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孤独なヴァイオリニストに 祝福を… 3

  学生の 《一週間》というものは、とかく早く過ぎていく。


  国立アスタルテ学院は、学期末試験に 多大な比重を置いているためか、試験の一ヶ月前から 余裕を持って 《試験期間》とし、部活動などは休みになる。


  つまり、一ヶ月かけて みっちり勉強しなさい。

  逆を言えば、それだけ 集中しないと 解けない問題が出されるというわけであり。


「ルーシフェル? 勉強進んでっか?」

「…… ボクの 《この顔》を見て、その質問は 愚問なんじゃない、マイケル?」

「ハハハハッ! まあ、安心しろ! 俺も似たようなもんだからな!」

「ボクは それじゃ困るんだってば!」

  組の中で ビリ争いをしているマイケルに 仲間意識を持たれても嬉しくはない。


「…… 困ると言っておきながら、昼休みになると 音楽科の先輩方と 《楽しそう》に過ごしているのは 何故なのかな?」

「うっ……」

  横から 委員長サマの冷たい声が聞こえてくる。

「そ、それはさー」

  中庭を境に 繋がっている普通科と音楽科は、普段ならば ほぼ接点は無い。

  けれど、先日知り合った 三人の先輩たちとは、仲良くさせてもらっている ルシフェルであった。


「だって、ソルファン先輩はトランペット吹いてるし、トーニャ先輩は チェロの めった弾きしてるし ……」

  音楽科というものは、基本 昼休みであろうと練習しているのが 常識だ。

  練習室にこもる場合もあるし、中庭や講堂などで 《演奏披露》する者もいる。


  楽器を操るうえで、人前での披露は欠かせない。

  練習の途中の段階であれ、他人に聞いてもらい、アドバイスをもらったり、度胸を付けたりと、効果は大きいのだ。

「…… いろんな楽器の、いろんな演奏が聞けるし、ウズウズするっていうか、ワクワクするっていうか」

「…… 重症だな」

「…… 末期だね」

「人を 《病気》みたいに言うなぁっ!」


  自分で決めたこととはいえ、毎日 毎日、好きでもない勉強に明け暮れているのだから、昼休みくらい 見逃してほしい。


「ルシフェルさー、そんなに音楽が好きなら、いっそ 音楽科に 《転科》したら?」

「…… え?」

「意外に いけんじゃない? なんたって、けっこう音楽科の方にも 名が知れてきてるんだし」

「…… 簡単に言うな、ばーか。 アインス、 あんた、音楽なめてんの?」

「何だよ、どういう意味だよ?」

「あのねー」


  音楽は、一日にしてならず。

  物事は 何でもそうだろうが、音楽に関しては 特にそれが言えるのだ。

「いーい? 楽器っていうのは、一日 弾かないと 取り戻すのに三日はかかる。 一週間 弾かなかったら、一ヶ月はかかるって言われてるんだから」

  朝から晩まで、音楽のことを考えて、没頭して。

  そして、理想の音にたどり着くために、自分のすべてを捧げる。


  そうしないと、音楽は 上達しないということを、ルシフェルが一番よく知っていた。

「どんなに時間を費やしたって、できないときは できないし、必ずしも 上達するわけではないし……」


  それでも、整った 《環境》は必須だし、努力以外にも、ある程度の 《才能》が必要なのも確かだ。

「…… ボクには、揃えられないモノばっかなんだから ……」


  そう答えながら、気分が落ち込んでいたのを思い出してしまった。

  お金がないからと、父の形見のピアノの 《調律》を怠っていたせいで、とうとう 家の自慢のピアノの音が ボロボロになってしまったことだ。

「はぁ ……」


  ごめんなさい、父さん。

  試験が終わったら、またバリバリ働いて、絶対 調律してもらうからね!

「調律って、そんな高いのか?」

「…… グレン、あんたの 《お小遣い》はいくら?」

「うちは 庶民だからな~。 バイトもしてないし、学費も出してもらってるし ……」

「この組の奴らは、皆そうだろ? だいたい 一ヶ月 五千ペルくらいじゃねーの?」

  ちなみに、《ペル》というのは クロイス共和国での 通貨の単位である。


「…… 調律は、どんなに 質が悪いものでも、最低 三万ペロはするんだったかな?」

「ケイト、何で 知ってるの?」

  魔王さまの言う通り、最低が 三万。

  まして、父ロイドの形見のピアノとくれば、適当な人には頼みたくない。

「知り合いに頼んで 安くしてもらったって、十万はいくんだよ」

「十万!?」

「…… うーわ、それなら俺、晩飯の オカズ一品、かーさんに頼んで増やしてもらうわ……」


  普通は、そうだろう。

  ルシフェルとて、育ち盛りの 弟と妹を抱える身としては、食費を優先させるのが 当然だ。

  生活において、一番は健康であること。 死に直結しないものは、とりあえず 《後回し》。


「そんな状態のボクが、音楽に専念するなんて ……」

  どう考えたって、できるわけがない。


  もし、仮に。

  金銭を気にしなくていい 状態になったとしても。

「自分の 才能くらい、とっくに知っているから ―――――」


  ただ、音楽が好きというだけでは、許されない世界。

「ボクは、趣味で 好きなように、好きなときに 弾ければ、それでいいんだ ……」

「ルシフェル ……」

「―――― だったら、尚更 勉強に励まないとね」

「!」

  ニヤリと笑ったのは、もちろん隣に座る ケイトさまだ。


「…… 僕は、もう試験対策は万全だから、隣の席のよしみで、君に協力するよ、ルシフェル」

「い、いや、結構です…… どうぞ、お構いなく」

「何を言っているんだい、同じ組の仲間じゃないか。 さあ、遠慮はいらない、心行くまで 勉強しよう」

「ぎゃー、やだやだ、ほんとに いい! しかも、なに その 《笑顔》!」

  取り巻いていた仲間たちが、一斉に 自分の席へと戻っていく。

  とばっちりを受けては 大変だと、中等部からの連中は、笑顔のケイトの恐ろしさを熟知していたのだ。


「…… さぁ、ルシフェル? まずは苦手科目から いこうか?」

「お前ら、全員 逃げやがって~! しかも、こういう時に限って、ナギがいないし!」

  いつもなら、同じく隣席のナギが、必ず助け舟を出してくれるのだが。


  天使の悲鳴が 廊下まで響き渡る中、話題に上ったナギは、まったく別の場所にいたのである。


※ ※ ※


  調べきれていないのは、この部屋だけだから、と。

  功を焦ったのが 間違えだった。


「…… 正直に、話してくれるかな?」


  明りの届かない、地下の 隠し倉庫に、自分を待ち伏せしていた人物がいるとは思わなかった。

「…… 何の話ですかね?」

「ふふっ、こんな状況で、言い逃れできると思っているのかな ―――― ナギ・イルタニアくん?」

「…… 勝手に侵入したのがバレたら、そっちも 危ないんじゃないですか? …… チェ・ヨンハ先輩?」


  暗闇にも関わらず、相手 ――― チェ・ヨンハは、ナギの首筋に 性格に 刃を当てていた。

  自分も けっこう暗闇が得意な方だが、ヨンハにいたっては、闇など関係なく動けるようで。


  ―――― 厄介だな。


  心の中で、密かに 舌打ちする。

  彼は、ルシフェルの 知り合いであり、かなり親しい間柄だと 先日知ったばかりだ。

  簡単には、消せない。


「…… 前から、君が チョロチョロしているのは 知ってたんだけど、理由がどうしても わからなくてね。 そうこうしている間に、《お姫様》は乗り込んできちゃうし ……」

「先輩は ――――」

  ルシフェルにとって、《毒》なのか?

「それとも ――――」

「待った、今は 僕が質問をしているんだよ?」


  完璧に 背後を取られたせいで、顔は見えない。

  しかし、その声に宿るのは、まぎれもない 《本気》。


  ナギは、一か八かの 賭けに出た。


「…… 先輩が、どういうつもりで動いているのか ――― わからないうちは、俺も 何も明かせません」

「へえ? じゃあ、身体にきいてみようかな?」

  つまり、痛い目に遭いたいのかという、脅しだろう。

「すいませんが、そういう脅しは 俺には無効ですよ。 これでも ……」

  結構、《場数》を踏んでいるんで。


「おっと …… 怖いな。 君という人物の 《正体》は、どうしたら教えてくれるのかな?」

「…… 先輩が、先に」


  ―――――― ルシフェルを 《傷付けない》と、誓ってくれるなら。


「…… 何だって? ナギくん、君は ……」

「お互いの 考えていることが、同じならいいんですけどね」


  動揺しているということは、敵ではない。

  直感的に、そう確信したから。

「…… 俺の名字、イルタニアっていうのは、母の旧姓です。 俺の、本当の名字は ……」


  エルタード。

「なっ!?」

「この件に関して 調べているなら、この名も ご存じなのでは?」

「じゃあ、もしかして、君は ――――」

「…… ソイ・エルタードの息子です。 父から頼まれて、この学園を調べに入学したんですよ」

  十二歳のときから。


「…… まさか、お父上は ……」

「とある国で、ピンピンしてますよ。 表向きには、死んだことになってますがね」

「そんな ……」

「さて、先輩? …… 今度は あんたの番だ」

  どこまで知って、どこまで たどり着けたのか。


  ルシフェルを 守りたいのなら。

「情報交換をしましょう。 その方が、ずっと 《効率》がいい。 …… でしょう?」


※ ※ ※


  普通科と同様、音楽科にも 学期末試験が迫っていた。

  音楽科の場合、筆記試験の他に、一番重要な 《実技試験》が控えている。


  各自、第一専攻と 第二専攻の楽器、それぞれ 課題曲と自由曲、二曲ずつ。

  合計 四曲を練習しなければならないので、時間は いくらあっても足りない。


「…… あら、レニアス?」


  学院の練習室では どうも気乗りがしなくて、早々と自宅に戻って来た レニアスは、これまた 珍しく 早く帰宅した母と、久しぶりに顔を合わせることになった。


「随分と、早いわね。 こんな時間に あなたが 家にいるなんて」

「…… お母様こそ、こんな時間に」

「うふふっ、思いのほか 演奏会がスムーズにいったから、少しでも早く帰って、あなたに お料理を作ろうと思ってたのに…… 内緒にして驚かすつもりが、失敗ね」


  レニアスの母は、ピアニストだ。

  少女めいた 童顔で、年齢を言わなければ いまだに学生でも通用する、可愛らしい容姿をしている。

  外見と同じく、中身も フワフワして、昔から 掴みどころのない母親だと思っていた。

「ねえ、レニアス、せっかくだから、何が食べたい?」

「俺は …… 別に」

「もー、演奏会の期間中は お料理作ってあげられなくて、いつも家政婦さんに 任せっきりなんだから …… こんな時くらい、食べたい物を作らせてよ」

「…… じゃあ、ライソドュールを」

「わかったわ、任せて! 出来上がるまで、そこで練習していたら?」

「…… ここで、ですか?」

「やーね、未来の演奏家が、家族の前では披露できないの?」


  ニッコリと 《圧》をかけてくるところが、さすがといおうか、なんといおうか。

  やはり、自分の 産みの母であり、先輩・音楽家だ。

  断る理由は 一つもない。


「じゃあ …… 試験の曲を ―――」


  多少 危なっかしい 包丁の音が響く中、レニアスは ヴァイオリンの音に集中しようとした。


  ―――――― したのだが。

「…… できない ……」

「レニアス? どうしたの?」


  これまで、自分が どうやって演奏していたのか。 どうやって表現していたのか。

「…… 俺は ……」



  今までの自分が、すっかり わからなくなってしまったのである。  

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