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未来を占う ピアノの音色 … 6

ピアノ勝負に関しては、この回で最後です。

  観客席から、わあっという 《歓声》が上がる。

  先手を取った ロバートの演奏が終ったのだ。



「やっぱり…… すごいや、音楽科ってのは」


  音楽を専門に学ぶ 音楽科の中でも、評判のピアニストだけあって、完成度は 高かった。

  ロバート本人の、《人柄》や 《性格》は抜きにして、演奏に関しては 素直に認めるしかない。


  模範的 かつ 楽譜に忠実な《仮面舞踏会》とは、華やかで 優雅なワルツ――― ということになっている。

  確かに、舞踏会なのだから 華やかで優雅なのは 理解できるが、ルシフェルにとっては 納得がいかなかった。


  ヨンハに言われて、改めて 気付いたこと。

  自分でも、最初から どこか 《違和感》に感じていた、ある部分。


  誰のための、ワルツなのか。 この曲の、主役は 誰なのか。

  その点を考えてみれば、華やかで 優雅な…… なんて解釈は、どうしたって できない。

「だって…… この曲の 主人公は、町娘の エレーヌだよ?」


  王族でも 貴族でもない、ただの町娘。

  自分も 庶民だからこそ、断固として 《違う》と言いたい。

  町娘には、優雅さなんて 欠片も無いのだから。



「ふん…… せいぜい、がんばって弾くことだな」

  舞台裏に下がったロバートが、すれ違いざまに 言い放つ。

  彼は、自分自身でも 演奏に満足したのか、上機嫌だ。

  どう転んでも、ルシフェルには 《勝ち目が無い》と 信じていて、あとは 無様な姿を 拝んでやろう…… と考えているらしい。


「まぁ、いいけどねー」


  別段 プレッシャーの無いルシフェルは、気の抜けた歩き方で 舞台の 中央へと進む。

  中ホールは、先日 ヨシュアの試験で利用した 小ホールよりも、さらに広くて立派だった。

  観客席を見渡すと、ほぼ 満員であることに、少しだけ驚く。


  どうせ、ヨンハが おもしろおかしく ふれ回ったに違いない。

  音楽科の 白の制服と、普通科の 黒の制服は、半々くらいだろうか。

  この 観客の割合からすると、ルシフェルにとって まったくの不利…… ではなかった。

  少なくとも、普通科の生徒だけは、《技術》に関して ウルサク言わないはずだから。


  音楽は 《楽しむものだ》というのが、母・サラの 口癖だった。

  生前の母は、誰よりも 楽しそうに、いつでも どこでも 歌を口ずさむような人だった。


  音楽は 《人を幸せにするものだ》と、父・ロイドから教えられて育った。

  言葉のとおり、父のピアノを聴いた人は、みな 心穏やかに 笑って帰っていった。


  そして―――。

「音楽は…… 《挑戦するもの》だよね、お師匠?」



  ゆっくりと 観客に向かってお辞儀をすると、普通科の面々から 派手な 《かけ声》がかかる。


「ルシフェル~、気合い入れて ぶちかませよー!」


  途端に、会場内が 笑いに包まれた。

  一年六組の お騒がせ要員・ グレンの声だと すぐにわかる。

「スポーツじゃないんだからさー」


  ウケているのは、普通科の生徒だけであろう。

  気難しやの 音楽科の生徒たちは、嫌そうに顔をしかめている姿が印象的だ。


「さて、じゃあ やりますか」

  いつものように、ピアノに近付いて――― まず始めにやることは、イスの調節だ。


  身長が高くはないのに、ルシフェルは いつでも、イスを高くして、先っぽだけに座る。

  お尻を ちょこんと置いているだけで、あとは 全体重を腕に乗せるため、前傾姿勢で弾くのがクセだった。

  その 独特な 姿勢は、父・ロイド譲りといえる。


  イスを直して、ピアノに 手を乗せて、いったん 目を閉じた。

  ここからは、ルシフェルの 世界。

  この空間を支配できるかは、すべて 自分の演奏に かかっている。


  来たれ、音楽の神――― オルディーヌ!



  心の中で 呪文を唱えると、いつも 体が 熱くなる気がするのだ。

  ぱっと目を開いた時には もう、用意された楽譜など、視界には入っていない。


  そうして、ルシフェルの 《仮面舞踏会》は 幕を開けたのである。


※ ※ ※


  主人公は、町娘の エレーヌだ。

  ちょっと お転婆だが、働き者で、町の住人からは愛されている。


  そんな彼女が、ある日 道端で拾ったのが、なんと お城で開催される、《仮面舞踏会》の招待状。

  落とし主が困っているだろうと、落とし主を探すが、わからないまま 時は過ぎて。

  とうとう、舞踏会の日が きてしまう。


  『お前が拾ったんだから、行っておいでよ』と、花屋のオジサンが言う。

  『仮面をすれば、貴族じゃなくても バレないよ』と、八百屋のオバサンが言う。

  『着ていく服がないなら、ありあわせで作ってやるよ』と、仕立て屋の オヤジが言う。


  そして、住人に背中を押されながら、城の門番に 招待状を渡して 中に入る――― そこが、曲の冒頭部分だ。



「…… やはり、素人だな」

「ああ、ロバートの技術には、とうてい及ばないな」


  ステージの前列から、そう 囁き合う音楽科の生徒の声が、ルシフェルには 届いていた。


  だから、なんだ。

  技術の差なんて、始めから わかっている。


  一番苦しい、冒頭の高速音符の連続を、ボロボロになりながら 突破して……。

  ようやく、自分らしさを 表現できる個所にやってきて、正直 ほっとする。




  お城に着くと、その 華やかな雰囲気に圧倒される、エレーヌ。

  当たり前だ。 中に入れるのは、招待状を持つに相応しいと判断された、有力な 貴族ばかり。

  緊張で よろよろとしては、シャンパンを配る ウエイターとぶつかり、慌てて 後退すれば 飾られている花瓶にぶつかり。


  せっかく、作ってもらった 綺麗な衣装を着ているのに、中身は 町娘――― ちっとも、優雅になんて 行動できなくて、情けなくなる。

  場違いな 雰囲気に苦しくなって、やっぱり帰ろう…… と、入口に向かおうとしたところへ。


  目の前に 差し出されたのは、一本の 赤いバラ。

  『私と、踊って頂けますか?』と声をかけてきたのは、仮面をしていても わかる、素敵な男性。


  舞踏会なんだから、踊るのが 当然…… それなのに、エレーヌは、踊り方さえも知らない。

  返事ができずに 固まったままでいると、男性は 優しく笑って、エレーヌの 手を取った。


  『私に、すべてを まかせて下さい』


  その言葉に勇気づけられて、エレーヌは フロアの中央へと進む――― それが、曲の中盤だ。



「…… なんか、音楽って おもしろいな」

「ほんと、バタバタ 慌ててる主人公ってのが、想像できるし」

「さっきの 音楽科の奴の 演奏と、全然ちがうなー」


  退屈するかと心配だった 普通科の生徒が、すっかり 演奏に聞き入ってくれている。

  その雰囲気を 感じ取って、ルシフェルは ますます 気持ちが高ぶっていった。




  男性のリードにまかせて、なんとか 踊りだしたものの。

  エレーヌが、急に 踊れるようになるわけもなく。

  何度も 何度も、相手の足を ヒールで踏んづけて、その度に 会場からは 悲鳴が上がる。

  素敵な男性は、それでも『大丈夫』と 手を握り、笑顔を向けてくれた。


  恥ずかしくて、申し訳なくて、いますぐ 帰りたい…… と思っていると。

  『笑ってほしい』と言われて、エレーヌは はっとした。


  こんな機会、二度とない。

  偽りの身分で 入り込んで、せっかくの衣装を このまま ダメにするなんて、勿体ない。

  そうだ、自分は 町娘のエレーヌ。

  優雅になんて、逆立ちしたって できやしない。

  それならば――― できることは、ただ ひとつ。


  せめて、今だけは。

  相手の 男性のために、最高の 《笑顔》を送りたい。



「ふふ…… のってきたね、ルル。 さあ、ここからが君の本領発揮だよ」

  舞台の端で 演奏を聴いていた ヨンハは、嬉しくて 体が震えた。

  これを…… 待っていたのだ。


  退屈な 音楽を吹き飛ばしてくれる、純粋な 興奮を!




  男性の動きに慣れてきたエレーヌに 笑顔が戻り、そのせいか 体も軽くなる。


  誰よりも、輝く エレーヌと。

  誰よりも、優しくリードする、相手の男性。

  周囲の女性たちは、悔しそうに ツメを噛んで あきらめるしかなかった。


  しかし、そんな夢のような時間も、午前零時の鐘が、終了を告げる。

  町までの馬車は、今すぐ 乗り込まないと、あとが無い。 帰れなくなってしまう。


  名残惜しくも、城を去ろうとするエレーヌ。

  けれど、男性は その手を離してはくれない。


  『どうか、帰らないでほしい』と、付けていた仮面を外した その顔は―――。

  なんと、この国の 王子様だったのだ!


  慌てふためく エレーヌの前に、片膝をついて 懇願する、ジェレミー王子。


  『町に お忍びに出たときに、偶然 君をみかけた。 一目惚れだった』と明かし、招待状が エレーヌに渡るように、わざと 道に落としておいたと 告げる。


  『どうか、私の 恋人になってくださいませんか』

  切なそうに 見上げられて、何も言えなくなるエレーヌ。


  さて、その後 二人がどうなったのかは――― 。

  皆さんの、ご想像に お任せします。




  ラストの ロマンチックな雰囲気から、未来を連想させる 派手な和音で締めくくり、ルシフェルの演奏が終了した。


「………」

「…… すげぇ」

「なんか、よく わかんねーけど、すげぇ」


  ピアノのイスから立ちあがると同時に、会場から そんな声が飛ぶ。

  しんと 静まり返った会場内に、ぽつり ぽつりと、拍手が起こりだす。


「すげぇよ、ルシフェル!」

「すげぇ、面白かったぜ!」


  やがて、小さな拍手は、割れんばかりの大歓声に 変わっていく。



  そんな 熱気に包まれた会場の 最後列にいた 数名だけは、青い顔をして 震えた声で つぶやいた。

「あれは…… あれは まさしく、ロイド・ターナー、そのものではないか!」


  金髪という 髪色を除けば、体格、容姿、演奏スタイルまで…… 酷似し過ぎている。


「ヤツは…… ヤツは、死んだはずだろう! あの者が 《誰》なのか、今すぐ 調べつくせ!」


  部下に命じた 怒鳴り声は、鳴りやまない拍手に消されて、誰も気が付かなかった。

  ただ 一人。

  超人的な 《耳》を持つ ヨンハにだけは、しっかりと 届いていたのである。


※ ※ ※


  もともと 楽譜には、大まかな話しか 指示は無い。

  一連のストーリーは、ほとんどルシフェルの 《想像》であり、言い換えれば 《創造のストーリー》なのだ。

  ロバートが披露した 《優雅な舞踏会》とは 対照的に、失敗ばかりな 《等身大》の町娘を表現した ルシフェルの演奏は、音楽科にとっては 《異端》と感じたかもしれない。


  それでも いい。

  自分が 表現したかったことは、あらかた 弾き切れた。 悔いはない。



「はいはいー、アンケートは こちらで回収してるよー」


  誰よりも 楽しそうに、中庭でヨンハが動き回っていた。

  中庭が見渡せる 空き教室から、その様子を ルシフェルが恨めしそうに 睨む。


「ほんっとに、あの先輩は…… 他人ごとだと思って、楽しんでくれちゃって……」


  演奏終了後、普通科だけにとどまらず、音楽科の生徒に もみくちゃに囲まれそうになった ルシフェルを、助け出してくれたのは ナギであり。


  ぐったりしている ルシフェルの体調を心配して、見に来たのが、今 目の前にいる ケイトだった。


「あー …… しんどい」


  何だか、女であるとバレてしまってから、いっきに 気が抜けてしまった。

  制服に 着替えて、再び 脈をとられている間にも、気が緩む。


「…… 忠告しておくけど、他の人には 《こういう姿》を見せないように」

「何だよー…… こういう姿って……」


  痛み止めの効果が切れてきたのか、痛みに 顔をしかめつつ、ケイトを見上げると。


  いつもより 三割増しに 意地悪そうな《ほほ笑み》で、委員長サマは 爆弾を投下してきた。



「今の君なら…… ちょっと、《間違え》を犯しそうになるくらい、可愛いからね」

  だから、そんな顔は、クラスの中では しないように―――。




  お腹の痛みを忘れるような ケイトの台詞は、ルシフェルの耳から離れなくて。

  その日は 夜まで、悩まされることになった。

 多少 読みづらい個所があるとは思いますが、ルシフェルの演奏と、曲のストーリーを 混ぜながら書いてみました。


 こういう、想像できる 演奏家というものに、憧れます。

 次回は、何の楽器にしようか…… 現在 検討中。 おススメの楽器などあれば、ぜひ 教えて下さいね。

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