表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ぼくらの冒険譚  作者: 蒼井七海
第二章 フェルツ遺跡
9/21

悩みと過去と

「はああ!」

 威勢のいい掛け声とともに降りおろされた剣は、犬の魔物の胴を切り裂いた。骨が砕け、肉が切れる音がする。剣を握る少女は、飛び散る鮮血を顧みず、剣を勢いよく引きぬいた。魔物が怒りの声を上げて少女に飛びかかってくる。彼女は素早く後ろに飛んで攻撃を避けると、相手が動くのを待った。犬が再び地面を蹴るのと同時に、少女も剣を振るう。白い軌跡を描いた刃が、宙に浮いた犬の前足をすっぱりと切り裂いた。

 犬は情けない声を上げながら落ちていく。少女はそれを見届ける間もなく、横に飛んだ。犬の体が地面につく直前、少女が先程までいたあたりから飛来した氷の矢が、犬の眉間を射抜いた。犬の魔物は、目を見開いたまま絶命する。数回激しく痙攣し、すぐに動かなくなった。

 死の瞬間をまた一つ目にして、少女、アニーは息をつく。彼女が剣を鞘に収めたのを確認してから、下がっていたフェイが彼女の横に立った。

「お疲れ様、アニー」

「うん」

 少年が声をかけると、少女は珍しく、疲れのにじんだ声で答えた。

 無理もないな、とフェイは思う。

 魔物が増えてきたのだ。それも、容赦なく『力』を振るう魔物が。ロトがいなければ、とっくに死んでいたところだっただろう。

 よくも、二人だけで遺跡に入ろうなんて考えたな――フェイは、昨日のことを思い出して自分に呆れた。

 ふと視線を泳がすと、魔物の死体が目に入る。えずいたフェイは、死体から素早く目を逸らした。少し先から青年の声が聞こえたので、わざとらしくアニーを急かす。

「ほ、ほらアニー。行こう」

「うん、がんばろう!」

 アニーは、両方の頬をぺちりと叩いて言った。フェイのわざとらしい態度には何も言わない。いつものこと、と思われているだけかもしれないが。

 ロトと合流した二人は、また遺跡を進み始めた。相変わらず先頭を歩くロトが、ランタンを揺らしながら言う。

「もう少し進んで、良さそうな場所を見つけたら、そこで野営の準備をしよう。……魔物の襲撃にあう危険はあるが、仕方ない」

「野営かあ。やったことないな」

「すべきことは教える」

 ロトは相変わらず無愛想だ。けれど、そこに細かい気遣いが感じられる。

 フェイは、二人のやり取りを聞きながら、昨日のことをいろいろと思い返していた。

――ロトは、ついてきてくれる。足手まといにしかならないような自分たちの、面倒を見てくれる。「用事のついで」だとか「金が出るから」だとか言っていたが、はたして、本当にそれだけが理由だろうか。

 フェイの幼馴染は、あの青年を「嫌な奴」と思っている。確かに、出会いがしらにきついことを言われたときは、フェイもびっくりした。しかし、いろいろ話をしているうちに、単なる怖い人じゃないんじゃないだろうか、と思い始めた。何かいろいろと、人に言えないことを抱え込んでいるようでもある。気になるが、訊いていいこととも思えない。

「……フェイ、どうした」

 すぐ近くで声が聞こえた。フェイは、びくりと肩を震わせ、声のした方を見上げる。男の青い瞳が、不思議そうに彼を見つめていた。

「あ! す、すみません! なんですか!?」

「いや……。ぼうっとしてるから、どうしたのかと」

 フェイが慌てて尋ねると、ロトは困ったように肩をすくめた。それからもう一度、フェイの方をのぞきこんでくる。

「なんか、顔色もよくないな。やっぱり血とか生き物が死ぬのとか、ダメか」

 問いかけられ、フェイはわずかにたじろいだ。まさか「あなたのことを考えていました」とは言えない。それに、ロトの言った通り戦いのむごさに参って、それをごまかすためにあれこれ考えていたというのもある。

 フェイはそっと、アニーの方を盗み見た。彼女は時折きょろきょろしながら歩いていて、男同士の会話を気に留める様子はない。

 少年は息を吐くと、そのまま言葉をつむいだ。

「……あのう。僕って、役に立ってないですよね」

 さっき考えていたことではなく――遺跡に入ってから、しばしば思っていたことを口にしてみる。直後にロトが浮かべた表情を見て、フェイは思わず笑ってしまった。ロトは呆気に取られて、目をいっぱいに見開いている。彼のこんな顔を見たのは初めてかもしれない。

 フェイは笑いをこらえて、話を続けた。

「ほら。あの、僕って戦いとかできないですし……魔物と出会うと、どうしても怖くて、怯えてしまって。何もできなくなるんです。遺跡に入ったばかりよりは少し慣れたと思うんですけど、でも、やっぱりだめで」

 密かに思っていたことだからだろうか。考えるまでもなく、言葉は勝手に口から出ていた。ロトは何も言わない。落ち着きを取り戻し、平然とした様子で聞いている。

 フェイは無意識のうちに、拳を握っていた。

「だからその、二人の足を引っ張ってるんじゃないかなって、ずっと思ってたんです」

 言ってみたら、泣きそうになった。きゅっと唇を引き結ぶ。自分でも気づかないうちに、「役立たず」であることを気にしていたんだなとフェイは思った。

 ロトの様子をうかがってみる。彼は、今度は特に驚いた様子も見せていなかった。ただ、何かを考え込んでいるようではあった。

 フェイがロトを凝視していると、ロトは顎を上げ、少年の方を向いた。何事もないような風に言う。

「……そこまで、気にする必要ないんじゃないか?」

 フェイは、一瞬ぽかんとした。思いがけない言葉だった。ロトが、そのようなことを口にするとは思っていなかったのである。だんだん言葉の意味がのみこめてくると、急に頭の中が熱くなる。それが怒りだと、フェイは気付いていなかった。ただ反射的に、口を開こうとする。

 だが、ロトはそれを手で押しとどめた。

「あー、そう怒るな。別に気休めで言ったわけじゃない」

「――え」

 言われて初めて、フェイは自分が怒っていたことに気がついた。はっとして、すぐにうつむく。「す、すみません!」と大慌てで謝ると、ロトは「気にしてない」といつもの調子で返した。そしてすぐに話を続ける。

「フェイ。おまえは、さ。たまたま活躍の場を与えられていないだけだと思うんだ」

「か、活躍の場?」

「そう」

 うなずいて、ロトはいきなりフェイの眉間のあたりを指さした。

「おまえには良いところがいっぱいあるぞ。頭が切れて、記憶力がある。小難しい話もすぐに理解できる。知識もある。エメリ草のことなんぞ、普通の奴は知らないからな?――それに、そこらのガキより礼儀正しい」

 ま、最後のは俺が偉そうに言えたことじゃないが、と付け加えて、ロトはにやっと笑う。だがフェイは、うつむたままだった。動かし続けている自分の足をにらむ。どうも、青年が断言するほど自分に自信が持てないでいるのだ。

 彼の様子を見て、ロトはさらに言った。

「確かに戦いはできないかもしれない。だがな、極端な話、んなもんは無くていいんだ。知識、経験、想像力――そういうものは、暴力よりもずっと強い。俺は、よく知ってるよ」

 フェイは弾かれたように顔を上げた。青年の物言いに――形容しがたい、重みがあるように感じた。

 強い視線を受けてロトが苦笑する。「そんなに見るな。別に大した話じゃない」と前置きしてから、彼はおもむろに語り始めた。

「俺は魔術師で、仲間の中じゃ、結構大きな力を持ってる、と言われたことがある。けどな、理由があって強い魔術が使えないんだ。これまでの戦いを見てきたら分かるだろうが、弱っちい攻撃魔術をちまちま撃つしかない。壁はまあ……それなりのやつが張れるが、いわゆる『強い奴ら』のと比べると弱いんだわ」

 ロトはかすかに、口を歪めた。嘲るような笑顔だ。

「俺のいた北の大陸は、魔術師の大陸でな。この中央大陸で強いと言われる奴らですら、中の上くらいにしか見られない。そんな環境じゃ、俺なんざ落ちこぼれだ。周りはなんとも言わなかったが――俺はそれが悔しくて、たまらなかった」

 フェイは話に聞き入りつつも、もうひとつの視線を感じる。いつの間にか、アニーも熱心に耳を傾けていたらしい。ロトは気付いたようで、少しフェイから視線を外したが、すぐに元に戻した。

「でも、どうあがいても強い魔術を使えるようにはならない。だから俺は、それ以外を頑張ることにした。必死で知識を詰め込んだ。家の手伝いもできるだけやった。大人の狩りにたくさんついていったし、必要になったから格闘技や剣術もやった。……剣は、あんまり上達しなかったけどな。

 それで良かったと思ってるよ。その頃は死に物狂いでやってただけだけど、結果として今の仕事に活きてる。魔術が使えない魔術師でも、知識だけはやたらあるんで、少しは魔術師らしいこともできるしな」

 そこまで言うと、彼はいったん黙って、フェイの肩を強く叩いた。彼は少し顔をしかめる。が、文句をいう気分でもなかった。目を開けると、ロトの不敵な笑みがある。

「って、まとまりがなくなったが。俺が言いたかったのは、腕力や剣だけがすべてじゃないってことさ。できないことがあるんなら、できることをすればいい。できることをするしかない」

「でも、自分に何ができるかなんて、分かりません」

 フェイが正直に言うと、ロトは少し声を出して笑った。笑ってから、もう一度少年の肩を叩く。今度は優しく。

「すぐに分かるもんでもない。けど、そのうち見えてくるさ。焦らなくていい」

――焦らなくていい。

 たった一言。一言を貰った瞬間、フェイは自分の心が軽くなるのを感じた。自然と、柔らかい笑みがこぼれる。彼は思いっきり笑うと、ロトに向かってうなずいた。

「ありがとうございます。僕、考えすぎてたのかも」

「礼を言われる覚えはないな」

 ロトは、しかめっ面で返した。だが、今のフェイには分かる。それがわざと作った表情だということが。フェイがにこにこしていると、ロトは居心地が悪そうに肩をすぼめる。仏頂面になった彼は、いきなり怒鳴った。

「というか! ずっと思ってたんだが、おまえその敬語をそろそろやめないか?」

「はい?」

 唐突に言われたフェイは、目をぱちくりさせた。ロトは、まくし立てるように早口で言う。

「俺は敬語で話されるの、苦手なんだ! 誰が見ているわけでもなし……もっと力を抜けよ」

 彼はつっけんどんに言った後、じーっと見ているアニーを捉えた。

「最初から、敬語を使う気すらなかったやつもいるってのに」

「何よ! それは、ロトが不良みたいにしてくるからでしょ」

「誰が不良だ」

 口を尖らせて反論するアニーに、ロトは鼻を鳴らして返した。アニーの渋面が深くなる。

 二人の「仲の良さ」に苦々しく微笑んでから、フェイは二人を制した。

「わかり……あ、いや。分かった。ロトさん、ありがとう」

 ロトはフェイに向かってうなずいた。表情は、ずいぶんと穏やかである。

 ああ、本当はこんなに優しい人なんだ――フェイは思って、じんわりと胸が温かくなるのを感じた。

 しかし、直後にロトの顔が引きつった。眦が一気につり上がり、彼は鋭い視線で道の向こうを睨みつける。

「ろ、ロトさん?」

「しっ」

 フェイが呼びかけるのと、ロトが制するのは、ほぼ同時だった。フェイが呆気に取られている横で、ロトが慎重に前へ出る。さらに、アニーまで怖い顔で剣の柄に手をかけていた。

「……びりびりする」

「…………ああ。こりゃ、まずいかもな」

 アニーが珍しく低い声で言った。うなずくロトの頬にも、汗が一筋伝っている。

――ひた、ひた。

 何かが近づいてくる。道の先で、蠢いている。

 さすがにフェイも察した。鋭い寒気が全身を駆け巡る。体が、震えだした。

「フェイはアニーの後ろにいろ。とりあえずは、だが」

 ロトに言われ、フェイは素直にうなずいた。

 そのとき、声が聞こえた。低い声も高い声も。三人が全身を緊張させて、目の前に広がる闇を見る。

 果ての見えない漆黒の中に、数え切れないほどの目が光っていた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ