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装殻甲戦アニマトゥーラ  作者: どといち
第一章 月下にて鬼と犬は猛る
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第十八話 ぶつかり合う力

 凛音が飛び出していった後、手がかりを探すため善治たちは彼女らの自室の家宅捜索を行っていた。


 パソコンと葵の携帯の動画は消去してある。


 ブリーダーの女性が送ったという動画ファイル。 


 それがまさしく敵に流出したファイルだった。


 赤犬が葵の通っていた中学校の近くで暴れた際、偶然撮影されたもので、それは現場に落ちていた帯の中から発見された。


 そのままその携帯は押収され、中の動画は機密として保管されていた。


 魔王蝿が手に入れていたのは、その動画だった。


 機密として保管された情報は持ち出される際、証跡が残る。それを行った男性職員は既に拘留されていた。

 彼は相手を詳しく知らないようだったが、個人間での取引だったと証言していた。

 当然その後裏も取っている。魔王蝿がその相手なのは確実だった。


 善治は圏外を表示したままの葵の携帯を別の隊員に手渡す。


 飛び出していった凛音が気掛かりだった。

 彼は送り先のアドレスを知らなかった。

 だが、彼女の様子から、それが最上葵のアドレスであるとの察しがついていた。


 速やかに現場に向かったが、到着した時には既に手遅れとなっていた。


 状況は極めて良くない。


 完全に魔王蝿の掌の上で踊らされてしまっている。

 善治は、凛音と、葵の無事を願った。


 だが、その願いもむなしく、状況は敵の思惑通りに運びつつあった。


 その頃凛音は、校舎の屋上に佇んでいた。


 その姿は装甲を纏った黒鬼としての姿ではなく、一人の少女、前田凛音に戻っていた。


 風が、彼女の高い位置で結われた黒髪を揺らす。


 そこは今年の春から彼女が通う予定の学園の校舎だった。


 ささいな話だったが、ここからの景色を一緒に見ようと話をしていた。


 学校が始まる前の校舎には、殆ど誰も居なかった。


 彼女は周りを覆うフェンスに手を掛けるとその景色を眺める。


 その視線の先には、先ほどまで自分が居た第三女子寮が見えていた。


 不意に後ろから、物音が聞こえる。


 彼女が振り向くと、そこには最上葵の姿があった。


 だが、その中身が自分の知る彼女でないことを凛音は理解していた。


 凛音は事前に受けたブリーフィングの内容を思い出す。



「分離脳? なにそれ」


 資料を読みながら、目の前の男性に質問を行う。


「彼女は3歳の時にアニマトゥーラを初めて発現させている」

「3歳って、嘘だろ?」

 もう一度、凛音は資料に目を落とす。

 目の前の男性、山形善治は話を続ける


「事故を起こしたトラック運転手は発覚を恐れてその場から逃げている」

「屑だな」

「そのため当時の詳しい状況はわからないが、彼女は道路上で発見された」

「車は崖下に落ちたんだろ?」

 凛音が尋ねる。


「崖下には彼女の両親の遺体と、ばらばらに引き裂かれた野犬と思わしき死骸があった」

「野犬……」

「両親の遺体には動物による損傷が認められた。だが衝突時には即死だったようだ」

「この女の子は違ったのか?」

 善治は間を置いてから続ける。


「ひどい怪我だったろうが、まだ生きていたはずだ」

 だったというのは、装甲が発現した時点でその傷が治ってしまっていたからだろう。

「その後の検査で、事故の際彼女は頭を強く打ち、脳に損傷を負ったことが分かっている」

 事故後の検査の結果も資料には乗っていた。

 だが凛音にはまるで理解が出来ない内容だ。


「アニマトゥーラが初めて発現する際、その時の損傷は殆どが治癒される」

 回復速度の向上は、装甲持ちの特徴だった。


「その際、脳内には変身するための器官が形成されるわけだが、彼女のは特殊だった」

「それってどういうこと?」

脳梁のうりょうと呼ばれる左右の脳を繋いでいる部分にまで変異が及んでいた」


 善治が彼女の脳のCTスキャン画像の真ん中を指でなぞる。

 そこは暗く変色していた。


「脳の損傷も当然修復される。彼女の場合、衝撃でそこにもダメージがあったのだろう」

「つまり、右と左で分かれちゃったのか?」

「当時の医者は、彼女がまだ幼かった事から手術は行わず、経過を観察することにした」

「脳みそが分かれてても平気なのか」


 その質問に善治が答える。


「その状態が『分離脳』と呼ばれる状態な訳だが、詳しくは分かっていない」

「なんだそりゃ」

「観察と実験から分かっていることもあるが、少なくとも彼女には特に問題は無かった」

 知能も、運動機能も、通常のそれと比べて劣っているところはないと続けて

「だが、問題は後から発覚した」


 凛音は資料を改めて読み返す。


「崖下から道路まで爪状組織による痕跡あり……」

 つまり、這い上がってきたのか。

「彼女にはその時の記憶が一切ない」

 だがそれは、崖下で起こった出来事の悲惨さを考えれば無理も無いことの様に凛音には思えた。


「そして、赤犬として暴れた際の記憶も一切ない」

「嘘ついてるんじゃ」

「彼女にその様子はない。だが、分離脳特有の『作話さくわ』が認められた」

 作話。本人には騙す認識のない作り話のことだった。


「そして何より、赤犬の装甲の特異性から一つの仮説が立てられた」

 本来一つのはずの装甲が、彼女には二つある。



「彼女の脳は、右脳と左脳で別人格が存在している」



 脳が二つに分かれ、それぞれが違う人間としての意識を持っている。

 とても信じられない話だった。

 回想を終え、凛音は目の前の少女を観察する。


 だが、目の前の少女の様子をみれば、その仮説は正しいと言わざるを得なかった。


「そんなに早く私にやられたかったのか?」

 目の前の少女が口を開く。

 その身体は夕日によって赤く照らされていた。


「お前こそ、もう少し遅くなるんじゃないかと思っていた」

 そう答えた凛音の身体は、少女の側からすると逆行で暗い。

 二人は向かい合ったまま、その黒髪を風に遊ばせていた。


「今度は手加減しない。手足を全部叩き折って、二度と近づけなくしてやる」

 赤犬がその装甲を発現させる。

 赤い装甲が夕日に照らされ、さらにその色を増していた。


「たとえそうなっても、わたし達はすぐに治る。何度でも、お前と戦う」

 凛音が、黒鬼として自分の姿を晒す。

 装甲は、やはりその色を増していた。


 赤い犬と黒い鬼が対峙する。


 猛烈な速度で互いに突撃を行う。


 二人の爪と、拳がそれぞれ異なる色の火花を散らす。


 夕暮れの屋上で、二人の少女はその力をぶつけ合い始めた。



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