第三話 動員開始
2020年皇紀2680年8月2日
大日本帝国帝都東京都千代田区
外務省大臣執務室
「なんだ…これは?」
諏訪外務大臣は中立である第三国の大使から外務省に当てられた封筒の中身を見てこれを渡した副大臣に聞いた。
「これは…と、言われましても」
汗を滝のごとく流しながら副大臣は何と答えればいいのか分からなかった。
実は諏訪大臣は温厚な性格で知られているが怒り出すととてつもなく怖いというのが外務省官僚の評価である。だが今はまだまともな方だ。
「ともかく…このことは官邸には?」
「いえ、まだ伝えていません」
「官邸に急いで報告。関係省庁もだ」
「は、はい!」
とてつもなく怖いと評判の諏訪。だが彼は大臣としての素質は十分にあった。
副大臣が執務室から出たのを見届けると封筒の中身を見て舌打ちしながらこういった。
「ふざけるな」
封筒の中身。
それは一種の最後通牒とも取れるものであった。
いや、宣戦布告文と言ってもいい。
[
我がラーバス皇国は偉大なる皇帝陛下の命として蛮族を匿う大日本帝国なる国家に以下の事柄を要求する。
一、大日本帝国は保有するすべての軍事力を解散すること
一、大日本帝国は政治・統治機能をラーバス皇国に委譲すること
一、大日本帝国は外交・治安維持・貿易・その他すべての機能をラーバス皇国に委譲すること
一、大日本帝国は税収体系をラーバス皇国の制度に合わせその他税収システムを停止させること
一、大日本帝国はラーバス皇国の敵国であり、蛮族アルヴェニア王国とあらゆる国交を直ちに断絶すること
一、大日本帝国は蛮族アルヴェニア王国が平和の脅威であることに同意し、その排除に協力すること
一、大日本帝国の国民はラーバス皇国本国軍及び、皇国近衛軍、皇国植民地軍の指定するあらゆる作業に従事すること
一、上記の条項を拒否した場合、我がラーバス皇国は皇帝陛下の命令に背いたとしてあらゆる軍事力で貴国を制圧し、管理下に置く。
]
勿論こんな物を飲むわけがなかった。だが、政府はこの文章の一部をマスコミに公表。予想通り、右翼派の新聞社、週刊誌、テレビ局が一部を誇張して掲載。左翼派は逆に見当違いなことを掲載し、信頼を落とす結果となった。まるで狙ったかのような出来事だが政府はこれを単なる偶然とした。
一方、山内内閣はのんびりと構えていることはなく、緊急国防安全保障会議が開かれることとなった。だがそれは満州の王内閣にも言えることだ。王内閣も緊急国防会議が開かれ、対応を協議していた。
同日
首相官邸
地下緊急対策センター
首相官邸に作られた地下緊急対策センターでは山内内閣の面々が集まり今後の対応を協議していた。
「鶴嵜大臣、ラーガスタ大陸の状況は?」
「はい、衛星では大陸西部に大規模な部隊展開を確認。規模は推定ですが4~6個師団前後。航空部隊は4個航空団規模と思われます。また大陸中央部付近に敵空軍基地を発見しました。どうやらあちらさんは本気のようです」
「いや、それもあるだろうが先の満州軍による反撃でかなりの損害を出したはずです。恐らくですがその損害分を埋めるために派遣されたかもしれません」
「彬大臣、緊急予算案の方は?」
「既に立案しました。あとは議会に通すだけです」
財務大臣の彬はややげんなりしたように言う。様子からして陰口を言われたようだ。
「諏訪大臣。先方とは何とか交渉の窓口を確保できないだろうか?」
「難しいですね…ですが、やってみます」
諏訪は難しいと答えるが、外務大臣として粘る意気込みを見せた。山内もそうだが今この場にいる誰もが話し合いによる解決を望んでいる。もしそれが叶わぬ場合、本当に話し合い(物理)で解決するしかない。
「すまんが頼むぞ」
「鶴嵜大臣。大陸へ派遣する部隊は?」
「既に策定完了。現在転地計画に基づき旅団単位で大陸へ転地中です」
「分かった。諸君、相手は強大だ。生半可な覚悟で挑むとどうなるかは先人達が教えてくれている…この国の未来は君たちの頑張りにかかっている…無論私も内閣総理大臣として責務を果たす。頼むぞ、諸君…!」
『はッ!』
三日後
2017年皇紀2677年8月5日
既にラーガスタ大陸に転地訓練として展開していた部隊を除き、陸海空軍、海兵隊は部隊の移動を開始していた。既に一部重火器は輸送済みのため人員のみの移動の部隊も存在する。
移動する部隊は
陸軍
第二師団(2011年、機動師団として再編成)
第三師団(二個重歩兵旅団戦闘団として第七師団へ臨時再編成、臨時編入)
第七師団(四個戦車連隊を主力とする機甲師団)
第六師団(二個歩兵旅団戦闘団に再編成、戦略予備部隊)
第十一旅団(2011年、空中機動旅団として再編成。戦略予備部隊)
第十二旅団(2012年、空中機動旅団として再編成。戦略予備部隊)
第一航空群(第七師団を除く部隊への戦力提供)
海兵隊
第一海兵旅団戦闘団(追加派遣)
第一飛行隊(ヘリコプター部隊)
空軍
第七航空団(第201飛行隊(F-15J改/DJ改×24)、第202飛行隊F-15J改/DJ改×24)
第八航空団(第203飛行隊(F-3A/B×14)、第204飛行隊(F-15SMJ/F-15SEJ×24))
第九航空団(第1飛行隊(F-2A/B×18)、第2飛行隊(F-15EJ×14))
中部方面早期警戒管制飛行隊(E-10J×2、EP-1×1、E-2C/2010×4)
第401戦略輸送飛行隊(C-2×8)
第402戦略輸送飛行隊(C-2×8)
第410戦術輸送飛行隊(C-1×12)
第501偵察飛行隊(RF-4EJ改×6、RQ-1×2)
第502偵察飛行隊(MQ-9×9、RQ-4×4)
海軍
第一艦隊(第二戦隊「ミサイル巡洋艦高雄、愛宕」「汎用駆逐艦白露、村雨、春雨、綾波」)
第二艦隊(第四戦隊「ミサイル巡洋艦妙高、足柄」「汎用駆逐艦陽炎、不知火、五月雨、涼風」)
第四艦隊(第五戦隊「※ミサイル駆逐艦天津風、時津風」「汎用駆逐艦雪風、時雨、山風、海風」)
第六艦隊(第二潜水戦隊)
航空艦隊(第2空母戦闘群、第4空母戦闘群)
第一対潜哨戒護衛隊群(ヘリ空母日向、ミサイル駆逐艦島風、旗風、汎用駆逐艦吹雪、白雪、深雪、初雪)
第一輸送艦隊(ドック型揚陸艦3隻(秋津、熊野、神州))
第二輸送艦隊(強襲揚陸艦3隻(飛龍、蒼龍、隼鷹、飛膺))
第三輸送艦隊(揚陸艦6隻(大隅、下北、国東、伊豆、丹後))
※ターターシステム搭載艦ではなくイージスシステム搭載型
その他
海軍特殊作戦群(第一作戦部隊)
空軍特殊作戦飛行隊(MH-60JA×12、MV-22J×6、AC-130×2)
?(一個作戦部隊)
第一兵站支援隊(事前集積船16隻)
第一高速戦闘支援戦隊(艦隊型大型高速補給艦4隻)
の以上でこれは日本が初となる大規模部隊の展開だ。
今まで海外に展開した部隊はせいぜい一個から二個旅団程度の規模でしかなかったことを踏まえると桁違いの規模である。
2020年皇紀2680年8月5日17:50
大日本帝国陸軍北部方面軍第七師団東千歳及び北千歳駐屯地
日本唯一の機甲師団である第七師団は大半の装甲車両を既にラーガスタ大陸の満州共和国に輸送されており、残されているのは第七師団を構成する1万4千名の人員と残りの装甲車両のみであった。
第七師団の中核戦力は4個戦車連隊を構成する90式戦車改で、現在は北千歳駐屯地に残る第71戦車連隊と東千歳駐屯地の第11機械化歩兵連隊の89式歩兵戦闘車Ⅱ型のみである。
「しかしまぁ、随分寂しくなったなぁ…」
「ああ、それに東千歳の部隊はもう輸送準備が終わってるらしいぜ」
「マジかよ…俺達も早いとこ終わらせないとな」
「そうだな」
北千歳駐屯地では一台の90式戦車改を特大型輸送車に載せるべく機甲科に属する二人の兵が既に東千歳駐屯地の第11機械化歩兵連隊の装甲車両が輸送準備が整っていることを同僚に話していた。
「こら、口を動かす余裕があるなら手と体を動かさんか」
「「は!」」
しかしそこを古参の軍曹に咎められすぐに作業に戻る。
「全く…」
軍曹は先ほどまで無駄話をしていた二人の兵を見ながらそう言う。
「そういうな。軍曹」
「連隊長!」
そこに第71戦車連隊連隊長(階級は中佐)が副官である古参の軍曹に声をかける。
敬礼しようとするがそれを制する。
「状況は?」
「は、作業は七割が終了。残りは自走させます」
軍曹が作業状況を聞きながら連隊長は特大型輸送車に90式戦車改が搭載されるのを見守りつつうなずく。
「連隊長。やはり戦争になるのでしょうか?」
「どうした、急に?」
「いえ、噂ではラーガスタ大陸に我々が行かされるのは戦争が近い…と噂になっているので…」
軍曹のその言葉に連隊長は腕を組み深呼吸を一回した後作業風景を見ながら「…俺も詳しいことは知らん。だが一つ確かなのは国の命運を左右するというのは間違いないだろう」と言った。
「では…」
「ま、どう転がるかは知らん。そこは山内首相に任せるしかない」
そこに準備作業をしていた上等兵が来た。彼は第71戦車連隊本部付の通信士兼砲手だ。
「連隊長。準備完了しました」
「そうか。では本日24:00をもって輸送開始だ」
「はッ!」
上等兵は敬礼すると貴下の連隊に命令を伝えるべく持ち場に戻る。
(こちらの作業はようやく終わった…だが、ほかの部隊は既に本土からラーガスタ大陸へと全て送られている。我々が最後…だな)