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ぼくらの冒険譚  作者: 蒼井七海
第三章 交わらぬ思い
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素直になれない

 物ごころついたときから、彼女は『暴れん坊』と言われていた。

 実際は、ちょっと正義感が強くて短気だったのだ。ただしそれだけではなく、女の子にしては力が強すぎて――たちの悪いことに、加減ができなかった。

 一緒に遊んでいて、ふとしたことでけんかになった友達。年下をいじめていたガキ大将。いったい何人を泣かせたか知れない。時には流血沙汰にまで発展した。彼女も、相手の子どもも気が高ぶっており、無理矢理大人に止められたものだ。

 そんな調子だったから、彼女にはほとんど友達がいなかった。いつも一緒にいて平気だったのは、幼馴染の男の子だけ。なぜか彼にだけは、何を言われても熱くならなかったのである。おかげで、大けがをさせることもなく、何年も友達でいることができていた。

 彼女が四歳になる頃には、周囲の大人の目が厳しくなっていた。近所の人に陰口をたたかれ、父や母も、彼女を厳しくしかりつけることが多くなっていた。そして彼女自身もまた――自分はおかしいんだ、と悩むようになっていた。


 そんな折に知ったのが、「ヴェローネル学院」だった。戦士を育成する学科もある大きな学院だ。ここならば、彼女も力の扱い方を学びながら、他の人と仲良くしていけるかもしれない。大人たちはそう思ったらしい。彼女も子供心にそう思った。ちょうど、幼馴染が入学を目指している場所でもある。

 彼女は死に物狂いで勉強して、ぎりぎりの点数で戦士科に合格した。六歳で、ヴェローネル学院に入る。


 しかし、思うようにはいかなかった。

 入学から何年かして実技の授業が始まる。彼女は、剣術の才能を開花させた。だが、あるときの模擬試合でやはり加減ができず、相手に大けがを負わせてしまったのだ。

 彼女は先生に叱りつけられた。「相手を気遣いなさい」と言われた。「これからは手加減しなさい」とも言われた。けれど「手加減」のコツを教えてもらえたわけではなかった。

 彼女はどうしていいか分からなくなった。

 次第に、学院でまで『暴れん坊』と呼ばれるようになってしまう。彼女は悔しかった。

「これじゃあまるで、わたしには暴力しかないみたいじゃない」

 悔しくなって、悲しくなった彼女は、自分にあるのは暴力だけではないことを見せてやろうと、いろいろ試してみた。けれど勉強ができない彼女は、次第に悪戯に走るようになり――


『暴れん坊』を通り越して、『問題児』と呼ばれるようになってしまったのである。



 アニーは、横穴の奥で膝を抱えてうずくまっていた。伏せられた目が赤い。ついさっきまで、声を殺して泣いていたのだ。

 横穴は、ロトの推測通り行き止まりだったが、思ったよりは深かった。もう、フェイたちの声も聞こえない。ランタンの明かりも見えない。薄暗がりの中、どこからか水の滴り落ちる音だけが、切なく響いている。

 少し、怖くなった。

 アニーは無言で、膝に顔をうずめた。

 そんなとき。背後から、足音が聞こえた。しかしアニーは動かなかった。意地を張って、足に力を入れる。足音はアニーのすぐ後ろまで来て止まった。しばらくは沈黙が落ちる。

 やがて、足音の主が少女の名前を呼んだ。

「アニー」

 優しい声。小さいときから、聞き続けてきた声だ。アニーは顔を上げて、振り返った。

「……フェイ」

 視線の先には幼馴染の顔。暗くてよく見えないが、困ったように眉を下げている。彼はアニーと目が合うと、苦笑した。それから不器用な動作で、アニーの隣に腰を下ろす。

「何も、あんなに怒ることないじゃないか」

 責めるというよりは、ただ呆れたという感じでフェイが言う。アニーは、ぷいっとそっぽを向いた。おまえまでそんなことを言うのか、と無言で語っている。

 少し間をあけてから、フェイが続けた。いつもはアニーに拒絶された時点で怯むのに、珍しいことだった。

「アニーがどう思ったか、少しは分かってるつもりだよ。暴れん坊だとか人間じゃないとか、いろいろ言われてたのと重なっちゃったんだろ」

 アニーは答えなかった。しかし、彼女の碧眼はかすかに潤んだ。

 フェイは、彼女が故郷や学院で暴れ者呼ばわりされているのを、ずっと見ていたのだ。気付かないわけがない。

 彼の、穏やかに語る声が響く。

「けど、アニー。分かってるだろ。ロトさんは、そんなつもりで言ったんじゃないよ。本気で心配したんだよ。じゃなきゃ、あの人はあんなふうに怒らない。少ししか一緒に過ごしていないけど、なんとなくそう思うんだ」

 アニーはやはり、無言だった。膝を抱えてそっぽを向いたまま動かない。だからフェイがどんな顔をしているのか、知ることはできなかった。

 もちろん、アニーだって分かっている。

 ロトは多分、普段はあまり喋らないし人と関わることもしないのだろう。昨日はお金がどうのと汚いことも言っていたが、あれはきっと彼の本心ではない。でなければ、アニーやフェイに世話を焼くことも、いろいろと教えてくれることも――叱ってくれることもないはずだ。

 しかしそれでも、アニーは素直に受け入れられなかった。

「言われなくても分かってる」

 彼女はどうにか、言葉をしぼりだした。

「ロトが言うことは、いつも正しいもん。一日でたくさん助けてもらったし。でも、だから、それが受け入れられないんだよ。正しいから、いいってわけじゃ、ないんだよ」

 言葉の最後は、気が高ぶって涙声になってしまう。フェイが息を詰めたのが、気配で分かった。アニーは軽くしゃくりあげながら、堰を切ったように喋り出す。

「なんで、うまくいかないの。私、わたし、知ってもらいたいだけなのに。暴れたくて暴れてるわけじゃないのに。なんでみんな……見てくれないの……」

 言い終わるころには、アニーはもう泣きじゃくっていた。フェイから顔を逸らすのもやめて、流れ出てくる涙を拳でめちゃくちゃに拭う。フェイはしばらくその様子を見ていたが、やがてぽつりと言った。

「ぼくは見てるよ」

 アニーが、涙を拭いながら「え?」と言う。充血した目を、少年に向けた。少年は少女をまっすぐに見据えて、言い直す。

「ぼくはずっと見てるよ、アニーのこと。確かにちょっと喧嘩っ早くてすぐ暴力を振るうけど……本当はすごく優しい子だって知ってるよ。けど不器用だから、上手に言葉にできなくて、手が出ちゃうだけなんだよ。ぼくは、ちゃんと知ってる」

「フェイ……」

「でも。やっぱりそれは、いたずらしてるだけじゃ伝わらないよ。アニーが自分で言わなくちゃ、誰も分かってなんかくれないよ」

 アニーは、驚いたような顔でフェイを見ていた。気が弱くて、いつもおろおろしているばかりの彼しか知らなかった。けれど今の彼は、とても力強い。

 柔らかく微笑んだ少年は、少女に向けてそっと手を差し出した。

「だから、戻ろう。ロトさんきっと、待ちくたびれてるよ」

 アニーが眉を曇らせて戸惑っていると、フェイは苦笑を浮かべながら、付け加える。

「戻ってきちんと謝ろうよ。ぼくらは『雪月花(シュネー・ブルーメ)』を探さなきゃいけないし、ロトさんは魔物の大量発生の原因を突き止めなきゃいけない。まだ何も終わっていないんだから」

 途端、アニーの顔がゆがむ。小さな唇をつんと尖らせ、小声で反論した。

「そうだけど……なんか、謝れる気がしない」

 彼と顔を合わせたら、また喧嘩みたいになってしまう気がする。アニーはそう思っていたのだ。一方、フェイは少女の言葉に眉を上げこそしたものの、怒るわけでも驚くわけでもなかった。少しだけ考え込むと、一生懸命に言い募ってくる。

「じゃ、じゃあ。今が無理なら、全部終わってからでもいいんじゃないかな。『ありがとう』と『ごめんなさい』を一緒に言えば」

「ありがとう、とごめんなさい……か」

 アニーは目を丸くして、それから微笑んだ。

 そうだ。大切なことを忘れていた。私たちは、彼にお世話になっているのだ。これからも、少なくともこの冒険が終わるまでは、たくさんお世話になるだろう。なのに、お礼のひとつも言わないなんて。

 そう思うと、アニーはなんだか、今の自分が馬鹿らしくなってきた。ふっと小さく吹きだす。それから、首をかしげているフェイの手を取った。

 いきなりのことにびっくりしている彼に、笑顔を向ける。

「フェイの言う通りだね。行こう」

 少女が力強く言うと、少年は、安堵の表情を浮かべた。


 アニーとフェイが連れだって横穴から出ると、ちょうどロトが調理器具の準備を終えたところだった。火を焚いて、その上に被せるようにして脚付きの台が置いてあり、さらにその上に小さな鍋がある。

「よう、帰ったか」

 彼は何事もなかったかのように声を上げた。うん、とフェイが返事をする。ロトは普段通りにうなずいてから、ちらとアニーを見た。アニーも彼を一瞥しはしたものの、気まずくなってすぐに目を逸らす。

 また何か言われるかと身構えたアニーだが、彼女の予想に反して、ロトはからかったり厭味を言ったりはしてこなかった。フェイに向かって肩をすくめてみせる。

「これから飯の準備をしようと思ってたんだ。あまり帰りが遅かったら、放っておくところだったぞ」

「あ……。えーと、ごめんなさい」

 フェイの顔が強張ったのを見て、立ち上がったロトはにやりと笑った。

「冗談だ。真に受けるな」

「は、はあ」

 ロトは鍋から離れると、自分の荷物の方に歩いていってしゃがみこむ。それから突然、まっすぐにアニーを見た。

「おいアニー。ちょっとこっち来い」

 ぞんざいに呼ばれて、アニーの肩がびくりと震える。少女はわずかにうつむいたまま、足早に青年の方へ歩いていった。ごそごそと袋をあさる彼に、たまらず声をかける。

「何?」

「怖い声出すなよ。たいしたことじゃない。手当だ、手当」

「てあて?」

 予想していなかった言葉に、アニーは首をひねる。だが、ロトは実にあっさりと言った。

「魔物との戦いで負った傷、まだそのままだろう。軽傷は軽傷だが、油断すると菌が入るからな。さっさと薬塗るなり包帯巻くなりしておかないと、よくない」

「あ――」

 言われて初めて、彼女は思い出した。

 魔物の群れを抜けた後、まずすべきは傷の手当だった。しかしそんな暇もなく小鬼に襲われ、なんとかそれを退けたかと思えばロトと言い合いになり、彼女は傷のことなど忘れて拗ねていたのだった。

 顔を赤くするアニーに対し、ロトはいつも通りにふるまった。

「座れ。やり方は教えてやるから、薬塗るのは自分でやれよ」

 癪だったが、アニーは素直にうなずいた。


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