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ぼくらの冒険譚  作者: 蒼井七海
第一章 特別課題と大きな出会い
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冒険へ

「ヴェローネル学院六回生の特別課題、ね」

 礼服をきちんと着こなした女性が、手にした羊皮紙を揺らした。それからふと、顔を上げる。

「まあ、これなら申請は通るだろう。にしても、君が子供の面倒を見るなんて珍しいじゃないか。ロト」

「……たまたま行き先が一緒だっただけだ」

 彼女の視線の先にいた青年、ロトは、素っ気なく言って顔を背ける。それから、ため息をついた。

「早く上に話を通しといてくれ」

「はいはい、分かったよ」

 女性はからから笑うと、「少々お待ちください」と言った。恭しい態度に見えるが、にやにやと笑っている。ロトはかぶりを振った。

 女性はしばらくして戻ってくると、ロトに一枚の羊皮紙を差しだした。「遺跡立ち入り許可証」と大きな文字で書かれている。ロトは紙を受け取ると、女性を見た。彼女はまた、楽しそうに笑っている。

「んじゃ、頑張っておいでよ。魔術師さん」

「……はいよ」

 からかうような調子で女性が言った。ロトは、疲れた顔で答えると、踵を返して歩いていく。さっきまで立っていた窓口から足早に離れた彼は、ふと足を止めた。許可証を見直して、顔を曇らせる。

「俺は、みんなが期待するほどご立派じゃないっつーの」

 呟いて、彼は自分の右腕に目をやった。銀色の腕輪が、しゃらしゃらと鈴のような音を立てた。


 ロトがヴェローネルの市庁舎で女性と会話していた頃、アニーとフェイは大通りに出ていた。遺跡に入る前に準備がいる。その一環として、彼らは買い出しに来たのだった。

「ええと、買うものは確か……水瓶と、保存食と……薬?」

 アニーが歩きながら上を向いて呟く。ロトに指示されたものを、一生懸命思いだそうとしていた。フェイが、彼女の肩を叩く。

「余所見はいけないよ」

 言ってから、彼は指を折りながら、友人の言葉を補足する。

「水瓶の中を三個、保存食は干し肉と、イモの粉と野菜を混ぜた携帯食料、薬はすりつぶした薬草のことだね」

 フェイがすらすらと言うのを聞いて、アニーは顔をしかめた。そういえばそんな細かいことも言っていた気がする――と、ロトの顔を思い出していた。彼の指示は的確だが、量が多かった。薬にいたっては買う店やその方法まで、事細かに指定されたのだ。そんなわけで、アニーには覚えきれなかったのである。というより、アニーは最初からあてにされていなかった。

「……よくそこまで覚えれるよね」

「記憶力はいい方だから」

 アニーが、わざと声を低めてフェイにささやくと、フェイはちょっとだけ得意気に胸を反らした。だがすぐに真面目な顔になって、「まず何から買おうか」と、辺りを見回し始める。アニーも、頬を膨らませながら周囲を見渡した。そして、あっと目を見開く。

「フェイ。あれ、薬屋さん」

「え?」

 フェイはアニーの声につられるようにして、反対を見た。そして、「ほんとだ」と嬉しそうに言った。

 大通りの中、鮮やかな建物と露店に紛れるようにして、家が建っている。灰色の石壁に緑の三角屋根がのっかっている、小さな家だ。ただの民家と間違えそうだが、「薬屋」と書かれたぼろぼろの看板が、申し訳程度にかかっていた。

「……ロトが言ってたのは、確か『見逃しそうなほど小さい緑の屋根の家』だったよね。フェイ」

「うん」

「……あれで、合ってるよね」

「……うん」

 二人は顔を見合わせて、息をのんだ。相当古くて見た目が悪いと聞いていたけれど、想像以上だ。ロトの家に至るまでの道といい、薬屋といい、ずるい大人は暗い場所が好きなのかと、アニーは呆れた。

 入りにくい薬屋だ。しかし、立ち止まっていてもどうしようもない。アニーとフェイはうなずきあうと、人混みを避けながら薬屋の前まで行き、慎重に戸を開けた。戸は、ぎい、と大きな音を立てて軋んだ。

 一歩踏み出して店の中に入ると、薬草の苦いにおいが鼻をつく。アニーは反射的に眉を寄せた。隣では、フェイが鼻をつまんでいる。

 店内は薄暗かった。窓がほとんどないからだろう。壁につるされた行灯(ランプ)の中で火が燃えて、その周囲だけは微かに明るい。壁際には棚が隙間なく並べられ、小瓶や、粉を入れた箱が大量に置いてある。

「いらっしゃい」

 奥の方から声が聞こえた。アニーとフェイは、はっとして声の方を見た。四十歳くらいの男が、カウンター越しにこちらを見ている。彼は、相手が子供だと気付いたのか、意外そうな顔をした。

「おや。小さい子が二人で、こんな店に来るとは。珍しいこともあるもんだ」

 言って、男は二人をしげしげと眺める。黒い瞳がくるくると動いていた。不気味さを感じながらも、アニーとフェイは男の方に歩み寄った。

「そんで、なんの用だ? 風邪薬でも買いに来たかい?」

 男は腕をくんで、ぞんざいに言う。すると、フェイが飛び上がるように驚いた。

「あ! え、ええと、薬草を……あ、いや、ちょっと待ってください」

 言葉を出しかけたフェイは、慌てて自分の鞄を探った。中から掌ほどに切り取られた羊皮紙をつまみだすと、それを男の方に差し出す。

「こ、これをください」

「ん?」

 男は訝しげな顔をして紙を受け取った。書かれた内容に目を通すと、ははあ、と言ってうなずく。

「なるほどな。……しっかし、どうしたってんだ? ロトの奴、小間使いでも雇ったのか」

「いいえ。私たち、フェルツ遺跡に用事があるので、一緒に行ってもらうんです」

 アニーがすまして言うと、男はこれまた意外そうな顔をした。

「へえ。そうかいそうかい。遺跡は危険だからな、あんまり無茶するなよ」

「は、はい」

「じゃ、ちょっと待ってな」

 戸惑う二人に素っ気なく言い放つと、男はカウンターの奥の棚をあさる。そして、小さな瓶をいくつか取り出してきた。

「指定の薬は、これだ。傷口に直接塗ってもいいし、包帯にしみこませて使っても良い。金はあるかい?」

 アニーが「はい!」と答え、慌てて銀貨を取りだした。銀貨五枚を慎重にカウンターへ置くと、男はそれを数え上げてから、わしづかみにした。

「確かに頂戴した」

「ありがとうございました」

 フェイが頭を下げると、男は快活に笑う。

「はっはっは! ロトに伝えといてくれや。あんまり無茶するとこわーい女房に怒られるから、ほどほどにしとけ、ってな!」

 アニーとフェイは、目を点にした。びっくりしすぎて言葉が出ない。その間にも、男は笑っていた。

 二人は薬屋を出た。風を感じると、ほうっと息を吐く。そして、強張った互いの顔を見た。そのとき――

「だーれが女房だよ、まったく」

 横から聞こえてきた声に、アニーとフェイは飛び上がりそうになった。横を見て、薬屋の壁にもたれかかっていた人の名を呼ぶ。

「ロト!」

「おう。遺跡の立入許可が下りたぞ」

 二人の声が揃うと、青年は半眼で手を挙げる。それから、勢いをつけて体を起こした。ロトに礼を言ったアニーたちは、彼の方にてとてとと歩み寄る。

 そして、アニーがいきなり聞いた。

「ロトって、結婚してたの?」

「してねえ! さっきのは言葉のあやってやつだろ!」

 ロトに怒鳴られると、彼女は「なーんだ」と言って明後日の方を見る。フェイは、ほっと胸をなでおろしていた。

「あのおっさん、余計なこと言いやがって」

 疲れたように呟いたロトは、しかしすぐに子供たちに向かって声を上げた。

「ほら! さっさと残りの買い物を終わらせるぞ!」

 彼らは顔を見合わせると、くすりと笑って青年のあとについていった。

 合流した三人はその後、手早く買い物を済ませた。アニーが思っていたより重くならなかったのは、遺跡を歩くことを考慮して物の量を抑えたからだろう。

「必要なものって、これで全部?」

 太陽が西へ傾きかけた時分、三人は通りを歩いている。アニーは、隣にいるロトを見上げて問いかけた。すると彼は、ひらひらと手を振る。

「いーや。あとはランタンと、野宿用の鍋とか火打ち石とか。それと『雪月花』を採る可能性もあるから、採掘用の道具がいる。けどまあ、それは俺の家にあるから大丈夫だ」

「……道具って、炭鉱の人が使うようなツルハシ? なんでロトがそんなもの持ってるの?」

 アニーが目を瞬かせて言うと、ロトは肩をすくめた。

「魔術に関わる遺跡の調査依頼がときどき来るんだ。そのとき、『雪月花』みたいな鉱石を採集することも珍しくないからな」

 アニーは首をかしげる。ロトの言葉は難しくて、言っていることが半分くらい理解できない。

「つまり――お仕事に必要ってこと?」

 彼女が一生懸命言いなおすと、青年は「そういうことだな」と素っ気なく言った。それから、二人の子供の名を呼ぶ。

「アニー、フェイ。この荷物を俺の家まで持って帰ったら、おまえらはさっさと学生寮に戻れ。明日の準備をして、とっとと休めよ」

 二人は揃ってうなずいた。買い出しをしながら、彼らはロトに遺跡に入るときの心得などを教わっていたのだ。アニーは歩きながら、その一つ一つを必死に思い出していた。


 翌日。二人は、夜も明けきらぬうちに寮を出た。寮母には渋い顔をされたが、課題のためならと許可を出してくれた。二人は人通りのない早朝の街を抜け、門の前までやってくる。そこには、一人の男の姿があった。

 アニーが、顔を輝かせる。

「あ、ロト!」

 名前を呼ばれた青年は、振り向いてにやりと笑った。

「よう、来たな」

 それからロトは、じろじろと二人を見る。そして、満足そうにうなずいた。

「荷物も、きちんと全部持ってきているみたいだな」

「当たり前よ!」

 アニーが胸を張った。

 アニーとフェイの二人は、背中に麻の袋を背負っていた。中には、一人分の水と携帯食料、そして薬とランタン、火打ち金と火打ち石が入っている。彼ら一人分の荷物だった。ロトも同じものを背負っているが、彼は加えて、肩から下げる大きめの箱を持っている。

 フェイが、恐る恐る指を差した。

「あの……ロトさん、それ、何が入ってるんですか?」

「ん?」

 ロトは、箱を持ち上げる。それから、こともなげに告げた。

「工具と野営に必要なものだよ。簡易の鍋とか、寝袋とかな」

 彼は、そんなことはどうでもいいとばかりにかぶりを振ると、子供たちに向かって手招きをした。無言で街の外を示すと、さっさと歩きだしてしまう。

「早く来ないと置いていくぞ」

「あっ!」

「ま、待ってください!」

 アニーとフェイは慌てて彼の後を追いかけた。


 フェルツ遺跡は、ヴェローネル市の郊外にぽつんと佇んでいる。街を出て、整備された街道を逸れると、手つかずの荒野が広がっている。その真ん中にある、いやに高い建造物こそが、遺跡だった。

「フェルツ遺跡は、元々、山岳地帯の中にある一都市だったそうだ。何百年も前の話だがな」

 乾いた風が吹き抜ける大地を、三人の来訪者が進んでいく。

 遺跡の外縁を見渡しながら、ロトは淡々とその成り立ちを語った。思いもよらぬ歴史の話に、アニーもフェイも目をむく。

「えっ。じゃあここって、元々山がたくさんあったんですか?」

「そのようだな。なんで山がなくなったのかまでは、興味がないから知らん。地震か、人が切り拓いたか――大方そんなところだろ」

 好奇心に目を輝かせるフェイとは対照的に、ロトは素っ気ない。二人のやり取りを聞きながら、アニーは後頭部で手を組んでいた。

「興味がないから知らないって、なんか適当ねー」

 彼女がわざと意地悪に言うと、青年はじろりと睨みかえしてきた。

「おまえにだけは言われたくない」

「なんですって!」

 アニーは即座に噛みついたが、横からフェイに「アニーはもっと勉強した方がいいよ」と言われ、出鼻をくじかれてしまった。

 ぐぬぬ、とうなり声を上げて悔しがるアニーを、ロトは平然と無視している。何事もなかったかのように歩き続け、やがてある一点を指さした。

「ほれ、見えたぞ。あそこから入るんだ」

 彼の言葉に誘われ、アニーたちはその指を追う。岩を積み上げて造られた、塔のような建物があった。三人から見て真正面に、いびつな穴があいている。アニーはそれを見てから、ロトを見上げた。

「ねえ、なんでここから入るの? ほかにも、入口みたいなところがたくさんあったのに」

「言われてみれば……」

 彼女の隣で、フェイも神妙な表情になる。だが、ロトはあっけらかんとして答えた。

「この入口から入る道が、唯一安全が確認されているからだ。ほかのところから入ったら、何が起こるか分からねえ。仕掛けられた罠が発動するかもしれない、とんでもなく強い魔物に出くわすかもしれない。なんにせよ、ここから入るより何十倍も危険だ」

 一口に語ってから、ロトは念を押すように二人を見た。

「分かったか?」

 二人の子供は、若干青ざめた顔でこくこくとうなずいた。

 それを確認したロトが、満足げに顎を動かした。微かに口元を緩め、改めてアニーろフェイを見つめてくる。

「それじゃあ、行くぞ。せいぜい死なないように頑張れよ」

 他人事のように言ったロトに対し、アニーが不敵に笑った。

「ここで死んだら、みんなを見返せないからね」

「見返す気があったんだ……」

 今回の騒動の元凶に対し、フェイがぼそりと呟いた。幸か不幸か、その呟きは彼女の耳に届かなかった。だが、魔術師の青年は気付いたようで、少しだけ声を立てて笑う。けれどすぐに笑顔を引っ込めると、彼は先頭に立った。

「さて――フェルツ遺跡、突入だ」

 子供二人と、魔術師一人。ちぐはぐな彼らの冒険が、幕を開ける。


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