技術チートとか無理に決まってるだろ!
おっす、オラ、転生者。
異世界のとある農村に生まれた普通の現代人だ。
ちょっと聞いてほしいことがあってこうして文をしたためた訳なんだがまあ聞いてくれ。
この世界はいわゆる中世ヨーロッパ的な世界でな、魔法とかは存在しなくて当時はちょっとがっかりしたんだが、ソレはソレ。
技術チート出来るやんと、はしゃいでた訳なんだがそんな妄想は簡単に潰された。
なんでかって?そりゃ簡単なことさ。
元から存在したり、それ作るのに技術的に必要最低限の要素が整ってねえからだよ!
どういうことかって?
例えば技術チートの代名詞『火薬』とかあるじゃん?
硝石、硫黄、木炭を混ぜあわせることで爆発的な燃焼反応を起こすあれだよあれ。
それな……元からあったんだよ……
この国では数十年ほど戦争は起きていないが、だいぶ昔に起きた戦争に参加したという爺様から聞いた。
なんでも当時戦争をしていた敵国の新兵器だったそうで、その音と炸裂力によって騎馬がやられ結構な被害を出したらしい。
その後、スパイによって火薬の作成方法を奪い取ることに成功し、その戦争はなんとか持ち直したそうな。
まあ確かに元の世界でも黒色火薬は8世紀頃には確立されてた技術っぽいし、もっと言うとそれより以前にギリシア火薬とか言うのが存在したりする。
だからまあ作られててもおかしくないわな。
硝石の生産方法についてもすでに確立されていたし(なんでも大規模な鉱床が国内にあるらしい)、そういうこともあって火薬に関してはお蔵入りとなった。
まあ大量に採れるところがあるならいちいち作らなくてもいいわな。
そのためどうでもいいやと硝石の作り方を適当に酪農をやっているおっちゃんに教えてしまった。
その後そのおっちゃんは硝石が手に入らず苦戦していたとある帝国の偉い人になったそうな。
閑話休題、そして次に思いつくので有名なのだと『銃』だろう。
火薬によって弾丸を打ち出すソレは俺の元いた世界でも戦争を一変させるくらいすごい代物だ。
だがな、あれ作るのって結構、鉄の加工技術いるわけよ。
機構自体は単純だし簡単に説明もできるし作ってもらおうと思えば作れるっちゃ作れる。
ただ筒の加工技術が粗いので暴発が酷いし火薬の質があまりよろしくないのですぐに筒にゴミが焼き付く。
今思えば日本があれを戦国時代に量産出来たのって刀とかで加工技術が発展してたからなんだな……
試しに村の鍛冶屋のおっちゃんに形だけ作ってもらったけど、その時暴発してひどい目にあった。
なのでこれもお蔵入りになった。
ちなみに後に聞いた話だが、その鍛冶屋のおっちゃんはそれで自分の未熟さを知り、自分の技術を磨くため旅に出たらしい。
その後、なんか凄まじい切れ味の剣を作る名工となったそうな。
さて、また話がそれたが、火薬と銃というメジャーなのが潰れたわけで次に何作ろうかと考えた結果、『蒸気機関』を作ってみようかと思った。
だが、これも先にやられていた。
村で採れた麦を街に売りに行った時のこと、なんか見世物小屋に人だかりができていたので何かな?と見てみたら蒸気機関だった。
木炭で水を温めそれをそのままタービンに吹き付ける単純な機構のものだったがよく出来ていた。
作ろうと思った矢先にやられていたのでショックだった。
あまりにもショックだったので簡単な改良方法と蒸気を羽根に当てて動かすタービン型ではなくピストンを往復運動させて動かすレシプロ型の仕組みをそれを作ったおっちゃんに言ってしまったのは仕方ないことだと思う。
後から聞いた話だがそのおっちゃんはその後も改良を続け紡績機械を発明し巨額の富を得たそうな。
……なんか他のやつばっか成功してて俺のやり方が間違っているような気がしなくもないがきっと気のせいだろう。
話を戻して、次に思いついたのは『活版印刷』だ。
元いた世界においてはヨハネス・グーテンベルクが発明し、ルネサンスに於いて三大発明と呼ばれる程にすごい技術だ。
これはまあまあ上手く行った方だと思う。
まあ、誰もやっていなかったからな。
だが、あまり儲からなかった。
なぜかって?この国の文字が表音文字じゃなくて表意文字だったからだよ!
……これを聞いてもあまりピンとこないかも知れないが表意文字と表音文字の差は活版印刷においてかなり大きい。
活版印刷は元から存在する文字の判子を組み合わせることで印刷するための活版を作りそれを紙に押し付けることで印刷する。
つまり判子の数、つまり文字の種類が少ない方が作る手間がかからないのだ。
そこで文字体系の差が大きく出る。
表音文字はアルファベットに代表されるように人間の発音出来る音にしたがって文字が作られるため比較的文字の種類が少ない。
対して表意文字は漢字に代表されるように、その文字ごとに意味があるため種類が莫大なものとなる。
そのため作るのに膨大な量の判子が必要になり、制作に結構な費用がかかるのだ。
そしてそれを補うために印刷物を増やすにしてもそもそも識字率がそんなに高くないため需要がそんなにないので意味が無い。
なので作ることには成功したが結構赤字だった。
後に聖書とか経典を印刷したがってるどっかの宗教国家に売りつけ、なんとか黒字に持って行ったがそれがなかったら多分首吊ってたと思う。
ちなみにその宗教国は表音文字を使ってる国だった上、宗教の普及にとても役に立つ印刷術を得て世界各国にその宗教を普及させることに成功したらしい。
刷れば刷るほど信者が増えるとその国の教皇はホクホク顔だった。
経典の普及に多大な影響を与えたためなんか聖人認定してあげるとか言ってたような記憶があるが赤字だったし結構苦い記憶だったこともあって断っておいた。
正直あの時期はギリギリで借金取りとかに追われていたのでよく覚えていない。
まあ代表的なのは以上だが他にもいろいろと作ったり、失敗したりした。
電球を作ろうとしたがガラスの加工技術がまだまだだったのでお蔵入りになったり、蒸気機関ではなく内燃機関を作ろうとしたがこれも精錬技術が低かったため機構の製図だけで頓挫したり、と散々だった。
そして、30代になりようやく、どう考えても技術チートって無理だよなと悟った。
それからの人生は失敗続きだった人生を振り返り、教師をすることにした。
技術チートを諦めてからの人生は結構楽しかった。
村に住む子どもたちに文字や計算、自分の失敗談などいろんなことを教える毎日はとても充実していた。
どうして鳥は飛ぶのかとか、太陽が燃えている理由とかその辺の科学的な理論から、孫子の兵法やクラウゼヴィッツの『戦争論』を元にした戦略論、戦場における陣形の考察などなんか余計なことも教えたような気がするけど気にしない。
その結果、生徒たちはなんか立派な学士になったり、軍人になったらしいが、まあ、ソレはまた別の話だろう。
そうして教え子たちが偉くなった結果、それを教えた自分のことも伝わったらしくどこぞの貴族の家庭教師にもなったりもした。
そこから大きな学園を開くことになったりと技術チートを諦めてからのほうがなんか出世したりしてる気がするが人生なんてそんなものだろう。
さてここまで私の人生を振り返ってみたが、もし後に自分以外に転生者がいた時のために記しておく。
技術チートとかそんな無茶な冒険はやめておいたほうがいい。
あんな感じにうまくいくのはフィクションの世界だけだ。
やってみた自分が言うんだから間違いない。
安易な気持ちでやるのはまじでやめとけ?結構死にかけるから。
まあ覚悟を決めてやるなら別に止めはしない。
ただ、楽に生きたいだけならやめといたほうがいい。
自分の後の人生みたいに教師になってその時のいわゆる天才的な人物に任せたほうが遥かに効率がいい。
というわけで私の忠告は以上だ。
これを読めた転生者諸君の健闘を祈る。
(『賢者』アドルフ・ブックマンの最期の手記より抜粋、彼の使う謎の言語で書かれているため一部解読不能。内容は後の学者に対する忠言だと言われている。)