未来を占う ピアノの音色 … 2
※誤字 修正しました
「つまりは…… 話をまとめると、こういうことか?」
午後の授業の合間の、休み時間。
一年六組の 教室内では、ルシフェルを囲んで、会議が行われていた。
事の発端は、すべて ロバートの仕掛けた 《罠》だった。
少し前から 可愛さに目を付けた ロバートは、ヨシュアと 二人きりになれるように、ピアニスト達に 《根回し》をしていたというのだ。
中等部も 高等部も、引き受ける余裕のある ピアノ専攻の生徒に対して、ヨシュアの伴奏は 絶対に 引き受けるな――― と、念を押しているのが 目撃されている。
誰も 引き受けてくれない、非常事態。 そこに、ロバートが現れて、伴奏を引き受けてくれる。
真面目なヨシュアなら、さぞかし喜び、感謝したであろう。
そうして、点稼ぎをしておいて、練習室では 二人きりになり、このまま 《口説いて》、自分の《恋人》にしてしまおう…… という計画だったのに。
「真面目な ヨシュア君は、真面目に お断りをした…… 故に、ロバート先輩は 逆上し、試験日当日に 姿を消した。 …… どうしようもない男だな」
ケイトの言葉に、全員が うなずく。
あとは、ルシフェルの 知っている通りだ。
学院内を あちこち ウロついている チェ・ヨンハが、泣いている ヨシュアを発見する。
そして、事情を聞いていた時、偶然 中庭を通りかかった ルシフェルを見つけて、拉致してきた…… というわけだ。
恥をかかせるはずの ヨシュアが、まさかの 試験を受ける事態になり、しかも その結果は―――。
「…… 試験で 《主席》取るって、すげーことなんだろ?」
そう、それなのだ。
なんと、ヨシュアが 今回の試験では トップの評価をもらい、おまけに、『ロバートが伴奏だったならば、主席は取れなかった』という噂が 流れ始めているらしい。
自分の計画を 台無しにし、なおかつ 普通科のくせに 自分のことをコケにした ――― そうやって、怒りの矛先は すべてルシフェルに向けられたのだ。
ちなみに、この短時間で、どうして ここまでの 《情報》が手に入ったのか。
それは、クラス一の 《情報通》である フランクが、独自のルートから 仕入れてきたというから 驚きだ。
「なんかさ~ 聞いていて、思ったんだけど」
「ロバートは どうしようもない ダメ男だとしても」
「…… そもそもの 原因って」
「チェ・ヨンハ …… なんじゃねーの?」
「あ、俺も そう思った」
再び、全員が うなずいた。
「しかし…… 原因探しをしたところで、起きてしまった事態は どうすることもできないぞ」
「じゃあ、どうすんだよ、ケイト?」
「何か 考えでもあるのかよ?」
今度は、ケイトに向かって 一斉に視線が向けられる。
みんなの期待に こたえるように、彼は 静かに 説明を始めた。
「…… 今回のことで、ロバートに対して、教師連中が たいした《罰》を与えるとは 考えにくい。殴りかかってはいたが、ナギのおかげで 未遂に終わったからな」
「げ~ まさか、お坊ちゃん階級の 《特権》とか、いまだに 使えちゃうわけ?」
「この国では 公平・平等が一般的だが、残念なことに 我がアスタルテ学院では、くだらない 《特別意識》が 根強く残っているようだからな」
教師たちの ほとんどが、良家の出身だということも、大いに関係しているといえる。
「なぜ、ロバートが ルシフェルのことを殴ろうとしたのか――― その理由は、おそらく 問題視されないだろう」
「なんでだよ、そこが 一番の問題じゃねーかよ」
「問題を うやむやにするのが 得意な連中だ。 厳重注意くらいで 済むだろう。 しかし、そうなると どうだ? ロバートの奴は たいして反省もしていない。 怒りも 収まらない。 …… なら、次に することといえば?」
「――― もう一度、ボクのところへ 来るってことだよね……」
ケイトの言わんとするところが、ルシフェルにも理解できた。
「げ、じゃあ ルシフェルは また狙われるってことか?」
「なめやがって、あの野郎! 普通科に来れるもんなら 来てみやがれ!」
「…… いや、もう 実際に来てるし」
「そうだ、次からは 目立つ行動は避けるだろう。 人気の無い場所や、君が 一人になりやすい時間帯……」
そう指摘されて、ぎくりとする。
ルシフェルは、なんだかんだと 理由をつけながら、皆と一緒に 着替えたことはない。
トイレなんかも、当然 別だ。
わざわざ、遠くの場所を選んで、学院内をウロウロしたりする。
そうなると――― そういった時間帯が、もっとも 危険になるのだ。
この話の流れは…… 正直、マズイ。
一緒に着替えろ、とか。 トイレも 連れだって行くぞ、とか。
男同士なら、それが いたって普通なのだが、ルシフェルにとっては 無理な注文だ。
どうやって、この流れを変えようか――― 内心 ドキドキしながら 視線を泳がせたときに。
じっと こちらを見つめるケイトと、ばちっと 目が合う。
ルシフェルがどういう反応を返すか…… まるで、見定めるかのように。
「…… 何?」
「そういうことだから、落ち着くまでは なるべく誰かと行動した方が 賢明だと思うよ」
「うん……」
さすがに、ここで イヤとは言えない。
そこで、空気を変えたのは ナギだった。
「まぁ、なんにせよ…… ルシフェルの場合は、どこ歩いていても 目立つからな。 常に 誰かが見てることの方が 多いはずだろ?」
「確かに~」
「いえてる~」
「いなくなっても、どこで見かけた…… って、たいていの《足取り》は 辿れるだろ。 そんなに 心配しなくても大丈夫じゃないか?」
「そうかもな~」
…… ということで、この話は いったん 中断となった。
※ ※ ※
一年六組は、総勢 十八人。 教室内での 席は、横に五人、縦に三列となっている。
そして、四列目の――― いわば《特別席》に、ルシフェル、ケイト、ナギが座っていた。
真ん中の ルシフェルは、休み時間だと 必ず寝ている。
移動教室ではない限り、授業が終わると 寝て、次の授業が始まると 起きる。
始めは、よくもそんなに 寝て 起きてを 繰り返せるものだ…… と感心したが、ルシフェルの 普段の生活を知ってからは、逆に 誰もが心配するほどだ。
「…… そろそろ、《お姫様》を起こした方が いいんじゃないか?」
ルシフェルの 右隣のケイトが、本を読みながら ナギに言う。
入学式に出席しなかった、金髪天使・ルシフェル。
その可愛らしい容姿と、《天使》という意味の名前から、学院内では 《金髪天使》と呼ばれることが多いのだが。
ルシフェルという名の 《短縮形》は ――― 《ルル》。
ルルという言葉には、古代語で 《お姫様》という意味がある。
博識なケイトは、時々 それをネタに、ルシフェルを からかっているのだ。
「そんなことを言うと、また ルシフェルが怒り狂うぞ」
「彼の場合は、何にでも いちいち大騒ぎするだろう」
「お前、わかっていて わざと やってるよな?」
「…… なんのことだか」
ケイトは、いつも通りの表情を崩さないが――― ナギには、わかる。
ケイト・ウォーレン。
クロイス生まれの、クロイス育ちだが、両親が 大陸北部の出身らしく、黒髪に 黒い瞳、色白の肌をしていて この辺りでは珍しい。
神秘的な 色合いと、役者のような 顔立ちがウケて、道行く女性から 声をかけられるのは 多いはずだ。
本人は それを嫌がり、わざわざ 男子校を選んだらしいが…… 下校時間に、彼の 隠れファンが 《出待ち》をしているのは 有名な話である。
クールというか、若干 冷たい眼差しで人を見るクセは、中等部の頃から 変わらない。
ただ、一点。
ルシフェルが 入学してから ――― ケイトは、確実に 笑う回数が増えたことは 確かだ。
「ルシフェル…… 授業だぞ、起きろ」
いつの間にか、ルシフェルを 《起こす係》になってしまった ナギは、律儀に そっと肩を叩く。
左隣りの席…… ということから、入学してから すっかり 並んで過ごすことが多く、それと 同時に、ケイトが 常に ルシフェルの動向を 気にかけているのが、嫌でも わかってしまう。
――― こいつは、気付いているのか?
複雑な 気持ちになりながら、ナギは ルシフェルが起き上がるのを 見守っていた。
※ ※ ※
午後の授業も 終り、部活に入っている者は 部室へ、帰宅部の者は 家に帰ろうとしていたときだ。
ふいに、廊下が 騒がしいことに気付き、ルシフェルは 身構える。
予想していた 通り、ロバートは 性懲りもなく、ギラギラとした目で こちらへ歩いてきていた。
「これは これは…… 昼間 厳重注意されたはずの先輩が、何をしに 普通科まで?」
少なくなった 生徒たちの中で、いち早く対応したのは、ケイトだ。
「当分の間、普通科には 出入り禁止――― と、言われたのでは?」
「…… やかましい、部外者は 引っ込んでろ」
「そう おっしゃられましても…… 僕は、この組の 委員長なので」
口調は 丁寧だが、どうみても 慇懃な態度には、ロバートでなくても イラっとくるだろう。
「ルシフェル・ターナーに関して、何か ご用ですか?」
「ふん…… 用があるから、わざわざ 来たに決まってるだろ」
そう言うと、ロバートは 制服のポケットに手を入れて、中から 封筒のようなものを 取りだした。
「…… それは、何でしょうか?」
「貴様には 関係ない。 おい――― ルシフェル・ターナー!」
いきなり、フルネームを 大声で呼ばれて、ルシフェルの肩が びくっと反応する。
そんなに 大声を出さなくても、きちんと 聞こえているのだ。
耳に痛いから、大声は 苦手である。
「…… 何でしょうか」
「貴様に――― 今度は、正々堂々と、《決闘》を申し込む!」
「…… は?」
いまのご時世で、あまり 聴き慣れない言葉に、頭の中は 一瞬真っ白になった。
「…… 決闘とは、随分と 《物騒な》お話ですね」
固まって 二の句が継げないルシフェルの代わりに、答えたのは ナギだった。
「まさか、その封筒が?」
ロバートは 手にしていた封筒を、すぐ近くの机に向けて、勢いよく 叩きつける。
バンッと 激しい音がしたのに対して、ルシフェルは 思わず耳を塞いでいた。
これでも、聴力は いいのだ。
大きな音は、金管楽器だけで 充分である。
「これが、決闘の 申し込み状だ。 日時など、詳細は 中に書いてある。 いいか、 ルシフェル・ターナー …… 下級生の 貴様には、断る権利など無いからな」
そうして、言いたいことだけを言い残して、ロバートは あっさりと 教室から出ていってしまった。
「…… 何で、この時代に、決闘?」
わけもわからず、ただ 《面倒な事態》になりそうな予感に、ルシフェルは 頭が痛くなるのを感じていた。