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孤独なヴァイオリニストに 祝福を… 4

  その日も、いつものように のんびり過ごそうと決めていた、貴重な昼休み。


  ルシフェルは、何故か 音楽科の校舎の 練習室にいた。


「………………」

「…… えーとさ、そろそろ 何が目的なのか 言ってくれないかな?」


  静まり返った室内で、ひきつった笑顔で 相手に問いかける。


  事の始まりは、昼休み開始直後のことだった。

  いきなり現れた レニアス・コールドに引っ張られ、問答無用で 室内に押し込められてしまったのだ。


「おーい、何か ボクに用があったんでしょ? 早くしないと、昼休み終わるじゃないかー」

  昼休みは、お昼寝時間と決めているルシフェルは、だんだん イライラしてくる。

「部屋に入って ずっとだんまりなんて、あんまりじゃないか! 普通科はヒマとか思ってるんでしょ? 馬鹿にするなよ、普通科だって いろいろと忙しい ――――」

「……… 一曲、弾いてもらえないだろうか?」

「……… はい?」


  ようやく口を開いたかと思えば。

  この男は、いったい 何を言っているのであろう。

「あー …… 、えっと、レニアス・コールド? あんた、いったい何を言いだしているのかなぁ?」

「真面目に 頼んでいる。 一曲、演奏してくれないか?」

「……… やだよ」

「!」


  ルシフェルは、間髪入れずに 速攻で断っていた。

「馬鹿にしたくせに、今更 なんだよ?」

「それは ―――」

「もう、そんなことなら、ボクは帰るよ!」

  無理やり座らされていた ピアノの椅子から、するりと降りて 出入り口に向かう。


「ま、待ってくれ! これには、訳が ―――」

「だったら、その 《ワケ》とやらを話しなよ? 意味も分からず、言いなりになるのは御免だからね」

  フンと そっぽを向いたルシフェルは、横目でそっと 男の様子を盗み見た。


  確かに、レニアスは どこか様子が変だった。

  顔色は悪いし、余裕のない表情をしている。

  試験の前だから ――― にしては、いきすぎている気がした。

  そもそも、彼は 《三役》を争える実力の持ち主。 試験ごときで 神経質になる要素は無いはずなのだ。

「…… で?」

「その ……」

「何で、ボクの演奏を聞きたいと思ったの?」

「君が、何を考えながら 演奏しているのかを、知りたかったからだ」

「……………… はい?」

「そうだ! 君は、いつも何を考えていると、あれだけ 《自由すぎる》演奏になるんだ?」

「………… バカにしてんの?」

「しているつもりはない! ただ、どうすればいいのか、俺には もう ―――」

「レニアス?」


  拳が割れそうなほど、レニアスは 両手を強く握りしめていた。

  音楽家にとって、手は 何より大事に扱わなければならぬもの。

「……… やめなよ、手が 傷つく」


  ルシフェルは、固くなった手に触れて、優しく もみほぐしてあげた。


  綺麗な 手だった。

  荒れている 自分の手とは、大違い。


  ――― やっぱり、全然 違うなぁ ……。


  指も細くて 長くて、楽器を演奏するために 生まれてきたような手だ。


「君は …… そんなに小さな手で、ピアノを弾いていたのか?」

「仕方ないじゃん、持って生まれたものだし」

  正真正銘の 《男子》であったなら、もう少し 手が大きかったのだろうか。

「父さんも 母さんも、どっちも手が小さいし、指も短かったし、遺伝なんじゃないの?」

「……… その小ささで、鍵盤は届くのか?」

「……… 届かないよ! どうせ、ケスラーの練習曲なんか、絶望的だよ! あんなの、手が小さい人への 《嫌がらせ曲集》だってんだ、ちくしょう!」

「…… そうか」

「真面目に 納得するな! 落ち込むじゃないかー!」


  ぎゃんぎゃん騒いだ後、ようやく落ち着いた レニアスは、ぽつりとこぼした。


「……… ヴァイオリンが、弾けないんだ」

「え?」

「思うように音が出せないし、弾き方が わからなくなってしまって――――」


  どうやら、《スランプ》に差し掛かったのだと、ルシフェルは直感した。

「なーんだ、ちょっと安心した」

「?」

「あんたも 人の子だったんだね」

「…… どういう意味だろうか?」

「言葉、そのまんまの意味だよ。 だって、この間 聞いた音なんか、感情がまったく見えなかったからね~」

「…… 感情?」


  不思議そうに 言葉を繰り返す様子で、なんとなく わかってしまった。

  この、氷のような堅物は。


「逆に聞くけど…… じゃあ レニアスは、今まで 何を思って、曲を弾いていたわけ?」

「………」

「僕に 質問する以前に、《自分の演奏》のことを知らなきゃ、始まらないと思うけど?」

「…… 俺は ……」


  これより先は、彼が 自ら気付かない限り、意味が無いから。

「せっかくだから、ゆっくり 《向き合って》みたらいいんじゃない?」


  それだけ言うと、ルシフェルは 練習室を後にした。

  冷たいようだが、こればっかりは、他人がどうこう 口を出して解決できるものではないのだから。


※ ※ ※


「あ! 天使ちゃん!?」

「あ、ソルファン先輩、こんにちは!」

「…… 練習室から出てきたの?」

「いや~ 、ちょっとした野暮用で……」


  まさか、レニアス・コールドに 拉致されてきたとは言えない。

「天使ちゃん、大丈夫? あれから 怖い目に遭ってない?」

「先輩の方こそ、何か 変わりはないですか? ボク、それだけが気がかりで ……」

「ぜ、全然、俺の方は平気だよ! むしろ、もっと何か 協力できることはないかなって ―――」

「へえ~、試験前なのに、余裕だね~ ソルファン?」

「げっ、トーニャ!」


  背後から、ぬっと トーニャが現れる。


「確か、課題曲が ガタガタだったのに、もう克服したのわけ?」

「うぐっ …… 余計なこと言うなよ! 俺だって……!」

「俺だって、何? …… まあ、ソルファンに、恋の曲は無理だよね~」

「え、課題曲 何なんですか?」

「ヴェルフルムントの 《花》だよ」

「うーわ、あの曲を トランペットで!? …… いいなぁ、僕も聞きたいです ……」


  《花》とは、元々は 歌曲であり、声楽家だった母が よく歌っていたものだ。

「大丈夫ですよ、ソルファン先輩! だって、前に、父さんの 《恋するトランペット》を吹いていたとき、すっごくステキでしたもん!」

「そ …… そうかな?」

「はい! あの時のように、自然に吹けば バッチリですって!」

「…… 自然に、ね ……」


  励ましたつもりだったが、何故か とたんに、ソルファンは 暗い顔になる。


「…… ソルファン先輩、何かあったんですか?」

「んー、あったといえば、あったかもね」

「トーニャ!」


  じゃれ合う二人を見ていると、先ほどの レニアス・コールドの存在が、余計に際立って見えた。

「ソルファン先輩は ―――」

「…… え?」

「楽器を演奏する時、どんなことを 考えてます?」

「え、演奏するとき?」

「はい。 ボクだったら ―――」


  多分、楽しいな~ くらいしか、頭の中に無いと思う。

「俺も同じだよ。だって、楽しいから演奏するんじゃない? 楽しくなかったら、楽器に触れたいとも思わないだろうし」

「……… そうですよねー」


  普通の感覚なら、そうなるはずなのだが。

  そうでない レニアスは、では 今まで 何を考えて演奏していたというのだ。

  そっちの方が、ルシフェルにとっては よほど謎である。

「天使ちゃん …… 誰かに、何か言われたの?」

「えっ …… いやー、ちょっと気になっただけです。 参考になりました!」


  さすが、トーニャ。 なかなか 鋭い。


  昼休みも終わるからと、中庭を通って、ルシフェルは 普通科の校舎へと向かっていた。

  その途中、誰かの 切羽詰まった声が聞こえてきて。


「……… ルルッ!」


  自分のことを呼ばれていると、気付くのには、だいぶかかってしまった。

  むしろ、気付かずに 駆け抜けた方が、よかったのかもしれない。

「え ………」


  人は、呼ばれると 立ち止まる習性があるのだから。


※ ※ ※


  身体に 激しく当たる 《衝撃》と。

  周囲に響き渡る 何かが割れた音と。


「…………」

  せわしない 自分の鼓動と。


  ルシフェルの耳は、一瞬 聞こえなくなったような気がした。



「…… い! おい!」


  気が付いたのは、どのくらい経ってからだろう。

「…… ナ、ギ?」


  青ざめた顔で、自分のことを 必死で呼んでいたのは、見慣れたナギだった。

「ボク …… ?」

「悪い、ちょっと 油断してた。 どこか、痛いところは?」

「痛いところ …… えっと ……」


  中庭の 通路の端。

  ナギの腕に 抱かれていること以外に、他に わかることは ――――

「!?」

「…… ルシフェル?」


  ぎゃあぁぁぁぁぁぁっ!


  叫び出したいところを、ルシフェルは すんでのところで 思いとどまった。

「だっ、大丈夫! ほら、ボク、けっこう頑丈だから!」

  大丈夫でないのは、むしろ 今のこの 体勢だ。

  男子を装っている 《乙女》として、平気でいられるはずがない。


「…… 校舎から、花瓶が落とされたんだ。 何とか 間に合ったから よかったけど ……」

  どうやら、ナギが身を挺して 庇ってくれたらしい。


「ナ、ナギこそ、平気? あちこち 打っているんじゃない?」

「俺は、いい。 お前こそ、本当に、何ともないな?」

「う …… うん ……」


  落ち着いた いつものナギからは、想像もできないほど、熱い 眼差し。


  カッコよさ、五割増しだ。


「はっっ!」

  わー …… ボクってば、不謹慎!

  ばか、ばか、ばか!


  彼は、友人として 助けてくれただけなのに、ときめいて どうする!


  常々、ナギの 控えめな 《男らしさ》を手本にしているため、どうしても、良く見えてしまうのだ。

  ああ、自己嫌悪。 深く、反省だ。


「…… 実際、タイミングが合わなきゃ、直撃させるのは 難しいが ――――」

「警告くらいには、なるよね ……」


  割れた 花瓶。 飛び散った 硝子たち。

  破片で、うっかり怪我をすることだって 充分にあり得る。


「…… ルシフェル、もう 冗談では 済まされない領域だぞ?」

「そうだよね ……」


  これが、もし。

  音楽家の 先輩たちであったなら。


  想像するだけで、恐ろしかった。


「…… あっったま きた!」

「お、おい?」


  猛烈な怒りが、腹の底から 込み上げる。


「…… そっちが その気なら、ボクだって 黙っちゃいないよ」

「ばか、ルシフェル。 落ち着け」

「これが、落ち着いてられるかぁっ!」


  父の楽譜を 消し、存在を消し。

  それでも まだ、足りないというのか。


「ボクが、父さんの 血を引いてるってこと …… 思い知らせてやる」

「ル、ルシフェル?」



  こうなったら、誰も 止められない。

  それは、ロイド・ターナーの 血を受け継いだ、一番の証でもあった。 

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