願い事
それは高校生くらいのときだっただろうか、叶えたい願い事は沢山あったが、急にそんなこと聞かれたら答えにつまった。
第一に、幼なじみなんかに聞かれてお金がほしいとか長生きしたいなんて言ったらきっとバカにされるだろうから、僕はあえておかしなことを言った。
誰も考えつかない事を選りすぐり選りぐって冗談を噛ませ答えた。
大人になった今では当時なんと言ったかよくは覚えてすらいない。逆に聞き返したことは覚えてるくせに自分のことはモヤがかかったようによく覚えていない。
しかし、将来の自分にそれが降りかかるとはとても思ってもみなかった。
それから時暫くして寒い冬の日。
辺りは既に暗く、街灯の灯りを頼りに帰社していた。吐く息は白くマフラーに顔を埋めながら寒さをやり過ごす。暫くして何気なく携帯を開いてみると、メールが一件入っていた。
どうせまた迷惑メールだろうと便りを開けば差出人がわからない未登録のアドレスから、ただわかるのは本文に高校の幼なじみの名前を語り、会いたいというものだった。
どうやら、当の本物すら忘れてしまった私の願い事を叶えてくれるのだという。
願い事はなんだったのかのっていない。
そして願い事は何だったのかはまったく思い出せないが、そんな話をしたことを文章を読んだ今更ながらに朧気に思い出す。
メールの返信に幼なじみの当時のあだ名と自分のあだ名はなんだったのかそれとなく聞くと、見事答えたから本人の確率はだいぶ高いようだ。
成人になってから一度携帯を壊したから知り合いのアドレスを登録していないのも当然かと思い返す。
今、都心に移住してるというと、メールの主はそれも以前私が言っていたらしくだから知っていて、ちょうど来ているから連絡したのだという。
願い事を聞かれたのに答えた当の本人が忘れている。なんとも情けないから願い事って何だったかな、なんて聞けないし、その話題は遠ざけて、予定もないから彼がいるであろう場所へ駅まで引き返すことにした。
電車で二駅も乗ればすぐに着いた。
もう時間も遅く普段は賑わう繁華街も人気は疎ら、少し進めば警察官が見回っていた。
こんばんは、寒いね、
声をかけられた。若い警察官のようだ、職務質問とは面倒くさいのに捕まってしまった。とにかく適当にやり過ごす。
人に会う用事があるので、
人って○○にか?
○○とは高校生の頃の幼なじみのあだ名だ。
暗がりと帽子でよく見えなかったが、よく見るとそこには幼なじみの○○がいた。
僕は思わず驚きと嬉しさで大きな声を上げてしまい繁華街に吸い込まれるように響き渡ったが構いやしなかった。
僕らはもう十何年ぶりの再開なのだから。
誰もいない近くの公園のベンチに座り込むとそこだけ昔話の花が咲いていた。
友人は警察官の制服が似合う精悍な顔立ちになっていて、缶コーヒーの白い湯気が走馬灯のようにバカだった頃の青春を写し出す。
勉強もろくにせず他愛もないことばかりをして回った。
当時サバイバルゲームのドラマが一成風靡してみんなおかしなゴーグルに迷彩のバンダナと服、それにモデルガンにビービー弾を積めては撃ち合ったりもした。
ほんと、ビービー弾の球代ってどっから出てたんだろうな、毎日夜中まで飽きもせずにしてたのにあんまり拾ってた覚えもないし。
そういやそうだな、そうそう、それで思い出した忘れるところだった。そういや願い事だったな、俺様を友にもったことを光栄に思えよ。触るだけだからな。
そういうと、勿体ぶったように彼は腰辺りをごそごそして徐に腰に下げていた重厚に黒光りする拳銃を差し出した。そこで私は全てを思い出した。
本物の拳銃を撃ってみたいな。
そうだ。僕は本物の拳銃を撃ってみたいと言ったのだ。嬉しそうに差し出す彼は同じように勉強もせず馬鹿ばかりしてたはずなのに今では安定した公務員だ。かたやしがないバイトマン。一日コンビニを三軒こなしたって彼の給料の半分程度だろう。
さっきいろいろ話もした。
結婚もしているそうだ、
写真を見せてもらったが美しい人だ、
家も建てる予定だそうだ、
車は駐車場を指差せば黒いスポーツカーが止まっているそれだそうだ、
明日は一週間休みだそうだ、
それで奥さんと海外旅行だそうだ、
何もかもが違っていて、まるで勝者と敗者の気分にさせられる。
自分の惨めさに押し潰されながら拳銃を握った。
ずしりと重い。
人を殺めるには軽いのかもしれないが予想外に本物の拳銃は重い。僕はこれ以上頭に血が昇ったままこれを手にしていれば大事な友人に使ってしまいかねないと、そうそうに彼に返した。
これは凄いね、間違えが起こらないうちに返すよ。
これな、密輸銃で特別に足がつかない。むしろ警察が持っていたら不味いという代物なんだ。
貰ってもらえないか?もしくは預かっててもらえないか?
ごくりと喉が鳴る。この友人は実直で真面目だった。彼が言うならば嘘ではないだろう。
だが、恐ろしくおぞましい渦に巻き込まれようとしているよいに私は感じた。
怖くなり適当な言葉を並べ立て、愛想笑いをするとトイレに行くといいそのまま戻ることはしなかった。
あとでメールで、いもしない架空の付き合ってる彼女を出して、会う約束してたの忘れてたとか適当な言い訳を上手に並べ立て、その日は終わった。
翌々日、警察と右翼とのとても大きな抗争があったとニュースが伝えた。
きっと彼もこの抗争に参加して犯人を取り押さえたりと活躍しているに違いないと思った。腕っぷしも強かったから。
だがニュースに彼の顔写真が載せられると容疑者とでていた。
拳銃やる代わりに組の抗争に入らねーかなと思ってさ。
警察官の話は嘘なのか?
面会したのはそれから二ヶ月程してのこと、彼は無精髭と伸びた髪と体重も減ったのか窶れた様子でまるで別人のようだった。
刑務所なんか初めてで、最初は来る気もあまりなかったがモニター越しに連行される彼の姿が脳裏に焼き付きどうしても目から離れないものだから、気がつけば刑務所の中に入っていた。
嘘に決まってっだろ、それよりよ俺の願い覚えてるか?
ああ、覚えてる。一言一句全て。
ほんとか?なら、言ってみろよ。
僕らの街を住み良い街にする。だろ、
そんなことよりさ、また暖かくなれば迷彩服そろえてサバゲーやろうぜ、
願いなんてそれで充分だからさ。