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ぼくらの冒険譚  作者: 蒼井七海
第三章 交わらぬ思い
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純白の間

 三人は、寝袋を整えてから火を起こした。干し肉と少しの野菜と水を鍋に放りこんだだけの、簡単な料理を作るらしかった。

「そのままかじるよりはマシだろ」

 鍋の中身をかきまぜながら、ロトはあっけらかんと言っていた。

 やがて程良く煮えてくると、彼が持ってきた木製の小さな椀に煮物をよそって、三人で食べる。肉と野菜から味が出ているので、調味料なしでもそれなりに美味しいと、アニーは思った。しかし、漂う微妙な空気のせいで、食事に集中できないでいる。

 そもそも「微妙な空気」を作り出したのはほかならぬ彼女なのだが。

 結局あれから、謝ることはできていない。ただの一言が、どうしても喉元につっかえて出てこないのだった。アニーはもどかしさを感じながら過ごしている。目を匙に向けた後、ちらりとロトを見る。そこで、気がついた。

 彼は、食べながらときどき背後をうかがっているように見えた。顔つきが険しい。こういうときは、大抵危険な「何か」がある。アニーは眉を寄せた。

「どうかしたの?」

 問いかけないアニーに代わって、フェイが訊いた。ロトはちらりと二人を見た後、また背後に目を向ける。

「どうも、嫌な気配が強くなってきている気がするんだ。気配というか、魔力だな。こりゃ」

「魔力? 魔物か、魔術師?」

「どっちかだろう。俺は、魔物の方だと思うがね」

 どちらにしろ、危険なことに変わりはない。二人の子供は、匙を握ったままむっつりと黙り込んでしまった。重い雰囲気を察したのか、ロトは何気ない顔でフェイを見やる。

「そう言えば、フェイ。言うのを忘れていたが」

「はい?」

 フェイは目を瞬いた。ロトが、ばつの悪そうな顔で、傍らにある物を持ち上げる。ひび割れたランタンだった。

「おまえが持っていた予備のランタン、壊しちまった。すまないな」

「え? あ、大丈夫だよ」

 フェイは、しどろもどろになりつつ言った後、でも、と付け足した。

「それ、どうしたの?」

「さっき雷を撃っただろう。そのときに火を入れて使わせてもらった」

「ええ?」

 あっさりと言われて、少年は素っ頓狂な声を上げている。アニーも驚いて、思わず二人の方を盗み見た。フェイは、ロトの技に興味津々のようだ。目を輝かせている。

「どうやったの? 火が、雷になるなんて」

「火も雷も、性質は近いからな。火の光と熱だけを取り出して、雷に変換した」

「魔術で……それって、すごく難しいことなんじゃ?」

 唖然としているフェイに対し、ロトはまあなと言う。彼は腕を組んで、暗闇を見た。どこか遠くを見つめるような目をしていた。

「俺はそういう、細かいことの方が得意だ」

 彼の声は少し悲しげで、聞き役に徹していたアニーでさえ、胸をしめつけられるように感じていた。


 食事が終わると、三人は早々と床に就くことにした。ただし、交代で一人は起きて、見張りと火の番をする。フェイ、アニー、ロトの順番に決まった。

 短い番を終えて眠りにつき、しばらく。アニーは目を覚ました。なんの理由があったわけでもないが、突然目が覚めたのである。すぐに寝入ろうとしたものの、どうにも目がさえてしまった。彼女は仕方なく、周囲を観察してみることにした。

 とはいえここは、遺跡の中。目に映るのは岩と土と、朽ちた木材くらいのものだ。運が悪いと自分たちが作り上げた死体の山まで見えてしまうので、あまり気分はよくない。

 アニーはため息をこらえながら、音のする方を見る。

 火が爆ぜている。決して大きくはないが、まわりを照らすには十分だ。彼女は赤々ともえる火を眺め、次いで傍らに座る影に目をやった。

 見張りをしているロトは、フェイやアニーと違って眠そうな顔をしていない。ただ、昼間の強気な表情は抜け落ちたかのように見えた。闇のせいかも分からないが、顔色が悪いような気もする。

 彼はしばらく火を見ていたが、やがてそれに背を向けた。実に嫌そうな顔で。理由がなんなのか、アニーには分からない。けれど、彼にも何か秘密があるのだろうとは思った。

 アニーは、自分の過去をロトに打ち明けていない。ロトもそれは同じだ。ひょんなことからその一部を聞くことはできたが、詳しい事情はよく分からないままだ。

 だが、お互い様だ。しかも、この探索の間一緒にいるだけだ。なら別に、気にすることもないだろう。アニーは決めつけて、また眠るために目を閉じた。

 自分たちと、彼と、彼を取り巻く人々と――長い長い付き合いをすることになる。

 アニーはまだ、そんなことを想像してもいなかったのである。


 翌朝。アニーたちはまた歩き始めた。

 当然、三人の空気は少しぎこちない。ロトがなんでもないふうにしている一方で、アニーはちらちらと彼の方をうかがってはすぐに目を逸らし、を繰り返している。この雰囲気に耐えかねたのか、フェイはずっとそわそわしていた。

 さらに良いのか悪いのか、魔物が一匹も出ない。それどころか生物に全く出くわさなくなった。おかげで、遺跡の中は不気味なほど静かである。足音がやけに大きく聞こえた。

 ふいに、周囲が明るくなった。アニーとフェイが何事か、と見てみると、壁の松明の数が急に増えていた。最初は、目の前で見かけたら次は道の先の暗闇の手前にある、くらいの感覚で設置されていたはずだ。それが今は、だいたい二歩分くらいの感覚で取りつけられている。火の燃える音が、奇妙に大きく感じた。

「なんか、怖いなあ」

 震える声でぽつりと呟いたのは、フェイだった。アニーも言動には出さなかったものの、同じ気持ちだった。

 突然、足音が止まる。二人の前を行っていたロトが、眉をひそめて足を止めたのだ。

「ロトさん?」

「どうしたのよ」

 フェイとアニーがほとんど同時に問いかける。

 彼は振り返らず、ただぽつりと言った。

「魔力が、濃い」

 アニーたちから表情は見えない。けれどなぜか、彼女はロトがとても怖い顔をしているだろうことが、想像できてしまった。思わず息をのむ。

 途端、肌がひりひりし始めた。アニーは訝しげに自分の肌をさすった。まるでそれを見ていたかのように、ロトが言葉を続ける。

「こりゃ、相当なもんだ。魔術師じゃないおまえらでも、感じるだろ」

 言われて初めて、アニーはこれが「魔力を感じる」ことなのだと知った。まとわりつくような痺れに顔をしかめる。三人は誰からともなく、先の暗闇を見つめた。

「まあ、じっとしていても仕方がない」

「そ、そうだね! 進もう!」

 ことさら軽いロトの声に、フェイが大急ぎで同意する。アニーは呆れてため息をつきつつも、大人しくロトについていった。

 無言の時間が過ぎる。進めば進むほど肌を覆う痺れは強くなり、さすがのアニーも、血の気が引いていくのを感じていた。それでも、今にも立ち止まりそうなフェイをせっつくことで冷静さを保っていたのである。

 ややあって――また、ロトが足を止めた。そのときは、アニーたちにも理由が分かった。

 三人の前に、不自然なほど大きな穴が開いていたのだ。何かの入口であることは明らかだ。

「確か……この辺りからだったか? 昔の鉱脈の報告があったのは」

「え? ということは」

 フェイが弾かれたように反応する。だが、ロトはそれを手で制した。

「急ぐな。『雪月花(シュネー・ブルーメ)』はない。あれがあるなら俺が気付いてる」

 彼は口早に言うと、入口に向かって足を踏み出した。アニーたちも続く。ここにとどまっていたところで、何も始まらないだろう。

 中に入ると、一瞬辺りが黒に包まれた。

 だが――いきなり闇の中心に、白い点が見えた。点はみるみる膨れ上がり、やがて弾ける。目を焼くような白が広がり、あまりのまぶしさにアニーは顔を覆った。

 しばらくすると、目の裏側にまで届いた光は静かにおさまる。アニーはそっと、いつの間にか閉じていた目を開いた。まだ少し、目の前でチカチカ星が弾けている。

「な、なんなの。いった、い……」

 毒づきながら周囲を見回したアニーだが、その声は尻すぼみに消えた。

「何、これ」

 言ったのはアニーではない。フェイだ。その言葉を最後に、三人は景色に見入った。

 辺りはすっかり明るくなっていた。照明に照らされたように。

 そして広がるのは――今までとは全く違う空間だった。

 円形の広間には、規則的に柱が並んでいる。床は大理石のように滑らかで、輝かんばかりだ。その床をよく見れば、何か文字のようなものが、道を作るようにびっしりと彫り込まれている。そして文字を辿っていった先には、四角でも丸でもないいびつな入口。

 驚くべきことに、そのすべてが純白である。

「神殿、にも見えるが……にしては神像や祭壇の類がないな」

 ロトが呟くのが聞こえた。冷静な声を聞き、アニーはやっと我に返る。フェイが青年の言葉に付け足した。

「それに、ところどころ崩れたり穴があいたりしてる……」

 フェイの言う通りだった。壁や床はところどころ、ひび割れたり崩れたりしている。それに柱も、何本かは上半分が折れていた。ロトがぐるりと辺りを見回して、うなずいている。

「不自然な穴もいくつかあるし、どうも老朽化だけが原因じゃなさそうだ」

「もしかして、採掘の跡かな?」

「可能性はある。でも、それにしちゃきれいすぎるな」

 少年の声に答えながらも、ロトは足元の文字を見ていた。アニーもだんだん落ちつかなくなってきて、きょろきょろし始める。この空間自体は変わっているが、かといって「神殿として」変わったところは何一つない。次第に、いびつな入口が気になるようになってきた。

「ねえ。あそこ、行ってみない?」

 アニーは言って、入口を指さした。ロトとフェイはしばらく無言でいたが、やがてロトが口火を切る。

「そうだな。石の気配もないし、進んでみるしかない」

 彼はそう言って、アニーの肩を叩く。彼女はうなずいて、進んだ。フェイも後からついてくる。決してきれいな形ではない、けれど自然のものとは思えない入口をくぐる。

 すると目の前に、急に広い空間が現れた。奥が見えない。しかも、ここもひたすらに白かった。地面も滑らかなままだ。じんわりと、恐怖を感じる。

「ここって、いったい……」

 上ずった声でフェイが呟く。

 そのとき――ロトが、いきなり地面を見た。ほぼ同時に、地面の三人が立っているあたりだけが、白く光りはじめる。

「な、何!?」

 すぐに光は収まったが、代わりに白い魔方陣が浮かびあがった。地面も白いはずなのに、魔方陣ははっきりと目に映る。

 魔方陣がしばらく輝いた。そして、少しして輝きが薄れ始める。三人が見つめる中で陣は、ゆっくりと消えていった。

 アニーは、何もなくなった地面を凝視する。

「ほんとに、なんなのかしら? さっきの」

 言いながらロトを見上げた彼女は、驚いた。彼はすでに地面を見ていなかった。厳しい目を天井に向けている。

「どうしたの、ロト」

「構えろ」

 アニーが皆まで言う前に、ロトが忠告した。アニーは目を白黒させるが、その間に青年は続ける。

「この遺跡の主がお出ましだ」

 彼の言葉が終わった直後。遺跡全体が、鈍く揺れた。身構えていなかったアニーとフェイは、たたらを踏んだ。転ぶ寸前で踏みとどまった少女は、幼馴染を背中から支える。

 揺れはすぐに収まった。が、ほっとする暇はない。いきなり天井が光ったのだ。

 光の中から、何かが落ちてくる。「何か」の姿をまじまじと見て、子どもたちは唖然とした。


 上から降ってきたもの――それは、狼のようでいてまったく違う、獣。

 獣は白銀の毛をなびかせ、鋭い牙を光らせた。


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