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孤独なヴァイオリニストに 祝福を… 1

 新しい楽器・新しい人物の 登場です。

  散々 悩み、危険を覚悟した割には、意外なほど 周囲は静かなように見えた。


  小さな 演奏会は、立ち見が出たほどの 《大盛況》ぶりだったが、それから一週間が経っても、怪しい行動を起こすような連中は、現れない。


「…… けっこう賭けに出たつもりだったけど、ハズレだったのかなぁ…」


  普通科、一年六組の教室で、ルシフェルは 机の上に顔を乗せながら 大あくびをしていた。

「何事も起こらないのは 良いことなんだけど、そうなると ボクたちの推理は 間違ってたってことなのかなぁ……」

「決めつけるのは 早いと思うけど?」

「そうだぞ、まだ あれから一週間だろ。 《奴ら》だって、どう動くべきか 検討してるのかもしれない」


  すっかり気が抜けた ルシフェルに向かって、ケイトとナギは、《気を抜くな》と言っているのだろう。

「うーん …… そうなのかな ……」

「こら、ルシフェル、寝るな。 もうすぐ授業が始まるぞ」

「うー …… 起きてるよ」

「ウソつけ、完全に 目ぇ閉じてるだろ」

「閉じてない …… 」

「無駄だよ、ナギ。 おバカさんには 何を言っても通じないさ。 こういう場合は ―――」


  つんっ


「いっだぁぁぁぁっっ!!」

「目が覚めたでしょ?」

「信じらんない、何すんだよ!」

「何って、目が覚めるツボを押しただけだけど?」

「―――― ほーい、席につけ~。 どうした、ルシフェル? 廊下まで お前さんの 《雄叫び》が響き渡ってるぞ?」


  教室に入ってきた 次の授業の担当は、担任の コルトだった。

「先生、聞いてよ! 今、ケイトがっ」

「わかった、わかった。 あとで たっぷり聞いてやるから、とりあえず座れ。 試験も近いんだから、あんまり余裕ないからな?」

「えっ ……」


  先ほどの 痛みと、試験という言葉で、ルシフェルの目は パッチリと覚めた。


「今学期 最後の 大きな試験だぞ~。 これ 落とした奴は、《夏休み》は 無いと思え?」

「えー、補習すんの?」

「当たり前だ、マイケル。 お前は 特に、その可能性が高いからな~」

「げっ、いらんこと言うなよ! 俺よりも、ルシフェルの方がっ」

「そこで ボクの名前を出すなぁっ!」


  教室中が、笑いに包まれる。


「いいか、お前たち。 冗談抜きで、勉強しとけよ? 他の科目は どうだか知らんが、俺の試験は、授業でやったことしか出さないからな? 教科書は見るな。 俺の話を よーく聞いてること、それだけで 満点取れるように作るから、安心しろ~」

「ねー 先生、それだと 平均点が上がり過ぎて、いろいろ マズイんじゃないの?」

「いいんだよ、そんなことは 理事長サマが勝手に決めた、《大人のルール》だ。 俺は ずーっと、ただ 《振り落とす》だけが目的の試験なんて、反対なんだ。 知識が 正しく 身についているか、それを試すのが、本来の試験の目的ってもんだろーが」

「…… 俺たちは その方が嬉しいけどさー」

「先生、そのうち クビになりそ~」

「ばかやろう、クビが怖くて 教師やってられるか!」

「きゃー、先生 すてき~」

「ダグラス、お前の 野太い声で言われても、何も嬉しくないぞー」

「なによー、先生の イケズ~」

「やめろ、マジで 気色悪いっつうの」


  こんな くだらない 《やりとり》が、ルシフェルには 幸せに感じられた。

  性別を偽り、ウソをついて 学院に入り込めたからこそ、学生生活が送れているのだが。


  本来なら、自分は ココにいては いけない存在なのだ。

「……………… はぁ」


  生活費を稼ぐため、少しでも 高い収入を得るため。

  酒場の給仕やらの 肉体労働ではなく、知識を使った職に就くために、どうしても 学力が必要だと思った。

  国内でも 指折りの名門、アスタルテで しっかり勉強し、いずれは 何かの資格を取る。

  そうすることが、自分たち 家族三人が暮らしていくのに、一番イイことだと思ったから、この道を選んだ。

  毎日の授業も、普段の小テストも、学期末の 試験も、難しくて 当たり前。

  後悔なんて していないし、他の道なんか 考えられない。


  だから、みんなを 《騙していること》にも、慣れなければいけないのだ。

  ココが、楽しければ 楽しいほど。

  みんなが、優しければ 優しいほど。


  真実が 明らかになった時が、怖い。

  ウソとは、いつかは必ず バレるもの。

  卒業まで いたいとは思うが、そこまで いられるかどうかは 正直わからない。

  いつか、この身が この場に 《相応しくない》と知られた時に。

  罰を 受けることよりも、みんなに 嫌われることの方が怖いと思うなんて、入学前は 想像もしていなかった。


  きっと、これが 学生生活の 《楽しさ》なのだろう。

  こんなに 幸せな気持ちになるものなら、やはり 何としてでも、弟や 妹にも、体験させてあげたい。


  この国には、まだ 《奨学金》を扱う学校は 少ないからと、金銭的な理由で 学校にいけない子供たちが 大勢いるのが現実だ。

  お金が無いと、学問を学べないとは言えないが、こういった 他人との《交流》は、自宅にいたら 決して学べないものだから。

「……… 勉強、しなきゃなぁ ……」


  補習くらいなら、まだ いい。

  けれど、自分は 《奨学生》だから。

  あまりにも 悪い成績だと、奨学金の 《取り消し》の可能性も考えられる。

  それだけは、避けたい。

「……… はぁ ……」


  そんなルシフェルの様子を、ケイトとナギは 複雑な表情で見つめていた。


※ ※ ※


  昼休み。

  図書室行きを 勧めるケイトを 丁重に追い払い、ルシフェルは 中庭に来ていた。


  勉強しなきゃと 思いつつも、もともとの 勉強嫌いが すぐに治るわけでもなく。

  休み時間くらい、ぼーっと どこかで過ごすことを、見逃してほしい。


「わぁ …… 雨粒がキラキラしてる」


  ここ数日、雨続きだったせいか、中庭の木々には 雨粒が残っていた。

  ほんの少しの 薄い日差しが、ぷるぷると 震えるしずくを照らし、やわらかな反射で 辺りは輝いている。

「あー …… 自然はいいなぁ。 こういうモノを見ると、何か 弾きたくなっちゃうんだよね ……」


  生命のチカラを受けて、体の中に眠るものが、目覚めてくる。

「そうだなぁ …… この情景に似合う曲は ―――」


  ハサム作曲の 《妖精の竪琴》。

  リジューリ作曲の 《風と鳥》。

  父 ロイドの曲なら 《しずくの冒険》かな。

「あとは、フリメル作曲の ―――――」


  タラ~ン  リラリラル ララ~


「…… え、まさか 《ジェスタ》?」


  ふいに、どこからか ヴァイオリンの音が聞こえてきた。

  それも、ルシフェルが 今 まさに考えていた曲、ジェスタである。


  ジェスタとは、どこかの国の言葉で 《しずくの精》という意味だそうで、今日のような 雨上がりの、小さなしずくを表現した、爽やかで可愛らしい曲なのだが。

「…… 何で、ヴァイオリン? しかも、何て 重たい………」


  ジェスタは、ピアノかフルートで演奏するのが定番だ。

  それに、ゆったりとした 午後のティータイムを思わせるような、まったりとした雰囲気の曲なのに。

「…… うわ、だめ、重すぎる……」


  ぬるま湯が 適温だとしたら、聞こえてきたヴァイオリンは カチカチの氷だ。

  冷たくて、固くて、痛くて、重い。

  ところどころ、《敵意》まで感じる。


「…… 誰?」

  耳で 拾ってしまった以上、気になって、無視することはできない。

  なめらかに流れる メロディと、おそらく 一つも狂ってはいない 完璧な音。

  演奏者は、ヴァイオリンの技術に関しては 相当高いものを持っているはずなのに。


「なんで …… こんな、《もったいない》弾き方を するの?」


  辿って行った 音の先には、案の定 音楽科の 白い制服が立っていたのだ。


※ ※ ※


  かすかな足音と、ルシフェルの 小さな声に、相手は 反応した。


「……… 何だって?」


  演奏していた手を止め、ゆっくりと楽器を肩から下ろし、ルシフェルの方向へ 体ごと向ける。

「…… あ、あの、邪魔して ごめん」


  紅いタイの色から、高等部の 一年生だとわかる。 ルシフェルと 同じ学年だ。

  年頃も 似たようなもの ――― なのに、その 威圧感に 一瞬 たじろいでしまう。

「えっと …… ボク、普通科の ――――」

「知っている、ルシフェル・ターナー。 普通科の君が、俺に 何の用が?」

「え、別に 用はないけど、その ……」


  ギロリと 冷たい視線を向けられて、どこかで見たような感じだ…… と思う。

  ああ、そうだ。 ケイトだ。

  入学したての頃は、ケイトも 初めは こんな感じで 冷たかったっけ。


  それに気が付くと、なんだか 緊張が解けてきた。

「今の曲、ジェスタだよね? ボク、好きなんだ。 こういう雨の後とか、無性に 弾きたくなるっていうか ……」

「……… それが?」


  それが どうした ――― とでも言わんばかりの、声と 視線に、さすがのルシフェルも 言葉に詰まる。


「俺は、君たち 普通科と違って、昼休みも 練習しているんだ。 邪魔しないで もらいたい」

「…… そんな、邪魔をしようなんてことは ……」

「素人並の 無神経な 《言葉》ほど、邪魔になるものはない。 わかったなら、早く どこか別の場所に行ってくれ」

「なっ ……!」


  《もったいない》と言った言葉が、そんなに気に入らなかったのか。

  静かな口調でも、彼が かなりイライラしているのは 伝わってきた。


「…… なんだよ、本当のことを言って、何が悪い ……」

「何だって?」


  《素人のくせに》と言われることが、ルシフェルは 一番 嫌いだった。


「アンタみたいな 弾き方してちゃ、曲が かわいそうだ! 楽器だって かわいそうだ!」

「!」

「素人だからって、バカにすんな!」


  逃げるが 勝ち。

  いっきに まくしたてると、ルシフェルは全力疾走で その場を逃走したのだ。


※ ※ ※


「あー ……、もしかして、そいつは 《氷の王子》かもなー」


  教室に戻ると、情報通のフランクが 手帳をパラパラとめくりながら 教えてくれた。


「氷の王子?」

「んー、それは あだ名なんだけどな。 小さいころから けっこう有名なヴァイオリニストとかで、大きな演奏会とかでも 主役とか務めてるらしいぜ」

「ふーん ……」


  名前は、レニアス・コールド。

  音楽一家に 生まれた、サラブレッドであり、中等部の頃から、試験では 《三役》――― 一位(パライエ)二位(スミカ)三位(コルセオーサ) の常連だったという。


「この間の …… ほら、お前が 伴奏で協力した、ヨシュア? あいつが 一位で、その レニアスは 二位だったみたいだな」

「…… それってさー、少なからずとも、ルシフェルのことを 恨んでるんじゃないの?」

「あー …… その可能性 アリだわ。 前回の試験では、レニアスは 一位取ってる」

「なんだっけ …… ヨシュアを はめた、ピアノ科の先輩? ロバートだっけか?」

「あの アホ先輩もそうだけど、ルシフェルの 伴奏について 《恨んでいる》奴が、けっこういるのかもよ?」

「こえ~。 ルシフェル、やっぱり あんま一人で フラフラすんなよ?」

「普通科くせに …… なんて バカにしてくる奴は、だいたい ろくでもねぇ奴ってことだしな」

「な~」


  普通科は 学期末の試験で にわかに騒がしくなっている。

  と いうことは、音楽科も 同じく 試験なのだろうか。

「…… ルシフェル? 再度 確認しておくけど、前に 僕が言ったことは、忘れてない?」

「覚えてますともー。 目立つ行動は これ以上 するなってことでしょ、ケイト様?」

「覚えている人間の 行動とは思えないから、僕は 頭が痛いんだけど」

「ひどっ …… 心配しなくても、ボクは これから勉強で忙しいんだから!」

「…… だと いいけどな」

「ナギまで …… 二人して、何なんだよー」


  どうせ、レニアス・コールドなんて、関わる機会なんて もう無いだろう。

「さーて、午後の授業は ――― 」

「君の 大好きな 《物理》だよ」

「!」


※ ※ ※


「ルシフェル・ターナー ……… 俺は、絶対に 認めない」


  あんな、デタラメで、滅茶苦茶な 音楽なんて。

「俺は ―――― 認めない」



  レニアスの 低いつぶやきは、ルシフェルには 届くことはなかった。 

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