敗戦と噂
東からの陽が俺の横顔を照らす。
目に入る強烈な光は、暗闇に慣れた目には刺さる。
生き物が一斉に活動を開始する。無論、ヒトも例外ではない。
「さて、動くようだぞ」
リタの声に、道向かいに陣取るリクヤ、アテネ、クレルが手で外に出るよう示している。リタはそれに了解の意を伝え、武装を装備し直す。
ズッシリと身体にかかる重みは、命と等価である。
周囲確認を怠らず慎重に行動し、合流。
「さて、どうするか」
リクヤは、寝不足のような目をして、隊員の提案を促す。
「ここは、撤退を考えるべきだ」
リタは素早く答える。確かに、住民の避難が完了した今、ここで戦う理由は半減している。
「待って、退却は慎重に考えるべきじゃない?ハルルが堕ちれば国力は半減どころじゃないわ」
アテネの返答も頷ける。このハルルは、ルーナ第二の都市であり、工業の中心的存在である。この街を中心に国営工場都市が運営されている。つまり、ここを失えば工業力はほぼ皆無になる。工業都市もこの地域に集中しているからだ。
「いやしかし、死んでは……」
リタの反論は発煙音に依って中断された。街の至る所から、緑色の煙が上がる。「作戦続行不可能」を告げる。この場合、撤退を意味する。
「…チッ」
俺は思わず舌打ちしていた。
ハルルから撤退し、最終防衛ラインはさらに南下した。ハルル陥落から各地で散発的に小競り合いが発生しており、いずれも敗北と撤退を繰り返している。国民感情としても、決して穏やかではない。最も痛手となったのは、北部工業都市群を失ったことだ。ルーナの軍需のおよそ8割を負担していた北部を失った今、長期戦では圧倒的に不利になった。
また、この頃からある噂が流れていた。
曰く「ガロウは南部の穀倉地帯を直接攻撃する手段を持っている」。
現在、防衛隊が駐屯する街から、南部の穀倉地帯の中心地である場所まで馬でも4日はかかる。そんな距離を一度に飛び越えて攻撃するなどとても信じられる話ではないが、あり得ないと断言できない。そのため、穀倉地帯で作業する者たちの中で、途轍もない不安と不満が募っていた。
その状況を打開するため、さらに工業都市奪還に向けて軍令部は「第三号作戦」を展開した。端的に言えば、ハルル奪還作戦である。しかし、今回初めて、作戦段階での小隊規模行動が指示された。これまでも第2小隊などは、小隊規模で行動していたが、それは現場レベルの話であって作戦に記述は無い。そして、今回の作戦は、奇襲とゲリラ戦である。この作戦を成功させるため、軍令部はかつてない規模の人員を動員する。この作戦にはルーナの命運がかかっていた。