未来を占う ピアノの音色 … 4
ロバートから申し込まれた 《決闘》は、三日後だった。
だいたい、三日間でなんて、朝から晩まで 練習に費やしたとしても、そう できるものではない。
音楽学校の 入学試験などでも課題となるような、難曲なのだ。
半年くらい 時間をかけたとしても、まだ 万全とはいえないだろう。
それを。
たかが 《普通科》の生徒を相手に。
三日間という、わずかな 時間しか与えずに。
《難曲》を指定する――― その 《意味》、とは。
「…… よっぽど、君のことを 《どん底》に突き落としたいんだろう、ロバート先輩は」
「ん~ …… もう食べれない……」
休み時間の、一年六組の教室。
今日も いつものごとく、ルシフェルは 《爆睡中》だった。
「そこまで することの意味が、彼には 本当にわかっているのか…… 僕からすれば、いい 《恥さらし》だとしか思えないけど」
すやすやと眠る ルシフェルを眺めながら、ケイトは 今日も辛辣だった。
「俺は 音楽のことは サッパリわからないけど…… 」
肩にかけた 制服の上着が落ちそうになるのを 直してやりながら、反対隣りの ナギが続く。
「伴奏者っていうものは、思った以上に 影響のある 《役割》ってことなんだろうな」
演奏者がメインであり、伴奏者は 本来 目立たない、《影の存在》でなければいけない。
それを、ヨシュアの実力を 《それ以上》に引きだした、ルシフェルの伴奏の 《威力》について、音楽科の生徒が 興味を持ってしまったことが、今回の 事件の発端なのだ。
「おい、ルシフェル。 そろそろ 次の授業が始まるぞ」
「ん~ ……」
決闘を 申し込まれようが、ルシフェルの生活が 変わることはない。
放課後は アルバイト先へ 直行し、数時間 働いて、家に帰る。
家に 帰ったら、そのまま 夕飯の準備をして、食べて、片付けて、風呂に入って―――。
最近では、妹のユフィが 料理の下準備をしてくれていたり、弟も 調子の良いときは 食器洗いを手伝ってくれるようになったから、その面での負担は かなり減ったといえるのだが。
それでも、時間は いくらあっても 足りないくらい、ルシフェルを 悩ませる。
もっと、時間が あったなら。
それこそ、やりたいことなど 山ほどあるのだ。
「…… 次、数学?」
半分 寝ぼけたまま、仕方なく 体を起こす。
休み時間に 眠れるだけ、ずいぶんと マシだといえた。
「次は、君の 大好きな、ノーサ先生の 物理だよ」
「げっ……」
「お前、ほんと 物理 嫌いだよな」
「物理なんか…… 無くなってしまえー」
「そんなことを言っていると、アテられるぞ?」
ぶすっとした顔をしながら、しぶしぶ 教科書を机の中から取り出す。
すると、一緒に しまっていた 《仮面舞踏会》の楽譜に、手が触れた。
「…………」
ルシフェルは、どんなに 忙しくても、実は ピアノに触れない日はなかった。
《継続は、チカラなり》という 師匠の教えを守り、家で できないときは、実は アルバイト先のピアノを使わせてもらっている。
今 掛け持ちしている 仕事の一つに、酒場の給仕があった。
治安は悪いが、他の仕事に比べて 給料がいいことと、店に置いてあるピアノを 自由に弾かせてくれるところが、お気に入りのポイントだ。
音楽科の生徒がやるような、退屈な 《基礎練習》や、難しい曲への挑戦は できないが、ルシフェルには、父が 残してくれた 《特別曲》がある。
父・ロイドは、この アスタルテ・音楽科出身の ピアニストだ。
父は、ルシフェルのためにと、生前 《これさえ弾けば、他の練習曲はいらない》という、究極の 《練習曲》をプレゼントしてくれていた。
普通、練習曲というものは、ほとんどが 退屈で、技術の向上には役に立っても、曲としての 《おもしろみ》には欠けることが多い。
幼い ルシフェルが、『練習曲なんて、つまらない』と言ったことを キッカケに、それならば 《楽しい練習曲を》と 書いてくれた、思い出の曲だ。
弾く人も、聴いている人も、誰もが 楽しくなれる曲。
音楽には 《人を幸せにする チカラがある》と 信じて生きてきた、ロイドならではの メロディは、今も ルシフェルにとっての、一番の名曲となっていた。
だから、どんなに忙しくても。
難しい曲を 練習できなくても。
父の形見の 練習曲 《愛のうた》だけは、毎日欠かさず、弾き続けている。
弾くことを やめていなかったから、ヨシュアの伴奏だって、なんとか こなせたのだ。
技術は、もちろん 大切で、ないがしろにしては いけないもの。
けれど、《楽しい》と 心から思えなければ、それは すでに 音楽ではない。
多少の 好き嫌いはあったとしても。
聴いている人が ウキウキとして、踊りたくなるような 《ワルツ》を――― 。
密かに 《仮面舞踏会》の楽譜を頭の中で 回想しながら、意味不明な 物理の授業は過ぎていくのだった。
※ ※ ※
そして、放課後。
担任の許可を得て 借りた、普通科の 《音楽室》で。
ルシフェルは、《チェ・ヨンハ》に ピアノを教えてもらっていた。
普通科といえど、音楽の授業くらいはある。
音楽科とは異なり、放課後なんて 誰も寄り付かないから、自由に練習するには ピッタリの場所だった。
昨日、ヨンハに対して 《ピアノを教えてほしい》と頼んでおいた。
期間は、《決闘》までの 三日間。
ルシフェルが アルバイトに行くまでの、放課後の 一時間。
自分では 気付きにくい、本格的なアドバイスがほしかったからだ。
「待った …… 今の、二十三章節目の…… そこ」
三拍子のワルツが、優雅に 人々を魅了する場面のところで。
ヨンハは、ルシフェルの演奏を 止めさせた。
「入りが もたつくよね?」
「…… だってさ~」
曲の始まりから、いきなり 早い音の連続が続き、二十章節目で ピタット止まる。
そして、優雅な 舞踏会の 《幕開け》…… といった、ストーリーが隠れた曲なのだ。
「最初から 難しいのが続いて、指が ガタガタなんだもん。 どうしたって、この切り替えは スローになっちゃうよ」
あと 三日でなんて、劇的に 改善することは 難しい。
しかし、ヨンハは ニヤリと笑う。
「そりゃあ…… 《一般的な》弾き方をするならば、改善は 見込めない――― という話じゃない?」
「一般的……?」
「だって、これは 誰のための 《ワルツ》なのか、忘れてない?」
「誰のための…… ワルツ……」
首をひねったところで、その日は 時間切れとなってしまった。
「曲を理解し、楽譜の通りに弾くことは 大切だけど、《想像すること》も 忘れてはいけないんだよ、ルル?」
「それは……」
師匠の教えの一つであり、父も 言い続けていた言葉だった。
「誰のための 《舞踏会》で、《主役》は誰なのか。 それを忘れなければ、この曲は 君の思う方向に、きっと進むはずだよ」
「ヨンハ先輩……」
普通科の、黒の上下の制服を 着くずして、ヘラヘラ笑っている男と、同一人物だとは 誰も思わないであろう。
やはり、彼の 音楽に対する姿勢は、昔と 何も 変わってはいなかった。
彼の 専門は、ピアノだ。
しかし、彼は ほとんどの楽器を 扱うことができ、今だって それは衰えていないはずなのに。
あんなに、素晴らしい 《演奏家》が、なぜ こんな普通科で フラフラ遊んでいるのか。
背後に、何らかの事情があるのだろうが、ルシフェルからみれば、悔しいの ひと言に尽きる。
《才能》は、誰もが 持って生まれてくるわけではない。
ほんの 一握りの 人たちにだけ与えられた、神様からの プレゼントなのだ。
「ねぇ、先輩…… なんで弾かないの?」
「ん~?」
彼の演奏は、優雅で、華やかで、でも どこか ワクワクして。
音楽は 夢のあるものなんだと、音を聴くだけで 思わせてくれるのに。
「…… そのうち、ね」
意味深な 発言に、それ以上を 語る意思が無いと悟って、とりあえず この話題は終了となった。
※ ※ ※
そして、三日後。
いよいよ、ロバートとの 《決闘》が行われる日がやってきた。
一日の授業が終った 放課後に、音楽科専用の 《中ホール》で、その戦いは 行われるという。
「中ホールなんて…… 思い切ったことをするねー」
楽しそうに笑うのは、この日を 待ってましたといわんばかりの、ヨンハである。
「先輩…… 何で そんなに楽しそうなの? ひどくない?」
「だって、楽しまなくて どうするのさ? いわば、これは 《お祭り》だよ?」
ルンルンと 効果音の出そうな 軽快なスキップをしながら、朝から あちらこちらで、ビラを配っているのは、そのせいなのか。
「そのビラ…… いったい、何を書いてあるんですか?」
ナギの問いかけに、ヨンハは 満面の笑みで答える。
「そりゃあ、もちろん、みんなへの 《呼びかけ》に決まってるでしょーが」
「よ…… 呼びかけ、ですか?」
その言い分に、ルシフェルは 額を抑えた。
そうだ、昔から このヨンハという男は、観客がいるほど 燃える男だった。
「当たり前じゃないか、イルタニア君、考えてもみなよ? 張り切ってステージに出てきたら、お客さんは ガラガラでした――― なんて、寂しいと思わない?」
「はあ…… そんなもんですかね」
「そうなんだよ、演奏家にとっては、聴いてもらうことが イチバンなんだから!」
「別に、ボクは 大勢に来てもらわなくても……」
むしろ、そんな 呼びかけをしたら、事態はますます 大ごとになり、悪化するのではないだろうか。
そんな 一般常識の意見など、彼の前では 意味をなさない。
「まぁ、僕にまかせなさーい。 とびきりの 演奏会になるように、準備してあるからね」
彼に そう言われると、かえって 不安しか出てこないのは 何故だろう。
渡されたビラには、ロバートと どうして決闘することになったのか――― という、簡単な いきさつが書かれてあった。
もちろん、ヨシュアに関しての ゴタゴタは、伏せてある。
そのうえで、今回の 課題曲となる 《仮面舞踏会》の紹介も 載せられていた。
どういった、ストーリーの曲なのか。
どこが、曲のポイントなのか。
難易度は、どの程度なのか。
これを見る限り、音楽のことを 何も知らない――― 普通科の生徒に向けての、丁寧な 解説書といえた。
「これって……」
「音楽科の生徒だけが 見に来るのは、おかしいことだよ。 普段は 音楽に興味のない、《普通科の生徒》が見に来てこそ、今回の 演奏に、《意味》があるんじゃない?」
偏見も なにもない、素人が 聴いて。
どちらの 演奏が、より 心に響いたのか。
「ちゃんと、最後には アンケートも取るから、楽しみにしておいで? 君は 自分にとって 最高の演奏をするだけでいいんだよ、ルル」
そう言い残して、ヨンハは 生徒の中へと消えていく。
「最高の演奏って…… 簡単に 言うけどさ……」
それが なかなか できないから。
みんな 誰もが、練習に苦しむのだと、あの 天才には わからないのだろうか。
――― それは、ありえる。
彼の場合、練習の 苦しみさえも、《楽しんで》しまうのだろう。
「はぁ…… とりあえず、授業を受けなきゃね」
「ま、そうだな」
校門のところで 立ち尽くしていた ルシフェルは、ナギとともに 教室のある校舎へと向かうのであった。
次回、ロバートとの 演奏対決です。
音楽に興味のない方には、退屈なストーリーに なっているのかもしれませんが。
もう少し進めば、ラブや サスペンスの要素も出てくる予定です。
読者の 反応が薄いことは、はじめから想定していたので、あまり気にはしていない、水乃でございます(笑)
早々に お気に入り登録をして下さった、貴重な読者様に向けて、地味に書いていきたいと思います。




