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装殻甲戦アニマトゥーラ  作者: どといち
第一章 月下にて鬼と犬は猛る
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第十六話 見てはならなかったもの

 凛音が襲撃者と思わしき人物への突入を控えている頃、葵はいつものショッピングセンター内の映画館へ足を運んでいた。

 彼女は今日見る予定の映画の時間を改めて確認する。

 開始まであと一時間はある。葵は、チケット売り場に並ぶと、目的の映画名を告げる。

 席は、中央やや後方の特等席を獲得していた。


 葵はあまり早く来る必要は無かったのかもと考える。


 彼女が選択した映画は、変身ヒーロー物の映画だった。


 空いている席の方が多い、というか彼女しか、チケットを買っていないようだった。

 葵は、公開されてから時間が経っているとはいえ、改めてその人気の無さに驚いた。


 そんな映画を見ようと思ったのは、友達である凛音の事をもっと良く知るためだった。

 葵は、初日に彼女から特撮論を盛大に語られたのを思い出していた。

 目をキラキラさせながら話す彼女はとてもかわいらしかった。


 開始まで結構な時間がある。

 しばらく、ショッピングセンター内を散策することにした。


 ファンシーグッズの店を覗いている時だった。


「あれ、葵ちゃんじゃない。奇遇ね」


 以前に聞いたことのある声が聞こえた。

 微かにラベンダーの匂いがする。

 

 声を掛けてきたのは、先日検査を担当してくれた胸の大きな女医だった。


 葵が、挨拶を返すと、彼女は先日伝えられなかった自分の名前を教えてくれた。


大地だいち美央みおよ。改めてよろしくね」


 しばらく世間話を行った後、目的が映画であることを告げると、彼女はせっかくだから一緒にその映画を見ましょう、と言い出した。


「ポップコーンとか奢っちゃうわよ」

 ずずいっと、美央が近づいてくる。その巨大な胸に威圧された葵は、結局その厚意を受けたのだった。


 1時間半ほどの映画が終わる。


 葵自身はあまり良く知らない作品だったが、凛音から聞いていた話で多少は予備知識があった。

 だが、もしそれが無かったとしても楽しめたかもしれない。


 内容はバディ物で、二人で困難に立ち向かい、時にすれ違いながらも、最後は応援してくれる町のみんなの存在が二人を手助けして敵を倒すという王道ストーリーだった。


「全然見たことない番組だったけど、普通に面白かったわー……」


 どうやら美央も同様の感想を抱いたようで、二人は通路に設置してあるベンチで休みながら感想を話し合った。


 次第にその話は美央自身の話へと移っていく。


 以前勤めていた研究所では、意見の食い違いがあり、同僚間での足の引っ張り合いがあったこと。

 それを苦にして、こちらに移ってきたことなどを聞いた。

 

「でも、まあ、結構早く良いポジションに就けたかな」


 その理由を葵が尋ねると


「持ってる武器は何であれ、使うべきよ」

 そういうと彼女は、その大きな胸をわざと揺らす。

 葵は周りの男性の視線がそこに集まっているのを感じた。


「(は、恥ずかしい……)」


 隣に座っている彼女も見られている気分になる。葵の顔が耳まで赤く染まる。

 それをみて美央は笑っていた。


 しばらくして、葵は

「お聞きしたいんですけど」

 と前置きを行ってから質問を行う。


「なんで、喧嘩になってしまったんですか?」


 その質問に対して美央は少し困ったように笑うが、続けてその理由を説明してくれた。


「アニマ主義って知ってる? まあ、平たく言えばちょっと差別的な思想なんだけどね」

 

 要約するとこういうことだった。


 アニマトゥーラの素質は遺伝子によって決定付けられている。

 人間で言えばX染色体にそれがあり、つまり女性の方が、実はその数が多い。


 そして、それが発現した動物の子孫は、必ずその素質を備えるという性質があった。


 アニマトゥーラの能力こそ、次なる進化の象徴。優れた遺伝子の表れ。


 人間を超えた存在である。


 その考えを巡り、対立したのだそうだ。


「私は、正直その考えには同意してた。差別のつもりは無かったけどね」

 あんまり人には言わないでね。笑いながら美央はそういった。


「この後どうするの?」

 話が終わり、彼女がそう尋ねてくる。

 それに対して葵は、一緒に住んでいる友達の帰宅の時間に間に合わせたいから、と前置きし、帰宅する旨を伝えた。


「残念。今度こそ一緒に食事が出来ると思ったのに」

 思わず葵が謝ると、彼女は右手をひらひらとさせて、気にしないで、と答える。

「お友達は大事にしなさいね」

「はい」


 その言葉に対し、はっきりと葵が答えると、彼女はベンチから立ち上がる。

 別れ際、葵の後姿に美央が話しかける。


「また、近いうちに会いましょうね。もちろん病院以外で」


 葵後ろを振り向くと、彼女は笑顔で手を振っていた。

 葵も手を振り返す。


 さあ、三寮に、家に帰ろう。今日もまた、おかえりを言おう。

 葵はそのまま帰宅の途に着いた。


 彼女が映画の内容を思い出しながら歩いていると、程なくして寮にたどり着いた。


 ロビーを抜けて、504号室を目指す。


「ただいま」


 玄関を開けて声を掛ける。返事は返ってこない。

 どうやらまだ凛音は帰って来ていないようだった。


 リビングに入り、電気をつける。

 鞄を置こうとしたとき、彼女は携帯の電源を切っていたことに気づく。

 鞄から取り出して電源を入れると、一通のメールが届いていた。


「凛音ちゃんかな?」


 だが、メールの差出人は彼女が知らないアドレスだった。

 動画のファイルが添付されている。そのためか、開くのに少し時間がかかった。


「(もしかして、迷惑メールって奴かな)」


 そう考えた葵はメールを削除しようとする。

 だが、タッチパネル式だったためか、操作を誤ってそのファイルを開いてしまう。


 動画が再生される。携帯で撮ったゲーム画面のようだった。


 葵は、その動画に目を落とす。ゲーム画面でアニメ調のキャラクターが激しく動いている。

 葵は知らなかったが、それは所謂格闘ゲームのコンボを撮影したものだった。

 彼女は、その動画を閉じようとする。

 しかし、唐突に動画内の様子が騒がしくなった。


 おい、あれ、店員さん呼んだほうが良くねえ?

 

 俺、関わりたくないわ。


 そんな声が聞こえてくる。

 

 撮影者は手に持った携帯を動かす。画面が激しく揺れる。


 次に映った画面を見て、葵はその目を見開いた。



 それよりも、少しだけ前の時間。

 突入を終え、そこから飛び出した凛音はまだ走り続けていた。


 装甲からは指紋のようにそれぞれ固有の波形が発生している。

 凛音の波形は警報システムにはかからないように設定されていた。

 だが、鬼の姿のまま、道路を、屋根を走り続ける彼女を見て、周囲の人々が騒ぎ出している。


 流石に、まずいかも。


 走り続ける間に僅かに冷静さを取り戻した彼女は人目につかない場所を探した。


 寮まで少しの距離を残して、彼女は路地裏で変身を解く。

 幸いにして誰にも見られてはいなかった。


 そもそも、葵が寮に戻ってきている保証は無い。

 だが、あの動画が彼女に送られていた以上、速やかにそれを消してしまう必要があった。


 凛音は504号室前までたどり着く。


 静かだった。


 葵はまだ戻ってきていないのかもしれない。そう思いながら玄関を開ける。


 だが、果たして彼女はそこにいた。


 リビングのドアは開け放たれ、玄関からその姿が確認できる。


 彼女は、部屋の中で俯きながら立ち尽くしていた。


 その手には、再生を終えた携帯電話が、ただ、光を放っていたのだった。


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