ、そうさせてもらう。思いっきり叱ってやるぞ」

「できるもんか」

 お前、私より弱いくせに。赤犬が呟く。

「取り返しなんて、もう付かない。葵は知ってしまった。もうどうでもいい」

 装甲の下から泣きべそをかく声が聞こえてくる。


「お前、本当にまだ12、3歳の子供なんだな」

 わたしはフッと気が抜けたように笑った。

 向こうからは表情は見えないだろうが、その雰囲気を感じ取っているようだった。


「何が出来るっていうんだ」


「葵と一緒に映画を見なかったのか」


 私は、今までスラスターを噴射に使用してこなかった。

 その逆の用途に全てのスラスターを使用していた。


「最近の特撮は二回変身するんだ」


 溜め込まれた大気が触媒となってわたしの装甲のエネルギーと混ざり合う。

 極限まで圧縮されたそれはわたしの装甲の許容限界点を突破する。


 瞬間、全身のスラスターハッチがはじけ飛ぶ。

 それを見た赤犬が、はじかれたハッチを避けるため距離を取る。

 だが、避けきれない分がいくつか衝突する。

 

 初めて、本気を出した赤犬の装甲が大きく削れる。


 紫色の火花が、ハッチが吹き飛ばされ、剥き出しになったスラスターから吹き上がった。


 唯一残されたのは、わたしの角の側面にある普段は使用しないハッチだった。

 そしてその両側面がゆっくりと開き始める。


 そこから、猛烈な紫色の光が巻き起こり、まるでわたしの角が長く伸びたように見えた。

 そして全身のスラスターからもその光が巻き起こる。


 残された時間は少ない。


 だが、私の命全てを使ってでも、この子を叱ってやる。


 この子を止めてみせる。


「本当に取り返しの付かないことなんて、お前が思ってるより少ない」

 身体の各部が限界を超えた力に悲鳴を上げている。

「だが、取り返すのが死ぬほど面倒で、時間が掛かる事は、呆れるくらい多い」

 骨まできしむような痛みがわたしを襲う。


「でも、まだ間に合うさ」

 決して見放したりはしない。


「覚悟はいいか。思いっきり叱ってやる」


 装甲限界突破オーバードライブ


 これが、私に残された、最後の切り札だった。


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