未来を占う ピアノの音色 … 3
主人公 ルシフェルの他、ケイトと ナギという 主要人物のことを、少しは覚えて頂けたでしょうか。
※誤字 修正しました
「それで…… 君は、この ばかげた《決闘》とやらを、受けるつもりなのか?」
部活がある仲間たちは、口々に ルシフェルのことを心配してくれたが、時間だからと 部室へと移動してしまい……。
結局、教室内に残っているのは、ルシフェル、ケイト、ナギ という、いつもの三人だった。
「ばかげた…… って、確かにそうだけど。 一応 下級生としては、断りづらいんじゃないのか?」
ナギの言う通り――― 目上の者からの 《決闘の申し込み》は、決して 断ってはならない…… という、習慣があった。
そもそも、目上の者に 目をつけられるほど、《ナマイキな行動》を取っていたことが悪い。
これを機会に、自分の行いを 悔い改めよ。
一度 《痛い目に遭いなさい》――― という意味から、こういう流れができたのだろう。
「俺は 音楽に詳しくはないけど…… この 出された条件って、ヒドイのか?」
「まあね……」
ナギに答えながら、もう一度 封筒の中身を 見る。
ロバートから 渡された、《決闘》の詳細。
それは、別に 殴り合いなどの 暴力的なことではなく―――。
音楽科の 生徒としては、至極 当たり前の、《勝負》。
すなわち、《ピアノ演奏》での 《勝負》を挑まれてしまったのだ。
「音楽科同士の 勝負なら、何も問題はない。 しかし、ルシフェルは 普通科の生徒だ。 日々、専門的に学んでいる音楽科が 相手では、勝負になるはずがないだろう」
ケイトの言葉に、その通り過ぎて ため息しか出てこない。
いくら、ルシフェルが ピアノが好きで、少しは弾けるからといって、それは趣味の延長でしかないのだ。
それを、ロバートだって わかっているはずなのに。
「わかっていて…… わざと、か?」
「どちらにしても、ルシフェルは 恥をかくという 《筋書き》だな」
ロバートが 伴奏をしなかったから、ヨシュアが 主席になれた――― 周囲から そうウワサされていることが、よほど 彼にとっては悔しかったのか。
この決闘を 受けたら、ルシフェルは 恥をかく。 音楽科との 技術力の違いについて、皆の前で 比較されるのだから。
かといって、申し込まれた 決闘を断れば、《恥知らず》だと 言われ、それもまた ルシフェルにとっては 外聞がよくない。
「しかも、この 曲の設定が 一番の問題だ」
ロバートから 突き付けられた、勝負となる 《課題曲》。
「僕の 記憶が正しければ…… この曲は、音楽科の 《入試》に出るような、難度の高いものだったと思うけど?」
「ケイト…… 何で 知ってるの?」
ミニョンの 『作品・六十五番』…… 別名、《仮面舞踏会》。
正確な 指の技術と、華やかな 演奏技術が求められる、学生レベルでは 難曲のひとつだ。
「おいおい…… そんな入試レベルのもの、勝負に設定してくるなんて…… ロバートのヤツ、なに考えてんだよ」
「おそらく…… 君が 伴奏したという、フルートの曲――― それが弾けるのなら、《仮面舞踏会》も弾けるんじゃないの?」
「そりゃあ…… 」
弾くだけなら、弾ける。
音楽の道を 目指した者なら、必ず 通るはずの 曲だから。
けれど、音符をたどって ただ弾けることと、《演奏をする》という意味は、まったく ちがう。
人前での 演奏となれば、それなりの練習が 必要であり、今のルシフェルに、準備をするための 《時間》が取れるか…… といったら、不可能だ。
「後ろ指 指される覚悟で、ここは 断るしか、ないのかな……」
「でも、ルシフェル。 なにも 君だけが ダメージを負うわけではないよ」
「え?」
「普通科の生徒に対して、そんな曲を設定した――― その事実だけで、ロバートは 自分の《愚かさ》を公表しているようなものだ。 君が どちらを選んでも、ロバートだって ダメージを負うことになる ――― それを、本人は 気付いていないみたいだけどね」
ケイトは、意地悪く ニヤリと笑った。
「…… そう、なのかな?」
「つまり――― 君は、自分の 《納得する方》を選べばいいと思うよ」
この 決闘じたいが、ばかげているのだから。
わざわざ、真剣に 悩むほど、振り回される 必要はない。
遠まわしに、ケイトに そう言われているような気がして、ルシフェルは ふっと笑いをもらす。
「…… そっか、そうだよね」
他人ごとだと思って、適当に答えているのかと 思いきや…… ケイトという男が、こういう性格なのを忘れていた。
冷徹に見えても、実は けっこう 面倒見がいい。
言い方を変えれば、《おせっかい焼き》の面を持っているのだ。
「…… なんだか、元気になったみたいだな?」
「うん!」
「やれやれ…… 《お姫様》は、単純だな」
「だから、お姫様って言うなっ!」
どちらを選んでも、ダメージを 負うのなら。
その言葉を聞いて、ルシフェルの 《決断》は、決まった。
音楽は、楽しむもの。 挑戦するもの。
たとえ、試験や コンクールなどで、《優劣》がつけられようと、所詮は 《好み》の問題なのだ。
料理と 同じで、良いか 悪いかなんて、千差万別、十人十色。
まちがった音楽なんて、ひとつもない。
あるとしたら――― それは、他人の音楽を 否定するような、自分勝手な 音楽だ。
自分の音楽が すべてだという、《独りよがり》こそが、一番の まちがえなのだから。
「それで…… 君は、どちらを選ぶつもり?」
もう一度、確認するかのように ケイトが尋ねる。
同じ 恥をかくのなら、どの場所で どうやって、それを受け入れるのか、と。
ルシフェルの心は、すでに 前を向いていた。
「ボクは――― この勝負 受けるよ。 受けて、正々堂々と、めちゃくちゃ派手に 弾いてやるんだ!」
どうせ、こちらは 普通科で、音楽科から見れば 《素人》も同然。 下手で当たり前。
だったら、気負うことなんて ないのだ。
失うものなんて 何も無いのだから、それならば 楽しく 恥をかいてきたい。
「なるほど、ね。 君らしい 決断といえば そっちだろうね」
「…… でも実際のところ、練習とか 間に合うのか?」
ナギは、一番 心配をしてくれているようだったので、ルシフェルは にっこりと答える。
「ボクにだってね、プライドくらい あるんだ」
素人だろうと、音楽が好きな気持ちには 変わりはない。
ピアノの技術は バカにされても仕方がないが、その 《気持ち》まで、見下してほしくはないから。
「とりあえず、ギリギリまで 足掻いてみるよ」
凡人に できることは、ひたすら 努力しかないのだ。
あの、天才と称された 《チェ・ヨンハ》だって、常に努力をしていたのを 知っている。
「あ、そうと決まれば……」
何よりも ぴったりな 《相談役》が、この学院に いたではないか。
「ヨンハ先輩に 教えてもらえるように、頼んでみる! 二人とも、また 明日ね~!」
そう言って、ルシフェルは 自分の鞄をひっつかんで、ばたばたと 教室から 出ていくのだった。
※ ※ ※
「…… ケイトは、何を考えてる?」
「何をって、どういう意味だ?」
「…… 意味がわからないなら、いいけど」
そう つぶやいて、ナギも 教室を出ていく。
がらんとした 教室に、一人 ぽつんと残ったケイトは、普段 自分たちが座っている、一番後ろの席に 視線を移した。
「ナギの奴…… やはり、気付いているな」
もとより、気配り上手な性格なのは、中等部の頃から 知っている。
知ってはいるが、ルシフェルに対しての 彼の態度は、今までのものとは 種類が違う気がしていたのだ。
「まいったな……」
ナギなら、黙っているだろう。
黙って、陰から そっと 見守る。 …… そんな男だ。
「まったく、面倒な……」
――― だから、誰かと 深く関わるのは 嫌いなのだ。
育ちつつある 《思い》を胸に秘め、ケイトは ため息を ひとつ落としてから、教室を後にした。
※ ※ ※
上級生のクラスがある階に来ることは、下級生なら 誰しも 緊張するだろう。
ルシフェルも、緊張しながら 校舎の四階に辿り着いたのだが。
「だーかーらー、チェ・ヨンハ先輩は、どこに いらっしゃるんですか!?」
何度目か わからなくなってきた質問を、再び 繰り返す。
自分が 目立つ容姿をしていることを、すっかり 忘れていた。
放課後の、人が まだらになった廊下なのに、あっという間に 囲まれてしまったのだ。
「ヨンハなんて、どこに行っているか わからないぞ?」
「どうせ、奴のことだ、その辺 フラフラと歩いて、誰かと遊んでいるんだろ」
「《フェルミナ》相手に、何の用があるんだ?」
「悪いことは 言わないから、奴には 近付かない方がいいよ?」
「これから、オレたちは 部活に行くけど……」
「君も、よかったら 見学して行かないか?」
ルシフェルは、思わず 手が出そうになったのを、なんとか理性で踏みとどまる。
こちらは、時間が無いのだ。
さっさと ヨンハを見つけて、話をつけて、あとは 夜のバイトに向かわなければならない。
時間の 有り余っている 《お坊ちゃん》たちとは、違うのだ。
「すみません、時間が無いので、通して下さい!」
少し、声を張り上げたとき。
「…… その声は、ルル?」
ようやく、お目当ての 男が、廊下のはしから やってくるのが見えた。
出だしは スロースタートになりましたが、少しずつ ラブ度を上げていくつもりです。
…… とはいえ、主人公・ルシフェルが なんとも 《お子様》なので、周囲の男性陣は 苦労すると思われます(笑)