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ぼくらの冒険譚  作者: 蒼井七海
第一章 特別課題と大きな出会い
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調べ物と手がかり

 ハリスの言葉を聞いたアニーとフェイは、互いの顔を見合わせて、首をひねった。

「……『雪月花(シュネー・ブルーメ)?』」

 同時に繰り返し、やがてフェイがハリスを見る。

『雪月花』。知らない名だった。少なくともここにいる二人にとっては、聞いたことのない言葉だった。(ブルーメ)とつくからには花か植物なのではないかと思うが、それすらも定かではない。

 うなるアニーの横で、フェイがそっと口を開いた。

「あの、なんですか? それ」

「そいつを先生が教えてしまっては、課題の意味がないだろう?」

 ハリスの答えは素っ気なかった。痛いところを突かれたフェイは、うっと声を詰まらせて黙り込む。困ったようにアニーを見ていたが、アニーはアニーでひどく困惑していて、幼馴染に助けの手を差しのべるどころではなかった。

 そしてうんうんと考えているうちに、アニーはふっと、ハリスの言いたいことに気付く。一度気付いてしまうと、たちまちもやもやした嫌な気持ちになり、彼女は不貞腐れた顔で教師を見た。

「つまり――なんにも教えてあげないから、一週間以内にどうにかしろ、ってことですか?」

 低い声でアニーが問うと、ハリスは意地悪に笑う。

「その通り。君にしては上出来な回答だな」

「君にしては、は余計なひと言ってやつです!」

 アニーは溜めこんだ怒りを爆発させるかのようにハリスへ食ってかかったが、彼は高らかに笑うだけで、結局何も教えてはくれなかった。それどころか、唖然とする二人を見て、ひらひらと手を振る。

「学院の備品のひとつ壊してくれたんだから、これくらいの罰は当然だろう。今日から一週間、特別に授業には出なくていいから、しっかり課題をこなせよ」

「え、ちょ、先生?」

「そら、行った行った。時間は貴重だぞー」

 ハリスはそう言うと、態度ひとつで生徒二人を追いだしてしまう。こうして少女と少年は、強引に特別課題へと駆り出されたのである。


 アニーとフェイは、ひとまず北館を後にした。慌ただしく駆けていく生徒たちを横目で見ながら、アニーが頬をふくらませる。

「もう、何よあれ! 散々、お手本がどうのって言っておきながら、こんなときだけ子供扱いなの!?」

 廊下が騒がしいのをいいことに、彼女は大声で不満をぶちまける。隣にいるフェイは、それに対して苦々しく笑っただけだった。それから彼はふっと前を向き、口を開く。

「とりあえず、これから学校図書館にでも行ってみようか。もう、今日はお互い授業もないし」

 静かなフェイの言葉に、アニーは目を丸くした。突然何を言い出すんだ、と思いながら、しげしげと幼馴染を見る。

「図書館? なんで?」

「決まってるだろ。雪月花について調べるんだよ。何も分からないんじゃ、とってきようがないじゃないか」

「……うー」

 フェイにぴしゃりと答えられて、アニーはこの世を呪うような気持ちでうなり声を上げた。しかし、そもそもこうして罰を受けることになったのは、アニーが木剣を折ったせいである。フェイは彼女の罰に巻き込まれただけだ。そのためアニーが何かを強く言えるわけもなく、渋々図書館に向けて足を動かしていった。

 二人は小走りで廊下を抜けてゆく。学校図書館があるのは、正面玄関のある南館だ。二人がいまいる西館からはやや遠い。帰りがあまり遅くなっても困るので、急ぐ必要があった。

 その小走りが功を奏したのか、約十分後に、図書館の前へ辿り着く。フェイが前へ出ると、一切のためらいなく引き戸を引いた。

 学校図書館は、「図書館」と名がついているものの、元は普通の教室だ。そこに本棚が鎮座していて、読書のためのテーブルが置かれている以外に特別なことはない。今日の授業をすべて終えたという学生が多いこの時間帯、学校図書館にも制服の少年少女の姿がまばらにあった。

 アニーとフェイは、司書の女性に頭を下げて中へ入っていく。途端に、アニーは苛立っていた気持ちが安らいでいくのを感じた。勉強は嫌いだけれど、図書館の空気や本の匂いは好きなのだ。

 しかし、安らいでいられるのもわずかな時間だけだった。

「じゃ、さっそく探そっか」

「う、うん!」

 専門書の書架の前に立った二人は、気を引き締める。目の前では、幅広の本棚がすさまじい威圧感を放っていた。その幅は、教室の縦幅より少し狭いくらいだ。学校図書館の教室を中央から縦に分断している。

 二人はさっそく、『雪月花』の情報を探し始めた。名前に「花」がついているということから、まずは植物に関する本を見て行くことにした。写真集に図鑑、果ては論文まで。十一歳の子供にはとても読めないような本も、手当たりしだいにひっくり返していった。こうして、かれこれ五十分ほど調べたのだが――

「あー!」

 分厚い植物図鑑をテーブルに放りだしたアニーが、ついにのけ反った。甲高い声で絶叫する。それに驚いた生徒の何人かが、びくっと彼女の方を振り返っていた。しかし、アニーは気にせずテーブルに突っ伏す。

「み、みつからない……みつからないよう……」

「アニー。図書館ではお静かに」

 そばの本棚から『植物の絶滅危惧種』という重たい論文をひっぱりだしてきたフェイが、アニーにあきれ顔で注意をしてくる。しかし彼女は、それを無視した。

「こ、こんなに探しても見つからないなんて……ハリス先生のばかあ……」

 アニーは木のテーブルに顔をつけたまま、ぶつぶつと呟く。それはさながら呪い言葉のようだった。近くの、同年代の男子生徒がびくりと震えてアニーを見る。そして、それを見たフェイが深々とため息をついていた。

 アニーは一度堪忍袋の緒が切れると、こうしていじけて、呪いの言葉をしばらく吐きだすことが多い。幼馴染の少年はそれをよく分かっているのか、彼女を無視して論文を開いていた。しばらく無言で紙をめくっていたが、あるところでふと手を止める。「ん?」と小声で言ったあと、はっとアニーの方を見た。

「アニー! これ!」

「んー?」

 フェイの動作を低いところから見ていたアニーは、彼の切羽詰まった表情を見て顔を上げた。

「どうしたの?」

「見てよ。『雪月花』の名前があった!」

「えっ!?」

 フェイの言葉を聞くと、気だるそうだったアニーの顔が、一気に目が覚めたかのように明るくなる。彼女は大慌てで幼馴染のとなりに椅子を寄せて、論文をのぞきこんだ。

 論文は、手書きの写本だった。印刷技術はあるものの一般に普及していないので、学校図書館でもこのような、手書き・紐閉じの写本は珍しくない。

「ここ。この行」

 アニーは熱心にフェイの指を追う。そして――声に出して、文章を読んだ。

「『アスフル鉱山は、雪月花が採れる山として有名だ』――鉱山?」

「そう。ちなみにこの節では、鉱山採掘による環境汚染と植物について述べているみたいなんだけど」

 フェイの口から小難しい呟きが漏れる。それは、アニーには理解しがたいものだった。彼の呟きを聞き流したアニーは、「それよりも!」と身を乗り出す。

「鉱山ってどういうこと? 鉱山に花が咲いてるの?」

 熱を込めて少女が問うと、少年はゆっくり首を振った。

「違うよ。きっと、『雪月花』は花じゃなくて鉱石なんだ。鉄や銅とおんなじだよ」

「鉄や銅と――うそでしょ?」

「ぼくだって信じられないよ。でも、名前に騙されちゃだめってことじゃない?」

 そんな会話をした二人は、今度は鉱石にまつわる本を調べることに決めた。そうして十冊ほど読みあさっていくと、何度か雪月花の名を確認することができた。

『鉱石の基礎』という薄い写本をめくっていたアニーは、この本でもやはり雪月花の名を見つける。

「『雪月花は魔の力をもった鉱石。純白で磨くと光る。その美しい見た目から、この名前がついた』――さっきの本にも、同じようなことが書いてあったなあ」

 どうにも、雪月花に関する情報は非常に少ないようである。アニーはため息をつきながら、手にしていた本を棚に戻す。そのとき、フェイが駆けてきた。

「見て、アニー! 『雪月花』の分布に関する本があった!」

「ぶんぷ?」

「どこで採れるかってことだよ。ぼくたちの国、グランドル王国は、ここだ」

 近くにあったテーブルに本を広げたフェイは、あるページを指さす。アニーもそこを見て、読んだが、途端に顔をしかめた。

「これ、全部遠すぎるよ」

 アニーの言う通りだった。先程出てきたアスフル鉱山をはじめとする、いくつかの分布地が載っていた。だがそれはすべて、二人が今いるヴェローネル市から馬車でも五日以上かかるところにしかないのである。

 頬をふくらますアニーの横で、フェイも困ったように頭をかいていた。

「これじゃあ、とても一週間には間に合わないよね」

「どうする?」

 アニーは藁にもすがるような思いで問いかけた。優秀な彼女の幼馴染は、うなりながら腕を組む。とても子供のしぐさとは思えなかった。

「とにかく……もっと詳しいことが知りたい。町の中に誰か、雪月花に詳しい人がいないか聞いてみよう」


 学校の外に出ると、日が傾き始めていた。現在、十六の刻を少し過ぎた頃である。

「ちょっと急がないと、寮から締め出されちゃうね」

「うん」

 フェイの呟きにアニーがうなずいた。

 ヴェローネル学院は全寮制だ。アニーもフェイも学生寮で寝泊まりしている。六歳から十四歳までは、十七の刻が門限だ。

 二人は何を言うでもなく歩きだす。ヴェローネル市は、国でも五指に入るほどの規模の街で、学術都市と呼ばれている。その名の通り、アニーたちが通う学院をはじめとして、多くの大学などが軒を連ねている。学院から大通りへと接続する通りには、色々な種類の制服を着た学生が入り乱れていた。アニーたちも、その一部だ。

「うーん。いっそ、このあたりのお兄さんやお姉さんに訊いたらいいのかなあ」

 集団を作ってはしゃぎ合う年上の学生を見ながら、フェイはうなる。情報を集めるためにはそうするべきだと分かってはいるのだが、同年代で、かつ年上の人に話しかけるのがどうにも苦手――という様子であった。

 一方、あまり人見知りをしないアニーは、ぐっと拳を握った。

「うん! そうしましょう! ここにいる人たちなら、きっとすごい学者さんとも知りあいだと思うし」

「いや、え? 何か根拠はあるの? って、アニー!!」

 アニーは、フェイの制止の声も聞かずに通りを駆けていった。そして、小さなカフェの看板の前でたむろしている女子学生をさっそく捕まえた。きょとんとしている彼女たちに事情を説明すると、彼女たちは微笑ましいものを見るような顔でうなずいた。自分たちも似たような経験があるのかもしれない。

 アニーが事情を説明し終える頃には、後ろに息も絶え絶えのフェイが追いついていた。

「というわけで、『雪月花』に詳しい人を知りませんか?」

 女子学生たちは顔を見合わせて、しばらくひそひそと話しあった。アニーとフェイは、それを期待のこもった目で見つめる。しかし、やがて彼女たちは首を横に振った。

「ちょっと、分かんないや。ごめんね、力になれなくて」

 彼女らのうちの一人、長い栗毛の少女が申し訳なさそうに言う。それを聞いた二人の子供は、しゅんと肩を落とした。

「そうですか……」

「ありがとうございます」

 落胆するアニーの横で、フェイが礼儀正しく頭を下げる。こうして二人は、少女たちと別れた。

 その後もアニーとフェイは聞きこみを続けたが、なかなか思うような成果はあがらない。二人が思わぬ情報に辿り着いたのは、十六の刻も半分を過ぎた頃のことであった。

 通りの端に小ぢんまりと、給水所がある。石の器に、壁に取り付けられた蛇口からチョロチョロと水が注いでいた。二人が次に話を聞いたのは、その給水所のそばで誰かを待っているらしい、十七、八歳ほどの少年だった。

 二人の事情を聴くと、少年は目を見開く。

「それなら、いい人を知っているよ」

 あっけらかんとした言葉。それを黙って聞いた二人は、目を見開いて動きを止めた。それから、きらきらと目を輝かせる。

「本当!?」

「ですか!?」

 詰め寄る子供を見下ろす少年は、「うん」と言った。

「大通りから少し逸れたところに、青い三角屋根の小さな家が建っている。そこに、ロトっていう便利屋の男性が住んでるんだ。年齢は――僕より二歳くらい上だったかな? 魔術とか、考古学とかに詳しいから、雪月花についても何か知ってるかも」

 諦めかけていたところにもたらされた朗報に、アニーとフェイは喜びを爆発させる。笑みに彩られ、桃色に染まった互いの顔を、見合わせた。

「なんなら、地図書こうか?」

 嬉しそうな彼らを見て、少年はそう言ってきた。「お願いします!」と二人が声を揃えて頼むと、彼は小さな獣皮紙に、羽ペンでさらさらと地図を描いた。それを、フェイに手渡す。

「安ものの紙とインク使ってるから、ちょっと見にくいかもしれないけど。ごめんね」

「大丈夫です。ありがとうございます」

 フェイが地図を受け取ったあと、二人は少年にしっかりお礼を言い、学院の方へと歩き出した。

 アニーが、フェイの持つ地図をちらちらと見ながら、嬉しそうに笑う。

「よかったー。これで、課題が進むかもしれないのよねー」

「まだ分からないけどね」

 期待でいっぱいのアニーに対し、フェイはあくまでも平静を装っていた。が、彼もまた喜びでそわそわしているのが、アニーにはよく分かる。

「とりあえず、明日はこの、ロトさんのところに行ってみよう」

 フェイが空を見上げた。アニーもそれにつられる。日の沈みかかった空は、焚火のような優しい赤色をしていた。


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