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装殻甲戦アニマトゥーラ  作者: どといち
第一章 月下にて鬼と犬は猛る
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第十七話 発露

 凛音が間に合っていれば結果は変わっただろうか。


 だが全ては過ぎ去った過去であって、結果だけが目の前に存在していた。


 葵はその動画を見終わってしまっていた。


「私じゃない……」


 不意に、葵がぽつりと呟いた。


「私じゃない!!」


 続けて、彼女は突然その黒髪を振り乱しながら叫ぶ。

 両手は顔を覆い隠していた。握り締めていた携帯が床へと落ちる。


「私じゃない!!!!」

「葵!」

 凛音は駆け寄ると、錯乱状態にあった葵の手を強引に取った。


 葵の眼が現れ、それがリビングの隅にある姿身を捉える。


 鏡に映った自分の姿、それを確認した瞬間、先ほどの動画の内容が葵の中でもう一度繰り返される。


 取り囲まれる少女。その姿が赤い光に包まれ、形を変えていく。

 現れたのは、怪物だった。自分が一度だけ、その姿を見たことがある怪物。


 周囲の男達が騒ぎ、逃げようとするがその怪物になぎ倒されていく。

 逃げ惑う多数の人々の悲鳴が聞こえ、その騒ぎの中、撮影者が携帯を落としたためか画面は激しく乱れ、床からの映像へと変わる。


 そして動画はそこで終わっていた。


 葵にはその少女に見覚えがあった。


 毎日、その姿を見ていた。


 毎朝、その姿を確認していた。


 鏡の前で。


「私じゃない!!!!!」


 葵は叫ぶ。


「だって、私見たことあるもの! あの姿を見たことあるもの!!」


 だが、突然思い至ってしまう。葵は今、自分を見ている。

 そしてあのゲームセンターは、やけに広く感じた。


 向こう側まで、同じゲーム機が並んでいた。


「違う……。絶対違う……」


 理解を進めようとする葵の脳内で、昔の記憶がフラッシュバックしていく。


 赤犬と呼ばれる怪物が傷付けた人達、そして両親を亡くした交通事故の記憶。


 その車に、彼女も乗っていた。山中を走る車、対向車線をはみ出したトラックが彼女達の車に激突する。

 ガードレールを越えて、崖下へ。

 意識を失っていた彼女が気が付くと、目の前には……。


「私……。私……」

「しっかりしろ葵!」

 凛音が掴んだその手をさらに強く握る。


「私は、怪物なんかじゃない!!!!」

 だが、その言葉に、一瞬だが握るその手が弱まった。

 それに気が付いた凛音は、弱めた力を再び強めようとする。


 それよりも早く、葵がその手を振り払った。

 その勢いで、彼女はベランダへ続く窓側によろめく。


 幽鬼のような足取りで彼女はそのまま窓へと近づく。


 窓には、自分の姿が反射して映りこんでいた。


 そして、後ろから自分を見つめる凛音の姿も。


 それに向かって葵は話し始める。


「知ってたの……?」


 凛音は何も答えなかった。

 だがそれが紛れもない答えだった。


「全部、知ってたのに、どうして……」


 教えてくれなかったの。


 だがその言葉は続かなかった。

 代わりの言葉が続く。


「危ないから? それとも……」


 葵は凛音を友達だと思っていた。彼女達は出会ってからまだ3日ほどしか経っていない。

 だが、葵は紛れも無く彼女を友達だと思っていた。


 彼女は言った。あの怪物が現れれば、自分が何とかすると。


 あの時の葵にとって心強い言葉だったが、今となっては意味が異なって聞こえた。


「私を見張るために一緒にいたの……?」


 違う。


 葵はその言葉を期待していた。


 だが、代わりに沈黙のみが部屋の中に広がるばかりだった。

 

 その沈黙が、静かに空間に沈殿する頃、凛音がその口を開いた。


「葵には、嘘はつきたくなかった……。知らないほうがいいと思った」

 凛音は言葉を続ける。

「だから、何も言わないことにしていた」

 彼女は苦しげに話している。

「監視だったかと聞かれたら、正直その側面はあった」

 だけど、と続けて

「葵とは、本当に友達に……」


「そんなの信じられないよ……」

 葵が呟く。

 その表情は、凛音からは見えない。

 だが、床の上に落ちる水の滴が、それを凛音に伝えていた。

 

 葵は、肩を震わせている。


 凛音はそんな彼女に近づこうと歩を進めた。


 しかし、突如、彼女の震えが止まる。

 そして、別人のような低い声で、こう言い放った。


「何故、誰も彼も葵を傷付ける」


 凛音の足が止まる。


「何故、彼女を傷付けるんだ」


 葵の後姿から確認できる雰囲気が、いつものそれをはまるで異なっていた。


「守るなどと嘯いて、この私を排除するつもりだったのか?」


 葵がゆっくりと凛音へと向き直る。

 その表情は、今まで見たこともない深い憎しみに満ちていた。

「葵が気に入っていたから、手加減してやったのに」


 嘲るような笑みが彼女の口から漏れる。


「私より弱いお前が、葵を守れるわけないだろう」


 こいつは葵ではない。

 それに気づいた凛音が、身を構えた。


「お前は葵を守っていない。なんでそれが分からない」

 凛音が目の前の少女に問いかける。


「やさしい葵。かわいそうな葵。誰も憎んだり、怒ったりしない葵」

 少女は、自分の身体を愛おしむ様に抱きしめる。

「そんな葵に汚い感情を向ける輩は今まで山ほどいた」

 静かな口調で少女は話し続ける。

「守ってきたのは私だ」


 話が通じる相手では無さそうだった。

 だが、凛音は尚も話を続ける。

 時間を稼がなければならない。


「その結果はどうなった。誰も、葵の周りには誰もいないじゃないか」

「私が居る。十年以上前からずっとここに一緒に居る」

 葵だった少女が自分の頭を軽く叩く。

「仮初の人格なんかではないのはお前も知っているようだがな」


 こいつは所謂二重人格などではない。確かにそこに居る別人だ。

 凛音はそれを理解していた。

 なぜ、こんなことになっているかも。


「そろそろ人が来るんだろう? おしゃべりは終わりだ」

 葵の全身が赤いフレーム状の光に包まれる。

 一瞬でその姿が変わった。

 だが、その姿は凛音が以前出会った時よりも簡素なものだった。

 だが次の瞬間、にじみ出るような光が頭や腕などの各所を覆っていく。


 完成したその姿は、凛音が前に戦った存在と同じ姿となっていた。


 赤犬。


 再び彼女が目の前に現れた。


 床に落ちていた携帯と、凛音のポケットの中の携帯から警報が、鳴る。


 しかしそれはすぐに止まってしまった。


 それを確認した赤犬は、ふんと鼻を鳴らす


「お前以外にも、葵を傷付けるやつが居るのは知ってる」


 赤犬は視線を凛音に戻した。


「だが、まだ正体がわからん。検討は付いているが……」

 それにしても、と呟き

「あのクソババアは臭かった。みんなあいつくらい分かりやすいといいんだけどな」

 赤犬はとんとんと、自分の鼻の辺りを指で叩く。


「あのブリーダーのババアのことか」


 匂いで追ったのか。犬をモチーフにしているだけある。

 凛音がそう思っていると、いつの間にか部屋の外には多数の気配を感じられた。


「邪魔が入りそうだな」


 赤犬もそれを察知したのかそう呟く。

 そしてそのままベランダの窓を破り、外へと飛び出した。


「待てっ!!」

「心配しなくてもお前には会いに行く。必ずな」


 そのまま、赤犬はベランダから寮の外へと飛び降りると、全速で家々の屋根を駆けていく。

 その姿は、以前同様すぐに見えなくなってしまった。


 葵は自分の手を血が出るほど握り締める。それに気づくと、その手を開いた。

 だが、その傷は少しすると完全に消えてしまった。


 時間は無かった。


 赤犬は凛音をいつか襲うつもりだろうが、それよりも早くこの動きを察知している魔王蝿が赤犬を捉えるだろう。


 自分の携帯を確認する。

 圏外表示のままだ。


 赤犬が走り去った後も、警報は鳴っていない。

 かつてない規模で通信障害が起きている。

 赤犬と魔王蝿のどちらの位置も障害範囲から推定するのは困難だった。


 善治との連絡も出来ない。


 あと少しで部屋に凛音を追ってきた部隊が入ってくるだろう。


 止められる前に動くしかない。


 赤犬は、葵を傷付けるものを傷付ける。


 そして標的が一人のときを狙う。


 答えは一つだった。


 そしてなにより、凛音は今日決着をつけると決めていた。


 彼女の身体を青い光が包む。


 周囲に誰も居なくて、奴が知っている場所。

 凛音は決心した。


 向こうになんと思われようとも関係ない。


 黒鬼と呼ばれる、アニマトゥーラを持つものとしてではなく。


 赤犬を打倒すると誓ったからでもなく。


 たった一人の友達のために。


 もしかすると、なにより自分のために。


 身勝手な願いだが、それを叶えるために。


 前田凛音は夕暮れに染まりつつある空へ飛び込んでいった。

 

 

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