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ぼくらの冒険譚  作者: 蒼井七海
第四章 白い宝の行方
17/21

守り人の最期

「で、どんな悪だくみを思いついたんだ?」

 ロトは、守護獣の様子をうかがいながら訊いてきた。アニーはむっとして、眉を寄せる。

「悪だくみって何よ! 私が悪者みたいじゃない!」

「問題児だろ」

「問題児と悪者は違うわ!」

 アニーは堂々と言いきった。ロトのじとっとした視線を無視して、思いついたことを頭の中で整理する。すると、たちまち頬が緩んだ。彼女は楽しそうな表情でロトに耳打ちする。彼はいつも通り無愛想に聞いていたが、話が進むうちに、きょとんとした。

 そして、少女が「って、わけだけど、できる?」と問いかけでしめくくると、彼は吹き出した。

「おもしろいこと考えるな、おまえ」

「そう?」

 ロトに笑われたことが不思議で、アニーは首をかしげた。それがまた彼の笑いを誘ってしまったようで、青年は少し腹を抱えていた。だが、すぐにこみあげてくる愉快さを押し隠すと、悪戯っぽく微笑んだ。

「いいだろう、やってやるよ」

 明快な返事を聞いて、少女の表情が輝いた。

 二人は改めて守護獣に向きあう。ロトが手元で魔方陣を描いた。すると、炎の塊が二人のまわりを漂う。まるで人魂みたいだ、とアニーは思った。そんな他愛もないことを考えながら、彼女は視線を走らせる。ぐるりと部屋を見回すが、辺り一面壁ばかり。しかし、ところどころに大きめの岩が転がっていた。アニーはそのうちのひとつ、西側に転がるひときわ大きな岩に目をつけた。

「あれにする」

 アニーがぼそりと言うと、ロトも彼女の視線を追った。そして、おごそかにうなずく。それだけで十分だった。

 二人はそれぞれ、反対の方向に足を踏み出した。アニーは右へ、ロトは左へ。数歩、うかがうように歩いた二人は、守護獣の視線からのがれると、一気に駆けだした。

 ロトが走りながらに手を動かす。五本の指が目にもとまらぬ速さで空中を叩き、あっという間に魔方陣を作りだした。曲げていた指をぱっと開くと、方陣は輝いて、そこから氷の刃が飛び出す。今までより少し大きく、鋭い刃は、守護獣に向かって飛んだ。

 迷っていた黄色の目が、氷の刃に焦点をあわせる。獣は右前脚をおもむろに上げると、かすむほどの速さで斜めに薙いだ。氷刃はあっけなく砕け散る。ロトは舌で唇を湿らせながら、不敵に目を細めた。

「十分だ」

 挑戦的に囁いた彼は、守護獣の追撃をかわしながら、続けて魔方陣を描き始める。

 一方アニーは、ロトの方へと気が逸れている守護獣の背後に回り込んでいた。ちょうど、犬のようにふさふさな尻尾が見えてきている。そしてそばには、大きな岩。

 二つが揃っていることを確かめたアニーは、ほっと息を吐いた。

「意外と早く、うまくいったわ。さすが、戦いに慣れた魔術師さんは違うわね」

 言い終わるが早いか、少女は手にしていた剣を一度鞘に収める。深く息を吸い込んで地面を蹴り、飛び上がった。宙で体をひねると、見えてきた岩をひと蹴りする。

 普段から木や校舎の壁をよじのぼったり跳んだりしていたのだから、このくらいは余裕だ。自分の背丈ほどもある岩の側面をぴょんぴょんと跳ねたアニーは、やがててっぺんに辿り着く。

 岩の上で両手を広げ、バランスをとったあと、少女は視線を遠くに投げた。今もなお、守護獣と魔術でやりあっている青年に目で合図を送る。

 さすが、といったところだろうか。彼はすぐに気付いたらしい。逃げる足を速めて、敵との距離を広げた。

 そして、左の手を軽快に踊らせ始める。空気を叩く指は、素早く魔方陣を完成させつつあった。空中に描かれる光の線を見ていたアニーは、やがて、良いタイミングを見定めると腹と足に力を込める。そして――また、跳んだ。目指すは獰猛な守護獣である。

 アニーの体が舞うと同時に、どこからともなく風が吹いてきて彼女の体を包み込む。優しい風に流されながら、アニーは手を伸ばした。白銀の毛を指先にとらえると、ぐっと力を込める。

 彼女が掴んだのは、獣の尻尾だった。

 ふわふわの体毛に覆われた尾は、こんな状況でなければ頬ずりしたくなるほど触り心地がいい。アニーは尾を右手でがっしり掴むと、左手でぐいぐいと引っ張った。木のぼりと同じ要領で尻尾をよじのぼっていく。

 そのとき、尻尾がぶんっと揺れた。尾の持ち主は、誰かがしがみついていることに気づいたらしい。

「おっ――とと」

 アニーは慌てて、両手に力を込めた。そうしている間にも尻尾は揺れるが、彼女は抵抗することはしなかった。振り落とされないようにだけ気をつけながら、尻尾の動きに身を任せる。

 やがて、天をつんざく咆哮とともに、尾が勢いよく上へ跳ね上げられた。当然、アニーの体も上へ行く。彼女は、眼下に獣の背中を捉え、にやっと笑った。

「今だ!」

 小声で言った彼女は、尾が背中の方に向かって揺れたときを狙い、ぱっと両手を離した。少女の体は背中へ落ちてゆく。空中で猫のように体を回転させた彼女は、やがて守護獣の背中に着地した。

 アニーはさっと目を動かして背中を観察する。すると確かに、人間で言う「うなじ」のあたりに白い光が見えた。

「あった! フェイ、すごい!」

 幼馴染を称賛する呟きとともに、アニーは剣を抜き放つ。

 だが、そのとき、獣の背中が大きく揺れた。アニーはたたらを踏む。

 どうやら、守護獣がアニーを振り落とそうと躍起になっているらしい。彼女は必死で背中にしがみつきながら、うなじの方へ近づいていく。努力の甲斐あってか、手を伸ばせば白い光に届きそうなところまでは来た。だが、獣は暴れ続けている。

「こ、これじゃあ、狙えないわよ!」

 剣を手にしてみたはいいが、刃先が震えて狙いが定まらない。しかも、下手をしたら自分に刺さってしまう危険さえあった。

「どうしよ」

 アニーが悲嘆にくれた声で呟いたとき。

 守護獣の体がぐん、と左右に大きく揺れたあと、突然止まった。

 訝しく思ったアニーは下を見て、驚いた。

「何あれ! 紐!?」

 守護獣の脚と、胴体の一部に、光る紐のようなものが巻きついている。それが、暴れていた守護獣を止めてしまったのだ。獣は必死にもがいて、拘束から抜けだそうとしているが、そう簡単には離れないようだ。

 まさか、と思ったアニーが目を配ると、少し離れたところで、ロトが荒い息をしながら、魔方陣を指で叩いていた。

 彼は、悪人のような、凄絶な笑みを浮かべる。

「今回、術を使うのは……これが最後だぞ」

 彼は言った。それほど近くにいるわけではないのに、なぜか声がよく届く。彼は、くっと顎を引くと、強い瞳でアニーを見てきた。今度は、しっかりと声が聞こえるように、大声で言い放つ。

「決めろよ、アニー・ロズヴェルト!」

――名前を呼ばれた少女は、静かにうなずいた。

 落ちついてその場で立ち上がると、改めて剣を構える。白い光をしっかり見据えて、刃先を下に向けて、両手で剣を持った。

 ふっと息を吸い込んで、両腕を上げる。そして一瞬ののち、剣を勢いよく突き立てた。刃は吸い込まれるように白い光へ突き刺さる。アニーの腕にわずかな手ごたえがあった。

 白い光に、ひびが入る。ひびはみるみるうちに広がっていき、その隙間から細い光が漏れだした。

 光は薄く広がって、すぐに消え――直後、守護獣のうなじの奥にあったものが、澄んだ音を立てて砕け散った。


 今までもがいていた獣の動きが止まる。アニーは、『弱点』を破壊したのだという実感をもって、剣を引いた。刃には何もついていない。ところどころ傷を浮かび上がらせながら、鏡のように光っている。

 剣を鞘に収め、アニーは額の汗をぬぐった。そのとき、彼女は足場がかたむくのを感じた。

「えっ……?」

 らしくもない、呆然とした声が漏れる。視界が揺れ、地面が徐々に迫ってくるのが見えた。守護獣が倒れているんだ、とアニーが気付いたのは、自分の体がずり落ち始めたときである。

 少女の体躯は空中に放り出され、そのまま落下していった。このままじゃだめだ、と思うが、体が思うように動かせない。全身が真綿にくるまれるように、気だるさがまとわりついていた。

 ぐんぐんと、落下速度が上がっていく。痛みをこらえようとして、アニーはぎゅっと目をつぶった。

 けれど――何かの上に落ちるような感覚がして、待っていた痛みはやってこなかった。

 覚えのある、時間の空白。アニーは目を開いて、下を見た。

「まったく。格好つかねえな」

 呆れたような声がする。

 下に滑り込んだ青年が、アニーの体を両手で抱え込むようにして受けとめていた。アニーはぽかんと口を開けて、彼の名を呼ぶ。

「ロト?」

 青年は、疲れのにじんだ目を優しく細めた。

「そーだよ。まさか、記憶がすっ飛んだとかいうんじゃないだろうな」

「いや……そんなわけ、ないじゃない」

「ならよかった」

 ロトと白々しいやり取りをして、アニーはようやく我に返った。すると、急に恥ずかしくなってくる。両親や近所の大人以外の人に抱かれたのはこれが初めてなのだ。しかも、男の人。

 そんなことを考えている場合じゃないと思いつつ、考え始めると顔が真っ赤になった。アニーは恥ずかしさをごまかすように、きっと青年をにらんだ。

「っていうか! そろそろ下ろして!」

 アニーの言葉に、ロトは目を瞬いた。だがすぐにその意味を察すると、「あー、わかったわかった」と苦笑して、アニーを地面に座らせる。彼女はため息をついてゆっくり立ち上がると、目の前にあるものを見上げた。

「あ……守護獣……」

 白銀の虎は、横倒しになっている。獰猛さは影を潜め、あれほど輝いていた目は眠っているように閉じられていた。しかし、呼吸の音が聞こえるので、死んではいないらしい。

「『弱点』を壊されて、気を失っちゃったのね」

「ああ。けど、そのうち目を覚ますだろう。『弱点』も少しずつ直っていってるはずだ。こいつは、役目を終えない限り、何度でも立ち上がる」

 ほうっとしているアニーに向かってロトが淡々と言った。

 そのとき。二人の後ろから、飛び跳ねるように少年が駆けてくる。

「二人とも! 大丈夫!?」

 アニーにとっては慣れ親しんだ声だ。彼女とロトが同時に振り向くと、フェイが心配でたまらないという目で二人を見ていた。

「おー、フェイ」

「大丈夫よ! このとおりぴんぴんしてるし!」

 気の抜けた声で名を呼ぶロトに続き、アニーはぐっと拳を握る。元気な自分を精一杯出したのだが、生憎その努力は無にされた。

「おまえなあ。打撲とすり傷つくって、疲れた顔してる奴が、よく言うよ」

「なっ! ろ、ロトだって、真っ蒼になってるくせに!」

「うるせー! 誰のせいだと思ってんだ! 限界ぎりぎりまで魔術を使ったのなんて、三年ぶりくらいだぞ!」

 二人は、先の戦闘のことなど忘れたかのように、言い争いはじめた。その様子を見て、フェイが苦笑する。

「そんだけ元気なら、大丈夫だね。――よかった」

 やけに大人びた物言いのあと、心からの言葉が続いた。それを聞いたアニーとロトも、互いを見て苦笑する。それから、ロトが空気を変えるように言った。

「さて。(やっこ)さんが目覚める前に、ちゃっちゃとやることをやってしまおう」

「そうね!『雪月花(シュネー・ブルーメ)』を探さなきゃ!」

 守護獣を横目に、アニーが意気込んだ。けれど、フェイの方は不安を隠そうともせず、辺りを見回している。

「でも、どうやって探すの?」

 フェイの問いに答えたのは、やはり年長者のロトだった。

「雪月花が含まれている鉱脈は、白くて、きらきら光ってるらしい。鉱脈が奥の方にある場合でも、そのきらきらしてるやつは、表面に見えるようだな。ま、それを探すってのが一般的だが……魔術師がいるときは、別の手も使える」

「別の手?」

 アニーとフェイの声が揃う。ロトがかすかに口角を上げた。

「魔術師ってのは、人やものの魔力を感じることができる。それを利用して、その場でまわりの魔力を探るんだ」

 ロトはかなりかみ砕いて説明をしていたが、それでもアニーには難しかったらしい。あ、と目を開く幼馴染の横で、彼女は眉をひそめた。

「えー……つまり、ロトがその場でぱぱっと探しちゃうってこと? でも、大丈夫なの?」

 ロトは今日だけでもかなり魔術を使っている。本人も限界ぎりぎりだと言っていた。その上さらに魔力を探るなどという真似をしたら、体が壊れてしまうのではないか。アニーはそう考えてしまった。対して、ロトの返事は軽いものだ。

「平気だよ。ただ自分の感覚を使うってだけの話だからな。俺たちにとっては、ものを見たり、音を聞いたりするのとなんら変わらない」

「そ、そうなんだ」

 見る聞くと同じ、と言われ、アニーは気圧されたようにうなずいた。フェイも少し驚いている。自分たちと魔術師との感覚の違いを、改めて見せつけられた気がした。

 だが、二人の驚きをよそに、ロトはひとつ息を吐くと、居住まいを正す。

「さて。終わらせますかね」

 そうひとりごちた彼は、静かに目を閉じた。そうして辺りを探り始める。

 何一つ、動いていないはずなのに、アニーは周囲の空気が変わったように感じていた。

 しばし、無音の時が流れる。過ぎ去った時間のあとに、ロトは目を開いた。表情は波のない湖面のように静かだ。アニーとフェイは、おそるおそる身を乗り出す。

「……どうだった?」

 訊いたのはアニーだ。

 ロトは、すぐには答えない。じっと二人を見てから――ゆるゆると首を振った。

「守護獣の魔力がまだ辺りに浮いてはいるが、それ以外は何も感じない。おそらく、フェルツ遺跡に『雪月花』は残っていない」

 宣告は、あっけない。

 青年の口から放たれた言葉は、二人の子供の心に深く冷たく染み込んだ。

 先に肩を落としたのは、少年の方である。

「そっか。やっぱり、だめだったか」

「うん……」

 アニーもうなずいた。

 そもそも、フェルツ遺跡――が、今ある場所――で雪月花が採れていたという情報自体、相当古いものだったのだ。当てにするには頼りなさすぎた。それでも二人は、目的が達成できない可能性も承知で、ここまで来たのである。

 ロトは落胆する二人をしばらく眺めていたが、ふと天井を仰いだ。

「まあ、一応鉱脈を探してみるか。俺も探知も完璧じゃないからな」

 青年の声は、空間に乾いて響く。答えのないまま三人は動きだした。

 三人で手分けして、部屋中を探ってみた。だが結局、雪月花が含まれているらしきそれは、どこにも見当たらない。しばらくののち、三人はそれぞれに疲れた様子で元の場所に戻ってきていた。

「やっぱり、なかったねー……」

「こればかりはどうしようもないな」

 意気消沈するアニーの横で、ロトが頭をかく。そして、フェイがぽつりと呟いた。

「これから、どうしよう」

 特別課題の期限までは、一応まだ時間がある。けれど、他の場所を探すことなど不可能に近かった。かといって手ぶらで戻るわけにもいかない。と、少なくとも、子どもたちは思っていた。

 アニーとロトが揃って顔をしかめる。口を開いたのはロトの方だった。

「とりあえず街に戻って、調べられるだけ調べてみたらどうだ。それで何も得られなかったときは、もう、仕方ないと割り切るしかないだろ」

 言い聞かせるような、慰めるような言葉。アニーたちはそれに答えなかった。

 フェイがため息をつきながら顔を上げる。そして、直後、目をみはった。

「あっ! 見て、あれ!」

 彼自身も意識しないうちに叫び声が漏れる。反応したアニーとロトは、フェイの視線を追った。そして、同じように絶句する。

「守護獣が……」

 三人の視線の先では、巨大な獣がむくりと起き上がっていた。その威容に、少女の手が自然と剣の柄へ伸びる。

 けれど、青年がそれを制した。

「待て。様子がおかしい」

 言われて、アニーとフェイは守護獣をまじまじと見る。そして、ロトの言葉の意味に気付いた。

 白銀の虎は確かに起き上がっていた。しかし、猫のような両目に戦意はない。それどころか、寝起きのようにぼうっとした顔をしている。そして、ひとつ決定的におかしいところがあった。

 アニーが、獣の背中を指さす。

「崩れて、いってる――?」

 獣の体は、少しずつ朽ちていた。背中から徐々に、全身へ。まるでもろい土くれか何かのようにぼろぼろと崩れている。

 アニーとフェイが唖然としている一方で、ロトは納得したようだった。

「なるほど、そうか。こいつはもう、とっくに役目を終えていたんだな」

「どういうこと?」

 アニーが青年の方をばっと振り返る。彼は、淡々と語った。

「この守護獣は多分、昔から――それこそ、ここがまだ都市だった時代から、雪月花という貴重な資源を守っていたんだろう。都市がなくなってからも、ずっとそうして、番犬であり続けた。で、ここからは俺の推測だが……」

 言葉を一度切って、彼は自分のこめかみを叩く。

「近代に入って、人々が『雪月花』の存在に気付き始めた。当然、掘り出そうとするわけだ。そのとき、守護獣はなんらかの方法で眠らされたんじゃないだろうか、と思う。そして守護獣が眠っている隙に、人々はどんどん『雪月花』を掘り起こし、いつしかこの場所から雪月花はなくなっていた。

 やがて、守護獣が目覚めた。そいつは、自分が役目を果たせなかったと、気付かなかった。けれど守るべきものの気配がないことはすぐに分かった。そして、当然、怒り狂った。奴の力はあふれ出し、遺跡全体を覆い、ひいては外にまで漏れだした……」

 言葉の切れ目に、フェイが叫ぶ。

「あっ! 魔物がたくさん出たのって!」

 彼の指摘にロトはうなずいた。

「ああ。その点に関しては、確信がある。遺跡の途中からずっと、守護獣の魔力を感じ続けていたからな」

 そう言ってから、彼は続ける。

「で、今なんでこうなっているかだが……。おそらく、自分の役目が終わったと気付いたからだろう。それまでは、どうして守るものの気配がないのか分からなかった。けれどたった今、俺がこの部屋中に魔力探知をかけて、雪月花がないことを証明してしまった」

「だから、『役目』が終わったと、感じて……それで、いなくなろうとしているってこと?」

 アニーが、一生懸命言葉を口にする。ロトは何も言わず、ただ縦に首を振った。それから凪いだ瞳で朽ちゆく守護獣を見つめる。

 守護獣の目が、ロトを見た。猫のような両目は、ひどく、優しい光を湛えている。

「というわけだ。おまえはもう、頑張らなくていいんだぞ」

 ロトが、語りかけるように言う。

 守護獣は何も反応しなかった。そのはずだ。けれど、アニーにはなぜか、獣がうなずいたように思えてならなかった。ロトが静かに口を動かす。

「お疲れさん」


 刹那。それが合図だったかのように、守護獣の体が一気に塵となった。


 遺跡の入口の方から風が流れてくる。黒い塵はそよ風にさらわれて、跡形もなくなってしまった。

 ロトが静かに瞑目する。まるで、祈るように。

 フェイがそれに続いた。そしてアニーも。何も言わずに両目を閉じて、心の中で、いちずな守り人に呼びかける。

 どうか、安らかに――と。


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