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ぼくらの冒険譚  作者: 蒼井七海
第四章 白い宝の行方
16/21

できること、すべきこと

 青年が強い瞳で見つめる先では、青い雷の名残がパチパチと音を立てながら散っている。瞬く光のさらに向こう、派手に崩れた壁には、雷撃を叩きつけられた守護獣がもたれていた。

 アニーが、倒れている守護獣に気付いて唖然としていると、いきなり青年が振り返った。肩で息をしながら、少女をねめつけている彼は、いきなりきつい声で吐き捨てる。

「おまえホント馬鹿か! 俺をどんだけ疲れさせる気だよ!」

「え、あ、ご、ごめん」

 あふれ出す怒りに気圧されて、アニーは反射的に謝っていた。彼女がびくびくしていると、ロトはため息をついて体ごと彼女の方を向く。そして、指をまっすぐに突きつけてきた。

「俺、言ったよな。『力だけでどうにかしようとするんじゃない』って」

 思いもよらぬ言葉が放たれた。昨日の、気分が悪くなるような出来事を蒸し返されて、アニーは固まる。そのときだけは、体の痛みも忘れていた。彼女はたちまち渋面を作り、口を尖らせる。

「……っ、でも、じゃあ、どうしたらいいのよ……」

 少女があえぐように声を出すと、青年は軽く目をみはった。だがすぐに、ゆるくかぶりを振り、改めて彼女に向き直る。腰に手を当て、少し偉そうな態度で言った。

「だいたいおまえは、一人でなんでもかんでも背負って突っ走り過ぎなんだ。なんのために俺がいると思ってる」

「えっ?」

 これまた予想もしていなかった言葉に、アニーは間抜けな声を上げた。それから思わず「どういうこと?」と訊き返してしまった。

 ロトはすぐには答えない。ちらりと目を後ろに向けた。壁に叩きつけられた守護獣は死んではいない。だが、まだ動き出しそうにもない。さっきの攻撃がよほど効いたらしい。それを確かめると、ロトはアニーに語って聞かせた。

「魔術師とそうじゃない兵士が一緒に戦うとき、魔術師の役割は二つある。遠くからの攻撃と、後方支援だ。つまり、弓兵やなんかと同じように後ろから攻撃魔術を撃つ。そしてときには、地形を少しいじったり、人によっては味方の傷を治したりして、前で剣や槍を振るう奴らを助けるんだ」

 アニーは呆然としてそれを聞く。ロトは彼女の様子に気づいているのかいないのか、ぶっきらぼうに付け足した。「何度も言うが、俺はそういう細かいことの方が得意だ」と。

 ロトの目がアニーを射抜く。二つの青瞳が交差する。彼は、アニーの質問に対してはっきりとした答えを出さなかったが、力強く言い切った。


「アニー。おまえは俺に合わせろ。俺は、そんなおまえに合わせてやる」


 アニーはその言葉の意味をはっきり理解することができなかった。けれど、なんとなくなら、彼の言いたいことが分かる。胸がじんわりと温かくなった。

「勝手なことをするな」「力加減をしろ」とは何度も言われてきた。しかし、こんなふうに寄り添うような言葉をかけてもらったことは、今までにあっただろうか。

 無愛想な青年は、黙って手を差し伸べてきている。必要以上に、ああしろ、こうしろとは言わない。アニーは、何かが心にすとんと落ちるのを感じていた。目がしらが熱くなるのをこらえて、差し出された手をとる。

「立てるか?」

「……多分」

「なら、構えろ。そろそろ虎が起きてくる」

 彼はそう言うと、アニーの手を握ってぐいっと引っ張った。アニーはその動作に流されるように、すんなりと立ち上がる。全身に鈍い痛みが走ったが、それほどひどいものではない。アニーはほっとした。

「うん。多分、骨折れたりはしてないよ」

「マジか。頑丈な奴だな」

 ロトが呆れたような半眼になる。だがアニーは、彼に向かってにやっと笑った。

「何ごまかしてるのよ。私、ちゃんと感じたんだからね。――地面に落ちる前に、体が少しだけ浮いたの」

 ロトは目を点にして固まっていた。だが、すぐにふんっと鼻を鳴らしてそっぽを向く。

「さあ。なんのことだかな」

 突き放すような物言いに、アニーは思わず歯を見せて笑っていた。こんなふうに笑うのは、ずいぶんと久し振りのような気がする。晴れやかな気分になった彼女は、うん、とひとつうなずいて壁の方をにらんだ。

 崩れた壁のそばで、ゆらりと影が起き上がる。かすかに黒ずんで見える獣の中で、猫のものに似た両目だけが、やたらに輝いていた。

 銀色の体には、まったく傷がない。予想していたことだが、改めて守護獣の回復力の凄まじさを見せつけられて、アニーはぞっと戦慄した。

 守護獣の様子をうかがうアニーに、ロトが言った。

「さーてと。奴の弱点を見つけるには、どうしたらいいと思う?」

「えっ、それは……。あちこち攻撃してみる、とか」

 言いながら彼女は自らの剣を見た。手に馴染んだ愛剣は、初めての激戦でぼろぼろになっている。これ以上無理をすると、刃毀れするかもしれない。

 不安そうな少女に向かって、青年はあくまで淡々とした態度でいる。

「おまえが言ったのも一つの手ではある。けど、方法はまだある。これまでの敵の様子から、分析するんだ」

「ぶんせき?」

「――不思議に思わなかったか? 俺とおまえが話している間、守護獣はぴくりとも動かなかったんだぞ」

 答えの代わりに投げられた指摘。それを咀嚼(そしゃく)して、やがてアニーは、「あ!」と叫んだ。

 今までの守護獣の様子から考えて、どんな攻撃を受けてもすぐに反撃してきた。なのに、ついさっきまではそれがなかったのだ。ならば、考えられる可能性は絞れてくる。

「ロトが攻撃した場所が、弱点?」

「あるいは、壁に思いっきりぶつけた後頭部か、背中か」

 ロトはため息混じりに言った。絞れてはきているものの、未だに弱点がはっきりしていないのを分かっているのだろう。アニーも、むう、とふてくされたようにうなる。

「それをこれから確かめなきゃいけない、ってわけね。でも、もうそんなに戦えないわよ」

「俺もだ。こんなに魔術を使ったのは、何年ぶりかな」

 自分の体を検分しながらのアニーの言葉に、ロトが皮肉っぽく同意する。それから彼は、敵でも味方でもない方向に視線を投げた。

「だから、『そういうの』はあいつに任せるしかないさ」

 あいつ、と聞いてアニーは首をひねる。だがすぐに、ある人物の顔を思い浮かべて、大きく目を見開いた。



 フェイは、身も凍るような思いで激戦を見守っていた。しかも、ときどき自分のところまで火の粉や砂礫が飛んでくるので、他人の心配ばかりもしていられない。

 中でも、アニーが守護獣に振りまわされ始めたときは、血の気が引いていく音が聞こえた気がしたくらいだ。その後どうにかロトに助けられたようだが、彼は震えが止まらなかった。

 なんて恐ろしい。友達が死にそうになるのを見て、平気でいられるわけがない。おまけにフェイ自身はまったく戦えないのだ。ひたすら怖かった。逃げだしたかった。雪月花(シュネー・ブルーメ)探しなどやめて、帰ってしまいたかった。

 歯の根が合わない。身を抱きながら震えるフェイの耳に――ふいに、過去の声がこだました。

『できないことがあるんなら、できることをすればいい。できることをするしかない』

 青年の声だ。いつの言葉だろうと考え、フェイはすぐに思い出した。探検の最中、フェイが「ぼくって役に立ってませんよね」と言ったとき、青年は言葉をかけてくれたのだ。

 少年は、心がすうっと冷えていくのを感じた。わきだす恐怖を振り払うように、大きくかぶりを振る。

「そう、そうだよ。今やるべきことは、ここで震えてることじゃない。ぼくにできること……ぼくにしかできないことを、見つけるんだ!」

 活を入れるように呟いた彼は、きっと、遠くの守護獣を睨む。先程、激しい雷撃にさらされ、この部屋の壁に背中から叩きつけられた守護獣は、未だに動く気配がない。気絶してはいないし、戦意を失った様子もないのだが。

 それをしばらくながめたフェイは、ふと、違和感を覚えた。

「おかしい……。今までだったら、切られても焼かれてもすぐに襲いかかってたのに」

 今は動きが鈍重だ。だとしたら――

「弱点は、お腹か背中の、どちらか……?」

 フェイは目を細める。ぴたりと、視線を守護獣に固定した。守護獣は、そのときにはもう、むくりと起き上がっていた。今まで通り――否、今まで以上の怒りを、前に立つ二人へと向けている。

 再び、互いが動きだす。守護獣は鋭い爪を容赦なく振りかざした。アニーがその一撃を剣で弾き返すと同時に、ロトが放った炎の塊が守護獣めがけて飛ぶ。守護獣はすぐさまそれを尾で薙ぎ払っていた。

 フェイは、目を瞬いた。いつの間にかアニーが視界から消えていたせいである。わずかに目を動かすと、身を沈めて守護獣の周りを駆ける少女の姿が見えた。アニーはそのままジグザグに駆け、壁際まで辿り着く。先程、守護獣が叩きつけられた壁だ。周りにはまだ瓦礫が散乱している。彼女は瓦礫に足をかけた。

 守護獣がアニーの姿を探している。だが、ロトが放つ光の球が、巧みにそれをかく乱していた。ちらつく光の球は、威力そのものは大したことはない。だが、やたらたくさんある上にちかちかと瞬くので、まわりを見る妨げになっているのは間違いないのだった。

 一方、アニーは瓦礫の山を蹴って、上へ上へとのぼっていた。そして――勢いをつけて、力いっぱい白壁を蹴る。体が前へと跳ねた。その状態で彼女は剣を振りかざす。さらに、彼女の周りに魔術の風がまとわりついた。

 剣が振り下ろされる。飛び跳ねた力と、風によって加速された剣撃は、守護獣の背中にみごとに命中した。銀の毛が大量に宙を舞い、怒りの叫びが飛び散る。

 アニーが少し距離を取って着地すると同時に、守護獣が素早く体を回転させた。同時に、宙を銀色の光が走る。アニーの顔がこわばった。彼女は咄嗟に屈みこむ。一瞬後、彼女の周りを半透明の銀色の膜が覆った。すべてを焼きつくすような光線は、膜に弾かれて消える。

 熱風を肌に受けながら、フェイは眉をひそめる。

「……魔物の力を、使った」

 これまでであれば、自分の体や爪を使ってほとんどをやりすごしてきた守護獣が、ただ切られただけで魔の力を振るった。それだけ必死になっているということだろう。

「つまり、弱点は背中のどこかにある」

 呟いてみると、フェイの中に確信が生まれた。

 彼はうなずいて、目を閉じる。意識は今までになく静かで澄みきっていた。これまで感じたことのない透明感に、しかしフェイは静かに心をゆだねる。

 守護獣についての知識は、一応ある。研究課題としてとりあげたことはまだないが、授業の中で守護獣について教えてもらったことはあるのだ。フェイは、記憶の糸を手繰り寄せる。そうして、よみがえってきた一言一句を口に出した。

「守護獣には一か所、『弱点』が存在する。それは、魔物である守護獣の核とも呼べるもの。魔物や守護獣の核は、魔力が集まった球である。その球は、白く光っている。守護獣の場合、『弱点』の近くが攻撃されると、体を修復しようとして、核がより強く働く。そうすると光が強くなるので、肉眼でも『弱点』の場所に白い光が見える――」

 フェイの頭の中に、文字が流れる。それはかつて、教科書か資料本に書いてあった内容そのものだ。小さな、誰にも聞きとれないような声で文字を読み上げた彼は、すっと目を開いた。

「白い、光……」

 体を振りまわす守護獣を、背中を中心に見ていく。ほかの何もかもを視界からはじき出し、守護獣だけを追った。

 背中をなぞるように見ていたフェイは、ある一点で目をぴたりと止めた。銀の毛におおわれた、虎の首。その半ばに、うっすらと白い光が見える。周りの毛とは違う、きれいな白だ。――人間で言えば、うなじの部分だろう。

 それを見つけた瞬間、フェイは叫んでいた。



銀色の閃光が目前に迫る。

「げっ……」

 アニーは女の子らしからぬ声を上げ、慌てて身をかがめた。確かに全力で背中を切りつけはしたが、まさかいきなり本気でこられるとは思っていなかったのだ。

 閃光が、アニーの額あたりに向かう。火のような熱を感じた。目を焼くようなまぶしさに顔がこわばる。

 だが、閃光はアニーに当たる前に消えた。半透明の銀色の膜にかき消されたのだ。アニーは、苦笑いで胸をなでおろす。

「やった! ありがと、ロト!」

 呟く彼女の頬を汗が流れ落ちた。アニーはばねのように素早く立ち上がると、守護獣をにらみつける。激しく怒る獣は、また閃光を吐き出そうとしていた。アニーは剣をにぎり、腰を深く落として突っ込んだ。左前脚めがけて剣を薙ぐ。一撃は狙い通りの場所に当たり、再び血を噴き上げた。絶叫して口の中の閃光を消した守護獣が、続けて大きくのけ反る。直後に爆音が聞こえた。ロトが駄目押しで魔術をぶつけたのだろう。

「それにしても、きりがないな……いったんロトの方に行こうかな?」

 呟いて、つま先を青年がいるであろう方向に向けたとき。

 アニーの耳に、馴染みのある人物の声が響いた。

「うなじだ!」

 親しい人の声はしかし、まったくの他人の声のように聞こえた。それほどまでに凛としていて、よく通る。アニーははっとして、思わず声の方に視線をめぐらせた。フェイ・グリュースターが岩陰から顔を出して叫んでいる。

「アニー、ロト、うなじだよ! そこに魔力のかたまりが――こいつの『弱点』が見える!」

 彼の言うことがどれほど理解できたかは分からない。けれどアニーは、反射的に走り出していた。守護獣の目に捉えられる前に広い空間を駆け抜け、仲間と合流する。

「ロトー!」

 大声で名前を呼ぶと、青年がそれに気付いた。すばやく、アニーめがけて大量の氷を放つ。それはアニーと――すぐ隣まで迫っていた守護獣に殺到した。少女はかがみ、飛び跳ね、すべてを避けると、ロトの元へ滑りこむ。

 そうして、頬をふくらませて相手を睨んだ。

「もう! 乱暴なことしないでよ!」

「いや、すまんすまん。けど、おまえならどうにかなると思ってな」

 肩を回しながら言う青年は、ちっともすまなさそうな様子ではない。アニーは呆れて「まったく!」と言ってやってから、すぐに頭を切り替えた。

「それよりさっきの、聞いた?」

「ああ。うなじ、か。フェイのやつ、よく見つけたな」

 言って、彼は目を細める。珍しいことにどこか嬉しそうだった。アニーは不思議そうな顔をしつつも、相手に問いかける。

「そもそも、虎にうなじってあるのかしら?」

「あるんじゃねえ? 首があるんだから。うなじって呼ぶのかは知らんが、とりあえずその辺を狙っていけばいい」

 その辺、と言いながら、ロトは自分のうなじを指でつつく。アニーは考え込んだ。

「にしても、そんな場所、どうやって狙おう……。背中に登らないと、無理よね。登る、よじのぼる――」

 アニーはめまぐるしく思考を回転させる。一生でもっとも頭を使った瞬間だったろう。その甲斐あって、彼女はあることを思い出した。ついさっきの出来事。背中を切りつけるために、瓦礫を足場にして跳んだ。

「――あっ」

 アニーは目をいっぱいに見開いて、声を漏らした。ロトの瞳が、ちらりと少女の方に動く。

 彼女は、とても嬉しそうだった。


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