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装殻甲戦アニマトゥーラ  作者: どといち
第一章 月下にて鬼と犬は猛る
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第十五話 送信された悪意

 次の日の朝、わたし達は同じ布団から起き上がった。

 一体何のための2LDKだったのか。

 思わず自問してしまう。


 身支度を整えて、朝食を食べながら明日からの予定を二人で決める。


 今日は別行動になる予定だ。


 残念ながら、わたしは今日の予定が既に決まっていて、一緒に遊ぶことは難しかった。

 

「どうせなら、校舎見に行こうぜー」


 朝ごはんは、昨日の生姜焼きの残りとご飯。そしてレトルトの味噌汁だ。

 箸を振り回しながら喋ったため、葵に注意される。


 一旦箸を置くと、計画について再度提案する。


「中学の時はあんまり行く機会なかったけど、天導学園って屋上に入れるんだよ」

 転落防止用のフェンスがあるけど、と付け足す。


「ここって盆地だから、高いところからだと、辺り一体見渡せて楽しいよ」

「でも、今の時期って入れないんじゃ……」

 葵がそんなことを聞いて来る。


 杞憂だな。

 善治に開けさせます。


 そう伝えると、葵は呆れた様な顔で見つめてくる。

 良い考えだと思うんだけどな。


「ほ、ほら。今なら誰もいないし、屋上二人占め出来るよ」

 わたしは、早速善治に電話を掛けた。


 めちゃくちゃ怒られた。

 けちんぼめ。


 まあ、許可なんてもらわなくても、入る方法はいくらでもある。


 ついでに、今日の集合場所と時間について軽く確認を取る。

 電話の向こうで善治がわたしにお説教をしようと息巻いているのが聞こえる。


 わたしは、それを聞かずに電話を切った。


 どうせまた後で直接聞くことになる。

 

「葵は映画見に行くんだっけ」

 今日の予定について、昨日の夜聞いていたことを確認する。


 うん。と葵はコップに注がれた冷たいお茶を飲みながら頷く。


 正直一人になんてしたくない状況だった。


 だが、わたし以外の正規の装甲保持者は各々別の仕事に就いている。

 今割ける人員は少ない。

 それでも昨日よりさらに多くの人間が葵の監視と護衛に回っていた。


 善治の力をもってしても、これが限界だった。

 むしろ、多くの人間に赤犬の力が露呈することを考えれば、人が増えるのも考え物だ。

 しかし、何より優先されるべきは葵の身の安全だった。


「気をつけてね」

 わたしがそう言うと、葵は柔らかな笑みを返してくれる。


「凛音ちゃんも、パトロール? 頑張ってね。無理しないでね」


 ああ、頑張る。

 今日、もう葵が狙われなくて済むようにしてやる。


 あの、クソババアをひっ捕まえてな。


 昨日、赤犬に襲われていたババアの姿を思い出す。


 首を洗って待っていろ。


 わたしは、濃い目の味噌汁の残りを啜ると、食事を終えた。


 

 それから5時間後、わたし達は学園のある地区からやや離れたところにある一軒家の近くに集合していた。

 そうとは分からないが、突入用の装備に身を固めた隊員達が車に乗って周囲を固めている。


 その中の一つにわたしも同乗していた。


 あのババアが魔王蝿なのだろうか。手元の資料では職業はブリーダーとなっている。

 なるほど、これなら装甲獣になる素養を持った犬を選別できたはずだ。

 

 法律で禁止されているが、それを必要とする者たちの間では血統書付きの犬よりも高値で取引されている。

 この一軒家もその金で建てたのだろうか。

 忌々しい。


 斥候の部隊が、中に人がいることを確認した。


 さあ、蝿叩きの時間だ。隊員の装備は、ネットガン、トリモチ銃、ショットガンなどだ。

 通常火器では、アニマトゥーラに有効打は与え難い。

 そのため、まずは動きを阻害する装備が求められる。これが装甲を持たない人間が戦う際の基本戦術だった。


 わたしは車内で装甲を発動させると、気合を入れる。

 

 待っていろ。すぐ終わらせてやる……!


 その瞬間だった。


『状況終了。被疑者確保』


 耳につけた骨伝道通信機から、そんな報告が聞こえてきた。


 ものの5秒で片がついてしまった。

 わたしの気合はどうすればいいのですか?



 善治と共に家の中に入る。念のため変身は継続していた。


 リビングの隅にスーツケースが転がっている。荷造りの途中だったのか、中身は周囲に散乱していた。

 部屋の中はケージがいくつか置かれている。


 だが、中身は殆どが空だ。


 隣の部屋で、ババアは後ろ手に手錠を嵌められ座らされていた。

 ぴったりと手首にくっついているあの手錠は、本来アニマトゥーラを持つ人間用の物だ。


 装甲を発動させる際の力場の展開を阻害して、発動自体を抑制する。

 わたしも昔、あれと似たようなものを着けさせられていた。


 だが、今回用意されたそれは無意味だった。

 このババアは明らかにアニマトゥーラなど持たない人間だった。

 良くそれで、こんな危険な商売を行っていたものだ。


 ババアはわたしの姿を確認するとあからさまに怯え出す。


 善治がババアの前に立つ。この場で尋問を行うようだ。

 彼が、質問を行っていく。まずは、今回の事件でこのババアが行ったことの確認だ。


「い、いつもの五倍の値段で、犬を買いたいって連絡が……」

 ババアはわたしの姿におびえている。いい気味だ。

「前金を受け取ると、変な指示のメールが来て」

「一体どんな指示だ」

 善治が詰問する。


「し、指定された時間と場所で犬に薬を飲ませろって指示よ。やらないと……」

 ババアは部屋にあるノートパソコンを見る。

「やらないと通報するって! 私の個人情報が一緒に載ってたわ!」

 誰にもばれてない筈なのに。そう続けた。


 隊員の一人が、ノートパソコンを立ち上げ、確認を行い始める。


「私も脅されてたの! 被害者なのよ!」

 どの口が言うんだ、このババア。お前もその薬とやらを飲んでみるか。


 怒り心頭のわたしと違い、善治は表面上は冷静に情報を引き出していく。

 どうやら、赤犬に襲われたことで、逃げ出す算段を立てていた様だ。

 なぜ、赤犬はこのババアを襲ったのだろう。

 

「でも、最後の指示だってメールが来て、それをやったら解放するって言われたの」


 最後の指示、それはなんだ。

 わたしの疑問と同様の質問を善治が行う。


「添付したファイルを、指定したアドレス宛に送れって……」


 パソコンを確認していた隊員が、それと思わしきメールを発見する。

 彼は、こちらに画面を向ける。


 幾人かの眼が、そちらに向く。

「さっき、送り終わったの。ねえ、私脅されていたのよ。脅されてやったの!」

 いい加減、堪忍袋の緒が切れそうだ。

 善治もそうだったのかは知らないが、彼は連行の指示を出すと、ババアは喚きながら隊員に引きずられていった。


 ババアの声を聞きながら、わたし達は送られたメールとやらを確認する。


 ファイルは動画のようだった。

 宛先は……。


 送り先のアドレスを確認した途端、わたしの全身に悪寒が走った。


「動画を再生しろ!」


 わたしは声を荒げる。


「早くしろ!」


 たじろいだ隊員が動画を再生するためにファイルを選択する。

 動画が再生される。


 冒頭の内容は、携帯で直取りした格闘ゲームの画面だった。

 全身の血の気が引いていくのがはっきりと分かった。


 動画を確認した善治の顔色が変わる。

 わたし達はこの動画に見覚えがあった。


 そして、送り先のアドレスも、わたしは知っていた。


 様々な疑問が浮かんでは消えていく中、わたしは部屋を飛び出す。


 善治の制止する声が聞こえるが、そんなことはどうでも良かった。

 そのままの勢いで一軒家を出ると、わたしはスラスターの噴射を全開にして走り出した。

 周囲の景色が矢の様に流れていく。


 最悪の事態への想像だけが、わたしの頭を支配していった。



ババア言い過ぎと違いますか?

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